15. 九月五日 中山の解答
九月五日。時刻は朝の七時。
最後の朝を迎えた。外は俺たちの心とは対照的に快晴であった。
ホールに行くとすでに全員揃っていた。全員と言っても三人しかいない。初日の半分以下となってしまった。
三人とも顔色は今までで一番悪かった。今日死ぬかもしれないのだから当然だ。
俺に気づくと「おはよう」と言ってくるが覇気がない。中山も同様なのだからいい案は思いつかなかったようだ。
長山は無言でキッチンに行き朝食の準備を始めた。中山と高井は全く動かなかった。すぐにいつもの朝食は出てきた。出てくるのが早かったのは人数の関係だろう。
俺たちはひたすらご飯を流し込んだ。味わう余裕などはなかった。
朝食をすぐに終え。俺たちは黙ったまま互いの顔を見た。
「無理よこんなの」
中山が微かに聞こえる声で呟いた。俺たちは視線を中山に集中させた。
「どんなに考えても、コレクターアイがずっと自由に動いていたことになる。でもそれが正解だとは思えない」
中山は追い詰められていた。俺はかける言葉が見つからなかった。
「レイさん、きっとそれが正解なんですよ。ランプが赤でも青でもコレクターアイはずっと動いていた。もうそれしかないじゃないですか」
高井は中山に言うというよりも自分を納得させるために言ってるようであった。
「赤でも……青でも………………? いや、赤だったら……青だったら……」
中山は言葉の意味を噛み締めるように呟いた。
それから一分後、突然顔を上げて立ち上がる。
「わかった! わかったわ」
中山が今までで一番大きな声で言った。その姿は少し解答前の上野に似ていた。
中山がわかったと叫び、息を吹き返してから数十分経っていた。
急く俺たち三人を制止して今までのメモを見ながら自分の考えが本当に正しいか念入りに確認している。
中山はようやく紙を置き俺たちを見渡した。その顔は自信に満ちていた。
「レイさん!」
高井が期待を込めて中山の名前を呼ぶ。
「マミちゃん、お待たせ。全部わかったわ」
中山ははっきりとそう云った。
「コレクターアイはエミちゃんあなたね」
そう言って中山は不敵に笑った。
「それは昨日も聞きました。それで、ランプの問題はどうなったんですか?」
長山の強気な態度は変わらない。
「やっとわかったのよ。ランプのルールを守りながらずっと、いえ、ほぼずっとって言ったほうが正しいわね。ほぼずっとコレクターアイが自由に動く方法を」
「なんですかその方法って?」
長山はすぐさま聞く。
「方法というよりもわたしたちが勝手に勘違いしてただけね。ランプが赤い時、コレクターアイは自由になると」
中山は勝ち誇ったように言う。
「どういうことですか?」
高井が訊く。長山は黙っていた。
「ジャスティスの説明ではランプが人格の切り替えを報せるとだけ言ってたわ。別に青が長山エミの人格で赤がコレクターアイの人格とは一言も言ってなかったわ」
「ということは……」
あまりにも簡単なことなので高井にもすぐ理解できたようだ。
「今こうして喋ってるのも、料理を毎日作ってくれたのも全部コレクターアイよ。そうでしょ?」
中山の問いに長山は何も言わない。
「そうなったら今までの問題も一挙に解決するわ。最初の殺人、刑事さん、ヨウちゃん殺しのときもコーヒーを入れたエミちゃんことコレクターアイが普通に睡眠薬を入れるだけ。勿論、自分が睡眠薬を飲むことはない。あとは深夜、薬が効いてきたであろう頃に殺しに行く。
二日目はランプをわざと何度も切り替え混乱させる。さらに、ランプが赤い短い時間だけが自分が動けると印象付ける。しかも、トイレに行くとき切り替えるからみんな洗面所付近は行きにくくなってたから停電の仕掛けをする時間はたっぷりあったはず。あとは誰かがお風呂に入るのを待つだけ。
停電が起きたら例のかぶせ物をセットする。無論、この被せ物にはランプの色を誤魔化す効果はなかったわ。本当の狙いはランプが赤の時にコレクターアイが動いていると思わせるため。冷静に考えればあれが被っててもランプが赤に変わっても気づくわよね」
ランプのことは言われてみれば確かに中山の言うとおりだろう。
長山はランプの違和感を指摘した時弱くなってる気がすると言った。これはランプの光を完全に遮断していないからだ。ならば赤く光っていたらランプがおかしなことに気づけたはずだ。
「そして、深夜、サキちゃんの部屋に忍び込んで包丁を刺した。そして、自らランプに何か被せられてると指摘しランプに仕掛けられた偽のトリックを暴く。ランプの子供だましがあったからサキちゃんを殺した時も本当はランプは赤に変わっていたのに気づかなかったとだけ思わせる。
しかし、あなたはここでひとつミスをする。コレクターアイの犯行ということにこだわってサキちゃんの目をくり貫こうとしたとき不用意に傷をつけてあろうことか左利きだということをばらしてしまう。これでかなり犯人が絞れたわ。
その次はあなたは直接関係ないけど説明しとくわ。カズ君はあのときすでに青のときにコレクターアイが動いていることに気がついた。これだったらあの時の喜びようが説明つくわ。それにランプにこだわっていたジュンさんに感謝するも意味が通るわ」
確かにこれで上野の発言の謎が解ける。しかし、菅田は気づくことなく死に、中山もこうしてギリギリに気づいた仕掛けにあの上野が昨日の時点で気づけたことは驚きだ。
「ところがカズ君は重大なミスをする。あの時点ではまだエミちゃんかよし君か絞れない。なのに、よし君が左利きだと名乗り出ないからヨシ君を犯人だと思ってしまった。結果、不正解となり殺された」
上野はもう少し慎重に考えれば真実に辿り着けたのかもしれない。惜しい男である。
「そして最後ね。恐らく部屋にいたあなたはジュンさんが洗面所に行くのを目撃する。これはチャンスと思い、ナイフを持って部屋を出た。このナイフはキッチンに何度も立っていたあなたなら簡単に部屋に隠せるわね。そしてランプのルールを信用しきって油断しているジュンさんに近づき、背中を見せた瞬間にずぶりっ。時間がないから目を諦めてその場を立ち去った。あとは、私たちとランプの見張りを交代したのち、適当な時間にジュンさんの死体を発見するはずだった。
しかし、予定外のことが起こる。マミちゃんが昼間だというのシャワーを浴びるため洗面所に向かってしまう。だが、どうしようもなかった。結果、私とよし君のアリバイを残したまま第三の殺人が明らかにななってしまう。これが決め手ね。これがなかったらよし君とどっちが犯人かわからなかったわ。わたしの推理はこれでお仕舞い。何か質問は?」
長山は黙って中山を睨む。そしてゆっくりと口を開く。
「マミちゃんでも可能じゃないんですか?」
「マミちゃんだったら睡眠薬をいつ入れるの?」
中山は詰問する。
「ホールで皆の目を盗んで入れればいいじゃないですか」
「誰にも気づかれずにできるかしら? まあ、いいわ。利き腕の問題はどうするの?」
「左利きにに見せるためわざと傷つけたかもしれないじゃないですか」
長山が反論する。しかし、弱弱しい。
「強引ね。否定はできないけど。でも、わざと傷つけたあとに右手で目をくり貫こうとしたらやっぱり傷はつくんじゃない?」
「うまくやればいいじゃないですか」
長山はすかさず云う。
「仕方ない。そういうことにしましょう。じゃあ、ジュンさんが洗面所に行ったのはどうやって知ったの?」
「隣の空き部屋でずっと見張ってたらいいじゃないですか」
「空き部屋に行くにもあなたの部屋の前を通るけど?」
「だからわたしはドアを閉めてたので知りません」
長山はヒステリックになって云う。
「それに誰か来るかどうかわかんないのに空き部屋で待ってたの? 本当はあなたも夜に殺そうと思ってたんじゃない? たまたまジュンさんが洗面所に行くのを見たから変更したいつも夜寝てる間にじゃ芸がないしね」
中山は余裕たっぷりで云う。
「結局は全部憶測じゃないですか」
長山が吐き捨てるように云う。
「残念ながらそうね。ひとつ確認していい?」
「なんですか?」
長山が嫌そうな顔で云う。
「ごめん、エミちゃんに言ったんじゃないの。運営に言ったの。なんか質問あればこの部屋で言えばいいていってたわよね」
中山は黒いままのTVの画面を見る。
「なんでしょうか?」
画面は変わらず声だけがした。しかも女性の声だ。この声の女性は確か岩淵である。
「あら岩淵さん。久しぶりね。質問だけど、解答タイムになったらコレクターアイは引っ込むわよね?」
「はい、もちろんです」
岩淵は以前と変わらぬ調子で答える。
「あともうひとつ、コレクターアイが今前に出てたとしても犯行の記憶を操作するだけでわたしの推理はちゃんと伝わってるはずよね?」
中山の問いに少し間があってから答えが返ってきた。
「解答者に不公平なことはしません」
「わかった。ありがとう。それともうひとつ。犯人を当てたら私たちは無事に解放されるんでしょうね?」
クイズの正解と同じくらい大事なことを中山が問う。生きて帰れるのかどうか、一同が唾を飲み込む音が聞こえた気がした。少しの間の後に岩淵が答える。
「勿論です。これは推理大会なのですから。クイズの問いである『とり憑かれた殺人鬼は誰?』の答えを見事に正解いたしましたら、責任を持って家まで安全にお届けしますし、賞金1億円もお支払いいたします」
「その言葉信じていいの?」
「はい。……質問は以上ですか? それでは、失礼します」
音声は途切れた。中山は苛立つように舌打ちをしてから大きく深呼吸をした。自分を落ち着かせたのだろう。そして、改めて長山の方に向き直した。
「さてと、エミちゃん、ひとつ約束してくれない」
中山は改まって云う。
「ものによります」
長山が冷静な口調で云う。
「解答の順番だけど最初にあなたがして。そして、解答する前にその解答があたしの今の推理と同じなら手でオーケーサインでも作ってわたしたちに報せて。違うなら×印。どう?」
中山の提案に初めて長山の顔色が変わる。
「……わかりました」
「そう。じゃあ後は解答タイムを待つだけね」
中山はやりきったような顔をする。
「今の約束になんの意味があるんですか?」
黙ってやり取りを見ていた高井が云う。
「いい? 解答タイムになればランプが赤になるはずよ。もしこの時にランプが変わらなかったら私の今の推理は忘れて。そして、エミちゃんも解答者のひとりなの。生き残りたかったら正しいと思う答えを言うしかないわ。
今はコレクターアイなんだから言い訳するわ。でも長山エミに戻ったらそうはいかない。他に有力な説もないんだから同じ答えを言うはずよ。まあ、嘘を吐かなければだけどね。でもエミちゃんがわたしたちに嘘を吐く必要なんかないわよね。とり憑かれてるだけでエミちゃん自身は一般の参加者なんだから。そうよね、エミちゃん、いやコレクターアイさん」
中山はそう云って長山を見た。長山は何も言わない。
中山はきっとランプが変わったら長山のサインに関係なく今の答えを言うだろう。ただ試しているのだ。運営がどこまで忠実に守るのか。ここで長山が違う答えをしたら自殺志願者と同じだ。
「マミちゃんは今の推理を話せばいいわ」
中山が高井に優しく云う。
「ちゃんと言えるかなー」
高井は緊張感のないことを云う。
「さっきレイさんがホールで言ってたやつって言えば通じるわよ。さあ、あとは解答タイムを待つだけね」
中山はそう言いつつも顔は強張っていた。
「そうですね。ランプが赤に変わることを祈りましょう」
俺は云う。
そして頭を切り替えて今の中山の推理に穴はなかったかを考え始めた。
俺はまた無意識に右の手でペンを躍らせていた。