辺境戦線異常なし
塹壕の中で、俺はいつも通りの仕事を行っていた。
魔軍の先兵の蠢く泥みたいな連中に、銃弾を叩き付けるお仕事だ。
一発撃っては弾を込めて、狙いを付けて撃つを繰り返す。
一分間に十発、淀みない動作で撃って漸く一体殺せる。
泥みたいな奴――俺達は泥野郎と呼んでいる――は、移動速度は遅いが代わりにとんでもなくタフで、何でも食ってしまう。
人も銃も馬も、鎧すら残さず溶かして食う。
そんな奴でも、食うのが遅い所為か銃弾は痛いらしい。
俺達、諸王国解放戦線が戦うのは主戦場を離れた大陸の外れ。
敗残兵の寄せ集めだ、名前だけ立派な組織の旗揚げも大陸の端っこから行わないとあっと言う間に壊滅する。
何せ、三百名にも満たない小さな組織だからな。
端っこだからこそ、敵の主力もなかなかやって来ないので如何にか持ちこたえる事が出来ている。
それでも……もう、この陣も捨てなくちゃいけないようだ。
村の住人の退避は終わったんだろうか?
そんな事を考えながら、大分間近に迫ってきている泥のような連中に銃弾を浴びせかける。
目の前で死んだ泥野郎の食べかけを見て、うんざりした。
溶けかかった小銃が出て来たからだ。
誰かが殺らた際に食われたらしい。
ボルトアクションの小銃も、そいつを使える兵士も、数えるほどしかない。
前込め式の銃なんて使った所で意味が無いし、やはり数が足りないし、弾も無い。
生産していた工場が稼働しなくなって幾月か。
魔軍の連中は、真っ先に大国を食い散らかしたから、軍事物資の供給を行える工場は殆ど連中の手に落ちた。
銃の設計、開発を行っていたドラゴン銃工廠もR&S工廠も占領されて久しい。
こんな感じで魔軍は圧倒的だ。
多くの国が戦うも叶わず、最後には降伏したが、……生存は許されなかった。
魔軍の王は、人が嫌いらしい。
人間のみならず、亜人も、獣人も、占領された都市では逆さに吊るされているそうだ。
屠殺場の家畜よろしくな。
「アッシュ! 塹壕に油をまくぞ!」
仲間の声がした。
確かに泥野郎を焼き殺すには、そろそろ塹壕から抜け出して油をまかないとな。
「分った、すぐ準備する!」
取り敢えず最後に一発を撃ってから、敵に背を向けてスコップを足場にして塹壕を駆け昇る。
油を満たした壺を塹壕に落とし、また射撃体勢に入る。
弾は――あと二十発ほどか。
にじり寄る泥野郎は、塹壕の前に作って置いた簡易な柵に伸し掛かり、へし折りながらその柵を食っちまった。
「大食らいの化け物が……」
この大喰らいの化け物に俺の家族は殺されたそうだ。
村の生き残りに、そう聞いた。
俺が前線に出ている間に死んじまった親父とお袋はこいつらが貪り食ったんだと。
骨すら残らなかったそうだ。
「死ねよ……死ねよ、化け物」
そう呟きながら引き金を引く。
今の俺の顔を見たらお袋は引っくり返っちまうかもしれない。
或いは、もう良いんだと抱きしめてくれただろうか?
どちらであるにせよ、今となっては意味が無い。
「連中、塹壕に雪崩れ込んだぞ!」
「今だ! 焼け!」
仲間の声に反応して、俺も火種を塹壕に投げ入れた。
一瞬にして火が油に燃え移るのは、塹壕に高濃度のアルコールもぶち込まれているからだ。
炎は連鎖して塹壕を燃やし尽くす。
泥野郎を一緒に。
「ごほっ、ごほっ」
立ち上る煙に巻かれて、咳き込みながら俺は後ろに下がった。
これが今の俺の日常だ、俺は今でも戦っている。
帰る所も何もないのに。