優しい世界
「忘れ物は無いか? ハンカチは? ティッシュは?」
「もう、子供じゃないんだから! 大丈夫よ! 早く行こ!」
制服姿の美冬が頬っぺたを膨らませながら玄関で待っていた。
美冬は一年生だから教室が違うけど、僕らは一緒に学校へ通う事にした。
……僕の場合は復学になるのか?
「ああ、そんなに急ぐと転ぶぞ」
「大丈夫よ! ――あっ!?」
靴を履こうとした美冬はバランスを崩して、後ろに転びかけてしまった。
僕はとっさに美冬の身体を支えた。
前よりも重くなった身体が僕の心に安心感を生み出す。
……良かった。
「うぅ……も、もう大丈夫よ……恥ずかしいから……」
後ろから抱き止められた美冬が僕の腕の中をもがく。
恥ずかしがっている美冬は……ハムスターみたいに愛らしかった。
「うん、ブサカワだ」
「え!? なにそれ! ブサカワ?? ちょっと、俊樹君」
「さあ行こうか」
本当は美冬の事が可愛いと思ってしまった。
僕はなぜか照れてしまって、思いとは裏腹な言葉が飛び出ていた。
美冬は怒るかと思ったけど、なぜか美冬も照れた様子でおとなしく頷いてくれる。
「――うん、行こ!」
美冬は扉を開けて、僕に手を伸ばす。
朝日に照らされた美冬を見ると、僕の心がざわめく。
胸が締め付けられる思い。苦しみ? 安らぎ? わからない……。
だけど、もう少しでそれが何かわかりそうな予感がしている。
僕は真っ赤な顔をした美冬と手を繋ぐ。
美冬は慌てた様子で僕に言い訳をした。
「あ、これは……うん一昨日のお返しよ! そうよ……俊樹君も恥ずかしがればいいのよ!!」
……僕は動揺しない……ちょっとつまずきそうになったけど……動揺しない……。
大丈夫、これは特別な事じゃない。
仲良くなった友達が手を繋ぐだけだ。
――友達?
僕はいつの間にか美冬の事を友達と思っていたのか?
……これが人の感情という物?
僕は美冬の手を少しだけ強く握る。
そこに美冬がいる事を確かめるように。
「うん、行こう……二人で」
************
学校に着くと、僕らの周りには人だかりができる。
だけど、みんな一定の距離と節度を保ってくれているので問題ない。
ああ、そういえばこんな感じだったね。
気にしていなかったから見えてなかったよ。
美冬は職員室へ行って、色々手続きをしてから教室へ向かう。
僕は普段通り教室へと向かった。
教室に着くと、僕はいつも通り席に座っておとなしく授業の準備をするか、本でも読もうと思っていた。
その目論見が儚く崩れてしまう。
「俊樹君、心配したんだよ!」
「風邪? 十日以上休んだよね? 先生も理由を教えてくれないしさ」
「でも良かった~、あ、修学旅行はいけるの?」
「高校生なのに二泊三日ってしょぼいよな~」
「うちの学校は卒業旅行が凄いだろ!」
「もうすぐ受験だな……」
僕の周りには大勢のクラスメイトが集まってきた。
一昨日は学校戻る宣言しただけで、美冬が心配だったからすぐに帰っちゃったけど……。
今まではこの喧騒を無視していたが、今は違う。
一人一人……感情があるんだ。
僕は一人一人に言葉を返した。
そんな僕を、クラスメイトたちは驚きの表情で見る。
僕の周りは温かい空気に包まれていった。
ふと、教室の隅で固まっている未来の姿が見えた。
未来は一歩も動かず、目を閉じて深呼吸をしている。
――なんだ??
小さな声で「……よし」と気合を入れて……僕の方へ近づいて来た。
ギクシャクと動く未来。
綺麗な顔が引きつっている。
僕の前で止まった。
周りのクラスメイトたちも固唾を飲んで見守っていた。
「お、お、おはよう……俊樹……」
「ああ、未来、おはよう」
少しだけ間があった。
未来は背筋を伸ばして、僕に向かって頭を下げた。
「俊樹……ごめん……今までごめんなさい!! わ、わ、私が素直じゃなくて……あんたが優しくて……それに甘えて、わがままし放題で……嫌な思いさせて、迷惑かけて……」
何度も何度も頭を下げる未来。
「ひぐ……分かっていたの……俊樹は私に興味が無いって……だけど、少しでも俊樹と一緒に居たかったから……俊樹がもっと年相応な感情を持ってくれたらって思って……」
「ああ、分かってる」
未来は顔を上げて僕を見つめた。
その眼は真剣であった。
「俊樹、こんな私でも……友達でいてくれる?」
僕は息を吐いた。
「ああ、当たり前だ。未来は僕の……大切な友達だ」
未来は一昨日と同じように、子供のように泣きじゃくる。
「俊樹……ありがとう……ひぐ……ありがとう……ごめん……もう……わがまま言わない……」
未来の後悔の感情が僕の心に伝わる。
こうやって人は感情を、気持ちを伝える事ができるんだ。
――僕は残される人に……何を伝える事ができるんだ?
第一章完
一章完結です!
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