あんたは私の親友だよ~
自分を抑えられるようになったからこそ千早は幸せを手に入れられるようになりました。
その最も顕著な例が沙奈子さんとの関係です。
ヒロ坊くんに私のホットケーキを作る担当を譲ったものの内心では不満もあった彼女の頭を沙奈子さんがそっと撫でてくれたのです。
沙奈子さんは、山下さんに保護される以前には自身の感情も制御できない理不尽な大人に虐げられてきたからか他人の感情に対して敏感な、いえ過敏と言っても差し付けないような部分があり、千早の不満も察してくださったのでしょう。
しかもそんな千早を気遣ってくださる。
それは、沙奈子さんの器の大きさでもあるのでしょうが、沙奈子さんに『気遣ってあげたい』と思わせることができるようになった千早自身の成長もあると思うのです。
「ありがと~、沙奈~! あんたは私の親友だよ~。お~いおいおい」
ホットケーキが焼ける間、千早は沙奈子さんに抱きつきながら大袈裟に泣き真似をしていました。
そんな千早に沙奈子さんはやはり穏やかな表情を向けてくれます。
本当に素晴らしい関係になれたと思います。
私が二人の様子にあたたかいものを感じている間にもヒロ坊くんは手際よくホットケーキを焼いてくれて、
「はい、ピカちゃん、どうぞ」
笑顔でお皿に盛り付けてくれました。
それがまた嬉しくて、胸が高鳴り、頬が熱くなります。
「はい、山下さんもどうぞ」
と山下さんにもホットケーキを差し出す彼の姿に見惚れてしまいました。
彼がこんなにも優しくいられる理由を胸に刻みます。お義父さんをはじめ、彼の周囲の方々が思い遣りに溢れているからこそ、彼は今の彼でいられるのです。私もそれを心掛けなければなりません。私がもし、自分の感情にばかり正直な身勝手な人間でいては、彼のこの笑顔は曇ってしまう。
彼の笑顔を守るためにも、私は自らを律しなければなりません。
自身の感情や気持ちを押し通したいのならば、それがどのようなメリットをもたらすものであるのかを提示しなければならないでしょう。
そしてそれを提示できる環境を望むのであれば、まず、自らが他の方が提示するものに耳を傾ける姿勢を見せなければならない。
人生経験に乏しく未熟である幼い子供のうちはそこまでできなくても、少なくとも大人と呼ばれる年齢ともなれば一方的に自分だけを受け止めてもらうことを望むのはなかなか難しいと思うのです。
だから私は、少なくとも、ヒロ坊くん、千早、イチコ、カナ、フミ、お義父さん、山下さん、沙奈子さん、絵里奈さん、玲那さんの十人については、最大限、受け止めたいと考えています。
十人くらいであれば、今の私程度でも可能なのではないでしょうか。




