9. 護衛のハンターの最弱魔法がおかしい
「ひ、ひえええええ!」
トヅチは思わず悲鳴をあげた。茶色大熊は魔物ではないが、魔の森の奥に生息して魔物と縄張り争いをするような凶暴な獣だ。Dランクハンターでもソロでの討伐は難しいと言われる。トヅチの狩り用の弓では足止めもできないだろう。
「討伐は面倒なので、追い払うだけでいいですか?」
少年ハンターは確認するが、川を突っ切ってこちらに向かってくる茶色大熊を見てトヅチはパニックに陥っていた。
「な、なんでもいいからなんとかしてくえええ!」
わめくトヅチは気づかない。Dランクハンター1人では危険な状況にも関わらず、トヅチが全く焦っていないことに。
少年ハンターはおもむろに手のひらを茶色大熊に向けると、白い球が現れた。
「ま、魔力弾だと…。無茶だ…。」
トヅチは再び唖然とする。この世界の全ての人族と魔族が扱える無属性魔法のうち唯一の攻撃魔法、魔力で球を作り打ち出す『魔力弾』。魔力消費はほとんどないかわりに、威力はあまりない、最弱と言われる攻撃魔法である。茶色大熊に効くような魔法ではない。茶色大熊をさらに興奮させるだけだと思ってトヅチは少年ハンターを止めようとするが、魔力弾は発射され、茶色大熊の顔面ど真ん中に命中。
そして茶色大熊は吹っ飛んだ。
「へ…?」
牽制にもならないはずの魔力弾で引き起こされたありえない事態にトヅチは三度唖然とする。もんどりうって転がった茶色大熊はしばらくひっくり返っていたが、数秒後あわてて魔の森へと逃げ帰っていった。
「茶色大熊はああ見えて警戒心が強いです。一度痛い目を見たのでもうこのあたりには出ないでしょう。」
なんでもないように少年ハンターが言うのを聞いて、トヅチはハッとした。
「す、すげえな兄ちゃん!たかが魔力弾で茶色大熊を撃退するなんて!兄ちゃんはすげえ魔法使いなんだな!」
すっかり感心してトヅチは少年ハンターの肩をバシバシ叩いていると、ふと疑問が湧いてきた。
「でも兄ちゃん、魔力弾でそんな威力なら属性魔法なら茶色大熊を仕留められたんじゃないか…?」
属性魔法。現在6つの属性が確認されていて、使える属性は先天的に決まっている。使える人を選ぶ上に魔力消費が大きいが、無属性魔法と比べて強力な魔法だ。
叩かれて嫌そうな雰囲気を出していた少年ハンターはめんどくさそうに答えた。
「私は属性魔法が使えないんですよ…。」
「そ、それは…。」
トヅチは顔がひきつった。使える属性がなく無属性魔法しか使えない人族は少ないが珍しいわけではない。しかし魔法使いとしては致命的であった。属性魔法なしではせっかくの魔法の才能も宝の持ち腐れだとトヅチは思った。
「まあ、兄ちゃんはまだ若いんだ!属性魔法がなくてもなんとかなるさ!」
気を取り直したトヅチが慰めるように肩を軽く叩くと、少年ハンターはますます不機嫌オーラを出す。
「トヅチさん、私は『兄ちゃん』なんかではありません。」
そう少年ハンターが口にすると、トヅチさんは分かっているというような顔で頷く。
「おう、一人前のハンターを『兄ちゃん』呼びは失礼だったな。すまねえ。」
トヅチは改めて目の前のハンターを見る。その眼差しはさっきまでの胡乱なものではない。相手をきちんと一人前のハンターとして認め、トヅチが握手を求めると、少年ハンターは億劫そうに応えた。トヅチは笑いながら言う。
「残りの道中もよろしくな、ユーカさん!」
Dランクハンター、ユーカ。正式な名前は九条佑華であることも、その正体が失踪中の勇者であることも、トヅチは知らない。