5.晩餐
時刻は午後六時。昼の間はやはり何も起きなかった。現在ホールにいるのは俺、菅田、中山、長山の四人。そこに高井と紫野の二人が来た。どうやら六時にホールに集合して夕飯の準備を開始すると打ち合わせていたらしい。
「まみちゃん、必ず二人の指示に従うんだよ」
菅田が云う。
「ちょっと、それジュンさんどういうことですか!」
「わたしからもお願いするわ」
と、中山。
「レイさんまで! 二人してひどいです」
相変わらずの甲高い声で高井が言う。高井はぶつぶつ文句を言いながらキッチンに向かった。その後ろ姿を見てクスクス笑いながら長山と紫野もキッチンへと消えていった。
キッチンからは女の子特有の楽しそうな声が聞こえてくる。それに対し、ホールに残された俺たちは話すことはもう話しつくしており、静まりかえっていた。
「ランプ、変わりませんね」
「そうね。せっかくだから変わってくれればいいのにね」
中山はそう言いながら眠たそうに机に突っ伏す。本当に眠たいわけではないのだろう。参加者の気持ち
とは裏腹に何も起きなくて退屈なのである。先ほど話していた通りなにか起きるのは深夜と予想しているが、実際はその予想が裏切られるのを期待している。
結局、俺たち三人は共通の趣味であることが確実なミステリー小説の話をしながら夕飯を待った。
時が経つに連れてキッチンからはいい匂いがしてきた。その匂いに惹かれるよう部屋に戻っていた残りの者たちもホールに戻ってきた。最初に渋谷が、次に井上、そして最後に上野がホールに戻りキッチンとは微妙な距離があるとはいえ全ての参加者が再びホールに揃った。
時刻は七時十五分前であった。
「みなさん揃ってるなら予定より少し早いですけど出しちゃっていいですか?」
長山がキッチンから顔を出して云う。
「ええ、お願い」
中山の言葉を合図に高井と紫野が料理を運び始めた。
夕飯が何かはキッチンからする匂いから誰もがわかっていた。案の定二人のカレーライスが盛り付けられた皿を運んできた。その後、サラダとコンソメスープを運びこまれて夕飯が始まった。時刻はきっかり午後七時となっていた。
キッチンにいた三人が席に着くなり、
「それじゃ、いただきます」
と、中山。それに合わせて他の者もいただきますと一言いい食事を開始した。
カレーの出来はなかなかのものであった。といっても、市販のルーから作るのだから失敗するほうが難しいのだが。
他の者も味に満足しているようであった。
「どうです? 美味しいでしょ?」
高井が誇らしげに云う。
「うん。とても美味しいよ。で、まみちゃんは具体的には何してくれたんだい?」
菅田は鼻で一度笑ったあと尋ねた。
「わたしはジャガイモの皮を剥きました」
高井は自信満々に答えた。その瞬間に全員が笑った。なぜ笑っているのかわからないらしい高井はひとりぽかーんとしていた。
「なんで笑うんですか」
「ごめんごめん。だって如何にも自分が作ったみたいに言うのに皮むきだなんて言うから」
中山は目に少し涙を浮かべながら云う。
「皮むきも大事な仕事ですよ」
高井は口を尖らせながら反論する。
「そうね。ごめんごめん。とっても美味しいわ。ありがとうね三人とも」
中山はさりげなく礼を述べた。
長山と紫野は軽く会釈をして中山の言葉に応えた。
中山はところどころで細かい気遣いを見せる。かなり気の回るほうだ。常にどこか鼻につく印象がある菅田のお陰でその印象がより強くなる。見知らぬもの同士が集まっているのだ。こういった印象は後々重要になってくるだろう。
「ところで、ランプは一回も変化なしですか?」
上野が云う。
「残念なことにね」
と菅田。
「殺人鬼が動かないのが一番平和じゃないか」
渋谷が云う。
「それじゃゲームとして成立しませんよ。今夜はどうします?」
上野が云う。
上野は菅田や中山ほど前には出てこないがやる気は満々だ。要所要所でしっかりと意見を出す。
「見張りを立てるかどうかってことよね? わたしは必要だと思うけど、みんなはどう思う?」
ここで司会役になるのはやはり中山だ。
「うーん、そうだね、僕は犯人役のことを考えてあげるとわざと見張りをはずしてあげたいとこだけど、そんなサービスをするにはまだ早すぎるしね。今晩は見張りを立てて何も起きなければ少し考え直そうかい」
菅田の言葉にみんな苦笑いしながらも頷き賛同の意を示した。
「わたしもそれに賛成でーす」
高井だけが声に出して賛成の意を示した。
「それじゃ決まりね。で、今夜の見張りは誰がする?」
打って変わって誰も反応を示さない。みんなわかっているのだ。ここで見張り役になるのは賢くないことだと。
殺人鬼が行動を起こすなら十中八九ここだろう。方法は幾つかあるが、見張り役になった方が動きやすいだろう。
ランプの見張りは二人でなければ意味を成さない。一人で見張っていてももし見張り役が犯人なら嘘を吐けばいいだけだ。一人の見張り役の証言には信憑性がなくなる。その状況を作るためには見張り役になるのが手っ取り早い。
しかし、それはみんながわかっている。だから殺人鬼も迂闊に立候補できない。それだけで犯人候補だとばれる恐れがあるからだ。もっとも、この考えは「SP」が実在しないことを前提としたものだ。本当に「SP」があるならば殺人鬼に立候補する術はない。表の顔が勝手に立候補してくれることを祈るだけだ。
互いに視線だけを動かし様子を伺う。だが、誰も動かない。
「まあ、こうなるわな。どうする? くじでもする?」
中山の提案を受けて、一人が手を挙げる。
「あのー、でしたらわたしがやりますけど……」
紫野だ。
彼女は次のようなタイプみたいだ。小学生の時に委員を決めるとき必ずといっていいほど誰もやりたがらないものがあった。話し合いをしても決まらず場の空気は段々悪くなる。そんな空気に耐えられなくなり思わず手を挙げてしまう損な役回りをするタイプ。それが紫野のようだ。
「あら、本当に? 悪いわねヨウちゃん。じゃあ、お願いするわ。あともう一人だけど」
中山は一同を見渡し立候補を促す。殆どの者が目を合わせず拒否の姿勢を見せる。そんな中一人の男がしっかりと中山の視線に応え挙手する。
「仕方ない。今夜はわしが見張りをしよう」
渋谷はそう云って腕を組む。
「ありがとうございます。一番年上なのに無理させてすみません」
中山はそう云いながら頭を下げる。
「なに、気にすることはない。歳の割にはまだまだ元気じゃから」
渋谷は笑いながら言った。
こうして紫野と渋谷の二人が今夜のランプの見張り役に決まった。
このことをどう判断すべきか。どちらかを殺人鬼だと、コレクターアイだと疑うべきか。ここまでの個人的な印象から紫野がこの場の空気に押されて見張りになったというのは正しい見解だと思う。となると、怪しいのは渋谷か……。
ここで俺は思考を止めた。余計な先入観は判断を鈍らす。それに、このことについては事件が起きてから考えても遅くない。紫野が最初に見張りに立候補をした。その後に渋谷も見張り役に名乗り出た。その事実だけをしっかりと記憶しておくことにした。
「見張り一晩まるまるにする? それとも途中で交替したほうがいいかしら?」
中山が云う。
「それは見張り役のお二人が決めたほうがいいんじゃないかな?」
菅田が引っかかる言い方をする。
菅田は既にどちらか、あるいは両方がゲームの仕掛け人と決めているようだ。
「それもそうね。どうしますか?」
中山が渋谷に問う。
「そうじゃな、わしは別に一晩くらいは問題ないが……」
渋谷はそう言って紫野を見る。
「わたしも大丈夫です」
紫野ははっきりと答える。
「そう。ならせめて早目に寝て、朝早く起きて交替にでもしますか」
「おう、それはありがたい。そうしてくれ」
中山の提案に渋谷が敏感に反応する。
「それなら朝から僕が代わりますよ。ここまで見張りもなし、料理もしてないで、何もしてませんから」
云い出したのは上野だ。
「その理論ならもう一人はわたしね。いいわ、やるわ」
井上が云う。
「じゃあ二人にお願いするわ」
中山が云う。
この間、菅田は黙ってひとりひとりの顔を観察していた。俺も似たようなものだ。このやり取りにも犯人に繋がるヒントがある可能性は高い。会話にはあまり参加しないで客観的に見ているべきだ。
長山と高井は険しい顔もせず会話を聞きながら食事を進めている。この二人はゲームに本当に関心があるのか怪しい。特に高井だ。高井が推理を披露するところなど想像できない。ただ賞金は欲しい。そんな感じだ。
長山は逆に推理はできそうだが賞金には興味がなさそうだ。純粋にこの企画を楽しみに来ている。しかも、傍観者に近い状態で。これらはあくまで俺がそう感じただけで真実はわからない。本当は二人ともやる気満々かもしれない。
「何時頃に代わればいいですか?」
上野が訊く。みんなに訊いているようにも、中山だけに訊いているようにもとれる言い方だ。それを感じ取ったのか中山が答える。
「そうね、朝の五時くらいでいいんじゃない?」
「就寝は?」
にやりと笑いながら菅田が尋ねる。菅田の狙いはこれから起きる犯行の時刻を明確にすることだろう。
「早目にしましょうか」
「僕は九時がいいな」
中山がはっきりと決める前に菅田が云う。
「眠るというよりは見張り以外の人が部屋に戻る時間といったほうがいいかな」
菅田が静かに云う。
「わたしはそれでいいわ。みんなは?」
中山は少しくすりと笑った後に云った。みなが頷き就寝時刻も決まった。
「起きる時間は二人以外は自由でいいわね」
「あっ、わたし夕飯作ったことですし、せっかくなんで朝ごはんも担当するのでそれに間に合うように起きてください」
中山の言葉にここまで殆んど発言をしなかった長山が反応した。
「何時に起きればいい?」
「じゃあ八時に朝ごはんにするのでそれに間に合うように各自起きてください。刑事さんとヨウさんの分はとっておきますので好きな時間に起きてください」
みんなが長山の話を了承すると話題は他愛ないものへと変わっていった。みんなが普段なにしているのか話になるとやはり探偵である菅田、元刑事という渋谷に矛先が向かった。ミステリー好きがこの二つの職業に興味が沸かないわけがない。
「ジュンさんはなんか凄い事件を解決したことないんですか?」
話の内容が変わった途端トークの司会は中山から高井へと移っていた。
「最初にも言ったけど探偵なんて浮気調査とかばかりだよ。殺人事件になんて立ち会うことはないね。よっぽど運が良いか悪くない限り」
菅田はなぜか誇らしげに云う。
「なーんだ、そうなんですか残念ですー」
高井は口を尖らせた。
「でも、もしかしたら大きな事件に関われるかもと思って始めたんですよね?」
と上野が訊く。
「まあ、ゼロとは言えないね。少しは期待してたよ。でも、もし君たち若い子が本当に事件に立ち会いたいなら警察官になることをお勧めするね。ですよね、刑事さん」
菅田は視線を渋谷へと移す。
「そうだな。かといって、小説にでてくるような事件に絶対に立ち会えるかといえばそうではないがな。まあ、それでも探偵よりははるかに可能性は上がるだろうけどな」
渋谷は云う。
「刑事さんはないんですか? その小説になりそうな事件を受け持ったことは?」
上野が興味深げに訊く。
「わしは……ひとつ、あるかな。ただ小説にはできないな」
「なんでですか?」
高井が不思議そうな顔をする。
「犯人が捕まってないからだ。解決編がないんじゃ無理だろ?」
渋谷は自嘲するように云う。自分が担当した事件の犯人が捕まっていないなど刑事にとって汚点なのだろう。
「未解決事件ってことは、もしかして……」
菅田は期待を込めながら云う。
菅田の言葉で高井を除く他の者もピーンと来たらしい。渋谷が担当した事件というのはコレクターアイが起こした連続殺人事件ではないのかと。
「ふふ、せっかくだがそのへんはご想像にお任せするよ」
渋谷はそう云いながらいつの間にか空になっていた食器を片しにキッチンへと消えいていった。
渋谷が本当に事件を担当していたなら是非とも話を聞きたいが警察関係者が事件の詳細をばらすわけがない。みんなもそれがわかっているからか、それ以上は誰も突っ込まなかった。
渋谷の動きをきっかけに食事を終えたものから順に食器を片付けていった。時刻は八時前になっていた。
「あっ」
と、突然高井が大きな声を出す。
「九時に就寝なんですよね? シャワー浴びる時間がなくなっちゃう。わたし先にお風呂いただいていいですか?」
高井が云う。みんなの許可を得た高井は慌しく部屋から出て行ったと思ったら、ひょっこりと顔だけを出した。
「覗いたりしないで下さいよ」
「マミちゃんの入浴なんか覗いたら後でお金を請求されそうだから遠慮しとくよ」
菅田が云う。
「そんなことはしませんよー」
「いいから早く行きなさい。時間がなくなるわよ」
中山が云う。
中山に促されて今度こそ高井は風呂へと向かった。
キッチンでは長山と紫野が食器を洗っていた。残りのものは部屋には戻らずそのまま席に座り談笑を続けた。
「タバコ吸ってもいい?」
会話の流れを切って、ライターを片手に井上が云う。
「僕も吸いたかったところだよ」
「わしもだ」
そう云って二人もたばこを取り出した
「ええ、どうぞ」
中山が許可を出し、上野も軽く頷く。本当は俺はタバコが嫌いだが仕方なく頷いておく。
「えみちゃん、そっちに灰皿ない?」
井上は立ち上がりキッチンに聞こえるよう大きな声で云う。
「ありますよ。どうぞ」
「できれば三つ欲しいんだけど、ある?」
「大丈夫ですよ。洗い物終わったので今持ってきますね」
間もなく長山と紫野は灰皿を持ってキッチンからホールに戻る。灰皿を受け取った三人は旨そうにタバコを吸い始めた。タバコの匂いが鼻をつく。他の者に悟られないようにしながら顔を背けて煙から少しでも逃げる。
「コーヒーがあったら最高なんだけどね」
菅田が呟く。
「ありますよ、コーヒー。入れましょうか?」
長山が素早く反応する。
「お願いするよ」
「皆さんもいりますか? 紅茶もあるみたいですけど」
「お願いするわ。わたしはコーヒーで」
中山が答える。
「砂糖とミルクもありましたけど、どうしますか?」
「わたしはブラックで」
「僕もブラックで」
中山と菅田が云う。
「わしはコーヒーを砂糖、ミルク両方入ったの貰おうかな」
渋谷が云う。
「なんか意外ですね。絶対にブラックだと思ってましたよ。僕はミルクティーでお願いします」
と上野。
「わたしは紅茶。何もなしで」
そして、井上。
「すみません。コーヒー砂糖、ミルク入りでお願いします」
例のごとく小さな声で紫野。
長山は全員の注文をぶつぶつ繰り返し頭に叩き込みながらキッチンへと向かう。キッチンの死角へと消える前に長山は俺に訊く。
「で、よし君は?」
「えーっと、コーヒーのありありで」
「了解。よし君は答えるの一番遅かったから運ぶの手伝ってね」
長山はそう言い残してキッチンへと入っていった。
「よし君、御指名ね。おめでとう」
中山がニヤニヤしながら俺をからかう。
「なにがおめでとうなんですか。ただここまでろくになにもしてない僕にも働けってことじゃないですか」
俺はそう云って立ち上がり、タバコの匂いから解放される喜びを胸にキッチンへと向かった。
キッチンでは早くも長山がカップを並べていた。コンロの上ではやかんが既に熱されている。
「よし君、後ろの棚からお盆だしといて」
長山が指示を受けて俺はきびきびと動く。
気づけば長山は俺にはタメ口になっていた。年齢は同じだから何も問題ないのだが、会って間もない人間にタメ口を使うのは俺はあまり好きではない。しかし、相手がタメ口なのに自分は敬語という状況はもっと嫌いである。
俺は長山の指示に従い後ろの棚からおぼんを探す。お盆は下の棚にあった。
振り返ると長山は早くもカップにインスタントのコーヒーと紅茶を入れてお湯を注げば完成の段階に達していた。砂糖とミルクの準備も完璧で角砂糖が大量に入ったタッパと、コーヒー用のミルクの紙パックも置かれていた。
「ところで、よし君はタバコ嫌いなの?」
俺は長山の指摘に少しドキッとする。ばれないようにやったつもりであったが気づかれていたようだ。
「父親が厳しい人でタバコや酒とか絶対にしない人だからその影響で嫌いなんだ」
「お酒も? 随分厳しいお父さんなんだね」
「物凄い厳格な人だから。エミちゃんはタバコは吸わないみたいだけどお酒は飲むの?」
「付き合い程度かな。大学の飲み会で何も飲まないのはあれだから。よし君の大学でも飲み会とかあるでしょ?」
「あるけどウーロン茶飲んでるかな」
「いいなー、わたしの大学じゃウーロン茶なんか飲んでたら絡まれるよ」
和やかに話す俺たちの間にピーっと高い音が響く。やかんが音を立て、湯気を立ち上らせている。長山は火を止めると手際よくカップにお湯を注いでいく。そして、必要なカップに砂糖とミルクを適当に入れていく。既に俺にはどのカップが誰のかわからない。長山は五つのカップを乗せ順に指して言う。
「えーっと、これがレイさんので、こっちがジュンさんの。それでこれが刑事さん、ヨウさん、で、サキさん。わかった?」
俺はカップを順に指を差しながら確認する。
「レイさん、ジュンさん、刑事さん、ヨウさん、サキさん、あってる?」
「うん、ばっちし」
その時、上野がキッチンに入ってきた。
「エミちゃん、まみちゃんは紅茶に砂糖でお願い」
「了解。カズ君も運ぶの手伝って」
そう云って長山は残されていた空のカップに紅茶を入れお湯を注ぐ。俺は五つのカップが乗ったおぼんを持ってホールへ戻る。なんとか覚えたカップをそれぞれの元へ置いていき、自分の席に着く。すぐに長山と上野が残りのカップを持ってホールに戻ってきた。俺は長山からカップを受け取りコーヒーを一口飲む。
どうやら今は中山のお医者さんトークで盛り上がってるようだ。ひとりお風呂に入った高井は大学生が着るとは思えない可愛らしいピンクのパジャマに着替えていた。それでも化粧はばっちりしていた。
「あとひとり位ならお風呂に入る時間があるけど、誰か入る?」
中山が云い出す。高井以外の女性たちが顔を見合わせる。
「わたしは明日の朝で大丈夫です」
長山が云う。
「わたしも朝でいいです。このまま朝まで起きていますし」
と紫野。
「わたしもゆっくり入れないなら明日でいいかな。今日はもう朝入ったし」
井上がタバコの灰を落としながら云う。
「わたしも朝風呂派なんだよね」
中山がそういうと全員で顔を見合わせた。どうやらもう今日は誰も風呂に入らなくてよいようだ。
「じゃあ、みんな明日で」
中山は全員の思いを代表してまとめた。
「なんかわたしだけはぶられてるみたいじゃないですか」
高井が口を尖らせて云った。みんな高井の言葉に笑っておいた。
時刻は八時半を過ぎていた。
「さて、そろそろ寝る準備でもしますかね。じゃあ、刑事さん、ヨウちゃん、よろしくお願いします」
中山はそう云って早くも自分の部屋に引っ込んでいった。それに続いて井上と高井も部屋へと戻っていった。
長山は当然のように飲み終えたカップを洗い始めた。とりあえず俺はそれを手伝うことにした。
「よし君、今日なにか起きると思う?」
長山が食器についた泡を落としながら訊いてきた。
「ジュンさんにあれだけ挑発されたんだからなにかするんじゃないかな」
「挑発?」
長山は首を傾げる。
「あれは挑発だろ? 今夜何も起きなければ明日は見張りなしのサービスをするっていうのは、犯人にとってそんな譲歩されるのは屈辱だからね」
「よし君はそう考えるのか。わたしはあれはジュンさんが楽しんでる証だと思ったけど」
「楽しんでる?」
今度は俺が首を傾げる番であった。
「そう。ジュンさんのあの発言はこんな状況でどうやって犯人は行動を起こすのか楽しみにしてますっていう宣言だと思うの」
「そういう解釈もできなくはないけど、結局は今夜行動を起こせよってメッセージだよね」
「そっか、そうだね」
「だったら、やっぱ犯人は何かしようと努力はするんじゃない?」
「そうだね。恐いね」
長山は少し声を小さくして云った。
「恐い? これはゲームだから大丈夫だよ」
「だったらいいけど」
長山はそれっきり黙ってしまった。
長山が不安になるのはわかる。孤島の館。ミステリーファンならそれだけでなにか事件が起きると考えるだろう。正直なところ俺も本当に何かが起きるのではないかと感じている。いや、ここに来る前から俺はそう思っていた。だから俺はこうしてここに来た。
洗い物を終えてホールに戻るとそこにはもう渋谷と紫野しかいなかった。
「お疲れさん。他の人たちはもう部屋に戻ったよ。見張りわしらに任せて今日はゆっくり眠ってくれ。もしかしたら明日は忙しくなるかもしれないんだから」
渋谷はどこか楽しそうに云う。
「そうですね。それじゃ、お先に失礼します。おやすみなさい」
長山がそう云ったのに会わせて俺もおやすみなさいとだけいい二人で部屋を出た。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみ」
長山は左に、俺は右にと別れ自分の部屋へと戻った。途中にある菅田と上野の部屋の扉はしっかりと閉められていた。しかし、鍵はついてない。
自分の部屋に戻った俺は同様にしっかりと扉を閉めた。部屋は不気味なほど静かであった。壁が厚いのか外部の音はまったくと言っていいほど聞こえない。
俺は一度固く閉めたドアを開く。鍵がないのだから開けといても閉めておいても侵入は防げない。ただドアを締め切ると外部の音はほぼ遮断される。ならば開けといたほうがいいだろう。
時刻は夜の九時。言い知れぬ不安を持ったまま俺は電気を消した。窓から差し込む月明かりが妙に明るく感じた。
*
深夜二時。コレクターアイはゆっくりと身を起こした。静かに自分の部屋の扉を少し開くと耳を澄ます。何も聞こえて来ないことを確認すると、息を殺して廊下を歩く。そして、ホールの前に着くとゆっくりと扉を開けた。明かりが差し込む。ホール内の電気は点いたままだが紫野と渋谷はテーブルに突っ伏してぐっすりと眠っていた。
コレクターアイは下卑な笑みを浮かべゆっくり近づく。それでも二人は起きない。
渋谷の首に紐を巻きつけ強く締め付ける。死んだのを確認すると、今度は紫野も同様に絞め殺す。
動かなくなった二人を床に並べる。そして、慣れた手つきで目玉を刈り取った。
コレクターアイはその顔を愛おしそうに見つめて一度微笑んだ。そして、ホールを出た。




