鯨9話 偶蹄目の恐怖
硬貨を巾着袋に詰めたがやはり10枚ほど入らなかったので自分の小銭入れに金貨5枚、銀貨5枚ほど入れておいた。
マリちゃん曰く自分が銀貨だと思っていたものの中に白金貨も数枚紛れてあったらしい。
なんとなく高級そうで色も若干違ったのだが言われるまで分からなかった。もし街に鑑定玉も売っていたら手に入れておきたい。
それより先ず言語理解玉だ。
この世界[アマルテア]は統一言語らしいので普通に会話する程度であれば小玉で事足りるとの事。
しかし古代言語なるものがあるので学者などは言語理解中玉を欲しがっているらしい。
魔物、動物などの言語理解は大玉。極大玉は何と会話できるのかマリちゃんでも分からないらしい。
このままここから一番近い小さな町に行ってもマリちゃんの翻訳があるので言っていることは理解はできる。が、こちらから話すことは出来ない。
少し遠いがある程度大きな町に行けば魔道具屋があり、そこで言語理解玉を手に入れるのが良いだろうと結論付けた。
この世界[アマルテア]では俺の容姿は少し珍しいらしい。余計なトラブルは避けていきたい。
一つ前の部屋に戻り、久しぶりにダンジョンコアと対面する。コイツは俺のライバルだった。今では俺の方が遥かに強くなってしまったが、今だにあの熱い死闘は忘れられない。
「そういえばここに転移してきてどのくらいだったんだろう?マリちゃん分かりますか?」
(山田さんが転移してきた時からは分かりませんが、私を取り込んでから約2日程経過しております。殆ど気を失っておられましたが…。)
「え?そんなに経ってるの?喉はかなり乾いているけど全然お腹すいてないんだけど。」
(能力玉を吸収すると身体が劇的に変化するので、そのせいかも知れませんね。まぁ殆ど気を失っておりましたし。
外に出たら先ず生活・大の能力で水を出し、食料調達を優先しましょう。)
「わかりました。では転移魔道具の準備をしてから、ダンジョンコアを回収します。」
背嚢型の収納袋からマリちゃんに指定された魔道具を取り出す。形は手榴弾のような形だ。
魔石の上部からレバーが出ていて、その部分を強く握ると登録した場所に転移することが出来るらしい。
登録は既にダンジョン入り口の外に登録してあるようだ。誰が登録したのかマリちゃんに聞いたがそれも分からないとの事だった。
ダンジョンコアは背嚢型の収納袋に入れて持って行くので背嚢を地面に下ろし、口を目一杯開けておく。
「よっ!」
かなりでかいコアなので抱きかかえるように気合を入れて持ち上げる。身体・大玉で強化されているので殆ど重さを感じず持ち上げることができた。
「よっこいしょ。」スッ
難なく背嚢型の収納袋に入れることができて安心していると洞窟内全体から僅かな揺れを感じた。
(ダンジョンの崩壊が始まりました。巻き込まれる前に転移してしまいましょう!)
俺はマリちゃんに急かされて床に置いてある転移の魔道具を拾いあげ背嚢型の収納袋を背負う。
マリちゃんは地震が怖いのかな?可愛いところあるじゃないか。なんて呑気に考えながら転移の魔道具を握った。
途端に自分の存在が薄くなりねじれて行くような感覚に襲われる。痛みはないがかなり気持ち悪い。
目を瞑って耐えていると段々と気持ち悪さが収まり、自分の存在がはっきりして行く感覚を覚えた。
これが転移か。こっちの世界に来た時はこんな感覚全くなかったんだけどな。
今使用した転移の魔道具は砕けて掌からこぼれおちている。使い捨てなのか。
なんて考えながらあたりを見渡す。
自分の今立っている場所は広場のようになっており、
奥には鬱蒼とした森が見える。
手前には15棟ほどのボロボロの小屋らしきもの、森との境界には丸太を打ち付けたような柵。
何処かの集落のようだ。
そして身長1メートルくらいの緑色の肌をした現地人が数人、こちらに気づかず闊歩していた。
俺は突然の村人たちとの邂逅に驚き、営業時代の癖で大きな声で挨拶をしていた。
「こんにちは!お邪魔させて頂いております!」
突然の大声にびびってこちらを見る現地の人達。
その瞳は山羊のようで知性の色を一ミリも感じない事に俺は違和感を感じた。瞬間マリちゃんが叫ぶ。
(山田さん!走ってください!ゴブリンです!
どの方向でもいいです!早く走って逃げてください!)
「えぇ!?」
俺はマリちゃんの言葉に驚いたが、直ぐに反応し全力で走り出した。
現地人かと思って挨拶しちまったよ。失敗した。
つーかこえぇよ。だって人間の目じゃなかったし。
山羊みたいな目だったぞ。
なんて考えているうちに目の前に木の柵が迫っていた。俺はそのまま飛び越えようと全力でジャンプする。
「とうっ!」
飛び上がった瞬間俺は後悔した。
いつもの自分の力だと思い、そのまま飛んでしまった。
既に高さ10メートル程飛んでいる。
足下には鬱蒼とした森、見渡す限り鬱蒼とした森、かなりの前進速度で落下している。
このままだと死ぬと直感でわかる。
「うぁぁーーー!」
間抜けにも足と手をバタバタ動かして抵抗しているが意味がない事は分かっている。
(山田さん!落ち着いてください!
このまま落下して全身を打ったら少なからず怪我をしてしまいます。
なので目前に迫った木を思いっきり蹴りつけて下さい。それで衝撃が少しは抑えられるはずです!
というかその木です!今、目の前の木です!)
俺は死にたくない一心でマリちゃんに言われるまま、目前に迫った木の枝葉を手で払いながらドロップキックをかます。
メキメキメキッ。
直径1メートル程の幹を持つ巨木は、僅かに傾きはしたが折れる事なく俺のドロップキックを受け止めてくれた。
巨木をクッションにすることが出来たので僅かな反動で済んだのだが俺は情けなく尻から3メートルほど落下した。
地面は腐葉土のように柔らかく尻の痛みはほとんどない。足も殆どダメージはなく、枝葉で少し切り傷が出来ていた顔や手も体内の魔力によって直ぐに治っていく。
「うぅ、怖かった。死ぬかと思った。マリちゃんありがとう。」
マリちゃんが的確なアドバイスをしてくれなければ俺は無様にあの巨木に体当たりをかまし、かなりのダメージを負っていたはずだ。感謝しかない。
(いえいえ。上手くいって何よりです。
しかし今ここで生還の喜びを感じて立ち止まることはオススメ出来ません。
ゴブリン達が追ってきています。今の山田さんなら苦戦せずに討伐可能ですが、ある程度の距離を取った方が有利になります。)
「いや。戦わないで逃げる方向でお願いします。
無駄な殺生は避けましょう。
というか訓練もしてないのにいきなり実戦は怖いです。逃げるが勝ちですよ!」
(わかりました。ではそのままジョギング程度の感じで走って下さい。安全な場所までは私が案内しますので。)
「はい。よろしくお願いします。」
俺はマリちゃんに言われた通り、ジョギング程度の力加減で森の中を走り出した。
山羊目のゴブリン達から逃げるために。