7. 神は勇者の力を取り上げる
バイルはいらいらしていた。聖戦において予想外のことが起こっていたのだ。
まず、捨て駒として送り込んだはずの勇者が想定をはるかに超える大活躍をしていたことだ。与えた力だけでは到底予測できない戦果を挙げ、勇者は時間稼ぎどころか前線をどんどん押し上げて人族は本来の支配地域を魔族から取り戻していた。
これだけならバイルは驚きこそするもののいらつくことはなかった。むしろ喜んでいただろう。問題は勇者が、人族にも魔族にも与さない中立の立場を突然とって、聖戦の停戦協定を提案、仲介したからだ。
この事態は、ナルガを排して唯一神になるというバイルの目的の大きな妨げになる。聖戦がなくなるとナルガを信仰する魔族を滅ぼす機会が一気に遅くなる。停戦協定を破ろうものなら仲介役の勇者がナルガ側につく可能性がある。それだけは避けなければならない。
さらに悪いことに、停戦協定は人族魔族双方にすんなり受け入れられた。人族側は勇者の活躍で戦力こそ勇者抜きで魔族に対抗できるほど回復したが、勇者が来る以前から続く聖戦にすっかり厭戦的になっていた。魔族側はもともとバイルに焚きつけられ一方的に攻めてきた人族に対抗して戦っているうちに泥沼になり戦いがやめられなかっただけ。支配地域も聖戦前の本来の地域だけで十分だった。さらに長引いた聖戦によって放出された魔力と悪意によって魔物が大量発生していて、人族魔族双方に被害が出ていた。
「九条佑華…。余計なことをしてくれたね…。」
バイルはチェス盤を通して勇者、九条佑華をにらみつける。九条佑華の力は成長はしているもののこれほどの戦果を残せるものとは到底思えない。どうやら知らない間に精霊を味方にしているようだが、それも下位精霊としては強め程度、強さの秘密とは考えられない。どうやら佑華は自分にはわからない強さがあるようだ。しかもなお悪いことに、精神への介入ができなくなっている。勇者を操って停戦協定を覆すこともできない。
しばらく考慮して、バイルはため息をつく。
「しょうがないね、もったいないけど…。九条佑華、君に貸してた僕の力を利息付きで返してもらう。僕が唯一神になる邪魔になった君が悪いんだよ。」
そう言ってバイルがチェス盤の向こうの佑華の方へ手のひらをむけると、佑華が苦しみだすと同時に佑華からバイルへ力が流れ出していく。もともと与えた分だけでなく、佑華が自分で育てた分までも吸収すると、バイルは万が一にも佑華へ奪った力が戻らないように自分と佑華のつながりを完全に断ち切った。これによってバイルが佑華の様子を知ることもできなくなったが、問題ないとバイルは考えた。
「うーん、確かに佑華から搾り取れる力は全部奪ったけど、予測以上のものじゃないなあ。どうして佑華はこれだけの力であれだけの戦果を出せたんだろう?」
バイルはしばらく考えたが、情報が少なく答えは分からないと判断した。
「まあいっか。どうせ今の佑華は何もできやしない。」
バイルから力を搾り取られた佑華の魔力は一般人よりは強い程度、身体能力は同い年の少女並みになっている。魔族はおろか、魔物1匹にすら勝てないだろう。
「これで邪魔な勇者はいなくなった。聖戦が終わったせいで動きにくくなったけど、あと1年以内に『本命』も準備できる。そのときにまた聖戦を引き起こせばいいね。」
対立する神ナルガに悟られないようにこっそりと『本命』の準備に取り掛かるバイルの頭の中に佑華のことは残っていなかった。
勇者が行方をくらましたのは停戦協定が結ばれてから数日のことだった。それまで強大な聖属性の魔力で勇者の大体の位置を把握できていた大神殿の人族や上位の魔族すら、一切存在を感知できなくなった。行方不明になった勇者に対しあるものは死んだのだと涙を流し、あるものは役目を果たし天に還ったのだと別れを惜しんだ。魔族ですら、勇者の失踪を悲しむものが少なからず存在した。
そして、聖戦の停戦協定が成立してから1年たった。