13. 上野の推理を推理
時刻は午後二時過ぎ。上野の死から二時間以上が経過していた。
俺たちは一言も喋れずホールでただじっとしていた。
上野の死が俺たちに与えた衝撃は大きかった。別に上野が好きとかそんなことではない。上野が身をもって証明してくれたのだ。不正解の者に待ち受けているには死だということを証明してくれた。誤答は死に直結すると薄々感づいてはいたが、心のどこかで微かな希望を抱いていた。しかし、そんな希望は脆くも崩れた。改めて認識した。犯人を見つけなければ死ぬ。
「ご飯にしませんか?」
長山が憔悴し切った顔で云う。
「そうね。とりあえずそうしましょうか」
中山も似たようなものであった。
「わたし食欲ないです」
最も疲弊の色が濃く見える高井が云う。
高井は昨日は二人の死体を見ていない。だから、高井はその後も元気に振舞えていたようだ。もしかしたら、現実として受け止めれていなかったのかもしれない。しかし、今日は違う。井上の死体を自分の目で見た。さらに、上野がもがきながら死んでいく様を見た。高井が受けた傷は深刻だ。
「ダメよ、マミちゃん。少しでも食べなきゃ。エミちゃんなにか手伝おうか?」
中山が云う。
「大丈夫です。お昼は簡単なものなので」
そう云って長山は重い腰をあげキッチンへと向かった。
長山が昼食を準備している間、俺たちの間に会話はなかった。
すぐに料理は運ばれてきた。といっても出てきたものは素麺なので料理と呼ぶほどのものではない。
俺たちは麺をすすり始めた。
上野はなんと答えたのだろうか。俺はずっとそれだけを考えていた。結局は不正解なのだから気にしなくてもいいのだが、なにか引っかかる。
「わからん」
菅田が突然呟いた。
「何が?」
中山が訊く。
「カズ君のことさ?」
「具体的には?」
中山が麺に箸をのばしながら云う。
「全てさ。カズ君の答え。あの自信の根拠、。その挙句間違っていた。そして、あの台詞の意味」
菅田はかみ締めるように云う。
「まあ、気になるわね。わたしもずっと考えてみたけどわからないのよ。一旦、整理してみる?」
中山が云う。
「お願いします。僕も考えてるんですけど、全くわからなくて」
俺はすかさず割り込む。
「じゃあ、まずカズ君がなんと答えたか。昨日の時点ではランプは関係ないとカズ君は主張していた。だから、最初の殺人で睡眠薬を仕込んだのはコーヒーを入れたエミちゃん。あるいは、その手伝いをしていたよし君と考えていた」
「それは本人から聞いたのかい?」
菅田が一度割り込む。
「ええ。よし君とマミちゃんがいる時に話してたわ」
中山は答えて俺と高井を見た。俺たちは頷き中山の証言が本当であることを示す。
「そうかい。止めて悪かった。続けてくれ」
菅田の言葉を受け中山が話の続きをする。
「そして昨日、ランプが何度も赤くなったあとに停電が起きた。停電を起こすトリックを仕掛けられたのはよし君を除く全員とジュンさんが推理した。多分これはカズ君も納得していた。よって、カズ君の中ではエミちゃんが犯人だと確信していた」
「だとしたら、なぜすぐに電話をしに行かなかったんだい?」
再び菅田が割り込む。
「まだ確証が足りなかったといえば一応は成り立つけど、じゃあなんでさっきは確信を得たのかよね。とりあえず、この時は証拠が足りないから保留した。それでいい?」
中山は困った顔をしながら云う。
「仕方ない。話を進めるにはそれしかないしね。どうぞ、続けて」
菅田も気難しい表情をしながら云った。
「そして今日朝、サキちゃんが亡くなっているのが見つかる。そこで犯人が左利きだと発覚した。この場に左利きはエミちゃんただひとり。カズ君は決定的な証拠を得たと思った。ところが、やや遅れてランプに細工が仕掛けられていたのを発見される。このことによってカズ君の中でランプは一切関係ない説が揺らぎ始めた。
そして、悩んだ結果、やっぱりランプは関係ないという結論に辿り着いて答えをしに電話ボックスへ。勿論、犯人はエミちゃんだと言ったはず。そしてあえなく撃沈。ちょっと無理があるけどわたしの見解ではこれが一番スムーズね」
中山はそう言いながらも悩ましい顔をした。自分の今の話のおかしさをしっかりと理解してるのだろう。
「色々指摘するところがあるけど、とりあえず確実な間違いをひとつ正そうか。ねえ、よし君、エミちゃん」
菅田はそう云って俺と長山に目配せをする。
「確実な間違い? そんなのある?」
中山は驚きながら云う。
「今、こうしていても明らかじゃないか」
菅田がおちょくるように云う。菅田は他人のミスが好物なのは今まで過ごしててよくわかる。
「よし君も左利きです」
長山が左手で箸を持ちながら答える。俺も左手で箸を持っているのを見せ付けた。
「えっ?」
云ったのは中山だけではない。高井も久しぶりに声を出す。
「ヨシ君、ペン回し右手でしてなかったっけ?」
高井がいつもの甲高い声で云う。
「そうよ。間違いなく右手でしてたわ」
中山も少し声を高くして云う。
「えーっと、なぜかペン回しは右の方がうまくいくんですよ」
俺は申し訳なさそうに云う。
「ペン回しってなんのことだい?」
菅田が訊く。
「僕とレイさん、マミちゃん、カズ君の四人でホールにいたとき、僕が考え事してたら癖でペン回しをしてたんですよ。それにマミちゃんが気づいて……」
「ヨシ君のペン回し凄いんですよ!」
高井が少し元気を取り戻し云う。
「へー、そうなのかい。で、それが右手だった。その印象が強くてカズ君も含めた三人はヨシ君が右利きだと勘違いしていたってことかい?」
菅田が云う。
「わたしはそうよ。カズ君も指摘してなかったし気づいてなかったんじゃない」
と中山。
「これで謎がひとつ解けたよ。レイさんがなぜ勘違いしているのか。まさか、こんなことだったとはね」
菅田は笑った。
「みんな知ってたなら早く言ってよ」
中山は少し恥ずかしそうに云う。初歩的なミスをしたのが恥ずかしいのだろう。
「いや、あの状況では少し言い出しにくくて……」
俺が遠慮がちに云う。
「なにか企みがあるのかと思って……」
長山も申し訳なさそうに云う。
「まあ、いいわ。どっちにしてもよし君はカズ君の中で容疑者からはずれてたはず。停電の件があるからね」
中山が本題に戻す。
「そうだね。ヨシ君が左利きと知っていても結果はあまりかわらなかっただろう。問題は答えがわかったと言い出すまでのあの間だね。あの間になにを考えていたのか。これが重要だ」
菅田が言ってため息を吐く。菅田がその答えを出せてないのだろう。
「わたしの悩んでたって答えはやっぱり却下?」
中山が訊く。
「残念ながら却下かな。その答えだったらカズ君は突然立ち上がってわかったとは言わないだろ?」
菅田が答える。
「だよね。あのわかったは今気がついたって事よね。いったい何に気がついたのかしら」
中山はそう云って頭を悩ます。
「気になるのはそれだけじゃない。カズ君は僕たちに、特に僕に感謝するとも言っていた。僕には感謝される覚えはない。あれは何がいいたかったんだ?」
そう云って菅田も頭を抱えた。
「でもカズ君の答えって間違いだったんですよね? だったらそんなに考える必要なんじゃないんですか?」
高井が頭を悩ます二人を不思議そうに見ながら云う。
「そうでもないさ。誤答がヒントになることもある。失敗は成功のもとってやつさ……ちょっと違うかな」
菅田が答える。
「あんまり言いたくないけど、わたしたちは誤答に頼るほど追い込まれてるの。ささいなことでもいいからヒントが欲しいの。何か気になることない?」
中山が云う。
俺たちは中山の言葉を受けて記憶を駆け巡らす。
「そういえば、わたしカズ君に左利きかどうか確認されましたけど、あれってなんで確認したんですかね?」
長山が記憶を蘇らして云う。
「そういえばしてたわね。私が嘘を吐いてるとでも思ったのかしらね」
中山が訝しげな顔をする。
「いや、そんなことではないだろう。思い出してみればあのときカズ君はそのあと僕たちの顔を見て何かを言おうとしたようにも見えた」
菅田も記憶を甦しながら云う。
「確かにそう見えたかも。何を言おうとしたのかしら?」
中山が云う。
「他の皆にも私が本当に左利きかどうか確認しようとしたんじゃないですか?」
長山が答える。
「いや、そんな無意味なことはしないだろう。そして、より鮮明に思い出してみればカズ君は何かを言おうとしたんじゃなくて、誰かが何かを言うのを待ってたようにも見えた気がしてきた」
菅田の顔がいつもの自信に満ち溢れた顔に変わっていた。
「言おうとしたのではなく、誰かが言うのを待っていた。しかし、待っても誰も何も言わないので話を終わらせたってこと? カズ君は何を待ってたっていうの?」
中山が云う。
「あの時の話のメインはエミちゃんが左利きかどうか、ではなく左利きは誰か、とカズ君が考えてたとしよう。そして、カズ君はよし君が左利きだということにも気づいていた。しかし、誰もよし君が左利きだと言い出さない。よし君本人も隠そうとしている」
「別に隠そうとしたわけじゃないです」
俺が慌てて否定する。
「わかってるさ。よし君は堂々と左手でご飯を食べてたしね。でも、カズ君にはそう映った。エミちゃんに左利きかどうかを確認したあとに他の者の顔を見ることで自分も左利きだと名乗り出るチャンスを与えたんじゃないかな」
菅田は満足気な顔を見せる。
「じゃあ、カズ君の答えはよし君が犯人ってことですか?」
長山が云う。
「ここまで言ってなんだが、それでもやっぱりおかしいんだよな。今の話じゃカズ君は名乗り出ないヨシ君を疑い始めた。しかし、ヨシ君は容疑者から既にはずれてたはず」
菅田は宙を見つめて考える。
「あれ? ちょっと待ってください。カズ君はランプは関係ないって言ってたんですよね? だったら、俺は容疑者からはずれてなかったんじゃないですか?」
俺が気がついて云う。言われて全員が考え始める。
「そっか。停電の仕掛けをするとき何度もランプが変わったから確実にランプが関係しているとわたしたちは思ってるけど、赤だろうが青だろうが関係なく動けるって思ってたカズ君にとってよし君も容疑者のままか」
中山も気がついて云う。
「本当だね。ただカズ君も一回はヨシ君を容疑者からはずしてはいたんじゃないかな? カズ君は最初の殺人ではランプが一度も代わってないからランプは関係ないと思った。
しかし、二日目は何度もランプが変わるから自然とカズ君も赤の時にコレクターアイは動いていると納得した。しかし、今日になってヨシ君に疑惑が向いて考え直したら、自分の中のおかしな点に気づいた。最初の殺人ではランプを無視し、停電のトリックではランプを気にしている自分に。
どちらもランプを無視したら話はすんなりいく。なぜこんなことを見落としていたんだってなって突然笑い出した。カズ君が間抜けにも見えるけどこっちのほうがありえそうだな」
菅田は少し笑いながら云う。
「ランプは関係ないとか言いながらランプの存在は無視できてないもんね。最初にランプが赤に変わったときもかなりうろたえていたし。口では否定しながら頭のどこかでルールを認めていたなによりの証拠ね」
中山は納得したように云う。
「それでもまだカズ君の発言の謎が解けない」
菅田は残念そうに云う。
「ジュンさんに感謝している発言ね。あれはジュンさんが何度も推理を披露してくれたからいろんなことに気がつくことができたってことでいいんじゃない?」
中山が云う。
「そうかな? 僕には別の意味があるような気がするんだけどね」
菅田は眼を閉じて考え始めた。
「写真じゃないですか? ジュンさんがいつも撮っていたじゃないですか」
長山が云う。
「確かに写真は撮っているが彼には写真を見せてくれといわれたことはないよ」
菅田の答えに長山はがっかりする。答えが見つからない俺たちはまた沈黙した。
暫くしてから菅田が立ち上がり云う。
「部屋に戻ってひとりで最初から考えるよ。悪いがランプは見ていてくれ」
菅田はそう言ってホールを出て行った。
「みんなも部屋で休めば? 酷い顔してるよ」
そういう中山の顔も大差はない。
「僕も残っているから二人は休んできていいよ」
俺が云う。
「そんな、疲れてるのは皆同じですよ」
長山が云う。
「でも、わたしは少し休みたいかも。でも、レイさんもよし君も昨日の夜も見張ってたし」
高井は部屋に戻るのかここ残るのか曖昧なことを云う。
「だったら途中で交替しましょう。今が三時前だから五時まで二人は休憩。それでいい?」
中山の提案を受けて長山と高井も部屋に戻っていった。二人が出て行ったのを確認してから中山は云う。
「コレクターアイは今日も動くのかしら?」
「カズ君の死はイレギュラーですからね。恐らく残りひとつ殺人の準備をしていると思います。それに今のまま終わったら僕たちは答えを出せません」
俺は答える。
「これ以上事件は起こって欲しくないけど、起きなければみんな死ぬ。複雑な気分ね」
中山はため息を吐いた。
「レイさんは今は誰がコレクターアイだと思っているんですか?」
中山は俺と一度視線を合わしてすぐに逸らした。しかし、すぐに俺を真っ直ぐ見て云う。
「正直に言うとエミちゃん……と、よし君……君よ」
俺も目を逸らさずしっかりと向き合う。
「左利きだからですか?」
中山は視線を落としてため息を吐く。
「そうよ。これが最も有力な手がかりだからね。でも、ジュンさんはわたしかマミちゃんを疑っていると思うわ」
「なんでですか?」
俺は少し驚きながら云う。全員が俺か長山を疑っていると思っていた。
「ジュンさんはルールを完全に信じてる。人格が入れ替わるなら利き腕が変わってもおかしくないって言うと思うわ。そうなると最初の殺人が不可能とされたあなたたち二人はジュンさんの中で容疑者からはずれるわ」
中山の主張に俺は感心する。他人の考えをよくそこまで予測できるものだ。
「レイさんは最初の殺人を僕かエミちゃんがどう行ったと考えているんですか?」
言われた中山は嫌そうな顔をした。
「そこに困ってるんじゃない。わたしは優先順位をつけただけよ。犯人は左利きを最重要として推理してるの。だから、なんとかしてその問題を解決しようとずっと考えてるけど……ダメね。今のところはランプは関係ないが一番しっくりくるけど、それはないと思うの」
中山はそう云って遠くを見つめる。再び考えているのだ。
「よし君は誰だと思ってるの?」
中山は聞くのを忘れてたのを思い出したのかのように云う。
「僕は正直わかりません。ただ……」
俺は途中で言葉を止める。
「ただ?」
中山が続きを促す。
「カズ君のあの発言は重要だと思うんですよ」
「皆に感謝している。特にジュンさんにはってやつ?」
中山が云う。
「そうです。あれはランプはちゃんと関係していたことを言いたかったんだと思います」
「あれだけ関係ないっていってたカズ君が最後はランプを信じたってこと?」
中山は納得いかないという口調で云う。
「そうなりますね。自分は一切信じてなかったがみんなが関係しているというから仕方なく考えたら思わぬ発見をした。だから、みんなに感謝している。そして、口すっぱくランプは絶対のルールだと言っているジュンさんには特に感謝していると言った」
俺が言い切ると中山は深く頷いた。
「なるほど。よし君の話は筋が通ってると思うわ。やっぱり、わたしがぶち当たってる問題にも突破口があるんだわ。そしたら二択になる。その二択でカズ君ははずしたけど。せめて、どっちを答えたかわかればなー」
中山はそう云ってうなだれた。
「二択ってやっぱり……?」
俺はさりげなく尋ねる。
「エミちゃんかよし君のどっちか、よ」
中山は悪気もなく答える。
「やっぱり僕は容疑者から外れないんですね」
俺は少し落ち込む。
「まあね。でも第一候補はエミちゃんよ。ヨシ君には停電の仕掛けが不可能だから。ランプのルールを適用すればだけどね」
「わずかの差じゃないですか」
俺はすぐに指摘する。
「あら、ばれた。気を使って言ったのに意味ないじゃない」
中山は笑いながら云う。
「気を使うならもっと早くから使ってください。もう立ち直れないぐらいの傷を負ってますよ」
俺も笑いながら答えた。
時刻は午後の三時半であった。




