<お母さん>に近い存在
いくらアプリのバージョンを重ねても、玲那さんご自身の<声>は戻ってきません。その事実は事実として理解した上で、山下さんも玲那さんも喜んでくださっているのが分かります。
「ありがとう…本当にありがとう、星谷さん」
そう頭を下げた山下さんに続いて、
「ありがとう、ピカおねえちゃん」
沙奈子さんも頭を下げてくださいました。
それができる沙奈子さんと、沙奈子さんをそのように育ててらっしゃる山下さんには本当に敬服いたします。
ですが、
「いえ、これはまだ通過点にすぎません。まだまだこんなものでは私は納得できません。より玲那さんの肉声に近いものを追求していきたいと思います。
つきましては、玲那さんの詳細な頭部および口腔のデータを得たいと思いますので、準備ができましたらまたご協力をお願いすることになるでしょう。お手数をお掛けしますが、ご協力いただけましたらありがたいです」
私は敢えてそう告げさせていただきました。
そうなのです。今回のアプリも私にとっては通過点はおろか、ようやくスタート地点に立てたというレベルのものでしかないというのが実感です。ここで満足してはいられないのです。
そんな私に、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
山下さんと玲那さん、そして沙奈子さんまで改めて頭を下げてくださいました。
すると、
「ピカちゃん、すげ~!」
という声が。
ヒロ坊くんでした。ヒロ坊くんが、キラキラと目を輝かせて、興奮した様子で、
「世界を救う第一歩ってことだな? まずは玲那さんを救うんだな?」
と、食い入るように私を見詰めつつ言ったのです。
この時の彼は、いつも以上に力が入っていました。いつもはもう少し丁寧な物言いだったはずなのですが、それがいかにもこの年頃の男の子のそれという感じになっていたと思います。それだけ興奮していたということなのでしょう。
瞬間、私は自分の体がカーッと熱を帯びていくのが分かりました。
すると今度は、
「む~! ヒロばっかりずるい! ピカお姉ちゃんは私のお姉ちゃんなんだから!」
という声が。
千早でした。料理をしながらも千早が私達の方を振り向きながら口を尖らせていたのです。明らかな嫉妬でしたね。
いつも以上に彼が熱っぽく私を見ていたことで、黙っていられなくなった感じでしょうか。
けれど、昼食の用意ができて皆で一緒に食事をしている時には、
「僕はお母さんいないけど、みんながいるから寂しくないよ。特にピカちゃん、お母さんみたいだし!」
彼はそう言いました。
その言葉に、
『ああ…私はまだ、彼にとっては<お母さん>に近い存在なのですね……』
と改めて思い知らされ、少し残念な気持ちになってしまったりもしたのですが。




