17. 正答
俺が乗ったエレベーターは一階で停まらず地下まで下りていった。
地下は俺たちをがさっきまでいたホールや廊下、部屋が映し出された画面が並んでいた。防犯カメラで監視する警備員の部屋のようであった。
エレベーターを降りた俺を岩淵、服部、そして長山と名乗っていた女が拍手で迎えた。
「おめでとう。正解はあなただけよ」
長山と名乗っていた女が言った。
「そりゃどうも」
俺はそっけなく答えた。
「なぜ、わかったの?」
「なぜっていわれても色々あるから困る。それよりも2人、いや、3人は?」
俺は辺りを見渡す。
「奥の部屋で寝てるわ。もう起きることはないけど。それよりも聞かせてよその色々を。てっきりヨシ君もレイさんの推理に賛成しているものだと思っていたのに」
俺は苛立ちを紛らわすため頭を掻く。怒りを鎮めるためにも息を吐いて、仕方ないから話し始めた。
「基本的には俺もレイさんの推理に賛成だったさ。ある1点だけを除いてはな」
「ある1点?」
「それは上野の答えさ」
「上野の答えね、ふーん」
長山と名乗っていた女はニヤニヤと笑うのが不快ではあったが俺は構わず話を続ける。
「レイさんは上野は俺を左利きと隠したという理由で俺の名を答えたと推理した。しかし、おれはその推理にはあまり納得いかなかった。仮にも上野も予選を突破した男。そんな上野があれだけ自信満々に出した答えが俺が左利きと名乗り出なかったからだけとかそんなことがあるだろうか?
他にも気になる点はある。誰よりもランプのルールを信じていなかった上野がなぜジュンさんやレイさんよりも早くランプの青がコレクターアイの時間で赤が長山恵美の時間だと気づけたのか? そして、結局となんと答えて不正解だったのか?
俺はこれらが引っかかっていた。しかし、結局納得のいく答えは見出せぬままタイムアップを迎えた。だから俺もレイさんと同様の答えでいくつもりだったよ。
ところが、解答タイムと同時にコレクターアイから長山恵美に戻ったお前の様子を見て一気に話が変わった。お前の、いや、長山恵美のあの態度はコレクターアイが演技するもう一つの人格とは思えなかった。本当に人格が入れ替わり、心の奥底からレイさんの推理に賛同する笑顔に思えた。
それで俺は憑依を実現する装置『SP』が本当に存在し、人格が本当に入れ替わっていると思ったんだ。ただ、それだけじゃレイさんの推理は覆らない。
しかし、俺は上野のあるセリフを思い出した。それは上野がわかったと叫ぶ少し前、コレクターアイが左利きと発覚し長山に疑惑の目が向けられたとき。上野はお前に聞いたんだ
『エミちゃん、本当に左利き?』って。
あの時はあまり気にしなかったが、本当に人格が入れ替わる『SP』があると仮定したとき重要な意味を持ってくる。上野は皆が認めている事実をなぜわざわざ確認したのか?
理由はただひとつ、上野はお前が右手を使っているのを見たんだ。じゃあ、いつ見たのか。考えたら可能性はひとつ、あれはランプが赤くなった時、たしかジュンさんがトイレに立ったときかな。あの時に長山が時間を右手でメモするのを見たんだと思う。この時なら上野以外は見れなかったから他の者は気付かない。それで上野はランプで本当に人格が入れ変わっていると気づいた」
「そうね。上野は確かにランプが赤の時に右手でメモする長山さんを見たと言っていたわ」
岩淵が補助するように言う。
「そして青の時に左手、赤の時に右手を使うことから青がコレクターアイだということにも気づいた。そして、自信満々に答えたんだ長山エミがコレクターアイだと」
「そして死んだ」
女は愉快そうに笑う。
「死んだ? お前たちが殺したんだろ?」
俺はを女を睨むが女ははそんなのものともしない。
「それだけじゃまだ答えに辿り着かないわ」
女が言うので俺は話を続けた。
「俺はこの推理が正しいか、本当に長山が赤の時は右利きなのか考える必要があった。そこで思い出した右手にある腕時計を見失う長山を。あれは長山は普段は左手に腕時計をにしているからだろう。腕時計は利き手と逆にすることが多いから俺は自分の予想に少し自信が出てきた」
「確かに。本物の長山さんは左手に腕時計をしています」
服部が感心して云う。
「しかしそれだけじゃまだ弱い。確証が欲しかった」
「なるほどそれであの時ペンを投げたのね」
女が云う。
「そうだ。俺が咄嗟に投げたペンを長山は右手で受け止めた。これで俺の推理は正しいと確信した」
俺は話を止める。
「問題はここからでしょ? これだけじゃ赤の時が右利きというだけで、わたしが長山エミじゃないという答えにはならないはずよ」
女は興味しんしんに聞いてくる。
「いいや。長山が右利きだとしたらひとつ決定的におかしなことがあった」
「おかしなこと?」
「ハサミだよ」
「ハサミ?」
「ああ、停電を起こすために仕掛けられた糸を切るときお前は自分の荷物から左利き用のハサミを持ってきた。お前が長山だとしたら、右利きの長山がなぜか左利き用のハサミを持っていたことになる。そんな風に考えるよりも。左利きの方が本体だと考えるのが自然だろ?」
「なるほど、それでわかったのね」
「ああ。これが最大の理由かな。あともうひとつ気になったのはお前の名前を出した時の反応かな」
女は鼻でクスッと笑った。
「確かにあれは失敗だったわ。誰も気にしていないと思ったから動揺しちゃったわ」
「名前を聞いて男だと思ってたからコレクターアイが女だとわかったときは驚いたな。以上のことから『とり憑かれた殺人鬼が誰?』の答えは『水野悠希』。これで間違いないな?」
俺の目の前にいる長山と名乗っていた女はコレクターアイ本人。そう水野悠希である。この水野悠希にとり憑いていたのが一般参加の長山エミという女性である。
コレクターアイは俺の推理を聞き終えると案俗そうに笑っていた。
微かな静寂の後に奥の部屋からパンパンと手を叩く音がした。
ジャスティスが大きな拍手をしながら現れた。そして、ゆっくり近づいてきた。
「ブラボー! 大正解だ!」
仮面のせいでわからないがジャスティスは笑みを浮かべているように感じた。
「ちゃんと家に帰れるんだろうな?」
俺は睨みながら訊く。
「勿論だ。海辺にモーターボートを用意している。賞金もちゃんと振り込んでおくから安心してくれ」
ジャスティスはそう言って俺の肩をぽんぽん叩いた。
「そうか」
次の瞬間、俺の目にははじけ飛ぶ鮮血が映った。
*
ジャスティスが振り下ろしたナイフは見事に偽ジャスティスの喉を切り裂いた。
服部が悲鳴を上げる。
「いったいなにをしてるの?」
震える声で岩淵が叫ぶ。
「ん? なにって、不正解者には死をそれがここのルールだろ?」
「不正解?」
コレクターアイが云う。
「そうだ。不正解だ。『とり憑かれた殺人鬼は誰?』の答えは『水野悠希』。それも正解だが正確には『正木義彦』もでした」
「正木義彦? なにを言ってるの? それはたしか欠席者の名前……」
困惑する岩淵にジャスティスはゆっくり近づく。
「鈍いなー。この体が正木義彦だっつうの」
ジャスティスはそう言いながらナイフを振り上げた。
「あなたは吉田じゃ……」
岩淵が喋ってる途中でジャスティスは岩淵の喉も切り裂く。
「吉田? ああ、俺が使ってた名前か。残念違うよ」
ジャスティスは固まって動けなくなっている水野と服部の方に向き直し自分自身を指差す。
「彼の名前は正木義彦。そして彼の体を借りて世界を救ってるのがこの俺、ジャスティスだ。俺はお前らみたいな腐った魂を父のもとに返すという使命を受けて地上に送られてきた。安心して死ね」
この世のものとは思えない笑みを浮かべてジャスティスは服部に近寄る。
「来ないで! 来ないで!」
服部は腰が抜けたのかその場にへたり込み動けなくなっていた。
「醜い犯罪者が命を乞うな。悪は悪らしく悪を貫きこの俺に裁かれろ」
ジャスティスは迷うことなく服部の脳天にナイフを突き刺した。ジャスティスがナイフを引き抜くと服部の頭から大量の血が噴出す。ジャスティスはそれを見てケラケラ笑う。
そして、ジャスティスは水野を、コレクターアイを見て嬉しそうに両手を広げて言う。
「父よ! 悪しき魂が三つ。今あなたのもとへ返しました。そして今からもうひとつ!」
あまりの事態にコレクターアイの体は動かなかった。狩られる側の気持ちをコレクターアイはそのとき初めて知った。
ジャスティスはコレクターアイに抱きつくようにしてナイフを腹部を刺した。そして、耳元で優しく言う。まるで恋人に話しかけるように。
「会いたかった。ずっと会いたかったよ。コレクターアイ。君を早く救ってあげたかったんだ。遅くなってごめんね。もう大丈夫だよ。安心して。今裁いてあげるから」
コレクターアイは殺人鬼とはほど遠い女の子らしい悲鳴を上げて助けを求めた。しかし、その悲鳴は誰にも届かない。
ジャスティスは丁寧に、優しく、長い時間をかけてはコレクターアイの全身に無数の十字架を刻んでいった。