新しい朝
「――きて」
遠くから僕を呼んでいる声が聞こえてくる。
その声はとても愛おしくて……僕の気持ちをリラックスさせてくれる。
「――君! もう、起きて!」
身体を揺する振動が更に僕を眠気へと誘う。
凄く気持ち良くて……安らぐ。
「お、起きないなら……、ちょっとくらい良いよね?」
――?
僕は顔に近づく体温を感じて、目をゆっくりと開ける。
美冬の顔がすぐ近くにあった。
僕と美冬の目が合う。美冬は僕の開いた目を見て固まっていた。
「ううぅ……やっぱり恥ずかしい……」
僕は美冬の身体に手を回して、抱き寄せた。美冬は僕の肩に顔を乗せる。
耳元でささやく。
「――おはよう」
美冬は照れながら答えてくれた。
「おはよう、俊樹君」
僕らの新しい朝が始まる。
僕は寝坊することが滅多に無い。おじいちゃんみたいに朝が早い。だから美冬が僕を起こすなんてありえないはずであった。
身支度をしてリビングのテーブルに着くと、美冬が僕の朝食を出してくれた。
美冬も自分の分を運ぶと、席に着いて朝食を食べ始めた。
「いただきます! 俊樹君も一杯食べてね! 俊樹君、今朝はぐっすりだったね? 疲れちゃったよね?」
僕は昨日の事を思い出す。
父さんと母さんとの再会、美冬に僕の秘密を伝えた思い出深い日。
――疲れたんじゃない、これは安心してしまったんだ。
「僕より美冬のほうが早く寝ちゃったでしょ? 帰ってお風呂入ってすぐにリビングで寝ちゃって……僕が運んだんだよ?」
「も、もしかして、お姫様抱っこ!? うぅ……ちゃんと起きてれば良かった」
「ふふ、今度してあげるから……、僕よりも美冬のほうが疲れちゃったでしょ? 昨日は色々あったし」
「わ、私は大丈夫だよ! もちろん俊樹君の余命の事は衝撃だったけど……それ以上に、私は俊樹君と……心が通じ合って嬉しかったよ! それにみんなも祝福してくれたしね」
僕らはまだ若い。
それこそ人生は今の年齢の何倍も生きる人が多い。
人生は分からない事だらけだ。
もしかしたら僕は明日交通事故で死ぬかも知れない。
だから、僕は残りの人生をかけて美冬を幸せにするんだ。
「美冬」
「うん? 何、俊樹君?」
「今日も可愛いよ」
美冬はみるみるうちに顔が真っ赤になっていく。
咥えていたパンをお皿の上に落としてしまう。
「と、俊樹君!? は、恥ずかしい……」
そう、これから始まるのは、僕らの新しい一日。
僕に愛情という物を教えてくれた美冬と過ごす大切な時間。
美冬は赤らめた顔を笑顔にさせて僕に言った。
その視線は窓の外を見ている。
「俊樹君、今日はとっても良い天気だよ。素敵な一日になりそうだね! へへ、ずっと一緒にいるからね!」
部屋に朝日が差し込む。
反射した光に照らされた美冬は輝いて見えた。
朝食を終えた僕らは……昨日話せなかった事を話し合う事にした。
だって昨日は美冬から愛してるなんて言われて気が動転しちゃったからね。
今度は僕が二人分のコーヒーを作る。
そしてソファーに移動することにした。
ローテーブルの上にコーヒーを置く。
「じゃあ、今後の事について話すね?」
美冬はコーヒーをすすりながらこくりと頷く。
「僕は高校生に上がった頃病気になってしまった。……その頃から手遅れだと言われていて、余命一年、半年と言われた。そして、この前の先生からの余命宣告は一ヶ月だった」
「うん、あと二週間から二十日間くらいだっけ……」
僕は美冬の肩に手を回して抱き寄せた。
「ああ、そうだ。でもね、身体の調子は悪くないんだ。余命はあくまでも目安であるからね」
――本当は頭痛や吐き気がする時もあるけどね。内緒だよ。
美冬は僕に甘えるように身体を預けてきた。
「それでね、僕は今まで通りの生活を続けようと思う。あっ、誤解しないでね、ちゃんと先生と相談して治療は受けるよ」
――そうだ。僕は抗うって決めたんだ。
「先生は脳外科の名医だからね。……僕は美冬と一緒にいるって決めたんだ」
「ねえ、私も学校とアルバイト休む」
「でも、それだと……せっかく地盤ができたのに」
美冬は頭をグリグリと僕の肩に押し付けてきた。
「むぅぅ! 俊樹くん! 学校とアルバイトはいつでも行けるよ! ……俊樹君と一緒にいられるのは今だけよ……」
美冬の語尾はか細く掻き消えてしまう。
僕はそんな美冬の頭に手をのせて髪を撫でる。
「そうだね……。今日は一緒に病院へ行くけど……、どこに行きたいか考えよう。美冬はどこに行きたい? 僕は温泉だよ」
美冬の表情は、ぱぁっと明るくなる。その裏に隠されている影を見せないように。
「私はディスティニーランドと、動物園と、水族館と……う〜、行きたい所が多すぎてわかんなくなっちゃう……。あっ、また俊樹君と一緒に学校を登校したい!!」
――ははっ、本当に行きたい所が沢山だね。
「そうだね。……でもね、今日の病院は午後からなんだ。……だから今日は家で二人っきりでゆっくりしたいな」
美冬は急に姿勢を正して、ソファーの上で正座を始めた。
「ひゃい!? ふ、不束かものですけど、よろしくでしゅ」
僕は美冬を見つめる。
美冬は正座したままカチコチになってしまった。
僕は美冬の肩に手をかける。
美冬の緊張が伝わる。
――やっぱり可愛いね。
美冬が目をぎゅっとつぶって僕を待っている。
――大好きだよ。美冬……。
僕は自分の唇で、美冬の唇を優しく塞いだ。




