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3. 九月二日 殺人ゲームのルール説明

 9月2日。朝が来た。アラームが鳴り響く。俺は手際よくアラームを止める。これほどまでに目覚めのよい朝も久しぶりだ。頭は冴え、体が軽く感じる。俺はすぐに身支度を整える。シャワーを浴び、服を着替え、眼鏡をかける。


 ホテルを出る準備は七時半には終わってしまっていた。今日になればカーテンを開けても問題ないことに気がつきカーテンを開ける。


 太陽の光に俺は目を細める。今日も晴天のようだ。窓からは海も見えてなかなか見晴らしが良かった。


 椅子に座り冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、蓋を開ける。一口飲んだあとに鞄から昨夜とは違う小説を取り出し読み始めた。


 ノックの音がする。

「おはようございます。岩渕です食事をお持ちいたしました」


 俺はすぐにドアを開ける。

「あっ、起きてましたか。良かったです。こちら朝食になります」


 まだ温かいごはんが乗ったおぼんを手渡してきた。

「食事が済みましたら昨日と同じように廊下に出しておいてください。それでは失礼します」


 立ち去ろうとする岩渕を俺は呼び止めた。

「あのー、もう外に出てもいいんですよね?」

「はい。もう結構です」


「でしたら食器は自分で運びますよ」

「あら、そうですか? ありがとうございます。正直なところ、少々人手不足でして……それでは二階に食草がありますのでそちらに運んでもらえますか?」


「わかりました」

 朝食も満足のいく内容であった。参加費用などは一切払っていないのに普段以上の食事にありつける。格別の待遇だ。これならば賞金が手に入らなくてもそこまで腹正しくならいだろう。まあ、賞金は賞金で欲しいのだが。


 それにしても、謎明社は全てを負担して、高額な賞金まで用意し、どこで元を取るのだろうか。社長の趣味にしては金がかかりすぎである。どこかで必ず得があるようにされているはずだ。しかし、今はそれがいったいどこなのか全く見当がつかなかった。


 朝食を終えた俺はおぼんと鞄を持ち部屋を出る。廊下を進んでいると、501号室の前におぼんが置かれてあった。一瞬迷い、自分が持つおぼんと置かれていたおぼんをまとめる。まとめたおぼんを持ち階段を下り、二階へと向かう。


 食堂はすぐに見つかった。二階の南側のスペースの半分が食堂に割かれていたからだ。本来はここに集まり食事をするのだろう。


 食堂の奥、調理場に服部の姿があった。鼻歌を歌いながら食器を洗っている。俺が声をかけるとびくっとする。


「わっ、びっくりした。どうしました?」

「いえ、岩淵さんにここに運べばいいといわれたので」


「えっ、岩淵さんがやらせたんですか?」

「あっ、違います。自分で運ぶのでどこに運べばいいかきいたらここにといわれたので」


「そうなんですか。わざわざありがとうございます。そこに置いといてください」

 俺は服部が指示する場所におぼんを置く。


「あっ、501号室の前にあった分もついでに運んでおきました」

「本当ですか? なんだかすみません」


「気にしないでください。なにか手伝いましょうか?」

「いえいえ、とんでもない。これ以上なにかさせたら私が岩淵さんに怒られちゃいます」

 そう云って服部は笑った。これ以上はおせっかいだな。


「そうですか。それでは失礼します」

 俺は食堂をあとにした。


 部屋には戻らずそのまま一階のロビーへと向かった。

 一階のフロントには岩淵がいた。岩淵は電話で誰かと話しているところだった。他の参加者が食事を終えたとの連絡でも受けたのだろう。俺は目で挨拶をしてロビーにあるソファーに腰掛ける。時刻は九時。ロビー集合まで残り一時間もあるが構わない。ロビーで本を読んでいれば遅刻することはない。部屋以外で過ごしても問題ないことは先ほど岩淵から確認がとれている。鞄から本をとりだし読みふける。



 *



 第一の殺人が発生した。しかも、密室。……無論、小説の中の話だ。主人公とともに手がかりはないかと探す。主人公は現場から、俺は文章から。わずかな手がかりも見落とさぬよう自分の中のアンテナを張る。


 と、そのとき向かいのソファーに誰かが座る。無視するわけにもいかない。俺は水を差された気持ちで本から前方へと目を移す。そこには黒髪の女性が座っていた。年齢は俺と同じくらいにも見えるがもっと大人と言われても納得がいく。整った顔立ちは大人びさせて見える。


 彼女は微笑みながらお辞儀をした。それにならい俺も一度頭を下げるとすぐに本の世界に戻った。

 時刻は九時を回っていた。それから五分と経たずロビーに人が集まってきた。それぞれ適当に居場所を見つけ待機する。会話はない。昨日までは接触禁止といわれていたのだから、当日になっても余計な動きをしないほうが懸命だとみんなわかっているのだろう。あとでいちゃもんなどをつけられたくはない。みんな同じだ。


 九時二十分。フロントには岩淵と服部が、ロビーには俺を含め四名の男性と五名の女性が集まっていた。参加者の九名だ。比較的若いメンバーだ。五十代以上に見えるのは男性一名だけだ。それ以外はみんな二十代あるいは三十代に見える。


 岩淵と服部がフロントから出てくる。そして、岩淵が大きな声で云う。

「みなさん、こんにちは。改めまして今回、総指揮を務めさせていただきます岩淵です。この企画が皆様にとってよいものになるよう全力で努めさせていただきます。これから三日間よろしくお願いいたします」


 岩淵は深々と頭を下げる。参加者は拍手で応える。

 岩淵が一歩下がる。今度は一歩下がっていた服部が前に出て話す。


「改めまして、この度補助を務めることになりました服部です。この企画が成功するように全身全霊をささげたいと思います。よろしくお願いします」

 服部も岩淵と同様に深々と頭を下げる。再び拍手が起きる。


 服部が一歩下がると岩淵が再び喋りだす。

「みなさま、早速ですが移動を開始したいと思います。ここから五分ほど歩いたところにバスを御用意しております。そちらまでご案内いたします」


 岩淵は入り口へと移動する。

 俺を含めた男女九名は立ち上がり岩淵のもとへと動き始める。九名は自然と一列に並んだ。俺はその最後尾に並ぶが、俺の背後に服部が並ぶので一番後ろはとれない。


「それでは参ります」

 岩淵の声とともに列が動き出す。


 岩淵が扉を開けるともわっとした空気が流れ込む。真夏の常だ。外に出ると痛いほどの日差しが容赦なく真上から注がれる。


 一行は昨日とはまた違う道なき道へと歩を進めた。この島に本当にバスがあるのだろうか?

 背後の気配が消えたので振り返ると服部は扉の鍵を閉めていた。ガチャガチャと音をたてて錠がかかったことをしっかりと確認している。戸締りなどしなくても誰も忍び込みなどはしないと思うが。


 列は無言のまま進み続けた。その途中でこの道は昨日の道と比べるとかなりマシだということに気がつく。この道は通りやすいように整備とまではいわないがそれに近いことはされている。それならば、海岸から施設までの道のりもしてくればよいものを。


 少し経ってから前方で岩淵がなにか云うが遠くてよく聞き取れない。だが、前方の参加者の反応からバスに到着したことがわかる。


 列に従い進んでいくとバスが見えた。バスだけではない、コンクリートでできた道路もだ。確かにバスと道路があった。バスはマイクロバスなどではなくバス会社から買い取ったのか本格的な大型バスであった。誰が運転するのか? 岩淵か? 服部か? この大きさとなると免許が必要だが。いや、ここで運転しても逮捕されることないので必要ない。それはそれで恐いが。


 そんな思考を駆け巡らしていたが、運転席に人がいることに気づきホッとする。

「皆さん、順にお乗りください。荷物はそのままお持ちいただいて結構です」


 岩淵の指示に従い一行はバスに乗る。

 乗車の際に運転手の顔を見ると運転手は外国人であった。少し意外だったため驚いたが、それは顔に出さず適当に席に着く。


 バスの大きさに対し人が少なかったため全員が二人分の席を使用した。見知らぬ人を相手と三十分間並んで座っているのは辛い。ましてや、昨日の服部のように頑張って話をしてくれるわけでもない。


 最後に乗車した服部が運転手に話しかける。英語で。その英語は流暢であった。服部の意外な一面を見た。やはり、大手と十分にいえる謎明社に入社しているのだからできる女のようだ。


 バスはゆっくりと走り出した。

 道路は海沿いにつくられていた。この道は誰がつくったのだろう? 普通なら当然、国がつくった物なのだろうが、この島に国が金をかけてまでそんなことするわけがない。それでは謎明社の社長が? と考えたが、さすがに道路をゼロからつくるほどの金はないだろう。


 バスから見える景色はなかなかのものだった。といっても海しかないのだが。どこまでも広がる青い海は爽快だった。本土から見るのとは違う。汚れが一点もない、そう感じた。人が近くに住んでいないだけでこうも違うのか。感心せざるを得なかった。


 しかし、進むに連れてその感覚も弱くなっていった。だんだん海が濁っていてるように感じた。その理由はわからなかった。


 そのままぼんやりと窓の外を眺め続けていたが、バスが大きく左に曲がると同時に景色が大きく変化した。木々が見える。林の中に入ったのだ。バスががたがたと揺れる。バスの前方で「きゃー」とわざとらしい小さな悲鳴があがる。女性参加者の誰かだ。


 悪路を走行すること五分、間もなくバスは停止した。バスの前方には建物が見える。舞台となる館だ。


「みなさまお疲れ様です。館に着きましたので順におおりください」

 一番前の座席に座っていた岩淵が立ち上がり云う。


 参加者は適当に降りていく。俺はやはり最後になるように降りる。

 バスを降りると館が聳え立っていた。館はあまり見ることのない円柱の形になっている。高さは前の施設と比べると低く、外から見る限り二階までしかない。ただ横幅は、といっても円の形なので横も縦もはっきりしないが、大きく、参加者九名を受け入れるには申し分ない大きさだ。


 岩淵が館へと進んでいく。それにみんなが続く。

 岩淵は館の扉を開けた。そのとき、おおっという歓声に似た声が上がる。どよめきといったほうが正しいかもしれない。後方にいた俺にはまだ歓声の理由がわからなかった。参加者たちが続々と中に入りようやく俺も感嘆の声を上げれた。想像していたよりも館の中は広く、床には赤い絨毯が全面に敷かれていた。そして、上にはとても大きく、高価だと一目でわかるシャンデリア。それ以外にはなにもない。たくさんのテーブルとご馳走を用意すればすぐに貴族のパーティーでも始まりそうな部屋であった。


 感心する俺の目にひとつ場違いなものが留まった。それは入口から一番遠く、ホールの奥にあった。


 公衆電話……?


 少なくても俺にはそう見える。さらに目を凝らすと気づく。その公衆電話はガラスの向こうにある。ガラスで遮られた別の部屋の中にあるのだ。


 岩淵は参加者の反応をひとしきり見終えてから再び歩き始める。進む先は公衆電話がある謎の部屋。みんなはとまどいながらもそれについていく。


 近くまで来るとわかる。ガラスの壁に見えてたものはガラスの扉だ。

 岩淵が口を開く。


「会場は二階になります。こちらのエレベーターで移動してください。二階に上がりますと前方に大きな部屋がありますので、そちらで座りながら指示があるまでお待ちください。それでは先に五名の方どうぞ」


 岩淵はポケットからリモコンを取り出した。岩淵がリモコンのボタンを押すと部屋だと思っていたエレベーターの扉が開いた。服部が後方から扉横へと移動する。服部は前方にいた五名を促しエレベーターに乗せる。


 岩淵が操作すると扉は閉まり、ゆっくりとエレベーターは動き出した。残されたものたちは五人が上空へと消えていくのをぼんやりと見ていた。目の前にはぽっかりと穴ができていた。


 三分後、公衆電話だけが下りてきた。俺はそれを眺めていた。公衆電話は俺の目の前でしっかりと停まった。


 扉が開く。服部の指示を待たずして残された俺を含めた四名の参加者がエレベーターに乗り込む。岩淵は全員乗り込んだことを確認すると扉を閉める。そして、ゆっくりと俺の体が上昇していく。ふと下を見ると服部が笑っていた。その笑みは今までとは違った。明らかにほくそ笑んだ笑いだった。



 *



 四人を乗せたエレベーターは静かに停止した。

 エレベーターから出ると前方には大きな扉が、左右には円を描くように廊下が続いている。


 目の前の大きな扉は開け放たれていた。中を覗くと先の五人が座って待っていた。この部屋にも赤い絨毯とシャンデリアがあった。シャンデリアの下には円卓。円卓の中央には青く光るランプがある。ランプは半球の形だ。そのランプは明かりの類のためにあるものには見えない。ランプからは十一本の線が延びる。テーブルを均等に十等分するような線だ。ひとりひとりの陣地を示しているようにも見える。


 入り口の右手には大きなTVがあるがこの島で普通にTVが放送されるとは思えない。なにか他の用途があるのだろう。TVのすぐ横にはデジタル式の時計が掛けられている。奥にはキッチンがある。ここで三泊四日するのだから必須の設備だ。


 後から来た四人も適当に席に着く。俺の左隣の席がひとつ余るが一名欠席が出ているので何も問題ない。席に座ると円卓だから嫌でも目が合う。だが、誰も喋らない。ただ、ひたすら指示を待つ。


 突如、どこからか放送がかかる。わかりにくいがTVからだ。映像はないが音声だけが映っている。


「岩淵です。キッチンに弁当が用意されていますのでお召し上がりください。十三時にゲームの説明を開始しますのでそれまでに済ましておいてください」


 時刻はもうすぐ午後十二時三十分。食事をするだけなら十分な時間だ。

 一同が目をあわす。


「私、取ってきます」

 さっき、ロビーで前方にいた女性だ。


「あっ、手伝いますよ」

 そういい俺も立ち上がる。すると、


「俺も」

 と、もうひとり若い男が立ち上がる。


 髪は薄い茶に染められているが良い人のオーラとでもいおうか、好感のもてる雰囲気をかもし出していた。そしてなによりも男前だ。さぞモテるのであろう。ネット上の用語を借りるならばリア充そのものだ。


 三人でキッチンに向かう。弁当はすぐに見つかる。ひとり三つの弁当を持ち円卓に戻りそれを配る。受け取ったものは簡単な礼を述べ、すぐに食事を始めた。


 やはり、まだ誰も会話はしない。無言で食べ続ける。

 弁当はこれまでと違い手作りではなかったがまだ少し温かかった。岩淵も服部もさっきまで一緒に行動していたのだから他のものが温めたということになる。しかし館に着いてからも新しいスタッフは見かけていない。いったいどこにいるのか?


 食事を終えた三十代に見えるスーツを着た男性が立ち上がる。男性は空になった弁当の容器を持ちキッチンに向かう。キッチンで容器を丁寧に水で洗う。男は戻ってくると、

「あちらにゴミ箱がありましたよ」

 と云った。


 食べ終えたものは男のアドバイスを受けキッチンに行き容器を捨てては帰ってくる。

 全員がその一連の行動を終え席に着くと再び沈黙が訪れた。うち何人かが時計を確認する。考えることは同じである。時計は十三時十分前を指していた。


 意外なことに十三時になる前にTVはついた。こちらの様子から判断して時間を早めたのかもしれない。ということは少なくてもこの部屋は監視されている。


 TVは今度は映像つきだった。画面には妙な男が映し出されていた。男はスーツにお面を被っていた。お面はヒーロー戦隊もののレッドのお面だ。それがなにを意識したものなのか俺にはすぐにぴんと来た。


「みなさまはじめまして。私は神の使いジャスティスです」

 男は見え透いた嘘をつくが参加者の何人かは信じたのか、にわかにざわめきが起こる。しかし、それはすぐに止んだ。本物の殺人鬼が自ら名乗るわけがない。これは演出だ。


 こちらが静かになるのを見計らってジャスティスと名乗る男は再び喋りだす。

「さて、この度みなさまが訪れた館ですが、この館はとある殺人鬼の館です。その殺人鬼の名は水野(みずの)(ゆう)()。……といっても誰かわからないでしょう。ではこういったらわかりますかね、コレクターアイ」


 部屋の中は今度はざわつきはしない。もちろんこれはあくまでこれから始まるゲームの設定だ。

「さて、これで今回のゲームの輪郭は見えてきたのではないでしょうか? コレクターアイはあなた方を殺すために万全の準備をこの館内に施しています。みなさまはコレクターアイの餌食にならないよう気をつけながらこの中に潜むコレクターアイを見つけ出してください」


 なるほど正に実戦形式だ。俺は素直に感心する。つまりはこの中にひとり犯人役がいる。だから、前日から参加者同士の接触は禁止だったのか。いや、事件を起こすのだから被害者役もいるはずだ。となると実際の参加者はもっと少ないことになる。


 同じことを考えているのか参加者の目が交錯する。いったい誰が犯人役なのか、被害者役なのか見極めようと互いに目で探り合う。


 TVから偽ジャスティスの不快な笑い声が聞こえる。

「みなさま重要なのはここからです。よくお聞きください。これはゲームです。クイズです。なので犯人を捕まえることがクリアの条件ではありません。わたしが出すクイズに答えて初めてクリアなのです。皆様に答えていただく問いは『とり憑かれた殺人鬼は誰?』です」


 とり憑かれた殺人鬼? どういう意味だ?


 他の参加者の顔を見渡しても同様の疑問が浮かんでいるように見える。この中の何人かは仕掛け人のはずだから演技をしているものがいるはずだが区別はつかない。


 偽ジャスティスは話を続ける。

「今回のテーマは憑依あるいは二重人格といったところでしょうか。犯人はふたつの顔をもちます。ひとつは平凡な生活を営むありふれた顔。もうひとつは人を殺めその目をコレクションするという殺人鬼の顔。もう問いの意味はおわかりですね」


 俺はすぐに理解した。このなかの誰かが殺人鬼に、コレクターアイにとり憑かれている、そういいたいのだろう。

「ここで皆さんが抱いているであろう勘違いをひとつ解いておきましょう。あなたは今絶対に自分は犯人ではないと思っていませんか?」


 ジャスティスの言葉に参加者全員がぽかんとした。

 こいつはなにを当たり前のことをいっているのだろうか。自分が犯人じゃないかどうかなど自分自身が一番わかっているに決まっている。


「その答えはノーです」

 ジャスティスは自信満々に云った。


 本当になにをいっているのだろうか。しかし、こいつは嘘をいっているようにはみえない。あくまでも公平を期すためのルール説明をしているように感じる。いったいどういうことだ? 額から嫌な汗が流れ始める。


「ここで賞金の出所について触れておきましょうか。詳しいことはいえませんがとある国の軍事機関とだけ言っておきましょう」

 ますますわからない。なぜ軍事機関という物騒なものがが出てくるのか。そして、なぜその物騒な機関がそんな大金を出すのか。


 そんな俺の疑問に答えるように偽ジャスティスは語り始める。

「日本のとある研究所である精密機器が開発されました。その名は『Spirit Possession』、通称『SP』。日本で造られたのに英語なのはあまり気にしないでください。その機器は人の脳内に組み込むことで稼動します。日本語に訳しますと憑依。憑依された人間がどうなるか想像できますか?」


 俺は思わずごくりと音をたてて唾を飲む。


「そうです。他者が入り込みます。見方によっては人工的な二重人格が完成します。しかしこの『SP』はまだ試験段階です。効果を実証するための場が必要です。その場がここです。試験の場の提供のお礼としてお金が支払われます。そして、その一部がみなさんの賞金です。ご理解いただけましたか?」

 参加者のうち、数人の顔が青くなる。


 この話が本当ならばこれはゲームではない。人体実験だ。その『SP』だかの効果を実証するための。俺たちは実験動物なのだ。


 しかし、この話をそのまま鵜呑みにはできない。するわけがない。非現実的だ。これも演出のひとつの可能性がある。こういう設定があったほうがゲームは盛り上がる。


「話をゲーム自体に戻しましょうか。この中に『SP』を既に埋め込まれているものがいます。今までの話からわかるように犯人は二重人格になります。一般的に人格がふたつある場合はどちらかが主導権を握ることになります。今回主導権を握っているのはもちろん殺人鬼のほうです。よって殺人鬼が人格を切り替えるスイッチを握ります。もう一方の人格が出てる間も殺人鬼は意識があります。ここまではいいですか?」

 偽ジャスティスが話を区切る。


 要するに殺人鬼の思惑通りにことを運べるということだ。だが、今のままではこの設定には意味がない。ただこの中に殺人鬼が潜んでいることにすればよい。


 偽ジャスティスが俺たちの表情をどこからか見て楽しんでいるのを感じる。それがとてつもなく不快だ。

 偽ジャスティスは再び口を開く。


「それでは主導権を握られている側、表の顔とでも呼びましょうか、表の顔の説明をします。表の顔はもうひとつの人格の存在に気づけません。とり憑かれていることにも気づきません。また、殺人鬼が前に出ている間の表の顔の記憶は、殺人鬼によって都合の良いように改ざんされます。だから、本人が寝ていたと思っている間に殺人を行っているかもしれません。これであなたが犯人かもしれないという意味がわかりましたね」


 云いたいことはわかるが、だからといってこんな胡散臭い話で自分が犯人ではと疑うような平和な頭ではない。おそらく他の参加者たちも同じ気持ちだろう。


「これはゲームです」

 偽ジャスティスがぽつりと云う。


「このまま開始してしまえばただの殺人になってしまいます。さあ、ここからがこのゲーム最大のポイントになります。みなさまの目の前にランプがありますね」

 参加者全員の視線がTVから円卓の中央にある青く光るランプに移る。


「さあ、よく見ていてください」

 偽ジャスティスは楽しげにいう。


 そのとき、ランプの色が青から赤に変わる。赤いランプは俺たちになにか危機を報せているるように感じた。ランプの色はすぐに赤から青にと戻った。


「ランプの色は犯人の人格の入れ替わりを報せてくれます。これでゲーム性がでてきましたね。このランプをヒントに犯人を導き出してください」

 これで『SP』という設定に意味がもたらされた。青の間は表の顔。赤は裏の顔。つまりランプが青い時には犯行は行われない。


 これで少しは楽しめそうだ。他の参加者たちを見てみると同じことを思っているように見えた。

「それでは最後に解答方法について説明します。問い、『とり憑かれた殺人鬼は誰?』の答えがわかりましたら二階にあがるとき利用したエレベーター、その中にあります電話を通してお答えください。その際に推理も披露してください。ただ名前を答えるだけではつまらないですからね。なお、解答権はひとり一回までです。もしも答えを間違えてしまったらその場で失格となりますのでお気をつけ下さい。制限時間は三日後、九月五日の朝十時までです。この時に残っている人がいた場合は最後のチャンスとしてエレベーターに入り答えていただきます。賞金一億円は正解者で山分けとします。山分けの方法は均等ではありません。先に答えたもののほうが多くの賞金を得るように配分いたします。ルール説明は以上です。なにかご質問はありますか」


 ひとりがすっと手をあげる。先ほど弁当を運ぶのを手伝った若い男だ。

 偽ジャスティスがどうぞと云う。


「犯人は犯行をした記憶がないんですよね? ということは犯人が間違った推理をしてゲームの途中で解答するケースもありますよね? この場合、犯人は途中で失格になってしまいますけどどうなるんですか? やっぱそんなことは起きないんですか?」

 部屋の中に笑い声がこぼれる。


 この質問は冷やかしみたいなものだ。要するに彼はこう云いたいのだ。『SP』なんてものは本当は存在しないですよね? と。


 偽ジャスティスは声を出して笑う。その笑い方は馬鹿にされたものの笑い方ではない。むしろ、馬鹿にしている者の笑い方だ。


「万が一、そうなった場合は残っている方たち全員の勝利とします」

 偽ジャスティスはきっぱりとそう答えた。

 そこまでいうということは、彼が質問したような状況には確実になりえないといことだろう。これではゲームが始まる前に『SP』なんて話は作り話です。と、吐露したようなものだ。


「ほかに質問はありませんか? ……ないならばゲームを開始します。なにか質問が浮上しましたらこの部屋でしてください。常にスタッフのひとりがこの部屋の様子を見ていますので。それではゲームを楽しんでください」

 映像はぷつりと途切れた。


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