5. どうやら私の魂はトレードされたらしい
「…それでね、君には勇者として僕の軍勢の手助けをしてほしいんだよね。」
チェス盤をにらみながら目の前の金髪の男の子は、まるで近所のコンビニにお使いを頼むかのように私に言い放った。拒否権はないらしい。
12歳ほどに見える男の子の名前はバイル、地球がある世界とは別の世界の神、だそうだ。彼は今自分が管理している世界の一つでナルガという邪神と聖戦という縄張り争いの真っ最中らしい。バイルは人族、ナルガは魔族を各々の軍勢にしているそうだ。人族は見た目や身体能力は私の世界の人間とほぼ同じで、個体差はあるもののある程度世界の力(魔法のようなもの、というか魔法、以下魔法と呼ぶ)が使え、個体数が非常に多い。一方魔族は個体数こそ少ないが高い身体能力と強力な魔法を使え、外見はあまり統一感がない。
現在の戦況はバイル陣が非常によろしくない。そこで彼は戦力増強のためにわざわざ異世界まで自分の力が馴染みやすい魂を探しに来て、世界に介入して私の肉体を殺し、目的にピッタリな私の魂だけ持ってきたそうだ。ちなみに地球のある世界の神に対価は払っているらしい。返品不可。
「私は慰謝料をもらいたいぐらいなのに、無報酬で戦場に送り込まれるのですか?」
不快な気持ちを隠し切れずに吐き捨てるように私が言うと、バイルは白い駒を片手で弄びながら答える。
「聖戦に勝てば報酬はきちんと払うよ。富も名誉も欲しいだけあげる。元の世界には返してあげられないけどね。」
「聖戦に負けるか、戦死すれば報酬はないわけですか…。」
「大丈夫大丈夫!君の肉体にはそれだけの力を与えたんだ!戦死することもないし、聖戦にも必ず勝てるよ!」
微笑みながら自信たっぷりに宣言するバイルを見て、私は思わずため息をついた。視界の片隅に自分の輝く金髪が入る。私の魂は今、バイルが用意した肉体に埋め込まれている。違和感なく動かせるようほぼ元の肉体と同じだが、バイルの力を使えるようにした結果日本人にありがちな黒目黒髪から金目金髪に変わっている。バイルの力(彼曰く聖属性の魔法)を扱えるだけでなく、人族としては破格の身体能力と魔法の出力限界(魔力)を持つ、ハイスペックな肉体だ。ちなみに金髪になっても元の中性的な顔立ちのおかげかコスプレ感はあまりなかったのは鏡で確認した。
しかしいくら肉体がハイスペックであろうと私の精神は所詮16歳の小娘。戦場に立つなんて論外だろう。それを指摘しようと口を開く前に、突然足元に巨大な穴が開き、呑み込まれた。
「じゃ、頑張ってきてね、勇者様~。」
バイルの無責任な言葉とともに、私は神の領域から聖戦真っ盛りの世界へ送り込まれた。