私がしてきたことの結果
「あー……何となくそんなことじゃないかな~って察してはいたんだよね……
お父さん、自分の本当のお父さんやお母さんのことはほとんど話さなかったから。だからきっと大変なことがあったんだろうなとは思ってたけど、さすがにきついね……」
山仁さんの告白を受け、イチコがそんなことを口にしたそうです。正直、この時の私はそれどころではなかったので耳に入ってはいなかったのですが……
しかし、実子であるイチコでさえ知らされていなかったなんて……
…いえ、このようなこと、軽々しく口にできなくても当然ですね。
その一方で、私は、完全に思考停止に陥っていました。涙がとめどなく流れ落ちていることにさえ気付けないほど……
ああ……私は、普段はあんなに大口を叩いていながら、いざこういう事態に直面すると何もできなくなるただの小娘だったのですね……なんと恥ずかしい……
けれど、そんな私に届いてくる感触。
あたたかくて、力強くて……
カナでした。いえ、カナだけでなく、フミまで。二人が私の手を強く握ってくれていたのです。
その上で、
「ピカ……私も小父さんと一緒だよ。あんたがどんな決断を下しても、私はそれを受け入れる」
「私もだよ。ピカ。でも、ピカが助けてって言うなら私も助ける。勇気を出す為に助けてって言うんだったら私も支えるよ…!」
と、声を掛けてくれていたのがようやく届いてきます。
それが、停止していた私を揺り動かしてくれました。
ああ……これなのですね……これが私がしてきたことの結果なのですね……
こんなにも頼りなくて口先ばかりの駄目な私でさえ、こうして二人は支えてくれる……
いいえ、二人だけではありません。イチコも、山下さんも、絵里奈さんも、玲那さんも、私を真っ直ぐに見詰めてくれている。こんな私を嘲ることなく、見下すことなく……
私がしてきたことは、間違いじゃなかった……こんな素晴らしい人達がこうして私を支えてくださる。
……そうです。私は一人じゃない。一人では支えきれないことも一緒に支えてくださる方がいてくださるのです。
なんて心強い……
それを改めて感じた瞬間、私の中で何かがカチリと音を立ててはまりました。そして動き出すのが分かります。
山仁さんは、いえ、お義父さんは、『どうかゆっくり考えてください』とおっしゃってくださいました。でも、私は思い出せたのです。考えるまでもないということを。
私は、何があってもヒロ坊くんを愛すると決めたはずです。人生というのは、決して平坦なだけじゃない。とてつもない困難が降りかかってくることもあるというのを、私は間近で見てきたじゃないですか。
まだまだ甘えたい盛りに母親を亡くしたイチコとヒロ坊くん。
お兄さんが事件を起こし家庭が崩壊したカナ。
家族との信頼関係が完全に失われてしまったフミ。
母親と姉に暴力を振るわれてきた千早。
実の父親に捨てられた沙奈子さんと、それを受け入れた山下家の方々。
凄惨な虐待を受けた末、その報復を実行してしまったことでさらに困難な状況に貶められた玲那さん。
加えて、山下さんの知人で、虐待を受けたことで問題行動が収まらないお子さんを預かり養育しているという鷲崎さん。
そこにまた、実のお父さんが七人もの人を殺害し死刑となったことで人生を壊し尽くされたお義父さんの過去が明らかになったからといって、何が変わるというのでしょう?
何も変わりません。何も変わらないのです。
確かに、お義父さんのお父さんが<元死刑囚>ということであれば、ヒロ坊くんは<元死刑囚の孫>ということになります。
その彼と結婚するとなれば、私の親族をはじめとした周囲は離れていってしまうかもしれません。父や母の伝で築いた私の人脈も失われてしまうかもしれない。ですがそれらは私が自ら築いてきたものではありません。たまたま父と母の下に生まれることができたというだけであらかじめそこにあっただけのものでしかないのです。そんな単なる幸運に頼っていては、自らの力で人生を切り開いていくことなどできはしないでしょう。
私は、自分の力でそれを築き上げていかなければならない。
それだけの話なのです。
だから答えは最初から決まっていたのです。それ以外にないという答えが。
「…ありがとう……ありがとう……」
それを思い出させてくれたカナとフミの手を握り返し、私は心の底から感謝していたのでした。




