俊樹の決意
――僕に恋をした。
その言葉を言い放った美冬の瞳から一筋の涙が流れていた。
必死で泣くのをこらえているように見える。
僕は美冬と真剣に向き合いながら告げる。
「――死んじゃうんだよ? 僕と一緒にいたって美冬は……幸せになれないよ?」
「私の幸せは私が決めるの」
「――今まで言えなかったんだよ? ……そんな僕を信用できるの?」
「ううん、今言ってくれた。まだ出会って少ししか経ってない私に……」
「――僕は美冬を悲しませてしまう……だから、美冬はこれから一人で生きていけるように――」
僕が消える。そう、それが一番美冬のためになる。美冬は父さんたちに任せる。そうすれば人並に幸せな生活を送れる。
それでも美冬は首を振る。
涙を流しているのに、その燃え上がるような瞳は真っすぐ僕を見つめていた。
「俊樹君、私はあなたのそばから離れない。――もう決めたの」
「たとえ僕の事が好きって言ってくれても……僕は」
美冬は僕の言葉を遮った。
「――愛してる」
美冬は続けて言い放つ。
「俊樹君が思っているよりも……私は俊樹君に首ったけなのよ。……死んじゃうのは悲しい……でもね、一緒にいられないのはもっと悲しい事よ」
僕の手を重ねた、美冬の手が僕の身体を伝わせて……僕の顔を優しく撫でる。
「ねえ、俊樹君……迷惑だったかな……私が愛してるって言っちゃって?」
僕は美冬の小さな身体を今すぐにでも抱きしめたくなる。
自の両手を強く握り締める。
「――ああ、本当に迷惑だ……。美冬は僕をとても困らせているよ……」
親父は凄いな。僕が美冬に惚れてるってすぐ分かったよね?
――僕の感情が、僕の全身が、美冬の思いを受け止める。
父さん達からしたら、おままごとに見えるかも知れない。
好きな人から好きって言ってもらえた喜び。
好きな人を残して死んでしまう罪悪感と悲しみ。
好きな人を笑顔にしたという希望。
「――――」
声が出なかった。僕の気持ちを美冬に伝えたいはずなのに……。
身体が動かない。全身から震えて動かない。
感情が身体の中で暴れまわっている。
美冬はそんな僕を……しっかりと抱きしめてくれた。
小さな身体を精一杯大きくして、僕の背中に手を回してくれる。
美冬の温かさが僕の心に届く。
――本当に……出会えて良かった。
僕は美冬の耳元で囁いた。
「――僕から離れるな。ずっと……ずっと、死ぬまでそばにいてくれ」
ひどい男だと認識してる。
死んでしまう男が美冬を束縛してしまうのだ。
それでも……、僕の理性は愛情という感情を抑えることが出来なかった。
「――僕が惚れた最初で最後の女の子だよ」
美冬は僕の胸で嗚咽を上げる。
それは悲しみと喜びが入り混じっている嗚咽。
僕らはみんなに見守られている中、ずっと抱きしめ合った。
父さんと母さんのすすり泣く声だ聞こえる。
お手伝いさんたちは全員直立不動で僕らを見守ってくれた。
僕と美冬は静かに離れる。
再び、ソファに座る。さっきと違って、今度は美冬との距離が更に近くなった。
僕は泣いている父さんを見るのは初めてだった。
父さんは必死で自分を抑えようとしている。
母さんはそんな父さんに寄り添う。
素敵な夫婦だね……。
父さんはいきなり立ち上がった。
父さんは美冬に頭を下げた。
「――ありがとう……。本当にありがとう……あの人嫌いの俊樹が……うぅ……。美冬さん……本当にすまない……」
美冬は小さくお辞儀をする。
涙で声が出ないみたいだ……。
そして、父さんは大声で叫んだ。
「――いいか!! これは……悲恋なんかじゃないんだ……。俊樹がやっと人を好きになれたんだ……奇跡が起こったんだ。……だから、みんな喜んでくれ!! 悲しまないでくれ!! 俺たちがこいつらに悲しみを押し付けるな! ――だから」
父さんは僕の見つめる。
優しい眼差しは初めてだよ……。
「――俊樹、おめでとう……。心から祝福を……ぐっ……祝福をする」
父さんは僕の前に手を差し出した。
僕は恐る恐るその手を……取る。
ゴツゴツした大きな手が汗ばんでいる。
小さく小刻みに震えているのが分かる。
――父さんの愛情が伝わる。
父さんは僕の顔を見て満足したのか、そっと手を離す。
「父さん、ありがとう。……うん、僕もみんなが祝福してくれたら嬉しいかもね。……でも、美冬……」
美冬は僕を見て笑みを浮かべた。
「もう、私だって祝ってくれた方が嬉しいよ! ねえ、俊樹君……私、俊樹君の余命は気にしないからね? だから……私とずっと一緒に過ごそうね!」
「一緒に過ごす……」
――そういえば、僕は美冬を一緒に暮らしているんだ!?
そう思うと、凄く恥ずかしくなってきた。
美冬は意地悪な笑みを浮かべる。
「へへっ、これから一杯俊樹君に甘えちゃうからね! ――逃さないよ!」
「お、お手柔らかにお願い……」
「なんか、いつもと逆だね? ふふっ」
僕も美冬の笑顔につられて笑ってしまう。
父さんも母さんも笑みを浮かべる。
僕たちが作った悲しみの空気は、だんだんとお祝いの空気に変化していく。
そうだ。この恋を悲恋になんてさせない。
僕は……戦う。
前を向くんだ!
美冬と一秒でも長く一緒にいるんだ!




