モン娘と言う存在
ズメイは大分大柄だった。
普通に体を持ち上げると、俺の背丈よりも大分高い位置に顔がある状況だ。
下から見上げると、薄布しか纏って居ない上半身のメリハリがはっきり分かって目のやり場に困る。
視線を僅かに逸らすと、赤い髪に青い瞳を持った美女の顔が、ズッと俺に近づいてきた。
驚くように其方を見れば、先程までは自信に溢れていた顔が、今では不安そうに眉根を寄せて、今にも泣きそうな顔に見える。
「何か、粗相を致しましたでしょうか?」
俺はその言葉に慌てて首を左右に振って。
「い、いや、ちょっとその体が目に毒だったから……。ああ、ええと、いやいや、そ、その恰好で戦えるのか?」
と、思わず素直に事実を告げてしまい、慌てて別の言葉を探し出した。
俺の言葉に恥じらう様に下半身の蛇体をくねらせているズメイを横目に、未だ俺の腕を握っているアドレイドが意味深に囁く。
「ほう、我が騎士は肉感的な女が好きか? ――ズメイもそうだが、モン娘はレベルが一定値に上がるまではこの格好だ」
モンムスメ? レベルとは何のことだ? それが上がるまでとはいつ迄なのだろうか。
何を言っているのか分からないと、アドレイドを見やると、ズメイは不思議そうに周囲を見渡して困ったように小首を傾ぐ。
「ここは何処でしょうか? レーノルハイドでは無さそうですが……」
そして、ズメイもまたアドレイドへと視線を向けた。
アドレイドは、俺とズメイの視線を受けて面倒そうに肩を竦めたが、一通りの説明をしてくれた。
「ズメイに先に言って置く。ここはレーノルハイドでは無いし、我はともかく、お前は我が騎士なくばここには居られない。レーノルハイドは……閉じられた世界と化した。いわば滅びたのだ」
――何の話か全然分からんが、彼女らの世界は今の俺達の様な状況だったのだろうか?。
そう問いかけるのも憚られ、余計な口を挟まずに事の成り行きを見守っていようと俺は黙ったまま話を聞いていた。
「そのまま消える物と思っておったが、我に助けを呼ぶ声が聞こえた。その声の主を探すうちに、閉じた世界の綻びを見つけて、我は其処に飛び込みこの地に来た。――そうしたらこの地は物理的の滅びを迎えようとしている。正確には、人の滅びだが」
アドレイドは閉じた世界とやらから、誰かの叫びを聞きここに来たと言う。
正直、そんな事があり得るのかと思わざる得ないが……現実に召喚を行い、そう語る存在が居るのだから事実なのだろう。
「なるほど、それで魔王よ。それが、此方の主様ですか?」
「いいや、死に掛けた魔術師だった。如何にもこの世界の魔術師と言う奴は戦う事には向いていなかったようでな。我が騎士は、この世界ではただの徴収された兵士であり、今は敗残兵……。それでも、こんな世界で自棄にならず弱者を救うべく奔走している。属性が光であるお前向きの主ではないか?」
アドレイドは言葉を連ねて俺を持ち上げている。
これは、あれか?
ズメイが納得しないと言う事を聞かないとかそう言う話か?
――確かに、一軍を指揮する何てこと考えた事も無い俺が主では、恐ろしい異形だって嫌気がさすだろう。
最悪、食われんじゃないかと言う不安を抱いていたが……。
「――守るべき者が主様以外にも居ると? …………素晴らしい! わたくしの能力を存分に発揮する時が来たのですね!」
――どうやら、食われる心配はなさそうだな。
「主様、わたくしの姿が気になったとしてもレベルが一定値にさえ上がってしまえば、変異で武装が追加されて行くはずですわ」
両の手を叩き、にこりと微笑み半人半蛇の守護者は言いやった。
「いや、その、レベルってなんだ?」
そう問いかける俺にアドレイドは盛大に溜息をついていた。
結局、彼女等から聞いた話を纏めると、レベルとは経験を積んで行く事で上がっていく数値の話だと言う。
何処にそんな物があるのかと思っていたが、アドレイドはすました顔で言いやった。
「我の魔力が注がれた我が騎士であれば、アナライズと唱えるだけでレベルやステータスを見る事が出来るぞ」
意味は良く分からなかったが試しにアナライズと唱えると、何だかズメイの脇の空中に『Lv.1』とか『魔力58』とか色々と文字が浮かんだのには驚いた。
この『Lv.1』をレベルと言い、数字が上がると強くなっていくのだそうだ。
『魔力58』とか『筋力22』とか言うのが、レベルが上がると増えていく能力値、ステータスと言うのだそうだ。
この『魔力58』がどんなものか確かめるべく、簡単な攻撃魔法を使って貰った。
初歩の初歩だと言う攻撃魔法ファイヤーアローを使うと、炎で象られた矢が飛び、着弾点の半径数メートルを焼いてしまった。
重くて連射もできない大砲と違って、片手を振る様な気軽さで炎が現れて、飛んで、岩場を炎が薙ぎ払った。
こいつは……凄い!
油や高濃度のアルコールで塹壕に火を放った際の光景を小規模でも一瞬で作り出すなんて!
アドレイドの雷には及ばないが、ズメイの力が成長するのであれば……。
殺せる。
いや、道連れなんて考えなくて良い……勝てるぞ!
一筋の希望と言う名の光が差し込んだような気持ちになった。
思わず拳を握ってガッツポーズをしていた俺に、アドレイドが含み笑いを零しながら言った。
「今日は後一体、呼び出せるが如何する?」
と。
そんなの答えは決まっている。