表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/19

7.ゲーム開始 探偵菅田の推理

 ホールには定位置となっている席で中山と長山が何も話さず座っていた。俺と菅田もお決まりの席に座る。菅田は一度大きくため息を吐いて云う。

「とりあえず、みんなを集めようか」


「そうね。わたしが呼んでくるから三人はここで休んでて」

 中山はそう云ってホールを出ていった。


 菅田も疲れたのかそれっきり何も言わなかった。ホールは静寂に包まれた。間もなく上野、高井の順にホールに現れた。最後に中山が井上を連れて戻ってきた。


 現場を一切見ていない高井は思いのほか元気であった。それに比べて上野と井上は酷かった。上野は部屋で髪を掻き毟っていたのか髪がくしゃくしゃになっていた。井上は他の誰よりも血の気が引いてい顔が白くなっていた。


 全員が席に着いたのを確認して菅田は喋り始めようとした。その時、TVに映像が映しだされた。そこには例の偽ジャスティスがいた。


「みなさんおはようございます。ようやく待ち望んだゲームの真の始まりです。思う存分楽しんでください」

 映像はすぐに消えた。


 俺たちは一瞬固まった。そして、バーンと大きな音が鳴った。誰かが机を強く叩いた音だ。上野だ。

「ゲームだと! ふざけんな!」

 上野が狂ったよう真っ暗な画面に向かってに叫ぶ。


「そうよ! 人が死んでんのよ! 早くここから出して!」

 井上も叫ぶ。


「二人とも落ち着くんだ!」

 菅田が云う。上野と井上は鋭い目で菅田を睨む。


「えっ? わたしたちここから出られないの? なんで? そこのエレベーターから出れないの?」

 高井が間抜けなことを言い出す。半狂乱の二人が高井に噛み付くのではないかと心配したがなんとか堪えてくれたようだ。相手にする気力がないだけかもしれないが。


「いい? マミちゃんの言うとおり出れるのはあのエレベーターだけ。逆に言えばあのエレベーターを使わなきゃ出れないの。それはいいわね?」

 中山が子供に教えるように丁寧に説明を始める。


「はい。だから、あのエレベーターから出ればいいじゃないですか?」

「あれが普通のエレベーターならね。見たらわかると思うけどあのエレベーターには本来あるべきものがないでしょ?」

 高井は一度エレベーターの方を見て首を傾げる。


「なにがないんですか?」

 どこまでも間抜けな高井に中山以外の者はもう構う気も起きない。


「ボタンがないでしょ。ボタンがなければ操作ができないわ。もしかしたら中にある公衆電話で動かせるもしれないけどわたしたちはそのやり方を知らないわ。念のために言うけれど、今のジャスティスの発言からもう謎明社のやつらがエレベーターを使ってわたしたちをここから出してくれることもないわ」


「おっと、それは違うんじゃないかな?」

 菅田が口を挟む。


「マミちゃん、ここから出る方法は唯一つ。犯人を見つることだけさ。そしたら彼らもここから出してお家に帰してくれる。しかも大金を持たしてね」

 菅田の言葉に上野が舌打ちをする。


「なにか耳障りな音がしたな。なにか言いたいことがあるのかい、カズ君」

 菅田があくまで優しい口調で云う。


「耳障りなのはあんたの方ですよ。犯人を当てたらここから出してくれる? しかも、賞金を持たして? そんなはずないでしょ! 頭おかしいんじゃないですか?」

 上野が毒を吐くように云う。


「今の君の方がよっぽど頭狂ってるように見えるが。まあ、いい。ジャスティスはゲームが始まったと言ったんだからゲームのルールは有効なんだろ? だったら僕はなにも間違ったことを言ってないと思うけどね」

 菅田は上野を哀れむような目で見る。


「それを信じてるのが狂ってるって言ってるんですよ」

 上野が怒りを抑えながら呟く。上野の豹変振りを目の当たりにしてようやく事の重大さに気づいたのか高井が今にも泣き出しそうな顔に変わった。


 今、菅田の言うとおり狂っているのは上野の方である。狂っているまではいわなくても明らかに冷静さを失っている。


「まあまあ、落ち着いて。あんまり取り乱してたら殺人鬼の絶好のカモよ。わたしもジュンさんの言うとおり犯人を見つけたら脱出できる可能性があると思うわ」

 中山が落ち着いた口調で喋りだす。


「ここにはまともなやつはいないのか」

 上野が悪態をつく。


「自分の今の顔を鏡で見てから言いなさいお坊ちゃん。一目で頭がおかしくなってるのは自分だってわかると思うわ。いい、わたしもジュンさんも狂ってるわけじゃないわ。狂ってるのは殺人鬼とこの企画者たちよ。そいつらが決めたルールに従ってこのゲームを乗り切る。それが最も無事に帰れる方法よ」

 中山が言い切る。


「だから、やつらがそんなルールを守るわけがないって言ってんだろ!」

 上野が怒声を上げる。


「それはどうかな? 酔狂な殺人者は社会のルールは守らなくても自分で決めたルールには厳しいものだよ。どっかの白いマスクを被った殺人鬼が律儀にも必ず十三日の金曜日にしか殺人を行わなかったように」

 菅田が淡々と云う。


「あんたみたいに信じないのは自由だけど、それじゃああんたは今からどうするわけ? 頭をくしゃくしゃにしてずっと喚くわけ? 馬鹿じゃないの? 少しは今できることを考えなさい。とりあえず、ここにいる犯人を捜す。そしたら安全も確保できるしね。わかった?」

 中山がイライラした口調で云う。


「いいよ、勝手にしろ。俺は他の脱出方法を探す。あんたらは狂ってるもの同士仲良くやりな」

 上野はそう吐き捨ててホールから出て行った。


「他の方法ねー。あればいいんだけどね」

 中山は呆れた口調で云う。


「ここは二階といっても造りが特別みたいだから実質の高さは三階と同じくらいかな。そもそも全ての窓に鉄格子があるから飛び降りることもできないけど。それに、館から出れてもここは孤島だからね。本土に帰るのも難しい。まあ、彼は険しい道を行くのが好みなんだろ。好きにさせてあげようじゃないか。さて、君たちはどうする? 僕らと一緒に犯罪者とのゲームに参加するかい? それともありもしない出口を彼と一緒に探すかい?」

 菅田が俺、長山、高井、井上の顔を見渡す。


「わたしも犯人を捜すほうが賢明だと思います」

 長山が静かに云う。


「わたしはよくわかんないです。でも、こっちの方が安全な気がするのでこっちにします」

 高井が涙声で云う。


「こっちにいるわ。今の彼はDVでも起こしそうだしね」

 いつのまにか冷静さを取り戻した井上が云う。


「あら、もしかして経験者?」

 中山が冷やかすように云う。


「友達よ。仕事柄か、そういう知り合いが多いのよ」

 井上はそう言いながらタバコを取り出して火をつけた。その手はまだ震えていた。


「そう。で、聞くまでもないとは思うけどヨシ君は?」

「勿論犯人を捜しますよ」

 俺ははっきりと答えた。


「そう。じゃあここからはジュンさんの大好きな推理タイムよ。どうぞ」

 中山はそう言って菅田に引き渡す。菅田はコホンと一度咳払いをして喋り始める。


「ご指名をいただいたので話させてもらおうかな。まずは状況の確認だ。第一発見者はサキちゃんで間違いないかな?」

「ええ」


「詳しくお願いできるかな?」

「詳しくって言われてもね。ええと、五時三十分前に起きて化粧を始めたわ。化粧を終えてホールに向かったのが五時前よ。そしたら二人が倒れてて慌てて近づこうとしたら……」

 井上は言葉を止める。


「二人が死んでた」

 菅田が代わりに云う。


 井上は黙ったまま頷くだけであった。


「すぐに脈をとったり確認はしたのかい?」

「してないわ。近づこうとした時に目が合ったの。いや、合うべき目と合わなかったの。それに驚いてその場に座り込んだわ」

 井上が肩を震わせながら云う。高井が井上の表現の意味が理解できず首を傾げる。


「つまり目がないことに気づいたのに驚いて動けなくなった」

 菅田の説明で状況を想像できた高井が「ひっ」と声を出す。


「そうよ。そしたらすぐに彼が……カズ君が来たわ。彼もすぐにそのことに気づいて部屋を飛び出したわ。その後すぐによし君が来たの」

 井上が俺のほうをチラッと見る。


「なるほど。それじゃあ、部屋から飛び出したカズ君はヨシ君を起こしたというわけか」

 菅田が云う。


「いいえ、ジュンさんそれは違います。僕はサキさんの悲鳴で目を覚まして部屋を出たんです。そしたら廊下でカズ君に出会って二人が死んでいることを聞いてすぐにホールに行ったんです。多分カズ君はジュンさんを先に起こそうとしてました」

 菅田の間違いを俺は正す。


「恐らくそうだろうね。ジュンさんとよし君ならみんな先にジュンさんのところに行くだろうね。昨日の時点では。でも今朝、意外にも頼れる男とわかったからね」

 中山がニヤニヤしながら云う。


「そうなんですか?」

 高井が目を丸くして云う。そんなに驚かなくてもいいと思うのだが……。


「そうよ。殺人事件が起きても取り乱さず冷静に動いてくれたのよ。ねっ、エミちゃん」

「そうですね。とても頼もしかったです」

 長山が答える。少し顔を赤らめてるように見えるのは気のせいであろう。


「そうね。驚いて座り込んでたわたしをどっかの誰かさんと違って抱きかかえてもくれたわ。そういえばあの時胸を触られたかも」

 井上が意地悪そうな顔をしながら云う。高井が「おーっ」と声を出す。


「胸を触ってなんかいません。持ち上げるのか下げるのかはっきりして下さい」

 俺は否定する部分はしっかりと否定しておく。


「意外とみんな余裕だな。こんな状況で恋愛フラグまで立てようとするなんて。話を戻していいかい? ヨシ君は悲鳴が聞こえたと言っているがサキちゃんは本当に悲鳴を上げたのかい? 僕には聞こえなかったが」

 菅田が云う。


「わたしもはっきりとした記憶はないけど上げてたと思うわ。むしろ、記憶に残らないほどの状況にならなきゃ悲鳴なんか上げないわ」

 井上は少し曖昧にしながらも肯定する。


「他に誰かそれを聞いたものは?」

 中山、高井、長山の三人は首を横に振る。


「カズ君も聞いてると思うわ。彼が慌てて来たのはなんとなく覚えてるもん。あれはわたしの悲鳴を聞いたから走って来たのよ」

 井上が説明する。


「まあ、恐らくそうだろうし、本当に悲鳴も上げてたんだろう。だけど、その悲鳴が部屋のドアに近い僕やレイさんが気づかなかったのにヨシ君は気づけたんだい? もしかして五時ごろに騒ぎが起きると知っていたんじゃないかな」

 菅田はそう云って鋭い目で俺を見る。菅田は俺を疑っている。だが、菅田は俺だけを疑っているわけではない。こうやって少しでも怪しい人間に疑いの目を向けて真犯人を炙り出そうとしているのだろう。


「残念ですねジュンさん。それについては間単に説明できます。俺は部屋のドアを開けたまま寝たんです」

「開けたまま? それは殺人鬼が潜む館で随分と勇気ある行動だね」

 菅田は問いただす。


「逆ですよ。こういう状況だから開けて寝たんですよ。鍵がついてたら僕も閉めて寝ましたけどね、ないんだったらあまり意味がないですもん。そのうえ、ドアを閉めたら全く外の音が聞こえないときたら開けといたほうがいいかなと思って開けといたんですよ」


「まあ、理にはかなってるんじゃない」

 中山が云う。


「自分のわずかな身の安全よりも、わずかな情報を優先させたってことか。それで悲鳴が聞こえたから駆けつけた。その後に僕がカズ君に起こされてホールに。二人が確実に死んでいるという事実を確認してからサキちゃんはカズ君に連れられて部屋に戻った」

 井上がコクリと頷く。


「カズ君が部屋に戻ってからレイさんたちを起こしによし君が行った。この時、よし君からの提案でホールには必ず二人がいたから殺人鬼は自由に動けていない」


「それってランプを見張ってたってかって事でしょ? 意味あるの? ランプなんか関係ないんじゃないの?」

 井上が口を挟む。


「いや、僕はそうは思わない。さっきもいったけどこういう犯罪を起こすやつは自分のルールにこだわるはずだ。だからこのランプを見張ることに意味はあるはずだ」

 菅田は自信を持って答える。井上はどこか納得のいかない表情であるが菅田はそれを無視して話を続けた。


「それでヨシ君は三人を起こしに行った。順番は?」

「部屋が近い順にレイさん、マミちゃん、エミちゃんです」


「それでレイさんがホールに来た。レイさんが来たらすぐにカズ君は部屋に戻った。その後少し経ってからヨシ君とエミちゃんが戻ってきた。僕とレイさん、ヨシ君の三人で死体と現場を調べた後に二人を部屋のベッドに寝かしてみんなを呼んで今こうしている。ここまではいいかい?」

 全員が頷くのを確認して再び菅田は軽快に喋りだす。


「さて、二つの死体の状況だが、みんな知ってると思うが目玉がくり貫かれていた。これはコレクターアイが犯人だとしたい向こうの意図なだけであってそれ以上の意味はないと思ったがレイさんの見解では犯人は目玉をくり抜くのに手馴れているらしい。まあ、犯人が本物でも偽物でも推理に直接は関係しないからとりあえず置いておこう。死因なんだが、僕たちは絞殺だという結論に達した。首に絞殺痕がはっきりと残っていた。それ以外に目立った点はない。さあ、ここからが推理タイムだ」

 菅田が身を乗り出す。不謹慎なことに菅田は楽しそうである。


「二人揃って絞殺されたということは一番考えられる状況は起きてなければいけない見張り役の二人が揃いも揃ってグースカ寝てたってことになる。これはいいかい?」

 菅田の言葉に各々が考え始める。


「えーっと、ひとりがトイレに立って、その間に残ったひとりを殺す。そしてトイレから戻ってきたもうひとりを殺すっていうのは不可能ですか」

 長山が云う。


「さっきジュンさんが言ったとおり他に目立った痕はなかったわ。現場も同じよ。抵抗をした痕は一切なかったわとなると二人共寝てたと考えるのが自然じゃない。特に渋谷さんなんか寝てない状態で絞め殺すのは相当難しいわ」

 中山が云う。


「レイさん代弁ありがとう。他に質問は?」

「なんで二人は寝てたんですか? 見張り役なんですから起きてるはずじゃないですか?」

 高井は昨日と変わらぬ甘ったるい声に戻っていた。切り替えの早い女だ。


「そう、問題はそこなんだよ。二人はどうして寝てたか? この答えは簡単なんだけどね」

 菅田はそう云って全員の顔を見渡す。どうやら誰かが代わりに答えるのを待っているようだ。


「睡眠薬しかないわよね」

 中山が仕方なく代わりに云う。


「そう。睡眠薬。これもなにも問題ない。殺人の定番の道具のひとつだ。だが、新たな問題が浮上する。そう、誰がいつ飲ましたのか? だ」

 再び菅田は全員の顔を見る。


「言いにくいけどこうなったら一番怪しいのはエミちゃんよね」

 井上が云う。


「そうね普通に考えればそうよね。あと、よし君」

 中山が俺を見つめながら答える。


「そんなわたしじゃないです」

 長山が否定する。


「僕も違います」

 俺もしっかりと否定する。


「なんで二人なんですか?」

 高井が云う。


「睡眠薬を入れる最大のチャンスはコーヒーを入れるときよ。料理に睡眠薬を入れたくてもあの時は夜の見張り役はまだ決まってなかったしね。コーヒーを入れたのはエミちゃんとよし君。二人を疑うのが自然よ。でも、そこの探偵さんはそうは思ってないみたいだけどね」

 中山はそう云って菅田を見る。


「さすがはレイさんよくわかってる」

 菅田は嬉しそうに云う。


「ちょっと待って。確かに他の人もみんなの目を盗んで入れることはできるけどかなり難しいわよ。それでもジュンさんは二人じゃないっていうの?」

 井上は少し驚きながら云う。


「そうですよ、ジュンさん。わたしでもわかります。レイさんの説明があったからだけど」

 高井も云う。


「二人ともランプの存在を忘れてないかな?」

 菅田が得意げに云う。


「ランプ?」

 高井と井上が声を揃える。


「そうさ。この殺人ではランプの色は重要さ。二人は最初のジャスティスの説明以降ランプが赤く光ったのを見たかい?」

 高井と井上は首を横に振る。菅田は俺たちの顔も見てきたので仕方なく首を横に振り菅田の演説に花を添える。


「そう。誰も見ていない。それはもちろん僕たちがコーヒーを飲んでいたときもだ。ランプが変わってないって事はコレクターアイは自由に動けなかったってことだ。」

「なんでそうなるんですか?」

 高井が菅田の話の腰を折る。


「いいかいマミちゃん。コレクターアイはランプが赤い時しか動けない、これがルールだ。殺人をするときは必ずランプは赤に変わる。そして、殺人の準備をするときも赤くならなきゃいけない。要するに、コーヒーに睡眠薬を入れるときも赤になるはずなんだ。だが僕たちはランプが赤くなっているのを誰も見ていない」


「なるほど! でも、それじゃコレクターアイは二人に睡眠薬を飲ますことなんか不可能なんじゃないですか?」

 高井の珍しく尤もな意見に全員が菅田の顔を見て答えを待った。


「そう、マミちゃんの言うとおりさ。では、いったいいつコレクターアイは睡眠薬を仕込んだのか? それはこの館がコレクターアイが殺人を行う準備ができている状態であるということと関係する」

 菅田はどこまでも回りくどく云う。しかし、ここは菅田に付き合うしかないようだ。俺も中山も他の者も菅田の真意に追いついいていないのだから。


「予めなにかに睡眠薬を混ぜてたってこと? それはちょっと無理があるんじゃない? 誰がなに飲むかなんてわからないわけだし」

 中山が納得のいかないという顔で云う。


「そうだね。これじゃまだ足りないね。ここでもうひとつ重要なことがある。それはコレクターアイには協力者がいるってことだ」


「犯人はひとりじゃないんですか?」

 高井が素っ頓狂な声で云う。


「いいや、犯人はひとりのはずだ。ただ協力者もいる。さっき僕らの前に現れたじゃないか」

「ジャスティスですか?」

 長山が云う。


「そう、ジャスティス。正確にはジャスティスを含めたこの狂った企画の運営者たち」

「協力って具体的になにをしたの?」

 井上が云う。


「情報を与えたのさ。みんなにひとつ聞きたい。コーヒーか紅茶、砂糖とミルクはいるか、この質問をされたのは昨日が初めてかな?」

 菅田の問いに各々が考える。そして、高井以外の人間は思い出す。半月ほど前にも同じ選択を迫られたことを。


「思い出したかな?」

 菅田が誇らしげに云う。高井だけが「えっ? えっ?」と声を出してみんなの顔を見渡す。


「よかったよ。ここまで引っ張ってみんなは聞かれてなかったらどうしようかと思ったよ。ひとりまだ思い出せないマミちゃんに聞こう。謎明社本社で説明を受けたとき飲み物をいただかなかったかな?」

 菅田の言葉に高井ははっとする。


「いただきました! 紅茶の砂糖入り! 昨日と同じの!」

 高井の言葉を聞いて菅田はニヤッと笑う。


「僕はブラックコーヒー。東京でも同じのを飲んだね。みんなは何を飲んだかな?」

「わたしもブラックコーヒーを前も昨日もいただいたわ」

 中山が云う。


「わたしは紅茶のなしなしよ。東京でも同じね」

 井上が云う。


「わたしはコーヒーのミルクと砂糖入りです」

 長山が云う。


「僕もコーヒーのありありです」

 俺が答える。菅田の演説の終焉は近い。


「ふむ。二人とカズ君がなにを飲んだか誰か覚えてないかい?」

 菅田が考え込みながら云う。菅田は頭の中で情報の整理を始める。


「えーっと、確か刑事さんとヨウさんはコーヒーのありありで、カズ君がミルクティーだったと思います。そうだよね、よし君?」

 長山が記憶を辿りながら付け加える。


「カズ君のは自信ないけど、二人のはコーヒーのありありで間違いないと思います」

 俺は答える。


 それを聞いて菅田は眼を瞑って考える。

「ジュンさん? これで何がわかるんですか?」

 空気を読めない高井が菅田の思考の邪魔をする。


「誰が犯人の確立が最も高いかさ。もう少し待ってくれ」

 菅田はそう言って黙り込む。他の者たちも考える。恐らく、今、全員の脳内には似たような表が作られているはずだ。そして、全員がその表を埋め終えた時に視線はひとりに集まった。



 井上のもとに。


「違う。わたしじゃない」

 視線に気づいた井上は慌てて否定する。


「えっ? どういうことですか? わたしにもわかるように説明してください」

 ひとり置いてきぼりの高井が悲鳴のような声で言う。


「いいかいマミちゃん。これから話すことはさっきも言ったように確立の話だ。罠の可能性もあるから絶対ではない。いいかな?」


「はい。それでなんでサキちゃんが疑われてるんですか?」

「それはね、サキちゃんが飲んだものが紅茶の砂糖なしミルクなしだからさ」

 高井は首を傾げる。


「それでなんでサキちゃんになるんですか? 刑事さんとヨウちゃんの二人はコーヒーの砂糖ありミルクありを飲んだんですよね? だったら全く同じものを飲んだエミちゃんとよし君以外は可能性があるんじゃないですか?」

「そうだね。じゃあ、もしマミちゃんが犯人ならどれに睡眠薬を混ぜておく?」


「どれ? どれって? あっ、そうか。えーっと、コーヒー? あっ、別に砂糖でもミルクでもいいのか! じゃあ、コーヒーか砂糖かミルクのどれかに混ぜます」

 高井はきっぱり答える。


「それは刑事さんとヨウちゃんの二人が見張りするとわかってたらじゃないかな」

 菅田の指摘に「あっ」と声を出す。そして、高井は考えた後に云う。


「どうすればいいんですか?」

 高井は考えても結論が出なかったらしい。


「いいかい? コレクターアイは見張りが立てられることも見張りが二人付けられることも予測していたはずだ。だが、誰が見張りにつくまでは流石にわからない。だからできるだけ多くの人が眠るように、かつ、自分は眠らないように睡眠薬を仕込んだんだ」


「多くの人が眠るようにってことは……コーヒー、砂糖、ミルクの全部に入れたんですか?」

 高井は思わず大きな声で云う。


「それが一番確実だね。そして自分は紅茶だけを飲む。これはサキちゃんが犯人の場合だけどね。他のパターンも考えられる。例えば、僕が犯人なら紅茶と砂糖、ミルクの三つに睡眠薬を仕込んでおけばよい。ただし、この場合は僕だけじゃなくレイさんも睡眠薬を飲まない。もし、僕とレイさんが見張りになったらうまくいかない。同様にマミちゃんやカズ君が睡眠薬を飲まない組み合わせを考えても睡眠薬を飲まなくて済むのが複数人現れる。唯一、サキちゃんだけが確実に自分以外の全員に睡眠薬を飲ませる組み合わせができる。これが僕がサキちゃんを犯人だと疑う理由さ。ただ、これだけでは確実とはいえない。しかし、この推理があっていれば牽制にはなるだろ?」

 菅田は余裕の笑みを見せた。


「だから、わたしじゃないって」

 井上怒り口調で云う。


「こっからはお互いなにを言っても意味がないさ。なんせ犯人は犯行の記憶がないんだから。確実な証拠でも出てこなきゃ意味がない。だから僕は第二の犯行を待つ」

 菅田の言葉に井上は何も言い返さなかった。だが、気分を害しているのは明らかであった。


 険悪なムードのまま部屋は静まり返った。


 菅田の言うとおり犯人を断定することはまだできない。それはまだ暫くのあいだは殺人を犯すような人間と館で過ごさなければならないことを意味する。


「とりあえずご飯にしない?」

 中山が云う。本当は食欲などはないはずだ。この場の空気を変えるために云ったのだろう。


「そうですね。今から準備しますのでちょっと待っててください」

 そう言って長山はこの場から逃げるようにキッチンへと消えていった。


「わ、わたしも手伝うよ」

 高井が長山のあとを追う。高井もこの場の空気に耐えられなかったのだろう。


 井上と菅田はなにも言わずタバコを吸い始めた。二人が吐き出した煙はいがみ合うように絡み合った。

 なんとか雰囲気を変えられないかと俺は賢明に考えた。そして、思い出す。


「ジュンさん、結局あのノートには何が書いてあったんですか?」

「ノート?」

 中山が聞き返す。井上も興味があるらしく誰とも目を合わさないようにしていたのにしっかりと俺のほうを見た。


「さっき渋谷さんを部屋に運んだ時にノートを見つけたんです。ジュンさんはその中身を見たんですけど内容はあとで教えるって言って勿体ぶったんですよ。で、なにか面白いことでも書かれていたんですか、ジュンさん?」

 俺の言葉を聞いて菅田は軽く笑う。


「ごめん、ごめん。確かにまるで重要なことが書かれていたかのような口ぶりだったね。まあ、面白いことは書かれていたよ。あのノートはこれまで捜査をまとめたノートさ」


「捜査って、コレクターアイのですか?」

 俺は声を大にして云う。


「勿論さ。どうやら渋谷さんはコレクターアイの事件を担当していたみたいだ。ただここで使えそうな情報は書かれてなかったよ。気になるならみんなもあとで見てみればいい」

 菅田はそう云ってタバコの火を消した。


「じゃあ渋谷さんはコレクターアイの捜査の延長でここに来たってことかしら?」

 中山が云う。


「そうじゃないかな。もしかしたら渋谷さんはコレクターアイとなにか因縁があったのかもしれない。それで藁にもすがる思いでここに来た。あんまりは期待はしてなかっただろけどね。それがこんなことになるとは思わなかっただろうね」

 菅田はそう云ってお前がやったんだろといわんばかりに井上を見た。井上はそれを無視した。


「実際に捜査していたなら予選のコレクターアイに関係した問題は楽勝だったでしょうね。せっかくだからそのノートはあとで見せてもらうわ。今回の事件に関する手がかりはなくても、個人的に興味があるわ」

 中山が云う。


「そうですね。僕も食事の後に是非見たいです」

 俺が云う。


「わたしはいいわ」

 井上は力なく云った。犯人かと疑われて気力がないようだ。そんな井上を前に俺たちは再び黙り込んだ。


 しばしの沈黙のあとに高井が待ち望んだ朝食を運んできた。

 朝食メニューはご飯に豆腐と若布の味噌汁、目玉焼きにベーコン、サラダであった。


「朝食もしっかりとしているね。メニューはエミちゃんが決めているのかい?」

 菅田が訊く。


「いいえ。メニューは運営の人のメモで決められています」

 長山が答える。


「メモ?」

 菅田は聞き返す。


「はい。袋がまとめてあって、その袋にメニューが書かれた紙が貼られているんですよ。その袋の中にそ

のメニューを作るための食材が入っていたので、そのとおりに作ってます」

 長山は説明する。


「もしかして、一日目はこの料理をだすとか決まっているのかい?」

 菅田は険しい顔をして言う。


「いえ、そこまでは書かれてないです。自然と朝食用だなとかはわかりますけど」

 長山は答える。


 菅田はそれを聞いて考え始める。

「ジュンさん、考えすぎよ。ただ食材を置いといたら最終日にまともなものが作れなくなるからメニューを指定しただけよ」

 そんな菅田を見た中山は云う。


「そうだね。でも警戒はしすぎてもいいくらいさ。なんせ死人が出ているんだから」

 そう云って菅田はご飯を口へと運んだ。


「さっきの話は二人にもしといたほうがいいわね」

「なんですか?」

 中山の言葉に長山は敏感に反応する。長山も少しでも情報が欲しいのだろ。自分の身の安全を確保するために。


 中山は長山と高井に渋谷が持っていたノートの存在を伝えた。

 その間、井上は不気味なほど静かに黙々と食事を進めていた。それは菅田も同じだった。


「じゃあ昨日の夜いってた小説にもかけそうな事件ってコレクターアイのことだったんですね」

 中山の説明を聴き終えた長山が云う。


「多分そうね。できれば本人の口から詳しく聞きたかったわね」

 中山は寂しそうに云った。


「そうですね」

 長山も悲しそうな顔を覗かせた。


 その時、ホールに上野が戻ってきた。

「あらカズ君。どうしたの? 出口は見つかった?」

 中山が冷たく言い放つ。


 迷いもなく上野は頭を深く下げた。

「本当にすいませんでした! 本当に誰かが死ぬなんて思ってなくて……二人が死んでいるのを見て何がなんだかわからなくなって取り乱してしまいました。それであんなことに……本当にすいませんでした」

 上野はそう言いきって頭を下げて動かなかった。


 俺たちは互いに顔を見合わせてどう対応するか相談した。もともと親しい仲でもなんでもない上野が急に悪態をついても誰も咎める気はなかった。事が事なのだから尚更だ。


「カズ君、わたしたちは何も気にしてないわ。二人もの人間が殺されたんだもの。誰でも取り乱すわ。まあ、ちょっと酷かった部分もあるけど、できた大人だから許してあげるわ」

 代表して中山が云う。中山の言葉を聞いて上野はゆっくりと顔を上げる。そして、上野は順に顔を見ていく。上野と目が合った者は軽く頷いて中山と同意見だということを示す。だが、菅田だけは違った。


「残念ながら僕はできた大人じゃない」

 菅田の言葉に上野はびくっとする。菅田はそんな上野の様子を楽しそうに観察しながら話を続ける。


「しかし、ミステリーには君みたいな役は必要だと思う。みんながみんな冷静だったらつまらないからね。まあ、そういうことだ。ご馳走様。僕は部屋で休ませてもらうよ」

 菅田はそう云って部屋へと戻っていった。


 呆然と立ち尽くす上野に長山は声をかける。

「カズ君。座ってください。今、朝食を出しますので」

 長山はそう云って自分の食事を途中で切り上げ、キッチンへと向かった。


 それでも動き出せない上野に中山が云う。

「いいから早く座りな。あんたがいなかった間の話をしてあげるから」

 中山の言葉に井上はピクリと反応すると、立ち上がり、


「わたしも部屋にいるわ」

 そう云って、出て行った。自分が犯人の最有力候補だという話を二度も聴きたくないのだろう。

 事情を知らない上野は不思議な顔をしながら席に着いた。


 中山は話を始めた。死体の状況、死体を発見してからのみんなの動き、菅田の推理、渋谷のノートなど、これまでの情報を余すことなく伝えた。俺は本当にできた人だと感心する。


 説明の途中に上野の下に長山が料理を運ぶ。上野は中山の説明を聞きながらゆっくりと食事を始めた。

 中山の説明が終わったとき上野は丁度食事も終えた。食事を終えていたのは他の者も同じだったがなんとなく話を聞き入ってしまい片付けは一切終えてなかった。


 それに気がついた中山は、

「なんでみんなぼーっとしてるの? 早く片付けなさい」

 中山はそう云って自分の食器を片付けた。思い出したように他の者も片付けを始めた。


 時刻はまだ朝の八時にもなっていなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ