家族
僕と美冬は病院の入り口で立ち尽くしていた。
今日は泊まりで手術の準備をして、明日が本番だ……。
僕らは手を握り合う。
「美冬――」
「俊樹君――」
僕達の戦いが始まる。
僕の心には僕だけじゃない、美冬がいるんだ。
美冬だけじゃない、未来もいる。クラスメイトもいる。父さんも母さんもいる。
僕は一人なんかじゃない。
僕は愛されてないかと思っていた。
でもそれは僕の独りよがりの思い違いであった。
僕は愛されている。
だから、
「行こう」
「うん」
僕らは病院の中へと歩き出した。
中に入ると、先生がソファーでくつろいでいる。
電話で誰かと話しているみたいだね?
僕に気がつくと、先生は電話を切って僕たちに近づく。
「おはよう、二人とも。元気にしてたか?」
先生の顔は妙に安らいでいた。
前に見た時は疲れでひどい顔だったのに――
「先生どうしたんですか? 何か妙に綺麗ですよ?」
いつもより化粧がバッチリであった。
「なっ、そんな事はないぞ!? へ、変な勘ぐりはよしてくれ。――ふう、緊張はしてないようで安心した」
――もちろんだ。僕には美冬が付いている。それに千羽鶴だって持ってきた。
「行きましょう先生」
「ふふ、頼もしくなったな。――美冬ちゃん、長くなるから張り詰めすぎないでね?」
美冬は綺麗なお辞儀をした。
「先生、明日はお願いします――」
「ははっ、あの時の少女がこんなに綺麗になって――、先生は嬉しいぞ? 手術が終わったらご飯に行こうね?」
「――はい!」
美冬の言葉とともに僕らは歩き始めた。
手術自体は明日の朝十時から行われる。
僕は今日一日ベッドの上で身体の準備を整えるだけであった。
もちろん美冬はそばにいてくれる。
美冬は病院のベッドが懐かしいのか、思い出深い顔をしていた。
「今日はギリギリまで一緒にいるね? 明日が本番だもんね――」
「ああ、きっと大丈夫、先生を信じよう」
僕らはずっと話をしていた。
初めて出会った時の事、病院での美冬の態度の事、僕が冷たく見えた事――
色々な事をずっと喋っていた。
時間が過ぎるのが本当早かった。
あっという間に夜はふけ、僕はシャワーを浴びて就寝をしなければならない時間になってしまった。
美冬は明日も会えるから大丈夫と言っていたけど、僕は美冬と離れたくなかった。
僕は自分の右手を必死で動かして美冬の手を掴んで離さない。
美冬は優しく微笑んで僕にキスをしてくれた。
まるで言い訳の聞かない子供にするみたいに――
僕はそれだけの事で胸の中にあった不安は消し飛んでしまった。
朝を迎えた。
僕が目を覚ますとそこには美冬が立っていた。
「あっ、おはよう俊樹君――」
美冬を朝早くに連れ出して、朝の街を歩いた事を思い出す。――昨日語り尽くしたと思ったのにね。
看護師さんたちが僕の部屋へとどんどん入ってきた。
これから手術の準備が始まる。
美冬は僕に微笑んで、最後の別れを告げた。
「――俊樹君、待ってるよ!!」
僕と美冬はそこで別れた。次に会えるのは――手術を乗り越えてからだ。
***************
私は必死に手を洗う。
これは私の心を落ち着ける一種の瞑想に近いものがある。
俊樹君はすでに手術室に運ばれている。
身体は休む事が出来た。
心はバッチリだ。
息を吐いて手を消毒をする。手袋をはめる。
そして、手術室に向かった。
手術台の上にいる俊樹君の顔を見ると、あいつの顔を思い出す。
絶対助けてやるからな――
私は一瞬だけ目を閉じて自分を切り替えた。
目を開け放つ。
「――手術を開始する」
******************
いつの間にか私は寝ちゃってたみたい――
俊樹君の手術は始まったばかりであった。
早くても夕方、もしかしたら夜までかかるかも知れない。
固まった身体を伸ばそうと手を広げたら、何かにぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい!? あっ、俊樹君のお父さん! お母さんも! ――妹さんと弟君でいいのかしら?」
私の身体には毛布がかけられてあった。
もしかしたらかけてくれたのかな?
お父さんが私の横に座った。
俊樹君に似て凄くハンサムなお父さん。
「――始まったね。美冬さん、ありがとう」
「わ、私、そんな、全然お役に立てずに――」
妹さんが口を挟んだ。
あれ? テレビで見たことあるような――
「そうよ、あんたのおかげで兄さんが超優しくなったって聞いたわ。ふん、ありがとね」
弟さんがそんな妹さんをたしなめる。
「こら、美冬さんにそんな口の聞き方しないの。もう、兄さんに似て素直じゃないんだから。本当は兄さんの事大好きなくせに――」
「べ、別にあんな奴――」
私はじっと妹さんを見つめた。
「う、そ、そうよ、大好きな兄さんよ! 絶対死なせたくないんだから! わ、私が頼んだ買い物がまだ終わって無いんだから! だから――戻って来てね――」
私は立ち上がり妹さんを抱きしめた。
「――大丈夫です。俊樹君は――私の王子様ですから!」
妹さんから嗚咽が聞こえてくる。
お母さんとお父さんはそんな私達を優しく見守ってくれた
弟君が呟く。
「兄さん、相変わらずモテモテだよな――死ぬなよ。俺じゃあ父さんの跡を継げないんだよ。俺たちには兄さんが必要なんだよ」
父さんが私に告げた。
「まだ始まったばかりだ。少し食堂で食事でもしてきたらどうだ?」
私は首を振る。
「私も俊樹君と一緒に戦います――」
妹さんは私の隣にドンッと座る。
「私も美冬さんと一緒にいるわ!」
「はあ、しょうがないな。僕もいるよ」
弟君も妹さんの隣に座り始めた。
お母さんがそんな光景を見て微笑みながら私に言った。
「ふふっ、美冬ちゃんも本物のうちの子みたいね? 孫の顔が見たいわね〜」
「ま、孫ですか!?」
「ええ、だから信じましょう、俊樹を――」




