8. 護衛依頼中のハンターは荷台でごろごろする
農夫トヅチは戸惑っていた。
昨日からトヅチは隣町へ作物を売りに来ていた。取引自体は上手くいったのだが、護衛として一緒に来ていたトヅチの町の唯一の専属ハンターが、今朝になって役割を放棄していなくなったのだ。どうやら隣町にたまたま来ていたハンターのチームに加わったらしい。彼はもともとそこそこ優秀な中堅ハンターとして旅をしていたが、昨夜酒場で一緒に合流したチームと意気投合、ハンター魂に再び火が付いたのだろう。
だが放って行かれたトヅチは堪ったものではない。町専属ハンターがいなくなるのも大問題だが、とりあえず護衛がいないと帰れない。トヅチ自身は狩り用の弓を扱えるが、魔物には歯が立たないだろう。トヅチは隣町のハンターギルドに駆け込み護衛依頼を出したが、あいにく護衛が務まるDランク以上のハンターはすでにほかの依頼を受けていなかった。人族の領域の中でも魔族領に近い、辺境と呼ばれるこの地域はハンターがいくらいても足りないくらいだった。
今日中に護衛は見つからないかもしれないとトヅチが落胆したときに、そのハンターはやってきた。茶色の地味なローブをまとい黒い袋を肩に背負ったハンターはかなり小柄で、顔のほとんどを隠すフードの下からは短い灰色の髪が見える。まっすぐ受付に向かってギルド職員に話しかける声は、鈴のようにやわらく幼い少年のもののように聞こえる。どうやら旅の途中のソロのハンターらしい。ソロで旅をしているならそこそこの実力があるのではないかとトヅチがダメ元で声をかけると、なんと護衛を受けてくれた。ランクもDでぎりぎり護衛依頼が解禁されている。ひとまず帰り道の護衛が見つかってトヅチはほっとした。
トヅチと少年らしきハンターを乗せた自分の小さな荷車を馬に引かせ、町を出るまではよかった。「では異常があれば対応しますね。」
そういうと、少年らしきハンターは後ろの荷台の藁の上に寝っ転がったのだ。完全にくつろいでゴロゴロしている姿にトヅチは唖然とした。仮にも護衛ならあたりを警戒すべきだろうと思ったが、気が弱いトヅチは言い出せない。この少年はどうやら護衛としての経験を積んでいないらしい、警戒は自分でしなければならない。せめて魔物との戦闘は引き受けてくれるといいのだが、とトヅチはため息をついて、あたりに注意を向けた。
帰り道は非常に順調だった。魔族領との境に位置する魔の森が、道に沿って流れる小川の向こう岸に見える。魔の森の奥には多くの魔物が生息しているが、魔物が奥から出てくることはほとんどない。何度も隣町への道を通っているトヅチでも、この道で危険な目にあったことはなかった。だが最近魔の森の様子がおかしいという噂があり、一応護衛をつけていた。
この調子なら今回も危険はないだろう、護衛を雇って損をした、トヅチは完全に警戒をやめて考えごとをしていた時だった。背後からがさがさと音がした。振り向くと少年ハンターが身を起こし、魔の森の方に顔を向けていた。
「トヅチさん、魔の森の方から大型の獣が向かってきます。」
少年ハンターの言葉を聞いてトヅチは慌てて魔の森を確認したが、獣一匹見えない。今までごろごろしていた少年ハンターだ、おそらく夢でも見て寝ぼけているのだろう、そうトヅチは判断して胡乱な目をした、その時。
前触れもなく魔の森の木々の間から茶色の巨体が姿を見せた。その大型の獣は大声で吠える。
「茶色大熊ですね。」
少年ハンターは淡々とした口調で言った。
茶色大熊。大人2人分の巨体を持つ、人を襲うこともある獰猛な肉食獣であった。