良い形で解決して
夕方。いつものように山下さんが沙奈子さんを迎えにいらっしゃいました。
「おかえりなさい!」
玄関のチャイムが鳴らされると、千早とヒロ坊くんと沙奈子さんが玄関脇にある部屋の窓から外を覗いて来訪者が山下さんであることを確認の上、玄関の鍵を開けます。
最初はカメラ付きインターホンさえ備えられていなかったことに驚きもしましたが、こうやって自ら赴いて確認するのも悪くないですね。しかも千早もヒロ坊くんも沙奈子さんも喜んでそうしていることにあたたかみさえ感じます。
<家族>の仲が良いからこそ光景なのでしょう。
「ただいま」
そんな三人に迎えられ、山下さんも穏やかに応えました。
山下さんが現在勤めてらっしゃる企業は、かつて絵里奈さんと玲那さんも勤めてらっしゃったのですが、玲那さんが事件を起こしたことで、親しい友人だった山下さんと絵里奈さんに圧力を掛け、絵里奈さんは退職に追い込まれ、山下さんはそれに抗議して敢えて残ったものの、『敢えて残業させない』ことで収入を減らすという形で圧力を掛け続けられている状態です。
事件を起こした玲那さんはともかく、山下さんや絵里奈さんにまで自主退職へと追い込むために圧力を掛けるというのは、れっきとした触法行為と言えます。
特に絵里奈さんはそれで実際に自主退職しているのですから、証拠さえあれば企業側を訴えることも十分に可能でしょう。
ですが山下さんも絵里奈さんもその証拠となる記録を残してらっしゃらなかったことで、訴えることができませんでした。
山下さんは現在も圧力を掛けられている状態ですが、それはあくまで、
『残業させない』
だけであり、残業を減らそうという昨今の時流にはむしろ則しているという見方もでき、結果として<不当な圧力>と断じることが難しいという巧妙なやり口と言えるのかもしれません。
それを、山下さんは抗議の意味も込めて甘んじて受け入れてらっしゃる状態なのです。
私としては承服しかねる話ではあるものの、山下さんの意向を私の勝手な判断で否定するわけにもいかず、見守らせていただいている状態でもあります。
これについても、是非、良い形で解決して欲しいと願うばかりです。
とは言え、山下さんご自身は精神的に安定してらっしゃいますし、山下家の収入につきましても、絵里奈さんのパートに加え、玲那さんが担当してらっしゃるフリマサイトでの商品販売が順調なことにより、生活そのものが困窮しているわけでもありません。無論、経済的に余裕があると言えるほどのレベルではないにせよ、家族の笑顔が失われるほどではないのは、見れば分かります。
そんな山下さんを迎えて、
「冬休みの宿題、もうほとんど終わったよ!」
千早が笑顔で告げると、
「へえ、すごいなあ」
微笑みながら応えてくださっていたのでした。




