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週一創作ワンライ

乙女首

作者: livre

「#週一創作ワンライ(@ss_1_w_)」投稿作品。

4/8~ のお題の中から、『満開』を使用しています。

プロット無し、執筆時間は本編書き出しから概ね1時間弱。

 昼過ぎの公園。緑の匂い。カラスの声がよく聞こえるのは、ここが街中だからか。

日ごと少しずつ強くなってくる陽射しを真上にして、僕たちは花の前に居た。

「オトメツバキと書いてある」

隣に立つ彼が言う。何の気なしに通り過ぎようとした僕をよそに、彼が立ち止まったのだ。

ああ、うん、と気のない返事を返した。花にはあまり興味がない。

「綺麗に咲いてるじゃないか。いや、もうそろそろ終わりなのかな」

僕の反応は特に気にかけていないようで、目の前の花の樹を指しながら、独り言のように話し続けた。

「ほら。かなり下に落ちている」

見れば、僕らの背丈より幾らか高い樹に、掌ほどの花が咲いている。赤色と言ってもいいくらいの、幾重にも花弁が折り重なった豪奢な花だ。

そしてその樹の下には花が花ごと、ごろごろ転がっているのだった。風で散ったのだろう花弁が、血飛沫のように見えないこともない。

「椿は“落ちる”と言うんだったね。花が丸々落ちるのが不吉だとかなんとか。首が落ちるようだ、とか言ってさ。

この花はオトメツバキだから、じゃあこれはみんな、麗らかな乙女の首かな」

楽しそうに彼は話すけれど、何が楽しいのか僕には分からないので黙っていた。

とにかく僕らは学校からの帰り道のはずで、僕は早く家に帰りたかった。

そもそも、花を首に見立てる感性が僕にはない。花は花だろう。

ねえ、帰らないの、そう声を掛けると、

「乙女が無惨で、可哀想だね」

と、可哀想だなんて微塵も思っていないような顔で歩き始めた。やっぱり彼は楽しそうだった。


 その次の年の春。オトメツバキが咲く頃に、同級生が死んだ。

それは可愛いと校内で評判の少女で、僕なんかとはまるで接点はなかったけれど、それなりに衝撃だった。

しかも噂ではあるが、彼女は自殺したのだという。

それに際して彼は言った。

「乙女が首を落としたんだね」

1年前の彼との会話を思い出して、何か知ってるの?と訊いてみても、ものあり気に笑うだけだった。


 その次の年も同級生が死んだ。今度は別の学校に通う少女だった。やはり春に。オトメツバキの季節に。

彼女も自殺だと聞いた。曰く、前年に死んだ少女と同じく縊死だったらしい。

「首を括って首を落とした、のか」

笑う彼が怖くなって、君がやったの?と訊ねた僕の声は、震えていたと思う。

「何言ってるんだよ。自殺だって聞いただろう?人に思い通り自殺なんてさせられないし、僕に、そんなことをする理由もないよ」

「そんな可哀想なことしないよ。綺麗かもしれないけどさ」


 その次も、また次も、僕らが学生じゃなくなってからも、春に、1人ずつ少女が死んだ。

僕はもう彼とは関わらなくなっていて、新しい場所で新しい生活を送っていた。今年死んだのは、僕らと同じ学校に通っていた少女だった。

そうして関わりある人間が死んでいくことは恐ろしかったけれど、次第にそのことにも慣れてしまっていた。

 ある冬の終わり頃、僕は久しぶりに実家に帰省していて、ふと思い立っていつかの公園に立ち寄った。ほんの散歩のつもりだった。

そうしてなんとなく歩いていった先。あの1本のオトメツバキの前に、思いがけず彼が立っていた。ぼんやりと、まだ蕾の花を見つめていたのだ。

声を掛けようか逡巡しているうちに、彼が声を上げた。

「久しぶりだね。まだ花は咲いていないよ」

別に僕は花を見に来たわけじゃないよ、と言ったのを彼は聞いていないらしい。

「でも、今年もきっと綺麗に咲くだろうな。

綺麗に咲いて、そしてぼとぼと落ちていくんだ」

数年前より細くなったように見える楽しそうな彼の横顔を、やっぱりな、と眺めた。恐ろしくても、驚きはしなかった。


 まだ幼かったあの日、僕は満開の乙女椿の前できっと見たのだ。開いてはいけなかったはずの蕾が、開くのを。

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