美冬と未来
私は先生が俊樹君を診ている間、病院の中庭で日向ぼっこをすることにした。
ここの病院の中庭は緑が沢山あって、晴れた日はとても気持ちが良い。
――俊樹君。私は諦めないよ。
まだ何も始まってない。これから起こる未来は私達には分からない。
一つだけ言える事がある。
私は俊樹君のそばにずっといる。
ひたむきな愛情と呼ぶのだろうか。
助けてもらったから? 違う。だって、俊樹君の事を思うとこんなにも胸がドキドキする。
私はベンチに腰をかけた。
日曜日だけど人はまばらであった。
――いつからだろう? 私が俊樹君の事を好きになっちゃったのって?
私と俊樹君が初めて出会ったのは、早朝の新聞配達をしている最中であった。
私が熱で倒れる前の日、車にぶつけられて怪我をした私を介抱してくれた俊樹君。
その時は、目が冷たすぎて怖かったけど、私を介抱してくれるその手付きはとても優しかった。
――ドキっとしちゃったんだよね。
でも私には関係無いと思ってたの。
だって、あの時の私は心に余裕が無かった。
借金、父親の暴力、体力の限界、全てが私の心を壊そうとしていた。
――多分限界だったんだね、私。
俊樹君は初めは変な人だと思った。
だって、こんな小汚い私を拾って、すっごく優しくして……初めはなんだろう? 変な事されるのかな? って思った。
でも、俊樹君は本当は凄く優しくて、凄く寂しくて、自分で心に蓋をしてるって思ったの。
だから、私はその蓋をこじ開けちゃおう! って思ったけど――
――私がいつの間にか俊樹君にメロメロになっちゃってたね。
私は俊樹君に会えて幸せだよ。
余命なんて関係ない。私は今この瞬間の幸せを噛み締めたい。
日差しに影ができる。
私の前に女の子が立っていた。
「あれ? あなた、俊樹と一緒にいた――」
「あっ! 未来さん、こんにちは!」
俊樹君の幼馴染の未来さんだ。
未来さんはガーリッシュな私服で大人っぽくてとても可愛かった。
――うぅ、お胸が大きいよ。
私は自分の胸をぱふぱふする。
だ、大丈夫よ。まだ発展途上なだけ……。あっ、お、温泉旅館――ど、どうしよ!?
未来さんはあたふたしている私に話しかけてきた。
「ちょっと!? あ、あなた大丈夫? 何かテンパってたけど?」
「――あ、は、はい、大丈夫です」
「あらそう、なら良いわ。ねえ、座っていい?」
「もちろんです――」
未来さんは私の隣に座った。
眩しそうに中庭の緑を見やる。なんだか落ち着いた表情はとても大人びて見えた。
そして小さな声で呟いた。
「――ねえ、俊樹はこの病院にいるんでしょ?」
私は驚いて何も言えなかった。
「ふふ、大丈夫よ。怒ってるわけじゃないの。私ね、俊樹が学校に来た日に気づいちゃったの」
未来さんは緑の木々を見ながら続ける。
「私と俊樹は幼馴染、だから俊樹の変化はすぐに分かるの。――俊樹はあなたと出会って変わったわ。嬉しい事でもあり……私が変えたかった悔しさもあるし」
「でもね、私はあなたに感謝してるの。だって、あなたが俊樹を変えなかったら、私は気が付かなかったもん。――俊樹、良くないんでしょ?」
未来さんは透き通るような声であった。
落ち着いていて、カフェで取り乱した時のような不安そうな声じゃない。
「はい――――」
「俊樹はね、カッコよくて真面目で頭も良くて完璧人間だけど、感情が希薄過ぎたのよ。――俊樹には幸せになって欲しい。それがたとえ短かったとしても」
未来さんが俊樹君を思う気持ちが伝わってくる。
俊樹君の事が本当に大切だったんだ――
「わ、私――」
未来さんは私の背中をさする。
なんで?
「いいの美冬ちゃん。あなたが俊樹君の前で笑顔でいて欲しいのよ。だから、ね。今はお姉さんを頼っていいのよ?」
「――未来さん」
「ふふ、あなたが私に『素直になれ』って言った時が懐かしいわね。全然最近だけどね」
「あ、あれは――」
「感謝してるわ。――私は俊樹が好きだった。でもそれは恋とは違う。ただ隣にいたから好きだっただけ。固執してただけ。それが分かって、自分に素直になれたの」
未来さんは私の背中を撫で続ける。
「――あなたは違うわ。俊樹に恋してるでしょ? 大切な人でしょ? 私の前では無理しなくていいのよ、泣いていいのよ――」
未来さんの優しさが私の心に届く。
私は胸からこみ上げて来るものを抑えることが出来なかった。
今まで我慢していた悲しみが爆発する。
「未来ざん、俊樹ぐんがいなくなっちゃう――うわぁぁぁん――」
未来さんは私の背中をずっと擦り続けてくれる。
当たる手の感触がとても温かい。
「いいのよ。私にぶつけてね。美冬ちゃん――」
本当は私は自分を騙してた! 俊樹君がいなくなるんて嫌だ!! 私はずっと俊樹君と一緒に――
初めて恋をして、初めてキスをして、抱きしめ合って、一緒に掃除して、今日は一緒のお布団でお休みするって約束した――
大好きな俊樹君がいなくなる。
嫌に決まってるよ!! まだ出会って一ヶ月も経っていないんだよ!?
なんで? 神様? おかしいでしょ!?
私の鼻水と涙が未来さんの服を汚す。
それでも未来さんは私を背中を擦り続ける。
「――――――あなたの気持ちは私も分かるわ。俊樹は大切な幼馴染。だからね、私達は一緒に支え合いましょぅ」
「――ひゃい」
未来さんの声が震えて小さくなる。
「ね、美冬さん、あなたが私に素直になれって言ってくれたから私は間に合ったの。もしいつまでも拗ねていたら、と思うとぞっとするわ――」
「ぐずっ、未来さん――」
未来さんの手の動きが止まる。
私は未来さんを見つめる。
涙でぐしゃぐしゃな顔は泣き笑いをしていた。
「だから、私達は笑って俊樹と迎えましょう――」
私はその笑顔を見て、未来さんと通じ合う事が出来た気がした。
悲しみが消えるはずは無い。
でも、未来さんが悲しみを共有してくれる――
もしかして、俊樹君以外で初めて出来た友達かも知れない。
ううん、友達というよりも――仲間。俊樹君で繋いだ大切な仲間。
――ありがとう、未来さん。私もう泣かないよ。俊樹君の事を精一杯愛してやるんだ!!
でも、今だけはいいよね?
私は涙でグシャグシャな顔をとびっきりの笑顔に変えて、未来さんに向けた。
「ひゃい、未来しゃん――私、俊樹君を幸せにしましゅ」
私達は中庭で泣きながら笑いあった。
いつしか泣き声と涙は収まり、私達の笑い声だけが中庭に響くのであった。




