全ては必然的に
私はこの日のために寝る間も惜しんで手術の録画を見漁った。
俊樹君の余命を伸ばすために――
いや、俊樹君を完治させるために。
弱気な心に私は押しつぶされそうになる。
だが、あの子達の笑顔をまだ見たいんだ。
「先生、お疲れ様です。先上がりますね? ――また、あの子のカルテですか?」
同僚の声を無視して私は手術のイメージに浸る。
「マジか、聞いてねえじゃん」
――聞こえてるぞ! なんだその口の聞き方は! だから最近の若い医者は――
「はぁ、せっかく食事に誘いたかったのに――」
――うるさい、さっさと帰れ! 合コンでもしてろ!
若い部下の医者が私の肩を叩く。
仕方ない。気がついたふりをして追い払おう。
「――仕事の邪魔だ。早く帰れ」
部下はため息を吐いた。
「はぁ、患者さんと対応が違いすぎませんか? ていうか顔ひどいですよ?」
――顔なんてどうでもいい。今は俊樹君を助けるのが一番だ。
「まあ、そんな人だから俺は好きになっちゃったんだけどね――」
「ごほっ! ごほっごほっ!! き、貴様、何を言ってる!?」
「え、ああ、前から言ってませんでしたっけ? 俺先生に惚れてますよ?」
「ちょ、ちょっと待て、こんな汚い格好で化粧気無くて女を捨ててるような奴にか?」
部下は照れくさそうに笑った。
「――はい。別に顔なんてどうでもいいですよ。だって、患者さんと向き合う時の先生は超カッコいいですよ」
「まあ、嬉しいが――今はそれどころじゃない。もう帰れ、私も今日は帰る」
「ええ、っと、先生疲れてますよね? 送って行きますよ」
普段の私なら確実に断っていただろう。
何故かこの時は素直に従おうと思った。
「ふん、たまにはいいか――」
「――おっしゃっ! あっ、大丈夫です! 送るだけです!!」
こうして私は部下と二人で帰る事にした。
帰り道中ずっと部下は喋りっぱなしであった。
私は適当に相槌を打って対応をする。
――明日は手術の準備、明後日が正念場だ。気を抜くな。
私は自分の体が重たい事に気がついた。
足が重たい、少し頭痛がする。
やっぱり疲れていたんだな。
一瞬私の意識が飛んだ――
立ちくらみが起こるような感覚――
「先生――危ない!!!」
私は部下に手を引っ張られて身体を倒された。
タイヤが地面に擦れて凄まじい音がなり響く。
車はガードレールにぶつかって止まってしまった。
私は自分の身体を確認する。
――無傷だ。もしもあのまま気を失っていたら。
そう思うと背筋が凍りつく。
私の身体の下には部下が呻きながら倒れていた。
身体を起こして部下の身体を見る。
「――大丈夫か? どこか打ったか?」
「うぅ、ちょ、ちょっと頭打ちました――。先生は先に帰って下さい。軽傷です、大事では無いです」
「し、しかし、お前は私をかばって――」
「はぁ、分からず屋ですね、本当に。いたた――、いいですか、もしも僕が送らなかったら先生は事故にあってました。先生が重症になったら救える命が救えなくなります」
ちゃらんぽらんなはずの部下の言葉が胸に刺さった。
サイレンの音が遠くから聞こえてきた。
「全く、もっと肩の力を抜いて下さい。僕が尊敬している先生は凄いんですから――」
肩の力を抜く。
確かに最近の私は――
私は息を吐く。
部下の頭の下に自分のタオルを敷く。
「そうだな――、残念ながらお前の言うとおりだ。焦っていたのかもな。――ありがとう。この礼は必ず」
部下は力無く手を振る。やがて救急車がやってきた。
部下は救急隊員の担架にのせられた。
私をそれを見届ける。
大きく深呼吸をした。
「今日は眠れるかな? ――俊樹君、私は凄いらしいぞ? だから私を信じてくれ」
私はその夜久方ぶりの快眠に着くことが出来た。
夢の中で部下が出てきたのは忘れよう。




