スキルを使え!
俺は生きているぞ!
そう叫びたい欲求に襲われたのは、酷い目にあったからだ。
その酷い目に合わせた連中にいつか復讐を誓うも、こいつらは希望でもある。
この魔軍の蔓延る世界から連中を一掃すると言う希望だ。
俺の心は、既に空が白み始めた今となれば如何にか平穏になった。
一通り事が終われば、ズメイはデカい体を縮こませているし、死神のガートルードも落ち着きを取り戻している。
アドレイドだけが、俺にしなだれかかっているが、いい加減退け。
くそ、食糧難だと言うのに、何か精の付く物を食わないと何れ死んじまう。
折角、魔軍の連中を殺せるのに、こんな阿呆みたいな事で死んでたまるか。
「主様、誠申し訳ありません……」
「ご主人、機嫌を直せ」
「甘露、甘露」
三者三様の対応だが、体が食われると言う事態はなさそうだ。
傷から流れる血を舐め取るとか言う猟奇的な事はされたが。
くそ、思い出しただけで屈辱だ……。
ともかく、俺は先程までの記憶を忘れようと行動を始めた。
アドレイドを振り払ってから呼び出されたガートルードを見やり、アナライズと唱える。
そうだ、どんな力があるのか確認しなくちゃいけない。
『Lv.1』はズメイと変わらずか。
極めて高いのは『筋力55』と『防御67』という数値。
これは文字通りの解釈で良いんだろうか?
「ガートルードは戦士なのか? つまり、白兵戦で敵と戦うような」
「ああ、そうだ、ご主人。私は前衛だ。ズメイが後衛だから最初にしては悪くない。それに、魔王は前衛も後衛も出来るからな」
つまり、ガートルードが盾になり、ズメイが魔法を撃つと。
そうやって戦い方を考えていると、ガートルードのステータスに書かれた更なる文字に気付く。
「スキル魔術装甲?」
「未実装の奴だな、どんな力だ?」
「ご主人に魔術装甲を付与するものだ。私と共に駆ける力を有した魔法の鎧だとでも思ってくれ」
俺の疑問にアドレイドが首を傾ぎ、ガートルードが答えを寄越す。
俺に魔法の鎧を与える?
俺も戦えると言う事なのか?
「我が騎士に相応しいかも知れんな。どんな感じだ?」
「ご主人が『プロフォンドゥム』と唱えるだけで良い」
「プロフォンドゥム? ラテン語で奈落でしたか……? なんとも、物騒な」
ワイワイやっている三人(匹と言うのは抵抗がる)から離れて、俺は唱えた。
「プロフォンドゥム!」
その瞬間に、恐ろしいまでの力の高まりを感じた。
慌てる間もなく、俺の体を重い金属が覆っていく。
本当に一瞬の出来事だった。
俺の視界は真っ暗になり、重たい金属に囚われた。
どうなっているのかと顔に手を持っていく。
微かに軋む金属音、しかし思ったほどは重くない。
顔をふれようとした途端、カンと甲高い音が響く。
俺の腕も、顔も金属で覆われているようだった。
「おい、これは……っ!」
ガートルードに如何なっているのか聞こうとした瞬間に、視界が戻る。
いや、戻ったとは言えない。
フルヘルムフェイスを被っている割には開けた視界だが、両脇に何やら絵や文字が浮かんでいる。
浮かんだ絵は、小さな鎧姿で、全て緑色で描かれていた。
他の文字は正直良く分からない。
困ったように顔をアドレイドに向けると、視界も当然動いてアドレイドを映す。
続いてガートルードに視線を送ると、馬上の首なし騎士が小脇に抱える女おくびが誇らしげに言った。
「魔術装甲の防御と機動性は随一だ。何せ外部と遮断されているから。空気を取り込む箇所は無論あるけど、それ以外は視界窓すら開いてない」
「そうは言うが見えているぞ?」
「それはセンサーで確認した映像をヘルム内のモニターに映しているだけ」
「全然わからん」
「えーっと、つまり、ご主人に分るように言うとだな……」
「魔法の水晶みたいに外が見えるのですよ、主様」
見かねたのかズメイが口を挟んだ。
なるほど、何となく分った。
そうかと頷くと、ガートルードはほっとしたように息を吐き出している。
それから、動いてみてと声を掛けてきた。
「ご主人でも歩く、走るは出来ると思うけど、エーテルダッシュは説明がいると思う」
歩くは出来るし、走るも何とかできた。
これで走り回るのは体力使うな……と思った矢先のエーテルダッシュなる言葉。
俺が首を傾ぐと同時に、アドレイドが叫びを発した。
「レクチャーは後だ! 妙な気配が近づいてくる! ――隠れればやり過ごせるだろうが……この気配が向かう先は…………野営地だ!」
「何処かの村の生き残りうか? それとも……」
俺の問いかけにアドレイドは首を左右に振り。
「スライムの亜種によく似ている。それだけじゃない、妙な気配も感じるが」
その言葉を聞けば、俺の腹は決まった。
「隠れて規模を見る。やれそうならば奇襲をかける。ダメならば、足止めしつつ野営地に急いで戻り皆を逃がす。やれるか?」
俺の言葉を聞き、アドレイドはにまりと笑みを浮かべ、ガートルードの体は背筋を伸ばした。
首の方とズメイが一瞬ポカンと俺を見たが、すぐに表情を引き締めて。
「我らの力、お見せ致しましょう!」
そう請け負ってくれた。
頼もしい言葉を聞き、俺は色々やられた際に落とした愛銃を拾い上げて、岩場に隠れるように指示を出す。
ズメイとガートルードが隠れるのに苦労していたが、如何にかアドレイドが示す方角から死角になる様に隠れてから暫しの時間。
あの悍ましい泥野郎の一団と、奇妙な奴がのろのろと進んできた。
泥野郎ことスライムの数は五十も居ない、だが……
奇妙な奴、溶けかかった八本足の牛みたいな奴が放つ雰囲気の異様さが一瞬の躊躇を生む。
だが、足止めするにしても、攻撃するにしても、此方に負気付かず進んでいく今がチャンスだ。
「行くぞ」
近場のアドレイドに告げて、俺は走り出した。
金属音を響かせて走り出した途端、まだ距離が在ったが溶けかかった八本足の牛が俺の方を見た。
ゾッとする事にその目には明確な意思が見て取れた。
嘲笑。
餌がトチ狂ってやってくるとでも言いたげな侮蔑。
それを見た瞬間、俺の中で何かが弾け……鎧が凄まじい速度で突進していた。
あっと言う間に距離を詰めた俺に驚愕したように目を見開いた牛の出来損ないに俺は告げていた。
「笑えよ、化け物」
そして、最早目前の相手に向けて俺は愛銃の引き金を引いた。