32話 メガネのお嬢様と古の呪咀使い
能力玉を吸収した3人娘たちは次の日の夕方には意識を取り戻し翌々日の朝には動けるようになっていた。
「主、ひどい目にあったぞ。本当に死ぬかと思った。
なぜ教えておいてくれなかったんだ。」
「ええ。本当に死ぬかと思ったわ。
体の中がぐちゃぐちゃになっていく感覚で今も違和感が残っているし。」
「……私も死ぬかと思いました。
教えてくれなかったヤマダ様はひどい方です。」
「みんなごめんね。
教えていたら能力玉の吸収を躊躇ってしまうかもしれない、と思ってしまったんだ。他意はないよ。
皆には強くなってもらわないといけなかったから……。」
「……ごめんなさい。アナタ。それは嘘よ。
私の耳はごまかせない。
3人が苦しむ姿を見て少し楽しんでいたのでしょう。」
「「「……。」」」
ミラの告げ口により立つ瀬の無くなった俺は静かに立ち上がりリビングを後にする。
3人娘からの無言の圧力に耐えられなかったのだ。
今夜は震えて眠ろう。
あの後、視力がわずかに戻ったミラが調子に乗って階段から落ちた。
余程嬉しかったのだろう。
ターニャと一緒に家の中を一人で楽しそうに歩き回っているミラを直前まで眺めていた。
今は誰かの補助がなければ出歩く事が出来ないが、あと何度か治癒魔法で治療を行えば裸眼で出歩く事も可能になるかもしれない。
ミラの補助が減ったターニャは屋敷での仕事を頑張ってくれていて、とても助かっている。
何故なら3人娘たちが能力玉を吸収するとしばらく動かないからだ。
1人4〜5個の能力玉を吸収させる。
俺もなるべく家事を手伝っているので3人娘たちの能力玉の吸収期間が終えるまではしばらくこのままだ。
結局、3人に能力玉を吸収させるのに10日かかった。
アリアは
魔力・中玉、魔力操作・中玉、身体・小玉、心眼・小玉を吸収した。
カナンは
身体・中玉、魔力・小玉、魔力操作・小玉、補助・小玉を吸収した。
リサは
魔力・中玉、魔力操作・小玉、身体・小玉、鑑定・小
玉、収納・小玉を吸収した。
リサが鑑定玉、収納玉を吸収したのは買い出しによく行くためだ。これは本人が希望したので快く進呈した。
アリアも心眼を欲しがったので吸収させたが理由はよくわからない。
だがいつか俺のためになるのだろう。そう信じている。
これからは毎日訓練してどんどん鍛えていかなければならない。
皆がどれほど強くなるか楽しみだ。
そんなことを考えて挑んだ訓練の初日。
午前中に街の外に出てランニングをして戻ってきてからの魔力操作、攻撃魔法の訓練の仕方を教えた。
昼の休憩を取りながら午後からは戦闘訓練をしようと話をしていたときに
「主よ。武器はどうするのだ?」
「え?武器?」
「ああ武器だ。装備もいる。
武器もなく、防具もなくては模擬戦闘はできないだろう。見たところ木剣もないし。」
……忘れてた。俺は素手で戦うから必要なかったけど普通の人は使うんだよな。どうしよう。
「…これは忘れていたわね。
でも私はともかくリサは武器なんかほとんど振るった事はないわよ。
そういう場合はどうするの?カナン先生」
「ふむ。
まず好きな武器を選ぶ……だな。ショートソードなど誰でも使える武器でもいいが自分が使いたい、使いこなしたい武器を選ぶことが多い。
命を預ける大切な武器だから自分の好きに選び、使いこなせるように必死に訓練する。
まぁ体格などで使えない武器も多い。
まず武器屋に行って武器を見てみようではないか。」
「俺の収納袋にも迷宮恩恵付きの武器が入ってるけどチープなものが多いしな。光る鞭とか…。
そうだな。午後は武器屋に行ってみよう。
時間があれば装備も見て見たいしね。」
そうして3人娘を連れて大通り沿いの武器屋を探して歩く。確か大通り沿いにあったはずだが…。
程なく武器、防具の総合商店を見つける。
ミルドの店と変わらない大きさだ。
「よし、発見。早速店内に入ろう。」
皆に自分の好きな武器、防具を見てくるように言って各自店内を物色する。
1階は防具、2階は武器、3階は値段の高い武器と防具が売っていた。
ミルドの店は恩恵付きしか置いていなかったが、ここはなんでもある。
一人じゃ持てねぇーだろ。と思えるほどの大盾や大剣。
見ただけでは使用用途がわからない武器のようなものまである。
様々な武器、防具が店内に整頓されて並べられていた。
そんな中3階の一角に刀のような武器が多数並べられていた。
もちろん手に取る事は可能だが鞘から出して振り回す事は禁止されている。
鞘を抜きたい場合には店員を呼び安全な場所まで案内される。
俺がじっくり眺めていると店員が声をかけてきた。
「そちらは剣匠、コーテツの業物になります。
20年ほど前まで両刃の剣を作っておられたのですが、突然この片刃の剣を作り始めたのです。
恩恵は付いておりませんが耐久性もあり使いやすいと評判です。お一ついかがでしょうか?」
うーん。俺は使わないんだけど、凄く断りづらいな。
今まで素手でやってきたから武器持つと弱くなりそうだ。それでは本末転倒だし。
俺は店員に他も見てみたい、と告げてその場を離れ店内をうろつく。
曲刀を並べてある場所でカナンを見かけたので声をかける。
「どう?良い武器はあった?」
「おお、主か。
以前は魔導兵器と両手剣を使っていたが、身体・中玉を吸収できたので武器を変えようと思ってな。
左右に1本ずつ持つ剣を探している。
やはりシミターが良いのだろうか?」
おぉう。刀の似合うやつがここにいたぞ。
俺はカナンを連れて先ほどの刀の並べられた場所に戻り、説明をする。
と言っても詳しくないので適当にだが。
俺のいた元の世界にはこの刀を口に咥えて3刀流を極めたやつがいるとか、2刀流で無敗伝説の剣豪の話とか。
瞳を輝かせて話を聞いていたカナンは是非試しに振ってみたいと店員に声をかけて専用ブースに連れていかれた。その時刀を3本持っていたのは見なかったことにした。
再度店内をぶらついている時にリサを見つけた。
何を選んでいるのか見てみると、身の丈を超える厳つい大鎚を真剣に眺めていたので無視をしてアリアを探す。
アリアは1階の防具売り場でゴツい手甲とゴツい足甲をはめて満足そうにしていた。
金髪、碧眼のお人形のような見た目の女性が手足だけダークサイドに落ちたかのような見た目になっていた。
おれは堪らず声をかける。
「アリア、どうかな?良いのあった?」
「あっ、ヤマダさん私これにするわ。
これなら魔法も打ちやすいし、フルプレートより動きやすいし。」
「……良いんじゃないかな。とても似合っているよ。」
俺は3階に戻りカナンに使用感を聞き出そうと探していると、普段着としてメイドの様な服を着ているリサが身の丈を超える厳つい大鎚を振り回しているのが見えた。その表情は生き生きしていて楽しそうだ。
…あれにすんのかよ。戦闘中に近寄れねーな。
探していたカナンは試し斬りが終わったのか、店員と話していたので声をかける。
「カナンどうだった?戦闘には使えそうかな?」
「主よ。やはり私では3刀流は出来なかった。
しかし訓練すれば可能かもしれない。
3本購入しても良いだろうか?」
間違った知識を教えてしまったのもしれない。
だが魔鎧を使えるようになれば3刀流どころか6刀流の阿修羅剣も夢ではない。
俺は了承を伝え皆を会計するから集めてきて、とカナンに頼んだ。
……個性がありすぎるだろう。このメンバー。
異世界はアイデンティティのバーゲンセールなのか?
特にリサだよ。可愛い見た目にあの大鎚。
あの格好で冒険者ギルドに行けばその日の話題は独り占めできるな。
3人娘が会計場所に向かってくるのを他の客たちが好奇の目で見つめている。
腰に3本の太刀をぶら下げた長身のカナン。
外せない呪われた鎧を肘下と膝下だけ装着してしまった様な金髪、碧眼のアリア。
笑顔満点で背丈を超える厳つい大鎚を肩にかける、小動物の様な可愛さを振りまくリサ。
「……決まったんだ。リサはそれ使えるの?」
「まだ振り回されてしまいますが使いこなしてみせます!このテンチュー君のためなら身体・大玉だって吸収してみせますよ!」
「えっ?テンチュー君ってなに?
もしかしてその大鎚の名前?」
「はい!テンチュー君です。
ぴったりの名前じゃないですか?
見た瞬間に気に入って名前をつけてしまいました。」
「……がんばろうね。
アリアはそれにしたんだ。禍々しいね。」
「ええ。
いくつか試したけどこれが一番しっくりきたのよ。
どう?強そうでしょ。」
「……うん。接近戦は挑みたくないね。
……呪われそうだよ。
カナンはその3本で良いの?」
「ああ。ただし先ほども試したのだが、口に咥えるとヨダレが止まらない。
何とか振れるのだが柄の部分がベトベトになる。主の世界の剣豪はどうしていたのだろう?」
ギャグボールかよ。
あれはフィクションでヨダレは出ない仕様だからな。ここは適当な事言っておくか。
「ああ。その剣豪はそれすらもコントロールしていたらしい。でも口に拘ることはないんじゃないか?
魔鎧で持てば良いし。」
「ふっ。主はロマンを知らないのだな。
それでは普通ではないか。
アタシは伝説になりたいんだ。伝説の剣豪に……。」
やべぇ。
出会った頃は賢いと思っていたけどコイツはバカだ。
今も少し顔を赤らめてるし。
知り合いだと思われたくない。
しかし大切な仲間だ。
「……頑張って目指してくれ。
あの、お会計お願いします。」
武器以外にも衝撃軽減の恩恵のついた布を使った洋服をオーダーした。
この恩恵がついた服の防御力はプレートアーマーには劣るが軽くて好きなデザインの服が作れるので冒険者の間で人気らしい。
しかし値段が高すぎるので金持ちの冒険者しか作ることができない。
俺たちは贅沢に好きなデザインで4着ずつ発注した。
カナンは詰め襟タイプの軍服の様なデザイン。
上着の丈がやや長めにしたようだ。
アリアは普段のお洒落着のようなデザインだ。
手甲、足甲とのアンバランスが痛々しい。
本人は満足そうなのでなにも言わないが。
リサはメイド服とほとんど変わらないが少し裾を短くしている。あれで動き回るとパンツが見えちゃうもしれない。
俺は普通の旅人の服のようなデザインだ。
みんなからセンスが無いとバカにされたがこれで良い。もう若くはないから変な格好はしたくない。
一週間ほどで完成すると聞いて、喜んだのも束の間お会計は目玉の飛び出るような金額だった。
家より安いが装備にしては高すぎる。
つーか金が足らん。そこで値切りに値切って持ち合わせで何とか足らして店を出た。
3割近く値引きしてもらった。
けれど財布の中身は無くなってしまった。
なのでミルドの店に行き、事情を話して金貨100枚分ほどの在庫の買取をしてもらう。
夕暮れの大通りを内壁門に向かって歩いていると見知らぬ馬車が俺の横で停まる。
拉致られる?と思い身構えると中からミラとターニャが顔を出した。
これから買い物に行くらしい。
俺もどうか?と誘われたので3人娘に聞くと自分たちは帰るから2人で買い物に行ってこい。と強く言われて馬車に乗り込む。
するとターニャが馬車から降りて行き本当にミラと2人になってしまった。
馬車から降りたターニャ、3人娘に別れを告げて馬車は走り出す。
どこに向かっているのかミラに聞くと眼鏡屋に行く。と言われた。
俺の治癒魔法で少しずつミラの視力は回復している。裸眼ではぼやけて見にくいらしいがメガネをつければ何とかみえる程度まで回復した。
ではミラに似合うメガネを俺がプレゼントする、と言うとこれ以上ない程顔を赤らめて
「ありがとうございます。
一生大切にしますね。愛してますアナタ。」
といつも通りの反応を返してきた。
同居の条件で、俺には手を出さないミラだが、口には出すし、態度にも出す。
隙あらば好き。愛してる。を口にしていて距離も近い。今も手は出していないが寄りかかり俺の匂いをクンクン嗅いで悦に入っている。
ミラの想いが重たいとは言えないが、どうしたものかと考える。
俺は結婚しているので素人に手を出すつもりは全くない。
以前は目の見えない金持ちの美少女だったが今は目視力が弱い金持ちの美少女だ。
この世界でも引く手数多だろう。
俺のような中古物件なんかより優良物件が腐るほどあるはずだ。
だから絶対手を出さない。優しくはするけどね。
10年後にでも"なぜあのブサイクを好きになっていたのだろう?魅了だろうか?"と笑い話にしてくれて構わない。
帰還する俺にはぴったりの役回りだ。
直ぐに眼鏡屋に到着する。
前の世界ではレディファーストなんぞ殆どしなかったがこの世界ではしなくてはいけないらしい。
馬車を先に降りて手を出しミラを待つ。
ミラが俺に手を添えて馬車のタラップを降りようとして躓き俺に抱きついてくる。
これもお約束の儀式になっているな。
相変わらずいい匂いのミラを起こして店内に入ると店員が寄ってきた。
「いらっしゃいませ。ミラ様。
別室を用意させていだだいております。
こちらへお越しください。」
予約してたの?ってくらいスムーズに奥の部屋に案内された。
ミラに聞くと予約はしていないが自分の目が見えるようになったのは、この街では有名で眼鏡屋は今か今かと手招いて待っていたらしい。
なるほどな。
元々有名人だったミラが目が見えるようになったら、その噂は広まるのは早いだろう。
奥の部屋でミラの視力の検査をする。
店員は数値を見て唸っている。
まだかなり悪いのだろう。
1つでも使えるメガネがあればいいな、なんて考えていると。
「ここまで視力が回復されたのであれば、多数のデザインを選ぶことができますよ。
ただ魔石無しは難しいですね。これからも良くなる事を考えると調整機能がついた魔石付きのメガネをお勧めします。」
唸ってたのはなんなんだよ。
てっきりないのかと思ったよ。
しかしここにも魔石か。本当にすげぇな魔石文化は。
魔石が付いたメガネはいわゆるセルフレームのデザインの事だった。この厚みがないと魔石を付けることが出来ないらしい。
細いメタルフレームは魔石をつけると目立ってしまいこの世界のデザイン的にNGなようだ。
ミラは様々な種類、色のメガネをかけて俺に見せてくる。
俺はその都度、よく似合っているよ。ミラの顔にピッタリだね。それをしていると素敵だよ。などの歯の浮くセリフを連発してミラのメガネ選びを楽しませる。
赤いシャープなフレームのメガネがミラにはよく似合っていたので俺からのプレゼントにした。
ミラはとても喜んで受け取ってくれて、一生大切にしますね。と先程と同じことを言い、それ以外に自分で大きめの黒縁メガネと茶色いフレームのメガネを購入していた。
早速俺のプレゼントしたメガネをつけて帰ろうと店を出ると馬車がいなくなっていた。
ミラに聞くと帰りは俺と歩いて帰るから、と断ったらしい。
ならば、と暗くなった路地をミラと2人で歩いて帰る。
メガネをかけたことでもう手を繋がなくて大丈夫なはずなのに決して離そうとしないミラ。
しばらくそのまま手を繋いで歩いているとミラが近道を知っているからその道で帰ろう、という。
いつもなら夕食を食べている時間だ。
お腹も空いている。俺はミラに了承して先を急いだ。
歩いていくうちにおかしな事に気付いた。
周りがカップルだらけだ。みな手を繋いでいる。
嵌められた。ここラブホ街じゃねーか。
周りの建物に入っていくカップルたち。
ミラは伏せ目がちに顔を赤らめ俺に言う。
"疲れちゃったわ。少し休憩していかない?"と。
俺は溜息を吐きつつ、ミラを抱えて元来た道を戻って内壁門に急いだ。
このミラとのデートのあいだ中、俺の頭の中では古の呪咀使いが唱える呪いのような発狂が響いていたが、触ると祟られるのでずっと無視をしていた。




