3. 灰色の中に咲く小さな白は踏みにじられる
毎日歩く通学路に面している、隣の工事現場の資材置き場となっている空き地の真ん中に、ひっそりと小さな白い花が咲いているのに気が付いたのはいつだったかは覚えていない。気が付いた時には、私は空き地の前を通るたびにその花を気にするようになっていた。すべてが灰色に見える世界の中で、唯一その花だけは白く、そして輝いて見えた。
花屋に飾られた無数の花の色は見えないのに、なぜ雑草に混じって咲くその花だけ色づいて見えるのかは分からない。無意識の内に、私は自分自身とその花を比べていたのかもしれない。家族に愛されないことに気づき、生きる目的を失いただ腐っていく私。誰からの関心も愛も必要とせず、ひっそりと、でも確かにそこに咲き誇る名も知らない花。もしかしたら私は、その小さな花に憧れていたのかもしれない。
しかし白い小さな花の存在が私の日常を変えることはなかった。私は相変わらず孤独な日々を送り続け、その空き地の前を通るときも花を視界に入れるだけで、足を止めることはない。
ある日の夕方、高校からの帰り道に私はいつも通りに空き地の前を通りがかる。視線だけを空き地へと向けて、思わず足を止めた。そこには私のクラスメイトである3人の女子がいた。私のことなどもはやいないものとして扱っている他のクラスメイトとは違い、その3人だけは今でも時々私を虐めて遊ぼうとする。どうしてそんなやつらがよりによってこんなところで立ち話をしているのかは分からないが、面倒なことは避けたい。急いで空き地の前を通り過ぎようとしたが、3人組のうちの1人に見つかってしまったようだ。声を掛けられても無視して行こうとしたが、駆け寄られて腕をつかまれ、無理やり空き地に引きずりこまれた。3人組は私を囲むと、いつものように次々とくだらないことで私を嘲る。別にそんなことで私は傷つかないので、俯いて黙り込む。いつもなら反応しない私に飽きて解放されるのだが、この日は機嫌が悪かったのか3人組のリーダー格が私を突き飛ばした。不意を突かれて私は尻餅をつき、眼鏡が顔から落ちる。眉をひそめた私を生意気に感じたのか、激しく罵りだした3人の声を聞き流しながら眼鏡を探すために目線を落とし、そしてリーダーの足に踏みにじられている小さな白い花が視界に入った。思考が止まる。数年ぶりに私は心がざわつくのを感じた。私をつかみ上げようと伸ばされた腕が目に入った瞬間、私は頭の中が真っ白になるのを感じると同時に、伸ばされてきた腕を無意識の内につかんで引っ張る。気が付くとリーダーの子は地面に転がされ、逆に私は反動を利用して立ち上がっていた。