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余命一ヶ月の僕が、ボロボロの少女を拾って同居したら幸せになれた話  作者: 野良うさぎ(うさこ)


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美冬の提案

 

「俊樹くーん! パンダさんがいるよ!? わわっ、でんぐり返しした!」


 僕と美冬は時間を惜しむように色々な場所に出かけた。

 もちろんその間も病院には通っている。


 遠くには行けないけど、僕らは隣通しいられれば十分であった。


 動物園では美冬にプレゼントを買ってあげた。


「美冬にピッタリだよ」


「ハ、ハムスター!? な、なんで?」


「に、似てるから――」


「もう! わ、私そんなにちんまりしてるかな?」


 ――可愛いからだよ?



 近くの小さな遊園地にも行った。


「ジェットコースターはやめようね? と、俊樹君の身体が心配だし」


「あれって子供用だよ? もしかして、美冬怖いの?」


「そ、そ、そ、そんな事ないよ! いいの、俊樹君とはメリーゴーランド乗るの!」


「ははっ、分かったよ」


 平日の遊園地はとても空いていた。

 まるで僕らだけがここにいるような錯覚に陥る。


「美冬、走ったら危ないよ。ほら、手を出して」


「うん――。へへ、俊樹君の手暖かい」





 もちろんアルバイト先にもご飯を食べに行った。


「ア、アルバイトしてると緊張しちゃうね?」


「ふふ、またバリバリ働いてもらうからね」


「もちろん、あっ、俊樹君は――元気になったらご飯食べに来てね!」


「ああ――」


 店長が僕らのために自ら料理を運んでくれた。


「ちわーすっ! マジラブラブっすね――。俊樹さんのこんな姿を見れるなんて、美冬ちゃんすげーわ」


「――店長」


「マジすいません!! ゆ、ゆっくりしてって下さい! あっ」


 和やかな雰囲気の中、未来が僕らのテーブルにやってきた。

 美冬は僕を見てニコリと笑う。


「へへ、呼んじゃった」


「うん、俊樹来ちゃった。お邪魔者だけどよろしく」


 未来は美冬の隣へと座る。

 二人は姦しくお喋りを始める。

 僕はポツリと呟いた。


「なんか姉妹みたいだね――」


 未来は少し顔を赤くする。

 美冬は笑顔で僕に答えた。


「うん! 私未来さんの事大好きだもん! へへっ、お姉ちゃんが出来たみたいで嬉しい!」


 未来に抱きつく美冬は本当に嬉しそうであった。

 僕はそんな二人を見て心から幸せだ。






 水族館でも、近所の公園でも、図書館でも、映画館でも――


 僕らは笑い合って過ごす。


 美冬は僕の左手を自分の所有物みたいに扱う。

 僕はたまらなくそれが嬉しかった。



 ――だって、僕の右手はもううまく動かないから。






 この一週間はあっという間であった。

 明日は美冬が待ちに待った修学旅行。


 僕らは先生と相談した結果、半日だけの参加となった。


 美冬ごめんね。温泉旅館に行けなかったよ――




 朝の身支度が終わると、僕らは制服に袖を通す。

 今日は学校へ行くと決めた日。


 美冬は一緒に登校ができるのが楽しみだったのか、僕よりも早起きをして――

 ううん、最近毎日だ。美冬は僕より早く起きている。


 僕は身体が重くて朝が起きられなくなっていた。



 ――まだだ、明日まで僕はいつも通り過ごすんだ。



 玄関先から美冬の声が聞こえる。


「俊樹君! 準備出来たかな? もう少し待ってるね!」


 僕は制服のボタンを締めるのに、何度もやり直す。

 右手がうまく動かない。


 ――焦るな。まだ右手だけだ。


 美冬の足音が聞こえてきた。

 ボタンを閉められない僕を見て優しく微笑んだ。


「俊樹君――」


 僕の名前だけ呼んで、僕の後ろに回り込む。

 そして、一個一個ボタンを閉めてくれた。


 美冬の良い匂いが僕の鼻をくすぐる。


 全てのボタンを閉め終わると、美冬は僕を後ろから抱きしめた。


「一人じゃないよ――」


 僕は絞り出すように返事をした。


「――ああ」


 前を向くんだ。


 最後まで諦めるな。


 美冬は僕から身体を離し、両手で僕の右手を掴む。


「行こ――」


 その足取りはとても緩やかであった。


 僕らは――家を出た。




 美冬は僕に右手を握り続けていた。

 そこに美冬がいるって分かる。


 手の感覚は壊れているけど、僕は美冬の思いを感じられた。


 天気が良い朝の登校道をゆっくりと二人で歩く。


 美冬は清々しい顔であった。

 僕は笑ってられたかな?


「俊樹君、私泣かないよ? 最後まで笑っていたいから――」


 ああ、やっぱり美冬は強い子なんだね。

 僕は初めて会った時から美冬に首ったけなんだね。


「ああ、僕も負けないよ。美冬ともう一度冬を過ごすんだ」


 美冬は僕に対抗するように呟いた。


「私は何度でも冬を過ごしたい――」


「僕は美冬とよぼよぼになっても愛し合いたい」


「へっ!? そ、それはずるいよ、ふふっ、俊樹君――」


「ははっ、美冬――」


 いつの間にか僕らは笑い合っていた。


 美冬が隣にいると、ずっと通っていた登校路もいつもと変わって見える。

 美しい桜の木が道路横を埋め尽くす。

 緑の匂いが安らぎを与えてくれる。


 あと一ヶ月したら桜も咲くだろう。


 美冬も桜の木々を見つめていた。


 祈りなんてしない。

 僕は生きるんだ。





 学校は半日で早退することになった。

 明日の旅行に備えるためであった。


 クラスメイトたちも担任の先生の態度で薄々気がついているのか、僕の身体について何も触れてこなかった。

 いつも通りみんな僕に話しかけて来て、僕は困ってしまい、未来が助けに来てくれる。


 ――もっと早く気がついていれば良かったね。


 それでも気が付かなかいより随分ましであろう。

 こんな僕を慕ってくれる友達がいた事を僕は誇りに思える。


 僕はクラス総出で見送られて、教室を出た。




 昇降口に行くと、美冬はクラスメイトであろう女子生徒と喋っていた。

 和やかな雰囲気である。


 良かった。友達出来たんだね。

 美冬とクラスメイトは僕に気がつくと、二人は手を振って別れた。


 僕は美冬の元までゆっくりと歩く。


「ごめんね、待たせちゃった? 友達よかったの?」


 美冬は僕の腕を取った。


「うん、大丈夫! 私が休んでる間のノートを取ってくれてたんだ! すっごく嬉しかった!」


「良かったね――」


 僕は美冬の頭を撫でる。流石に学校では恥ずかしかったのか、美冬は顔を俯いた。


「うぅ、こ、子供扱いだよ!」


「はは、美冬は僕より年下だからね。ちゃんと言うこと聞いてね」


「――じゃあ、言うこと聞くから私のお願い聞いてもらえるかな?」


 うん? 珍しいね。美冬からお願いするなんて?


 僕らは靴に履き替えて、ゆっくりとお家を目指す。


 美冬はさっきから黙ったままであった。

 顔が赤いのはさっきと一緒である。

 大丈夫? 熱でも出したの?


 美冬は足を止めた。


「と、俊樹君が楽しみにしてた、お、温泉旅行に行きたいよね?」


 それはそうだけど――


 美冬は僕の顔を見ずに言い放った。


「きょ、きょ、今日は、わ、わ、私が、お家で温泉旅行気分を味わえるようにエスコートするよ!!」


「み、美冬? 温泉旅行気分!? ちょっと美冬が何を言ってるかわからないよ」


「だ、だから、今日は――二人にとって特別な日にしたいの」


「へっ?」


 僕は珍しく呆けた声が出てしまった。

 そして、美冬の恥ずかしがっている姿を見たら僕も恥ずかしくなってきた。


「う、うん、わ、分かった。きょ、今日は大切な日にするんだね?」


 美冬は首をブンブンと縦に振る。



 美冬の体温が伝わらないはずの僕の右手がなんだか熱くなったように感じてしまった。









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