無茶もたいがいに
「それはそうかもしれないけど……」
山下さんが苦しそうに呟いたその時、
「ただいま」
玄関の扉が開けられる気配と共に、声が届いてきました。
「おかえり~」
続いて、ヒロ坊くんの声。いつもと変わらぬ穏やかなそれでした。
「ごめんね~、ヒロ坊。心配かけちゃって」
と応えたのは、カナの声。カナが帰ってきたのです。そして階段を上り、
「いや~、まいったまいった」
頭を掻きながら苦笑いを浮かべたカナが。続いて青ざめた表情で顔を伏せたフミの姿も。
「カナ~、心配させないでよ~」
イチコが話し掛けます。
「いやほんと、面目ない…!」
両手を顔の前で合わせて何度も頭を下げつつ、カナは言いました。その様子から、事情を聴かれただけで返してもらえたのだと分かります。でも、フミは顔を伏せたままでした。
それから、おそらく一階でヒロ坊くんや千早や沙奈子さんに事情を説明してらっしゃったであろうお義父さんもいつもの席に着いた時、カナがその場に土下座して、
「この度は大変なご迷惑をおかけいたしまして、心よりお詫び申し上げます! 平に、平に~っ!」
と。
いささか芝居がかったその様子にお義父さんは目を細めて、ふっと柔らかい表情を浮かべ、
「もういいよ。君が反省してるのは伝わってきてるし、今回のことは警察からも事件にはしないって言われたし、次から気を付けてくれたらいい」
お義父さんの様子に、山下さんもホッとするのが分かりました。そして思い出したようにスマホを取り出します。ビデオ通話を繋いでいなかったことに私もそれでようやく気付きました。
そして事情を知らない玲那さんと絵里奈さんに大まかな状況を伝えると、お二人も、
「え…っ!?」
と声を上げたのです。
そこで、カナが、詳しい経緯を説明し始めました。
「実は、今日、学校帰りに私の実家にちょっと寄ってさ。そん時に、フミに近所の公園で待っててもらったんだけど、そこに痴漢が現れてフミがちょっとね。
で、それを見ちゃった瞬間にブチ切れちゃって、痴漢に飛び蹴り食らわしちゃってさ。そいつ派手にすっ転んで、おでこから大流血。それをたまたま通りがかったおばさんが目撃して悲鳴を上げて救急車と警察呼んでね。
でも痴漢してた奴はそこから逃げようとするから私がまた掴みかかって揉み合いになって、もう滅茶苦茶」
そう言いながら「てへへ」と笑うカナに、
「は~…っ」
イチコは呆れて頭を抱え、フミはやはり顔を伏せていました。
「カナ~、無茶もたいがいにしなよ~」
ビデオ通話の画面の向こうから、玲那さんが声を掛けます。するとカナも、
「いや、面目次第もございません…!」
何度も頭を下げて恐縮しきりでした。なにしろ、その場の感情に囚われ実の父親を包丁で刺すという事件を起こし、執行猶予付きとは言え有罪判決を受けた玲那さんの言葉です。重みが違うというものでしょう。




