10. 停電
結局、井上を最後にランプが変わることはなく夕飯を迎えた。
夕飯開始の時刻は午後六時半。毎度のことながら料理を担当したのは長山だ。補佐にはもちろん高井がついていた。
出てきたメニューがステーキ肉だったことにはみんな驚いた。ご飯とコーンスープ、サラダがついて豪華な夕食となった。
「ここでこんな美味しいお肉をいただけるとは思わなかったな」
菅田が肉を上品に口に運び、しっかりと飲み込んでから言う。
「お肉がまだ余ってるのでよかったら食べてください」
長山が元気なく云う。余っているお肉は間違いなく渋谷と紫野が食べるはずだった分だ。それをわかっているからで長山は悲しそうに云ったのだ。
「こういうのはいただいた方が供養になるのかな?」
菅田が云う。
「どうだろうね? とりあえず誰も食べないのは勿体ないんじゃないかな」
中山が云う。
「じゃあ、みんなで取り分けましょう。焼いてきます」
そう云って長山はナイフとフォークを置きキッチンに向かった。
「ところで。今日も九時就寝にするの」
中山が云う。
「僕はそうしたいところだけど、みんなはどうかな?」
菅田の言葉に一同は頭を悩ませる。眠ってしまうのは危険なような気もする。しかし、朝早くから張り詰めていた精神は睡眠を求めている。
「わたしはそれでいいわ。眠たいし」
井上が云う。
「僕も大丈夫です」
上野が井上に乗っかる。
「じゃあわたしもー」
高井が流されるように云う。
俺は軽く頷いとく。
「ほぼ決まりかな」
菅田はそう云ってキッチンの方をチラッと見る。
「問題は見張りね」
中山の言葉に全員がビクッとする、昨夜殺された二人は見張りをしていたのだから無理もない。
そこに長山が残りのステーキ肉を運んでくる。予め切り分けられてみんなで食べられるようになっていた。
「今日の就寝も九時で大丈夫かな? エミちゃん」
「いいですよ」
菅田の質問に長山は迷いもなく答える。
「ねえ、見張りだけど二時くらいで交替しない? じゃなきゃ途中で眠りそうなくらいみんな疲れてるわ」
中山が提案する。
「そのほうがいいかな。じゃあ、九時から二時と二時から朝までの二つにしようか。誰か前半をやってくれる人」
れえでも菅田の言葉に誰も反応しない。
「いいわ。わたしが最初やるわ」
中山が手を挙げながら云う。
「じゃあ、もうひとりは僕がやります」
俺は云う。
二回連続で見張りをしている二人を襲うことはないと俺は予想した。それと、一緒に見張りをするのが中山なら安心だ。勘ではあるが中山がコレクターアイではない気がする。俺は自分の勘を信じることにした。
「あら、よし君、もしかしてわたしに気があるの?」
中山は俺をからかう。
「いいえ……じゃなくて、はい、そうです」
俺が真顔で答えるのでみんな笑った。
「二時からだけど、ひとりは僕がやろうかな。もうひとり誰かお願いできないかな?」
菅田がにこやかに云う。
「わたしやりますよ」
長山が間髪置かずに名乗り出た。
長山は理解しているのだ。見張りのひとりが菅田の時点で井上と上野は絶対にやりたがらない。高井も菅田に疑いを持っているので二人きりにはなりたくないはずだ(こっちは長山が気づいているかはわからないが)。俺と中山が前半の見張りをするのだから、残されたのは長山だけなのである。
こうして殺人鬼が潜む館にも関わらず各自部屋で眠ることが決定した。本来ならありえないことだが今回は別だ。犯人に殺人を起こしてもらわなきゃここから出る足がかりをつかめないのだ。生き残るための苦渋の選択なのである。
「ありがとうエミちゃん。それじゃあ、これで決まりだね。ご馳走様」
菅田はそう言って食器を片付け始めた。菅田は長山が追加で出した肉には手をつけていなかった。供養のために食べるのではなかったのか。俺は出かかった言葉を飲み込んで代わりに普段はありつけないであろう高級なお肉を飲み込んだ。
全員が食事を終え片付けも済んだ。しかし、今日は誰も食後のコーヒーを飲もうとはしなかった。時刻は七時半前であった。
「わたしシャワー浴びてこようかなーと思ったんですけど、大丈夫ですかね?」
高井が云う。
「大丈夫ってなにが? 誰かに覗かれないかまだ心配してんの?」
中山が冷やかすように云う。
「違いますよ! だってここまで誰かがトイレに行ったらランプが変わってるんですよね? だったら、シャワー浴びてる間も絶対に変わっちゃいますよね? それって不味くないですか?」
高井が力説する。
「そんなこと言ったらお風呂は入れないじゃない。気にしないで行ってきなさい」
中山が優しい声で云う。
「うーん、でもー」
それでも高井は渋っていた。
「だったらわたしが先にいただいちゃうわ。それでいいでしょ?」
井上が云って立ち上がる。
「サキちゃんは色々あって朝入るの忘れてるもんね。このお嬢様が文句言っている間に入ってきちゃって」
中山が云う。
「お嬢様じゃないですー」
「それじゃあ、いってきます」
高井の言葉を無視して井上はホールから出て行った。
「男共も入ってないんじゃない?」
中山がそう云って男衆の顔を見た。
「朝エミちゃんのあとに入ろうとは思ってたんですけど、あの騒動があってチャンスを逃しました」
上野が云う。
「僕もです」
「僕たちはコレクターアイに邪魔をされただけであって決してお風呂に入らない不潔野郎などではないことを理解していただきたい」
菅田はなぜか神妙になって云った。
「そんなのわかってるわよ。今日か明日には忘れずに入ってよ」
中山が云う。長山と高井は微妙な笑みを浮かべていた。
その時、ランプの色が赤く変わる。
「案の定ってやつね。報せなくていいわよね」
中山が呆れながら云う。
「仕方ないね。これを承知で行ったわけだし」
菅田が答える。
「ほらー。やっぱこうなっちゃうじゃないですかー」
高井は頬を膨らませながら云う。
「今回はサキさんが入っている間ずっと赤になってるんですかね」
上野が云う。
「どうだろう?」
中山はそう云ってランプを見る。
他の者もなんとなくランプを見守る形になった。
「本当にサキちゃんはお風呂に向かったか確認したほうがいいんじゃないかな?」
菅田がそう云ったときとほぼ同時にランプが青に戻る。
「戻った。なんで?」
俺は思わず呟いた。その答えは誰にもわからなかった。
次の瞬間、突然全ての電気が消えた。ランプの明かりも同時に消えた。ホールはまさに暗闇と化した。
「きゃあぁぁぁっぁ!」
女の悲鳴が響く。恐らく高井のものであろう。
俺は反射的に席を立ち、後方に飛び跳ねるように移動した。そして、壁を背にして身構えた。
俺が動いている間も他の場所から物音がしていた。みんな似たような行動を起こしていたのだろう。
ホールは緊張に包まれた。誰かが飲み込む唾の音が聞こえてくるような錯覚を起こすほどであった。
先ほどとは打って変わって誰も物音ひとつ立てない。自分の居場所を悟らせないためだ。
沈黙は一分ほども続いた。その間、本当に誰も動かなかった。コレクターアイも。段々おかしいことに気づく。なぜ動かないのか? これはコレクターアイが仕掛けたものではないのか?
その時、微かに音がする。布がこすれあうような音。そして、カチッと音がする。小さな光が灯った。
「みんな大丈夫かい?」
菅田が持っていたジッポーの火をつけて云った。菅田は入り口左手側の壁に立っていた。
「わたしは大丈夫よ」
テーブルの付近から中山の声がした。きっと移動していないのだ。
「わたしも無事です」
長山が云う。長山も恐らく移動していない。
「なんとか無事です」
上野の声は長山の後方付近からした。
「大丈夫ですー」
高井の声はやや下のほうから聞こえてきた。テーブルの下にでも隠れたのだろう。
「僕も生きてます」
俺はキッチンに続く出入り口の横に立っている。
「この停電は作為的なものかな?」
菅田が云う。
「そうだと思うけど、どうやって?」
中山が冷静な声で云う。
「そんなの知りませんよ! ランプまで消えてる! こんなのありですか?」
上野は早くも冷静さを欠き始めている。
「それは運営のやつらに聞いてよ。今は停電の原因を究明しなきゃ」
中山が淡々と云う。
「電気を使いすぎたんじゃないですかー」
高井が怯えるような声で云う。
「それだ! ブレーカーを落としたんだ!」
菅田がやや大きな声で云った。
「ブレーカー? どこにあるのよ?」
中山が云う。
中山の問いに対する答えは返ってこない。ブレーカーはどこかで見たはずだ。俺は記憶を呼び起こす。あれは確か……
「洗面所じゃないですか?」
俺は答える。
「そう言われたらあったような……それに今サキちゃんが行ったんだ。そこでサキちゃんがなにかしてブレーカーが落ちたと考えるのが自然か……この暗闇の中を単独で移動するのは危険だな。仕方ない男三人で洗面所に行ってみよう」
菅田が力強く云う。
「嫌だね! そんなこと言って俺を殺す気なんだろ?」
上野が恥も外聞もなく喚く。上野は再び冷静さを失っているようだ。
「僕は行きますよ。いいじゃないですか二人で行きましょう」
俺は云う。
「よし君には悪いが二人はちょっと恐いな」
菅田が冷たく言い放つ。
「だったらわたしも行きます。それでいいですか?」
長山が云う。すぐに壊れる上野と違って本当に強い女だ。
「それなら問題ない。それじゃあ行こうか」
菅田はそう云って移動を始めた。小さな明かりもゆっくり移動する。
「待ってジュンさん。行く前にそこの戸棚に明かりになるものがないか見て。この停電をコレクターアイが仕組んだものなら何かあると思うの。理想は懐中電灯なんだけどね」
中山は部屋を出ようとする菅田を引き止める。菅田は言われたとおり戸棚をあさり始める。
「やるね。あったよ」
菅田の手から新たな光が差し込む。光は一直線に進んでいる。懐中電灯の光だ。そのサイズは小さくペンライトと言ってもいいほどの大きさであった。
「じゃあ、そのジッポを頂戴よ。それとマミちゃんとカズ君は席に着いて」
中山の指示に従い菅田はジッポを中山に手渡そうとする。
「悪いねジュンさん。テーブルの上に置いて離れてくれる?」
中山は菅田の動きを制して云う。
「心外だな。僕を疑っているのかい? まあ、いいけどね」
菅田はそう云って中山から少し距離を置いたところでジッポをテーブルの上に置き、すぐに離れた。中山はすぐに手を伸ばしてジッポの火をつける。
「マミちゃん、カズ君座って」
微かな光の中二つの影が動く。その影はテーブル近くで動くのを止める。中山は火の刃光を向けて確認する。
「いいわ。三人とも行ってきて」
中山に云われ俺たち三人は移動を開始した。菅田を先頭にして、俺、長山の順に並び進んでいった。菅田が持つ懐中電灯のわずかな光頼りに俺たちは洗面所を目指した。
左手を壁につけ壁伝いに進む。前からは菅田の荒い呼吸が聞こえてくる。菅田もこの状況に緊張しているようだ。それとは対照的に後ろからは長山の浅い呼吸が聞こえてくる。
互いに警戒を解くことはない。このどちらかがコレクターアイなら俺はあっという間に殺されるだろう。同じ事を二人も思っている。俺たちは細心の注意を払って動く。互いにわずかな動きをも見逃さない。
洗面所の前に着いたときは汗だくになっていた。
「サキちゃん! 無事かい?」
菅田が云うが本心ではないだろう。菅田は井上をコレクターアイだと思っているのだから安否の心配などしていない。
菅田の問いかけに返事はない。
「サキさん?」
長山が不安そうな声で云う。
「エミちゃん? なにが起きたの? なんで電気が消えたの?」
井上がひどく震えた声で云った。どうやら井上は菅田を信用していないから返事をしなかっただけのようだ。
「恐らくブレーカーが落ちた。いや、落とされた。ブレーカーはそっちにあるはずだ。ライターを持っているだろ? その光を頼りに探してみてくれないか?」
菅田が扉越しだからか少し大きめの声で云う。
「わかったわ」
菅田も井上も扉を開けて接触しようとはしない。互いに信じていないのだ。
やがて扉の向こうから再び声がした。
「あったわ。今点けるから少し待って」
井上がそう云ってすぐに館に光は灯された。
俺たち三人は安堵のため息を吐いた。
「原因がわかったわ。服を着るから少し待って」
井上が云う。
裸になったところで停電にあったようだ。本当に災難である。
間もなく扉は開けられた。井上は化粧を落としていた。印象は大きく変わるものの綺麗であった。思わずまじまじと見てしまった。
「よし君もいたのね。それに人のすっぴん凝視しすぎ」
井上は照れるように笑った。
「それで原因っていうのは?」
菅田がさっさと話を進める。
「これよ」
井上はブレーカーを指差す。ブレーカーは左右に動き左側にしていけばオン、右側にすればオフになるものであった。スイッチ部分は凹の形になっていてその穴あき部分を使って糸が巻きつけられていた。糸は風呂場のドアへと伸びていく。ドアの先端部には先端が輪になっている杭が打たれていた。杭の輪の部分に糸が繋がっている。
「風呂場のドアを開けたらブレーカーのスイッチが引っ張られてオフになるわ」
風呂場のドアは前方に押せば開くものだ。ドアを開けば両者を繋ぐ糸に引っ張られスイッチは左から右に移動する。そして停電状態になる。実に簡単な方法だ。
「糸に気がつかなかったのかい?」
菅田が訊く。
「こんな細い糸よ! 気づけなくて当然じゃない」
井上は怒り気味に云う。
「そうかもね」
菅田はそう云いながらポケットからデジタルカメラを取り出す。
「念のために撮っておくよ。その後に紐を解こう」
菅田が撮影を始めたので俺たちは廊下に出た。
「サキさん大丈夫ですか? ひとりのときに停電なんて起きてパニックになりませんでしたか?」
長山が心配そうに井上を見る。
「ありがとう、エミちゃん。なんとか大丈夫よ。最初は凄く恐かったけど途中でひとりだから襲われることがないことに気づいたの。そしたらあとは簡単。扉はひとつだし、そこだけを警戒して、電気の復旧を待つことにしたわ。そっちの方が大変だったんじゃないの? またカズ君が取り乱したりしなかった」
井上は笑いながら云う。
「まあ、多少は。でも、最初のよりはマシかな。ねえ、よし君」
「そうだね。今回は恐怖があったから静かな方だったんじゃないかな」
三人で談笑していると菅田の声がした。
「よし君、そっち側の糸を解いてくれないかい?」
菅田に言われ俺は風呂場の扉に巻かれている糸を解こうとした。しかし、固く結ばれていて解けない。元々解く時のことなど考えていない結びかただ。
「ジュンさん、こっちは解けそうにないですよ」
「こっちもだよ。これじゃシャワーを浴びれなくてレイさんに怒られちゃうな。切っちゃってもいいかな?」
菅田が悪戦苦闘を続けながら云う。
「いいんじゃない。わたしも早くシャワー浴びたいし」
井上が云う。
「わたしはさみを持ってきてるので取ってきますね」
そう云って長山は自分の部屋へと走っていった。
「できる女の子はいろいろ持ってるもんだね」
菅田は呟く。
「ところで今はランプはちゃんと青なのかしら?」
井上がホールの方に視線を送って云う。
「赤だったら報せてくれるんじゃないかな」
菅田が答える。
「結局、この停電の間には何も起きてないってことよね?」
井上がそう云ったときに長山は戻ってきた。長山ははさみを菅田に渡す。
「ホールに戻ってみなきゃわかんないけど、多分そうじゃないかな」
菅田ははさみで糸を切ろうとするがうまくいかない。
「じゃあ、この停電はなにが狙いだったの?」
「それは後で話そう」
菅田はそう云ってニヤッと笑う。そして、ようやく糸を切って。はさみをまじまじと見た。
「なにか切りにくいと思ったらこのはさみ左利き用かい?」
菅田はそう云いながらはさみを長山に返す。
「あっ、そうです。言うの忘れてましたごめんなさい」
「いいんだよ気にしなくて。それじゃあサキちゃんごゆっくりどうぞ」
菅田は機嫌よさそうに云う。
「ありがとう」
それが癇に障ったのかどこか歪んだ声で井上が云う。
俺たち三人が洗面所を出ると井上は勢いよく扉を閉めしっかりと鍵を閉めた。
ご機嫌な菅田に俺は訊く。
「なにかわかったんですか?」
「まあね。あとで話すよ」
菅田はそう答えて軽快な足どりでホールへと戻っていった。