10. 元勇者は荷台でこれまでを振り返る
佑華は荷台で寝転がって上を眺めていた。元の世界と同じように青い空と白い雲が見える。夜になれば元の世界よりはっきりとした星が今日も見れるだろう。地球のものと星座が全く異なっても、大きさと模様が異なる月が2つ浮かんでいようと、やはり星空はきれいだ。
佑華がこのファンタジーの舞台のような世界に放り込まれて2年がたった。あっという間に聖戦の前線で魔族と戦わざるを得ない状況に追い込まれ、実際に魔族と戦ってみて、自分の力が聖戦を人族の勝利に導くほどではないことはすぐに気づいた。あの胡散臭いバイルはやはり嘘つきだったようだ。かと言って今更戦い放棄できないし、戦死するのも嫌だった。知恵を振り絞り、努力を重ね、なんとか満足に戦える力を手に入れた。
ある程度前線を押し返したら人族と魔族の間に停戦協定を結ばせる計画はかなり早期に思いついていた。一部の阿呆が主張するように魔族を滅ぼすまで聖戦を続けると膨大な犠牲がでるのは目に見えていたし、なによりこの世界が魔物だらけになってしまう。一刻も早く、かつ犠牲をできるだけ出さず聖戦を終わらせる必要があった。
そうして1年前になんとか停戦協定を結ばせた。ベストなタイミングで交渉を開始したおかげで、人族魔族ともに大きな反対なかった。しかしあのクソバイル、クソガキはそれまで全く指示も干渉なかったくせにこの結果をお気に召さなかったらしい。勇者としての力、聖属性魔法の使用能力だけでなく、全身体能力、全魔力まで回収しようとしてきた。がんばって抵抗したが、結局私自身に残ったのは人並みの身体能力と魔力、無属性魔法だけだった。もはやただの小娘である。
勇者としての力を奪われてすぐに、私は姿をくらませた。停戦協定は私が消えても機能するように手を回していたが、勇者の存在は決して軽くはない。私が力を失ったことを知られるより、失踪しているだけで停戦協定が脅かされると姿を現すと思ってもらったほうが都合がよかった。一部の人族や魔族には勇者の力が地上からなくなったことは隠せないだろうが、すぐにはその情報は広まらないだろう。実際広がってない。
こうして私は勇者から旅のハンター『ユーカ』になった。勇者として報われることもなく、元の世界に帰ることもできない、なかなか悲惨な状況だが、私はそんなに悲観していなかった。元の世界でももともと旅をする予定だったのだ。情報化社会ですっかり小さくなった元の世界よりもまだまだ知らないことが多いこっちの世界を旅するほうが楽しかった。そして何より、私が自力で身に着けた最大の戦う力と、大切な相棒はあのクソガキに奪われずに済んだ。
私は相棒に心の中で呼びかける。
『逃げた茶色大熊と魔の森の様子はどう?』
すぐに返事が聞こえる。
『熊さんはもうこっちに来る様子はないわ。他に獣や魔物は近くにはいないみたい。でも最近魔物の活動が活発でおかしいって植物たちが言っているわ。』
ちなみにこの声は意図しない限り私にしか聞こえない。実際にトヅチさんは反応していない。相棒の存在にすら気づけていない。
ちらりとトヅチさんの様子をうかがうと、陽気に口笛を吹いている。私が属性魔法が使えないとはいえそこそこ戦えると知って安心したようだ。私が最弱のはずの魔力弾で茶色大熊を撃退したのに気を取られて、なぜ私が茶色大熊の接近に気づけたのかという疑問は持っていないようだ。いろいろ助けてくれる相棒の存在はまだ明かしたくないので、指摘するつもりはない。
トヅチさんを見ていると、さっき兄ちゃんと呼ばれたのを思い出して何となく面白くない気分になってきた。気を紛らわすために寝返りをうつ。女性の一人旅すら珍しいこの世界で、女性がソロのハンターをしているのはあまりにも非常識らしい。念のため顔を隠している私は、声変わり前の少年として扱われるのがもはやデフォルトである。女性だと知られると厄介なこともあるので少年だと思われるほうが都合がいい、とは言えやはり面白くない。
いっそ顔を隠すのをやめようかと考えながら、私は自分の前髪をつまんで光にかざす。勇者の力を奪われる前はキンキラキンだった髪と目は今は灰色になっている。勇者の代名詞である金目金髪がないから大丈夫だとは思うが、顔つき自体は勇者時代と何ら変わっていない。用心するに越したことはないだろう。あともし顔出ししても少年扱いだったらへこむ。
ちなみに胸部装甲は2年前と同じくベニヤ板である。これも大問題だが、さらに問題なのは背が少しも伸びないのだ。考えたくないが、もしかしたらこの肉体は成長、老化スピードが普通と違う恐れがある。その場合、人族の社会でずっと暮らすのは難しいかもしれない。
まああんまり先のことを考えてもしょうがいない、私はめんどくさくなって考えるのをやめた。
『私には相棒がいればいいもんね。』
『?ワタシは佑華とずっと一緒にいるわよ?』
唐突な心の独り言にも優しく答えてくれる相棒はやはり最高だった。