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4.自己紹介

 部屋は静まり返っていた。ゲームスタートの合図をもらったところで状況はたいして変わっていない。まだ事件はなにも起きていないのだから。


「はーい。とりあえず自己紹介しませんかー」

 張り詰めた空間に間延びした甘ったるい女の声が響く。


 声の主は俺の右側にいた女からだった。女は恐らく俺と同じくらい。髪は薄い茶色で染められていて、パーマもかけられていた。服は体の線を隠すゆったりとしたワンピース俺の印象は世間知らずの天然女といった感じだ。


 この提案に反対するものは誰もいなかった。

「じゃあ、君から」

 と、なぜか俺は指名を受けた。


 こういうのは言いだしっぺが先陣を切るものではないのか? そう思うが、まだそのようなことをいえる間柄をつくれていない。

 腹を決めて立ち上がる。視線が俺に集まる。


 なにを言えばいいのか一瞬迷うが、説明会のときのことを思い出す。

 氏名、年齢、職業をはきはきと述べる。そして最後に


「よろしくお願いします」

 と大きな声でいっておく。これで悪い印象は与えていないはずだ。少しは過ごしやすい三日間になるだろう。


 儀礼的な拍手が送られる。

「じゃあ、このまま反時計回りでいきましょう」

 言いだしっぺの女がいう。この女は自分を最後にしたかったようだ。


 俺の右隣が静かに立つ。ロビーの時の女性だ。

長山(ながやま)恵美(えみ)、二十一歳です。○○大学の三年生です。よろしくお願いします」

 自己紹介の流れは俺がつくったようだ。俺の自己紹介をテンプレートにしている。


 それにしても○○大学ということには驚いた。○○大学は日本有数の難関大学だ。さすがにここまで残っているだけあって学力は高いようだ。


 次は例のリア充だ。

上野(うえの)和也(かずや)。二十二歳。同じく大学生です。来年から××出版です。よろしくお願いします」

 就職先から判断するにこいつもなかなかのエリートだ。大学の名前を伏せたのは長山と比べたら見劣りするからだろう。


 次はさっきのスーツを着た男性だ。

菅田(すがた)純一(じゅんいち)。三十一歳です。一応探偵をやってます。といっても浮気調査とかばかりですけどね。恋人が怪しいなと思ったら是非」

 そう云って異様に白い歯を出して笑った。


 菅田は背が高い痩せ型、ひょろ長い感じだ。そして、どこか古臭い感じのキザな男である。探偵と言われれば納得のいく風貌でもある。


 次に立った女性は綺麗な顔とは裏腹に、白いTシャツにGパンという、おしゃれ気のない服装をしていた。髪は黒くて長い。それをひとくくりにまとめている。俗にいうポニーテールだ。全く着飾ってないが女性としての魅力は十分にでていた。


中山(なかやま)玲子(れいこ)、二十八歳。こんななりしてますけど医者です。三日間よろしく」

 確かにこのなりから医者とは予想外だった。人は見かけによらない。


 次は参加者の中で最も高齢の男だ。グレーのスーツに白髪混じりの角刈り。他の誰よりも威圧感がある。

渋谷(しぶや)章二(しょうじ)。五十六歳。元刑事だ。若いもののなかにひとりこんな爺がまぎれて申し訳ないな。まあ、よろしく」

 元刑事。これは見かけ通りだ。やくざといわれても疑わないが。


 次は派手な女だった。髪は金に染まっている。スカートは超ミニで少しでも動けばパンツが見えそうだ。化粧もダントツで濃い。爪は長く派手な色に塗られていた。彼女も職業がなんとなく予想がつく。

井上(いのうえ)(さき)。二十四歳。ホステスやってます。ここで働いているのでよかったら来てね」

 井上はそういい名刺を配る。名刺にはサキと書かれていた。源氏名も本名と同じにしているみたいだ。


 俺はこういう派手な女は嫌いだ。しかし、非常に悔しいことに可愛い。菅田と上野の評価も同じようだ。もらった名刺をしっかりと財布にしまっている。


 次の女性は井上の横というせいもあるが地味だ。黒い髪は長く腰近くまで伸びている。服は黒で統一されている。そして、黒縁の眼鏡。伏せ目がちだからかより一層暗い印象を受ける。


紫野(むらさきの)洋子(ようこ)です。二十五歳です。占い師をやっています。よろしくお願いします」

 紫野は小さな声で言った。


 占い師とは、これまた意外な職業が飛び出した。しかし、こんなおどおどした調子でに占いの結果告げられても当たっているとは思えないだろう。


 そして、最後。

「じゃあ、最後は私、高井(たかい)真美(まみ)、二十歳、大学生でーす。学年はよし君とエミちゃんと同じ三年でーす。よろしくおねがいしまーす」

 甲高い声が響く。


 よし君は俺のことらしい。あまりにも突然馴れ馴れしく呼ばれたので反応が遅れた。本当にこ高井は予選の問題を自力で解いたのか? それとも、スタッフか? 事実、今この場を仕切っているのは高井だ。その可能性は十分にある。


「ねえねえ、マミちゃん。他の人の呼び方も教えてよ」

 中山が愉快そうにいう。


「いいですよー」

 高井はひとりずつ指差しながら呼んでいく。


「えーっと、よし君、エミちゃん、カズ君、ジュンさん、レイさん、刑事(でか)さん、サキさん、ヨウちゃん。うん、呼び方はこれで決定」


「おいおい、俺だけ職業名じゃねえか」

 渋谷がそう云うとどっと笑いが起きた。


「なんで私はサキさんなのに彼女はヨウちゃんなのよ」

 井上の意見は尤もだ。年齢で言えば紫野のほうが上なのだから。


「いいんですー。そっちのほうがしっくり来るし。以後、みんなも同じように呼んでね」

 みんな苦笑いを浮かべるだけでそれ以上文句は言わない。いや、言えない。どうやらこの場は高井に支配されたようだ。


「で、どうしますー? 今から」

 この場の支配者高井がそのまま喋る。


「とりあえず部屋を決めない。荷物を置きたいのよ」

 中山だ。


「賛成だけど、見張りをつけなきゃね」

 菅田はそう云ってランプを指差す。


 確かにランプの見張りは必要だ。そうしなければ、殺人鬼は自由に動き回れることになってしまう。

「そうね。じゃあ、半分残って、もう半分が一回館の中を見て回りましょう」

「それでは、レディーファーストということで女性のみなさん、先にどうぞ」


「あら、ありがとう、マミちゃん、エミちゃん、サキちゃん、ヨウちゃん行きましょう」

 中山はそう云いながら立ち上がり扉の外へと進む。呼ばれた四人も立ち上がり山中に続いた。高井は

「いってきまーす」と大袈裟に手を振ってから出ていった。

 五人が部屋から消えると菅田は深く椅子に座りため息を吐く。


「マミちゃんは強者だね」


「全くだよ。ひとりぐらいああいう子は必要だけどな」

 渋谷は笑いながら胸ポケットからタバコを取り出し火をつけた。俺は愛想笑いをしておいた。


「どうします、あれで犯人役でしたら?」

 からかうように上野。


「その可能性も十分にあるんじゃないかな」

 菅田はそう云うが本気ではないのは明らかだ。


「だとしたらかなりの役者だな」

 ガハハと笑いながら渋谷が言う。喋り下手な俺は口を挟まず場を壊さないよう笑っておく。


「それで、若いお二人はどの娘が好みなのかな」

 菅田は身を乗り出しながら言う。女性だけを先に行かせた本当の目的はこの話をするためなのかもしれない。


「おいおい俺にはきかないのかよ」

 渋谷が不満げに言う。


「あはは、これはすいません。でも答えたら奥さんに怒られるんじゃないですか?」

「そりゃそうだ。そもそも相手にもされないんだがな」

 二人は完全に居酒屋で盛り上がるおっさんだ。


「それでどうなんだい、よし君? かず君?」

 俺は上野と目を合わす。俺が戸惑っていることに気づいたらしく、上野が先行を切って口を開いてくれる。


「お二人さん、忘れてませんか? この部屋はスタッフのみなさんに見られてるんですよ。迂闊なことはいえないのでここは黙秘権を使わせていただきます」

 上手い逃げ方だ。俺は素早く上野に便乗する。


「俺もです」

「うまくかわしたな。じゃあ、僕だけ答えるとするよう。僕は服部ちゃんかな」

 この部屋のどこかに仕掛けられているであろうカメラを探すように菅田は言った。


「ずるいですよ。俺がスタッフに見られてるっていわれたからそれを利用してのアピールじゃないですか」

 上野がすかさず突っ込む。


「そんなことないよ。僕は最初から服部ちゃんに決めてたよ」

 上野の突込みにもめげず菅田は白を切る。俺と渋谷は二人のやり取りをみて笑う。


 非情に良い雰囲気であった。推理クイズではなく恋愛物のバラエティーに集められてるかのようだ。

 男たちが下らない話で盛り上がるなか女性五人が部屋に戻ってきた。男たちはピタッと会話を止め、女性談義をしていたことを悟られないように努めた。幸い女性は誰もその気配を察しなかったらしい。


「へんてこなつくりよ、この館。誰か紙とペン持ってない?」

 中山が席に着いて云う。


 互いに目を合わし首を横に振る。

「あのー、その引き出しにありませんかね?」

 紫野は恐る恐る口を開いた。指差す先には扉の右横にある戸棚だ。戸棚に一番近かった井上が立ち上がり引き出しを開ける。


 井上は「ビンゴ」と口に出してノートとペンをみんなに見せて笑った。しかし、びんごとは古い。サバをよんでるのか?


 席に戻りノートとペンを中山に渡す。中山はノートを一枚破き、その上に簡単な館の見取り図を描き始めた。


 完成した図は中山の言うとおり館にしては奇妙な図であった。図は三重の丸。外側二つの丸の間に十二本の線が引かれている。円卓に引かれた線にも似ているが本数が多い。


「この中にある一番小さな円が今わたしたちがいるこの部屋。で、この部屋を囲むように十一の部屋があるわ。時計をイメージしてもらえばわかりやすいかな。十二のところがトイレとお風呂、六のところがわたしたちの乗ってきたエレベーター。他の場所は参加者の寝室ね。部屋ごとに違いはないわ。窓とベッド、それだけ」


 中山は説明した。中山の説明のとおり簡単なつくりだ。付け加えるなら、この部屋の出入り口は南側でエレベーターのまん前にある扉ひとつだけ。この部屋の北側にキッチンがある。キッチンの様子はホールからは見えない。十二時の場所にあるトイレと風呂場は独立していて繋がっていない。西側にトイレがあり、間に壁を挟んで洗面所、風呂場となっている。


 中山は参加者の寝室用の部屋に名前を書き込んでいく。時計で一の場所に長山、同様に二の場所には井上、三の場所には紫野、四の場所に高井、五の場所に中山。


「女性陣の部屋はこの通りに決めたわ。余りで男性陣の部屋を決めて」

 中山はそう言って、男性陣のリーダー格になりつつある菅田の方にノートとペンを差し出した。


「せっかくなんだから男女交互にしたほうが面白いのに」

 中山の書き込みを見て菅田は残念そうに云う。冗談であることは明らかなので女性たちはクスクス笑った。


「あら、そんなこと言ってたら部屋に入った瞬間ナイフでぐさりと刺されるかもよ。なんせこの館は殺人鬼の棲む館なんだから」


「ここにいる美女の誰かに殺されるなら僕は本望だけどね」

 菅田の言葉に一同は声を出して笑った。


「平等にじゃんけんでもしようか」

 菅田の案で俺たちはじゃんけんで部屋を決めていった。じゃんけんの結果、部屋割りは次の通りになった。時計で七の場所に菅田、八の場所に渋谷、九の場所に上野、そして十の場所が俺となった。残った十一の部屋は空き部屋となった。


「わたしたちがランプを見てるから男共は荷物を置いてきな。自分の目で館の構造を確認したい方は今のうちに回ってきて」

 中山の言葉に従い男たちは動き出した。各々は荷物を持って自分の部屋へと向かった。部屋のドアは廊下側に開いた。鍵はついていない。殺人鬼が人を殺しやすいように作ったというのなら当然であろう。しかしこれで密室殺人がクイズにされることがないことがはっきりしてしまった。嬉しいような残念なような複雑な気持ちだ。


 部屋は縦長の六畳間。シングルベッドが一つ、入って右手側の壁に鏡が一つ。大きさは顔を確認できる程度の大きさのものだ。それと窓が一つ。窓には鉄柵がありまるで監獄のようである。事故防止のためか、それとも……。


 俺は部屋を出て館を一度自分の部屋から反時計回りに一周することにした。館は中山の言うとおり円を描いていた。廊下には部屋と部屋の間に天窓があった。廊下は部屋と部屋の間のため窓が取り付けられない。仕方なく天窓をつけたのだろう。足元には照明灯が付けられていた。ホテルを連想させる。その他には変わったところはない。


 次にトイレと洗面所を確認する。二つの扉があり左側の扉がトイレ、右側の扉が洗面所に繋がっている。


 まずトイレを見てみたが、どこにでもあるものであった。扉を開ければすぐに洋式のトイレがあり、奥には小さな窓。一般家庭のものとなんら変わりはない。


 次に洗面所と浴室も確認したが、これも同様一般的なものであった。ドアの前に洗面台。右手にまた扉があり、その先が浴室である。洗面台の横にはお湯を沸かすためのボイラーがある。その上にはブレーカーが取り付けられていた。


 全てを見終えて俺はホールへと戻った。戻ったときには既に俺以外の人間が揃っていた。

「ヨシ君遅かったね。何してたの?」

 高井が地声とは思えないキンキンとした声で俺に訊いてきた。


「あっ、いや、ちょっと館の確認を」

「あら、やる気満々ね。まあ、賞金の額が額なだけに気持ちはわかるけど」

 と、中山。


「最高で一億ですもんね。それこそ殺人が起きてもおかしくない額ですよね」

 云ったのは上野だ。


「怖いこと言うなあ。みんなで協力して山分けにすればひとり一千万強は入る。十分魅力的な額だね」

 菅田が上の方を見ながら言う。使い道でも考えているのだろうか。


「でも、せっかくのゲームなんだから争うべきじゃない? あっ、殺人をするってことじゃないからね。みんなで協力とかしないで個人で問題に挑むってことね。なによりもわたしは賞金を独り占めしたいからね」

 井上が意外な積極性を見せる。


「まあ、確かにそうだね。みんなで話し合って答えを出してもつまらない。というわけで僕らはライバルだね」

 菅田は楽しげに云う。その言葉には自分がこのゲームに勝つという自信があるというアピールでもあった。他の者も同様に自信に満ちた顔をしていた。流石に予選を突破してきただけはある。


「いずれにしても、あんたらが張り切っても事件が起きなきゃすることがないわ。とりあえず今からすることを決めましょう。夕飯なんだけど昨日と違って誰かが準備しなきゃ出てこないみたい。正直わたしはあんまり料理好きじゃないのよね、誰かやってくれない?」

 中山の言葉にありがたいことにすぐ立候補者が出た。

「だったら、わたしがしますよ。その代わりあんまり美味しくなくても文句は言わないで下さいね」

 長山だ。


「エミちゃんの手料理に文句なんか言うわけないよ。むしろ感謝するよ。ねえ、みなさん」

 菅田の言葉にみんな頷く。


「あの、わたしもお手伝いします」

 静かに紫野が云う。どう見ても内気な彼女が自ら進んで何かをするのは俺にとっては意外であった。


「わたしもわたしも」

 紫野とは対照的に大きな声で高井が云う。


「二人ともありがとう。でも、正直なところマミちゃんの手料理はちょっと恐いけどね」

 菅田が冷やかす。


「それ、すっごいわかる」

「僕もです」

「わしもじゃ」

「ごめん、あたしも」

 中山、上野、渋谷、井上が菅田の意見に相槌を打つ。


「えー! なんで? なんで? ひどくないですかみんなして」

 高井の言葉にみんな笑った。


「えーっと、夕飯は何時ごろがいいですかね?」

 長山が云う。


「あんまり遅すぎると殺人鬼が可愛そうなんじゃいかな? 僕らは早目に食事をとって眠ったほうが殺人鬼はありがたいんじゃないかな?」

 菅田が云う。殺人鬼に気を使うとは奇妙な状況だ。


「あはは、彼の言う通りかもね。じゃあ、七時くらいに夕飯でいい?」

 中山の言葉にみんな頷く。


「じゃあ、そういうことでよろしくエミちゃん、ヨウちゃん」

「わかりました」

 中山の言葉に二人はしっかりと返事をした。


「ちょっと、なんでわたしには言ってくれないんですか?」

 高井が不満げに言う。


「それはね、マミちゃんには期待してないから」

「うー、ひどいですよ」

 そのやり取りにみんな声を出して笑った。


「七時ってことは大分ありますね。その間どうします?」

 上野が云う。


「自由時間でいいんじゃない? 特にやることはないし」

 中山が眠たそうに伸びをしながら言う。


「そうだね。部屋に戻ってもいいし、シャワーを浴びてきてもいいしなにしてもいいよ。ただしこの部屋に必ず二人は残ることにしよう」

 菅田の意見に高井を除いた全員が頷く。

 ランプの見張りは一人ではいけない。もし見張ってる一人が犯人役なら意味をなさない。そのため、必ず見張りは二人必要である。


「いいわ。わたしが残るわ。もう一人誰かお願い」

 中山が云う。


「あっ、僕もここにいますよ」

 すかさず俺も名乗り出る。


 ホールに残るということは確実にアリバイが成立する。犯人役と疑われるのはあまり嬉しいことではない。ランプを見張ることによりそれを回避するのが狙いだ。


「じゃあ、ヨシ君とわたしがずっとここにいるからみんなは夕飯まで好きにして」

 中山の言葉をきっかけに各々が自由に動き始めた。


 ここまででかなり打ち解けたようにも感じたが所詮は他人。いや、ゲームのライバル。ホールに残るといった俺と中山、そして菅田以外の者は自分の部屋へと引っ込んだ。中山と菅田がホールに残った理由は恐らく俺と同じであろう。


 TVの横の時計に目をやる。時刻は午後二時過ぎ。夕飯まで五時間近くある。苦痛な時間である。それは菅田も同じらしく話題を提案してきた。


「せっかく時間があることだしここまでのルールを踏まえて三人でコレクターアイがどんなトリックを使って事件を起こすか予測しないかい?」


「ライバルと議論なんてしたくないわ……と言いたいところだけど、退屈だし賛成よ」

「いいですね」

 俺にとってはありがたい話だ。俺の直感ではこの二人は参加者のなかでもかなり優秀だ。その二人の意見がいろいろと聞けるのだ。これは願ってもないチャンスである。さらには俺にはひとつ気がかりがある。


「それじゃあ、始めようか。まずこのゲームの核であるランプ」

 菅田は青く光るランプを指す。


「このランプのせいでコレクターアイはかなり動きを制限されている。このランプはコレクターアイには足かせにしか成りえないだろう」


「このランプのルールを逆手に取るってことはないですかね?」

 俺が云う。


「どうだろう? その可能性は十分にあると思うけど現段階では良い方法が思いつかないな」

「このルールを逆手に取るのは無理じゃない? ルールを破るというなら別だけど」


「じゃあルールのギリギリをつくっていうのはどうですか?」

「ギリギリって?」

 中山は怪訝な顔をする。


「偽ジャスティスの言葉を借りるなら表の顔の時に結果的に殺人鬼の手助けになるような仕掛けをするってことです」

 これが俺の気になっていることだ。


「なるほど。それは面白い考えだね。ルール上ありかなしか言われたらありだね」

 菅田が言う。


「そうね。でもそんなことしたらすぐに犯人候補になるんじゃない? それと今の発言でよし君は『SP』を信じていないことがわかったわ」

「じゃあ、レイさんは信じてるんですか」


「半分信じてるわ」

「半分?」

 中山の言葉の意味がわからず思わず聞き返す。


「実際には存在しないけどこのゲームの中では存在するってことよ」

「となると、よし君の言うギリギリは起きないと思ってることだね」

 菅田が云う。


「そういうことよ。結果的であろうが意図してやってるならルール違反、いや、設定違反よ。謎明社の社長ならそのへんもちゃんとすると思うわ」

 中山の言っていることはわかりにくいが大事なことである。『SP』をどこまで忠実に再現するか。これはこのゲームの裏の核であろう。俺が言うギリギリをやってしまうと結局のところ『SP』は存在しない。なぜなら、いくら偶然を装ってもそこに殺人鬼を有利にするという意図が存在するからである。その場合、表の顔も裏の顔も同じ意識を持ってることになってしまう。


「まあ、どちらの意見もありえそうだね。あくまで『SP』はあるということにするだろう。でも、よし君の言うギリギリを使うこともある。偶然と言い張れば問題ないんだからね。どんなに僕らが納得いかなくてもね。この点に関しては向こうのさじ加減だから議論の余地はないんじゃないかな」

 中山は少し不満そうだが何も言わない。俺にとってもまだ気になる点だが菅田の言うとおりである。この話はここで終わらすしかない。


「それで菅田さんはどんなトリックがあると思うんですか?」

「うーん、そうだな……」

 菅田はそう言い考え込む。中山も考え込む。

 正直なところ俺もこれといった案はない。それほどこの縛りは厳しい。


「うーん、やっぱりこれって相当難しいよね。わたしの予想では堂々と活動するかな」

 中山が云う。


「堂々と?」

 菅田が聞き返す。


「そう堂々と。勿論、目の前で殺人をするとかじゃないわよ。結局、人格が入れ替わっても誰がコレクターアイかはわからないじゃない。ランプが赤い間は互いに警戒するだろうけど、長時間の間入れ替われば隙ができるわ。その隙を突いて殺人の準備をする。だから、このゲームはその準備の間のコレクターアイのぼろを探すのがメインになると思うわ」


「それじゃあんまりランプの意味がないんじゃないですか」


「そう? 憑依ってことはコレクターアイは別の体に入るってことよね? 自分の体と違うってことはいろいろと勝手が違うんじゃない。そのわずかな違いをヒントに犯人を捜す。そうすればランプの設定は十分に生きるんじゃない?」

 なるほど。そういう使い方もあるのか。中山の考えは俺にはないものであった。


「うーん。なくもないけどつまらないな。結局は数あるミステリーと同じ状況になるだけ。入れ替わりがある分そのへんのミステリーよりも手がかりが増える。僕らにはありがたいだけじゃないか」

「まあ、そうなるわね。」

 菅田の見解は正しい。そして、ヒントをわざわざ増やすということは謎明社の社長はトリックそのものに余程の自信があるのだろう。


「うん。でも考えたらレイさんのが一番現実的かな」

「あら、言い出したからにはなにかこれと言った予想があるのかと思ったけど」

 中山が冷やかすように云う。


「いやいや、悪いけど本当にないんだな。僕が二人の意見を聞きたいのはこれからだよ」

 菅田は人差し指を立てチッチッと音を立て言う。


「いったいなんですか?」

 俺はすかさず問う。


「それはこの館はコレクターアイが殺人をするための万全の準備ができているという点さ」

 俺と中山は首を傾げる。


「何を言い出すかと思ったらそんなこと? 殺人をする気満々なんだから準備しているのは当然じゃない」

 中山が呆れた口調で言う。


「それは勿論さ。僕が言いたいのはこの準備って言うのはどの段階からなのかってことさ」

 菅田は得意げに言うが俺にはまだその真意がわからない。


「回りくどいわね。結局何が言いたいのよ」

「つまり、この館を建てた時点で殺人の準備はしていたのではないかということだよ」

 ここにきてようやく菅田の言いたいことを理解する。


「この館に隠し通路、あるいはそれに近い仕掛けがあるのではないかってことですね」

 菅田は嬉しそうに俺を指差す。


「そう。そういうことだよ。そもそもこのクイズはハンデが多すぎる。これから殺人が起きるって明言してる。そんなこと言ったら犯行が行われる前に色々調べられるに決まっている。さらには殺人鬼の行動できる時間にまで制限をかけている。こんな状態で殺人を行ってもすぐにばれる。と、なると、向こうも反則ギリギリの荒技を使ってくるに違いない」


「それが隠し通路ってわけね」


「僕はそう予想している。お二人はどう思う?」

 俺と中山は黙り込んで少しの間考える。そして、先に中山が口を開く。


「んー、なくはないと思うけど隠し通路はちょっとね。ただ、ジャスティスの言ってた準備って言うのに何らかの仕掛けがあるっていうのには同意ね」


「そうですね。僕もレイさんと同じ意見ですね。っていうのも隠し通路を作るにはこの館の構造がシンプルすぎるんですよ」

 俺はそう言って中山が描いた館の見取り図を指す。中山は紙を自分の前に持っていく。俺と菅田は立ち上がり館の図を覗き込む。


「そうよね。通路を作るには隙間が少ないわよね。」

「うーん、言われてみたらそうかな。これじゃ隠し通路は難しいかもね」

 意外にも菅田はあっさり引いた。


「ですよね。ただ、なんらかの仕掛けはある可能性は否定できないです」

 菅田は顎に手を持っていき考え込む。


「いや、やっぱり隠し通路を否定するのは早いかもしれない」

 菅田はなにか閃いたようだ。


「この図はこの階だけの図、いわば平面の図だ。天井裏や床下を考慮すればなんとでもなる」

「確かにそれならあるかもね。これから何か事件が起きても推理の材料とすべきね」


「結局、今の段階ではなんとも言えませんね。どうします? 探してみます?」

 俺は提案する。


「いや、やめておこう。闇雲に探すのは利口じゃない。事件が起きたら自ずと捜索の範囲が狭まるからそれからにしよう」

「そうね。結局、事件が起きなきゃわたしたちは暇なのよ」

 中山は両腕を上げて体を伸ばす。


「そうですね。でも、この話し合いのおかげでこちらも色々と準備ができましたね」

「準備か。面白い言い方するね。これで僕たちは犯行を待つだけ。恐らく事件が起きるのは……」

 菅田はもったいぶって言葉を止める。それを中山が引き継ぐ。


「みんな寝静まった深夜ね。まあ、わたしたちが素直に眠ってあげるのが前提だけど」

 中山は小ばかにしたようにニヤニヤしながら言う


「そのくらいの気遣いはしてあげていいんじゃないかな」

「殺人鬼に気を使うなんて聞いたことないけどね」

 中山の言葉に俺と菅田は苦笑いした。


 三人で笑っているところにノックが響く。ドアは開けっぱなしなのでドアの横の壁を叩いたようだ。ノックの主は長山であった。

「楽しそうですね。なんの話してたんですか?」

 長山はそう言いながら自分の席に着いた。


「殺人を実行しやすいよう殺人鬼に気を使わなきゃって話よ」

 中山は笑いながら言う。


「あはは、おかしな話ですね。どういう流れでそんな話になったんですか」

「それはね……」

 菅田は再び隠し通路の可能性について話し始めた。と、同時にここまでの三人で話し合った推理も話した。長山は時折相槌を打ちながらその話を聞いていた。俺は長山がなかなかの聞き上手だと感じた。社会を生き抜く術を心得ている。


 話を聞き終えた長山は感心したようにため息を吐く。

「やっぱり、みなさんここに残ってるだけあって凄いんですね。わたしはそんなこと全然思いつきませんでしたよ」


「そんな、エミちゃんもここまで来たんだから相当の切れ者なんでしょ?」

 中山が言う。


「いえいえ、そんなことないですよ。わたしはまぐれでここまで来れた数合わせみたいなものですよ」

 長山は大袈裟に否定する。


「予選の問題はちゃんと自分で解いたんだろ? なら、数合わせなんかじゃないよ。それとも僕らを油断させる作戦かな?」

 菅田がからかうように云う。


「そんな作戦とかじゃないですよ」

 慌てる長山を見て中山はクスクスと笑う。


「ジュンさん、エミちゃんをそれ以上いじめると今日の夕飯抜きにされるよ」

「そうですよ。そんなこと言ってるとジュンさんのご飯だけ不味く作りますよ」

 中山の援護を受けた長山は強気に出た。


「おっと、それは困る。これ以上は何も言わないよ。でも、僕のだけわざと不味く作れるって事は普通に作れば当然美味しい料理が出てくるってことだね。これは楽しみだね、ヨシ君」

 菅田は華麗な反撃をお見舞いした。


「そうですね。そういうことですね」

 俺は菅田に乗っかっておく。


「いや、そういういつもりで言ったわけじゃ……えーと、とりあえず材料見てきます」

 そう言って長山はキッチンへと逃げていった。


「エミちゃんは可愛いなー」

 菅田は椅子の背もたれによしかかりながら云う。


「やりすぎると嫌われるよ、おじさん」

 中山と菅田は目をあわして笑った。俺も二人に合わせて笑っておいた。



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