私達の手本
正直な気持ちを吐き出すことができたからか、フミもすこし落ち着けたようでした。それゆえかこの日は家に帰ることができ、翌日もかなり精神的に安定していたように思います。
こういう問題については、よく、
『自分の家族のことなんだから自分で解決できるだろ』
的なことをおっしゃる方がいらっしゃいますが、それが実際にはいかに難しいことであるかどれほど丁寧に説明しても、そのようなことをおっしゃる方は理解なさらないのです。
まさにそれです。今のフミの弟くんのような状態にある方がどれほど他人の言葉に耳を貸さない状態にあるかを、『自分の家族のことなんだから自分で解決できるだろ』などとおっしゃる方自身が体現してらっしゃるのです。
自身は他人の言葉に耳を傾けようとなさらないのに、どうしてフミの弟くんが素直に言うことを聞くと考えられるのですか? むしろフミの弟くんが他人の言葉に耳を傾けない理由がよく理解できるのではないですか? ご自身が他人の言葉に耳を傾けない理由を考えれば。
私は、かつての自分自身を思い起こせばこそ、それを改めさせることの難しさを実感するしかできないのです。イチコとヒロ坊くんに出遭っていなければ私はおそらく変わりませんでした。そして、私が変わったからといって、フミの弟くんにイチコやヒロ坊くんを会わせてもおそらく変わらないということも分かります。決して万能ではないのです。
フミの弟くんを変えることができる人がいるとしても、それが誰なのかは、実際に出遭った弟くんにしか分からないでしょう。
ですから、たとえ訴えられたとしても自分がなぜ訴えられなければいけないのか理解できない可能性は高いでしょうね。ネット上などで、自身の発言を批判されてもなぜ批判されるのかが分からないという人がいるのと同じです。
木曜日の夕方、また山下さんがいらっしゃった時に、玲那さんがおっしゃってくださいました。
「気にするなって言っても無理だろうからなるべく言わないようにはするつもりだけど、でもやっぱり気にしないでいいよ」
それに対してフミは、
「ありがとうございます……」
と頭を下げます。
フミにとって玲那さんは、自身を律するための規範になっているのでしょうね。
地獄のような境遇にありながらも人としての心の在り様を取り戻し、そしてそれを今日に至るまで失わずにこれた玲那さんは、フミだけでなく、私にとっても見習うべき大人の一人なのです。
私達はまだまだ未熟です。法律上は未成年でももう単なる<子供>とは言い難い年齢になりつつも、人生経験については不十分なのです。だから手本となるべき大人を必要としています。玲那さんはまさに、私達の手本なのです。




