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11. 再び探偵菅田の推理

 時刻は午後九時を回っていた。


 就寝予定の時刻を過ぎていたが全員がホールにいた。正しくは、菅田によって集められた。時間がこんなに遅くなったのは朝にシャワーをすました中山と長山以外の五人が順にシャワーを浴びていたからだ。この間、ランプが赤に変わることは一度もなかった。


「で、なによ? 自分で決めた就寝時間を破ってまで話したいことっていうのは」

 中山が改まって訊く。


「決まってるだろ。さっきの停電についてだ」

 菅田が意気揚々と答える。


「なにかわかったんですか?」

 高井が期待の眼差しを向ける。


「まあね。えーっと、どこから話すべきかな。そうか、まずはサキちゃんの前に誰がお風呂を使ったかを確認するべきだな」

 菅田の話方はまた長くなりそうな切り出しかたである。


「わたしになるんじゃないですか?」

 長山が答える。


「そうだったね。何時ごろになるかな?」

 菅田は知っていたのにわざと聞いたようである。この質問の答えも本当は確認済みなのだろう。


「朝の九時過ぎだったと思います」

 長山も菅田の手法を理解したうえですらすらと答える。


「この時には例の糸はなかった。間違いないね?」

「はい。間違いないです」

 長山の返答を聞いてから菅田は全員の顔を見渡す。目を合わせた何人かはため息を吐く。


「洗面所に仕掛けられていた糸の話はもうみんな知っているね?」

 菅田の質問に全員が頷く。


「では、この糸はいつ仕掛けられたのか」

「はい。ランプが赤くなった時のどれかだと思います」

 高井が綺麗に手を挙げて発言する。珍しく予習をしてきた生徒が張り切っているような図だ。事実、予習紛いのことはしている。講師は井上、補助に俺で。


「そのとおりだね。ではいったい誰がやったのか? マミちゃん」

 高井は黙り込む。これは予習の範囲外だ。というよりも、この答えは誰も知らないはずである。


「わかりません」

 高井は諦めて勢いだけはよく云った。


「そうか。実は僕もわからないんだ」

 菅田の言葉に俺たちは拍子抜けする。


「じゃあ一体何がわかったんですか?」

 上野が苛立ちを露にしながら云う。


「まあ、そう焦らないで。先に仕掛けができなかったものだけでも挙げておこうか。ランプの色が変わったときは殆どの時が誰かがトイレに立っていたときだ。そのため、いつもホールに来るのが遅れたものがひとりはいたはずだ。この遅れてきたひとりが糸を仕掛けることが可能だった人物だ。では、一度もそれに該当しない人は手を挙げてくれないか」

 菅田に言われ、俺と長山は手を挙げる。


「ふむ。でも残念ながエミちゃんには手を下げてもらおうかな」

「なんでですか?」

 最早完全に答えを出せない状況に陥っていた高井が訊く。


「一番最初にランプが変わったときにエミちゃんがいた場所は洗面所だ。糸を仕掛けることは十分可能だ」

 菅田は一度全員の顔を見渡してから話を続けた。


「要するによし君以外は可能だった。残念なことに容疑者は全く絞れない。仕方ないからコレクターアイは停電を起こして何をしようとしたのかを考えた」


「何って、真っ暗な中で誰かを殺そうとしたんじゃないんですか?」

 答えられる内容だったのが嬉しいのか、すかさず高井が口を挟む。


「僕もそうだと思う。しかし、実際は誰も襲われることなく今こうして全員が話し合いに参加している。おかしいと思わないか?」

 菅田が一度言葉を止める。


「つまりコレクターアイは停電の時に殺しをしなかったのではなく、殺しができなかった。そう言いたいんでしょ」

 中山が云う。


「そのとおり。ではなぜ誰も殺せなかったのか? それは近くに誰もいなかったから。そうだろ? サキちゃん」

 菅田は井上に笑いかけた。名指しを受けた井上は意外にも冷静だった。


「残念ながらわたしじゃないわ。停電の時に近くに誰もいなかったら殺せなかった? じゃあ、もしわたしが犯人ならなんで自分で仕掛けた罠に自分からかかんのよ? 答えてよへぼ探偵!」

 井上は馬鹿にするように云う。


「その点はランプがあるから説明がつくだろ。そんな仕掛けを知らない表の顔が最初にお風呂に行ってしまった。それだけのことだ。


それにコレクターアイもちゃんと悩んだないじゃないか。停電の直前、ランプが一度赤に変わった。あれはコレクターアイがなんとかこの罠を他の者がかかるようにできないか悩んだ。


しかし、いい案は思いつかなかった。諦めたコレクターアイは人格を戻してトラップにかかった。どうだい?」

 菅田は涼しげな顔で云う。


「待ってジュンさん。それは無理があるわよ。わたしの解釈は人に取り付く装置、『SP』だっけ? そんなものは架空のもので存在しない。でも、できる限りあることにしてコレクターアイたちは話を進める。そう解釈してるわ。でも今のジュンさんの推理では本当にあることになるわ」

 中山が指摘する。


「それはレイさんの解釈だろ。別に本当にあってもいいじゃないか。なかったとしてもわざとそういうミスをしてリアリティーを出してるんじゃないかな」

 菅田は中山の反論をものともしない。


「カズ君、なんか言ってやって」

 聞く耳を待たない菅田に呆れて中山は上野の援護を求める。


「そうですね。僕はランプのことすら信用していないです。その上で怪しげな機械の話を信じろって言われても無理です」

 上野がなんとか落ち着いた口ぶりのまま云う。


「信じる信じないじゃくて、それがこの館での決まりなんだよ。郷に入れば郷に従えってやつだよ……ちょっと違うかな。まあ、いいや。そうだな、もしこれがTVゲームとかだったら僕と同じ推理をするだろ」

「残念ながらこれはTVゲームじゃないわ」

 中山が冷たく云う。


「そんなのは知ってるさ。僕はコレクターアイにとってはTVゲームとたいした違いはないんじゃないかって言いたいだけよ」

 菅田の考えは変わらない。


「もういいわ。この糞探偵はどうしてもわたしを犯人にしたいのよ。さっさとあそこの電話ボックスで答えてわたしの視界から消えてくれない」

 井上は刺々しく云う。


「それはまだ早計かな。僕の予想では今日の分の殺人は失敗。でも、まだ明日の分が残ってる。答えるのはそれからでも遅くない」

 菅田は何を云われても堪えない。


「そんなのんびりしたこといってて殺されたら傑作ね。わたしはもう寝るわおやすみなさい」

 井上はそう云ってホールを勢いよく出て行った。


「これは僕を殺すという宣言と受け取ってもいいのかな?」

 菅田は愉快そうに笑う。


「僕も寝ます。ジュンさん、今の推理はあまり披露しないほうがいいと思いますよ。痛い人だと思われますから。おやすみなさい」

 キツイ言葉を残して上野も部屋に戻った。


「とりあえず、解散ね。ジュンさん、エミちゃん交代の時間を遅らせようか。三時にホールに来て」

 中山が閉会を告げると長山と高井は無言でホールから出て行った。


「おかしいな? てっきり賞賛を得られると思っていたんだが。まあ、いい。眠ることにしよう。それではふたりとも頼んだよ」

 菅田はそう言い残してホールを出た。


 結果、ホールには予定通り俺と中山の二人になった。


 時刻は十時前になっていた。




 見張りというものは暇である。なにも起こらなければすることはない。深夜警備業務をする人の辛さが少しはわかった。


 中山も疲れたのか何も話しかけてこない。あるいは何か考えているのだろう。

 菅田の推理では今夜は何も起きない。一日かけて施した仕掛けは失敗に終わった。また新たに何か仕掛ける時間はなかった。


 その点は菅田と同じだが、やはり菅田の推理全てに賛成はできない。特に自分が仕掛けた罠にかかったという点は強引だ。


「ねえ、よし君」

 中山が突然声をかけてきた。


「なんですか」

「よし君はどう思ってんの? さっきの話」

 さっきと言ってもそれなりの時間は経っている。


「どうって言われても……」

 俺は答えをはぐらかす。


「ジュンさんの話は無理があるよね。でも、停電の中何も起きなかったのは事実。ここはポイントよね」

 中山はひとりで考えていたが行き詰ったようだ。そこから先に進むための手助けを望んでいる。俺はそう感じた。そして、その手助けを拒否する理由はない。


「そうですね。なぜコレクターアイは何もできなかったのか? あるいは本当は何かしていた」

 俺は答える。


「何かしていた? どういうこと?」

 中山は興味を示す。


「ええ。僕たちは勝手にコレクターアイはあの時殺人を起こそうとしていたと思ってます。でも実際は別の目的があったとすれば話しは全く変わってきます」

 俺はそう云いながら頭の中でコレクターアイが何をしようとしたのか考える。


「他に目的があった。確かにそう考えれば自然ね。でも何をしたっていうの?」

「わかりません」

 中山の予想通りの問いに俺は答えを用意することはできなかった。


「それじゃあ、ダメね。それがわからなきゃ自分なりの答えがあるジュンさんの推理のほうがまだマシね。でも可能性は十分にあるわね」

 中山はため息を吐いた。


 それっきり中山はまたしても沈黙した。


 *


 コレクターアイは思い出していた。最初に殺した女の目を。いつから、誰が言い出したのかは知らないが目は口ほどにものを言うとはよく言ったものだと感心する。目はその人物の全てを語る。とても穢れた目だった。暗く、濁り、この世に存在してはいけないものだと感じた。でも周りはその女を美しく清き者として扱っていた。なぜ人々にはわからないのだろうか。なぜ真実を見抜けないのだろうか。


 疲れが相当溜まっているのだろう。コレクターアイがすぐ横にまで来ているというのに彼女は全く目を覚まさなかった。

 コレクターアイはぐっすりと眠る彼女の喉に包丁を突き立てた。彼女は声を出す間もなく息絶えた。


 そして暗がりの中、目をえぐり始めた。暗闇の中での作業は難しく無駄な傷を増やしてしまった。それでもなんとか形を崩さず綺麗なまま目玉をとることができた。


 この目はよく似ている。あの娘の目に本当によく似ている。穢れた目だ。どうやったらこんなにも穢れることができるのがろうか。でも、こうしてくり貫けば途端に変貌する。澄んだ瞳とはこういうのを言うのだろう。


 瞳だけではない。何も語らなくなった顔もまた、この世の物とも思えないほど美しくなる。


 目のなくなった彼女を愛でたあとコレクターアイは暗闇に溶けていった。


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