これが可哀想ってことか
カナはニヤニヤと悪戯っぽく笑っていましたが、それが私を馬鹿にすることを意図したものでないことは分かってします。ですから気になることもありません。
そして私が旅館で鼻血を噴いて倒れたことを、山下さんも馬鹿にしたりしませんでした。そういう方だというのが分かっているからこうして家族同然に親しくさせていただくことができているのです。
なので、カナが言ったことにも、困ったような笑みを浮かべてはいましたが、それはおそらく照れなのでしょうね。
ヒロ坊くんよりはさすがに、若い女性がお風呂に入っていた話について多少は意識もされるでしょうから。
ですがそれだけでした。その後はすぐに平然とされて、受け流していただけたのです。
そのため、旅館についての話はそれで終わりでした。それよりも、フミが。
「イチコが言ってたことが分かる気がする。あの子はこんな風にホッとすることがないってことなのかな。だからいつもあんな感じでイライラして……
そっか、これが可哀想ってことか……」
その場の穏やかな空気に浸っていたらしいフミが、しみじみとそう言います。館雀さんのことを思い出していたようですね。
「私もあの子と一緒だった。イチコと会うまでは……家のことでいっつもイライラして些細なことで腹を立てて陰口言って……
そうなんだ。あの子の姿は私の姿だった。だから余計に、私はあの子にムカついてた。きっとあの子の姿が、私のイヤなところを凝縮した感じだったから……
イチコ、ありがとう。私はあなたのおかげで今の私になれたって思う」
それはフミの正直な気持ちだったでしょう。私も彼女と同じことを思いました。イチコと出逢えたおかげで私は今の私になれたのですから。
そんなフミに、イチコが静かに応えます。
「フミがそう思ってくれるのが私も嬉しいよ。私もフミのことが好きだから。家のことで辛くなっても、みんなで一緒にいたら大丈夫になれるんだったらそれでいいんじゃないかな。辛いことってなくならないからさ」
「イチコ……」
そこに、カナも加わります。
「そうだよ。私たちは家族みたいなもんだよ。私の本当の家族はもうバラバラだけど、ここにもちゃんと家族があるって思ってる。こっちの家族があれば私は大丈夫だって思えるよ」
そして私も。
「そうですね、フミ。私にとってもあなたは家族のようなものです。もう、ただの友達ではありません。私たちと一緒に乗り越えてきましょう」
これは、改めて口に出すまでもなく私達の実感です。私達は既に家族と同じなのです。それを再度言葉として確認するために、私達はそう言ったのでした。




