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余命一ヶ月


「君の余命は後一ヶ月だ。……親父さんとは友達だから最善は尽くして来たけど……」


「そうですか、分かりました。父さんによろしく言っておいて下さい」


「はぁ……親父そっくりだな。君は死ぬんだぞ? なんでそんなに冷静でいられる?」


 僕は医者の先生に告げた。


「病気が分かった時点で父さんの期待に応えられませんでした。だからもう僕はいらない人間です。……人間いつか死にます。僕は人より少し早いだけです」


「おい、ちょっと待て。お前の親父は……」


「それでは……」


 僕は先生の言葉を無視して、足早に特別診察室を出た。



 病院を出ると空は快晴であった。晴れ晴れとした空気が心地よい。

 面倒だけど、僕は学生の身分。こんな日はどこか遠くに行きたいけど……学校に行かなきゃね。







 高校生に上がった時の事だ。ひょんな事から病院に行く羽目になり、身体全身を検査することになった。

 その時には僕の身体が病魔に蝕まれている事が判明した。


 両親は泣いた。

 大切な跡取り息子が不良品ということがわかったからだ。

 決して悲しんでいるわけではない。……跡目は弟が全て継ぐことになった。

 弟はそのためのスペアみたいなものであったしね。


 妹は僕がいなくなることを知らない。


 ……もちろんそんな事実で少しだけ悲しくなるわけではないが、うちの両親は特殊な人達だ。


 僕は英才教育を施された。

 それこそ、同年代で僕ほど優秀な人間は一握りしかいないだろう。

 ……父さんは僕に不満を持っていて、出来が悪い弟を可愛がっていたけどね。


 そんな僕ら……うん、僕と両親には真っ当な感情は持ち合わせていない。

 僕が死ぬ。じゃあ代わりが必要だ。

 僕はもういらない存在となり果てた。


 家にいると、僕という存在が両親に、弟に迷惑かける。だから僕は父さんに頼んで小さなアパートを借りて一人で住むことにした。





 **********




 学校へ着くと、病院に寄ってから向かったので、もう午後の時間になっていた。

 ちょうどお昼休み。


 教室に近づくと、クラスメイトの騒ぎ声が聞こえてくる。

 僕が教室に入ると、幼馴染の未来みらいがズンズンと近づいてきた。


「……おい、今日も重役出勤? 相変わらず偉そうね……、ちょっと聞いてるの!! ふん、早くご飯にするわよ」


 僕の手を強引に引いて自分の席の近くに座らされた。


「ねえ、痛いよ」


「はぁ!? 俊樹としき、口答え? 私は友達がいないあんたを構ってあげてるの? わかる? はぁ……ほんと、あんたムカつくわよね」


 未来は昔から僕を小馬鹿にした態度であった。

 機嫌が悪いと殴る蹴るは当たり前、無理やり買い物の荷物持ちに行かされることも多々ある。僕が他の女子と喋っていると、なぜか後でこっぴどく罵られる。


 好意の裏返しだったらいいんだけどね……それが全く見えない。

 ――まあ僕は自分の感情が分からないから、人の感情も分からないけどね。


 未来に好意を持たれても困る。すぐ死ぬ男なんて先が見えているし。


 彼女にとって僕は都合の良い男なんだろう。

 未来が僕の足を蹴りながらブツブツ文句を言っていた。


「ねえ聞いてるの!? 私髪型変えたんだけど? なんか言うことないの?」


「ああ、綺麗になったね」


「っ!? あ、あんたもたまには気の利いた事言えるじゃないの。ふ、ふん、それだけ?」


 ……それだけ? ……わからない。未来はお世辞抜きに綺麗な女の子だけど、一切異性として見たことがない。浮かばないよ。

 僕が黙っていると、未来の機嫌が悪くなっていった。


「ねえ、そ・れ・だ・け? はぁ……ピアス変えたでしょ!? 本当に見る目無い男ね。私以外と喋っているの見たことないしさ。……いい加減ムカつくわ。――あんたこのクラスから、いや、この学校から出ていきなさいよ」


 ――いつもだったら未来をなだめすかしてやり過ごしていたけど……


 そうか、学校を出ていく。どうせ死ぬならそれも悪くないのかな? 


 そんな事を考えてしまった自分に驚いた。

 自分では気が付かないほど、余命宣告に動揺したのかな?


 ……そうだね。もうすぐ僕は死ぬ。なら好きに生きていいのかな?


 この瞬間だろうか……

 僕が今までの僕を捨てたのは。




 僕は努めて平坦な口調で未来に告げた。


「――うん、そうするよ。もう未来のわがままにはうんざりだ」


 僕は席を立った。


「え、え、ちょっと待って!? あんた何言ってるの? そこはあんたが謝るところでしょ? それでいつも平気だったでしょ?」


 クラスメイトたちが僕らのいざこざがいつもと違うのを感じ取って静まり返った。


 僕は未来に優しく語りかけた。


「あのね、未来。いい加減わがままが過ぎるよ。僕と未来は幼馴染だ。うん、それは変えられない事実。だけど、付き合っている男女なわけじゃない。なんで未来は僕にそんなにわがまま言うの? おかしくない? 僕は未来にそんな事言う?」


 未来は机を蹴って立ち上がった。


「ふ、ふん! あ、あんた今日は生意気よ!! い、今ならいつもどおり謝ったら許して上げる! そ、そしたらいつもみたいに喋りかけてあげるわよ!」


 僕はため息と吐いた。


「……未来。言っても通じないんだね? ……冗談でも言って良いことと悪いことがあるからね。……未来が言ったように、僕はこのクラスから去るよ。――さよなら」



 去ろうとする僕の肩を掴む未来。


「待ちなさいよ!! ね、ねえ今なら許すって言ってるのよ!」



 怒っているのか、顔を真っ赤にさせて目が潤んでいる未来の手を振り払って、荷物をまとめて職員室へと向かうことにした。



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