26話 定食屋の娘と盲目の少女
やっと描きたかった話を書き終えた。
認識阻害のローブを羽織り朝の匂いがする草原を走っていると城塞都市グリーデンが見えてきた。
5日で3つの迷宮を巡る。という今回の旅もやっと終わりだ。
身体・大玉で疲れない身体になっているが気持ちは違う。
寝る時と食事や僅かな休憩以外ずっと走っているか戦闘をしていた。
最初の迷宮で補助・中玉を手に入れたので以降の戦闘はとても楽になった。
かなりの数の敵から逃げれたし、戦闘でも危なげなく勝利することができた。
補助玉を吸収していなければ今頃まだ迷宮の中で強敵たちと戦ってたのだろう。
今回の3つ迷宮踏破報酬は硬貨だけで大体だか金貨500枚、銀貨1600枚ほどある。
なぜ正確な数字がわからないかというと正確に数えている時間がもったいなかったので適当にしか数えていないからだ。
魔道具も相当数あるし、恩恵つきの服や武器、魔導兵器なんかも手に入れた。使ってないけどね。
そして何より能力玉だ。
これを取りに行ったと言っても過言ではない。
内訳は中玉5つ、小玉9つの計14個だ。
補助玉は吸収したので持っていないが、中玉は
身体1個、魔力2個、魔力操作1個、俺の吸収した補助玉1個だ。
小玉は
身体2個、魔力1個、魔力操作1個、補助1個、生活1個、収納1個、鑑定1個、心眼1個
でこちらは全てとってある。
これだけの能力玉だ。相当な戦力になる。
外壁門に近づいたところで認識阻害のローブを脱いで、開いている外壁門の入場待ちの列に並んだ。
まだ朝早いのでこのままマナちゃんの定食屋にでも行こうかな。料理は美味しくなっているのかな?お母さんは少しは元気になれたのかな?なんて考えているとすぐに俺の番になる。
ギルドカードを出して背嚢型収納袋の中身の用途を聞かれる。
この世界には収納袋がある。
商人たちは街で商売をするために収納袋に入れて持ち込んだものを紙に書き、偽りがないことを心眼持ちの審議官の前で誓うのだ。
街で商売をする予定のないものは紙を持たず、その場で商売をする気がないことを告げる。
これがこの街の、この世界のルールで俺もそれに従う。
「この収納袋の中身を使ってこの街で商売をするつもりはありません。」
この商売というは個人売買、つまり住民に売ることを指す。
個人売買で街の人に品物を売ると税が入らない。
しかし商店に売ったり、商業ギルドに売ると税が取られるためここでは徴収しないし、詳しくは調べない。これにも細かい規定があり、持ち込みすぎると課税対象なのだが忘れた。
だって何ちゃって商人ギルド加入者なんだもん。覚えられないよ。
本当は冒険者ギルドに入ろうとしてたし。
そんなこと考えているうちに通行の許可がおり外壁門を通る。まずはマナちゃんの定食屋だな。
道は覚えていないのでマリちゃんナビでマナちゃんの元に向かう。
やべぇ。どきがムネムネしてきた。久しぶりに会うマナちゃんは可愛いんだろうなぁ。などと考て幸せスキップで朝の路地をいく。
見ている人がいたら顔をしかめただろう。
おっさんが朝から半笑いしながらスキップしているのだ。元の世界だったら事案だよ。
そうして見覚えのある店の前に着いたのだが、少し様子が変だ。店の中から人の気配がしない。
俺は入り口に優しくノックをするが返答は皆無だ。
何かあったのだろうか?今日尋ねる事は手紙にも書いたはず。嫌な予感が俺の胸を締め付ける。
マリちゃんはマナちゃんの実家の場所も覚えていたので向かうことにする。
なるべく早く駆けつけないといけないと思い駆け足で実家へ向かうとすぐにたどり着いた。
以前マナちゃんについてきたときは10回以上曲がった気がしたが何故だろう?本当にすんなり着いてしまった。
そこは以前も見た、決して綺麗とは言えない集合住宅。確か3階だったよな。
朝早いので余りうるさくすると迷惑だ。俺は歩いて階段を上り、家の前に着いた。
意を決してノックをする。…返事がない。
もう一度ノックをするが誰も出てこない。
おかしい!この部屋にほぼ寝たきりのお母さんがいた筈だから誰もいないなんて事はありえない。
まさか何か事件に…。
俺はドアノブを回すが鍵が閉まっていて開かない。
くそっ!どうする?力ずくで突入するか?
でも、もしお母さんが外出できるまで回復していたら…。
俺がもう一度ノックをしようとした時、隣のドアが開き迷惑そうにおばさんが顔を出しこちらを見た。
「あっ、おはようございます。
えっと、マナさんのお母さん病気なんですよね?寝たきりの。
鍵が閉まっていて開かないんです。
大丈夫ですかね?何か聞いてませんか?」
俺の言葉を聞いておばさんが盛大にため息を漏らす。
「はぁー。今度はアンタかい。
その家の母娘なら6日前に突然いなくなったよ。
その日から毎日のようにアンタみたいな男が家の前に来ているね。
どうせ騙されてたんだろう?いくら渡したんだい?」
「え?出て行ったって本当なんですか?
定食屋さんやってましたよね?騙されたって?」
「出て行ったのは本当だよ。
6日前の夕方だったね。
あんまり出歩かないデブの母ちゃんとニコニコしながらどっか行ったよ。
定食屋なんて知らないけどあの母娘がここに越して来てまだ1年経ってないよ。」
「定食屋ですよ。すぐそこの通りにある。
昔はお母さんと2人でやってお母さんが病気になって。それで上手くいかなくなって…。」
「それ嘘だよ。
あんなデブババアが働けるわけないだろう。あぁ、それで店の経営を助けるために金を渡したのか。
馬鹿だねぇ…。いくら渡したのか知らないけどさ。
あとあの娘ユニークだよ。
その様子じゃ知らなかったんだろ。」
「ユニークって身体とかですよね。
何の関係があるんですか?」
「本当に馬鹿だねぇ。魅了だよ。魅了のユニークさ。
同性には効きづらいから私は平気だったけど男は大変だね。
あんな鶏ガラみたいな女が最高に可愛く見えちまうなんて。」
「んなっ?魅了のユニーク?じゃあ俺は魅了されてたんですか?お母さんも嘘だったんですか?」
「あぁ間違いなく騙されてたね。
ちなみにデブババアは寝たきりになるような病気じゃない。
毎日寝ていたい病気だね。糖尿は患っていただろうが。」
「では病気のお母さんも経営不振で潰れそうなお店もなかったんですね。…そうか。
それは…最近聞いたニュースの中ではかなりハッピーなニュースですね。
金貨250枚は端金です。いや〜。不幸な人がいなくて良かったなぁ〜。」
「…金貨250枚って大金じゃないか!
全くアンタは……。ってアンタ泣いてんじゃないか!」
「いいえ!泣いてません!
もし泣いていたとしてもこれは嬉し涙です。
不幸な人がいなくて良かったという安堵の涙です。
……朝から騒がしくしてしまいすみませんでした。
これはお詫びです。取っておいてください。
では失礼します。」
俺はそう言っておばさんに金貨1枚を押し付けて逃げるように階段を降り路地へと走った。
俺は涙が溢れないように上を向いて歩いた。
集合住宅が並ぶ細い路地から見える空は目にしみるほど青かった。
マリちゃんは知っていたのですか?
マナちゃんが魅了のユニークだと言うことを?
(魅了のユニークだとは知りませんでしたが、山田さんが騙されているのは気づいていました。
…黙っていてすみません。)
何故謝るんですか?謝るのは僕の方です。
帰還すると言う大きな目標があるのにふらふらしてマリちゃんに心配をかけてしまいました。
しかし、魅了のユニークは凄いな。完全にマナちゃんの虜になっていた。今でも心にトゲが刺さってチクチク痛いよ。
でも……今思い返せばあんまり妻に似てなかったのかもしれない。妻に似てるように見えたのは魅了の力のせいなのかな?
多分迷宮を踏破の訓練をしてなければこの試練には耐えられなかった。それ程5日前の俺はマナちゃんに夢中だった。
でも今はもう大丈夫です。
マリちゃんが僕を強くしてくれました。
5日で迷宮3つは大変でしたけどこの為だったんだ。
(この為でもありましたし、これからの為でもありました。吹っ切れたようで何よりです。
では私の考えるこれからの予定を話します。
まずは本日奴隷商に行き奴隷を購入します。
その際にバルアに協力させます。
これには理由があります。あとで話しますね。
今日奴隷を購入と言いましたが必ず奴隷は複数で購入してください。
3人と話しましたがもし2人が断って来た場合は今回の購入は見送りましょう。
1人の場合はそのまま帰宅します。
そして近日中にミルドの屋敷を出て独立してください。
奴隷を購入できなかった場合は宿に泊まり、奴隷を購入した場合はこの街に拠点となる家を買うのです。
あと使わない魔道具、魔石、オークの肉もすぐに売りましょう。
ダンジョンコアは滅多に市場に出回らないのでミルドと相談してから売る方がいいです。
これが近日中に山田さんがやる予定です。)
随分強く言い切ったな。
でもマリちゃんの言う通りかもしれない。
いつまでもミルド邸に厄介になるのはやっぱりダメだと思うし。
この街に拠点を作るのも悪い考えでは無いと思う。
でも奴隷を1人だけ購入する事は絶対ダメなのか。
何でだろうな?あとはバルアの協力か。
(バルアに話すと情報が漏れる危険があるとの事でしたが今のヤマダさんの実力なら問題ありません。
もしバルアから情報が漏れて無理やり士官させられそうになっても転移があります。何処にでも、何処までも逃げられます。
それ程この5日間で山田さんは強くなりました。
それに情報を漏らさなければメリットがあります。
もちろん奴隷を安くしてもらうことも出来ますし、今後いい奴隷がバルアのところに来たら優先的に回してもらえるのです。)
そうか。質のいい奴隷を安く譲ってくれるのか、でもあんまり安いと解放できちゃうんじゃないのかな?そこもバルアとの話し合いか。
だからこの街に拠点を置くんだな。
でもこの街の住宅価格なんて知らないぞ。
一体いくらになるんだろう。
ミルドに返すお金と奴隷購入費用と住宅購入費用とその他雑費で…。考えても仕方ない。
もし足りなければダンジョンコアがある。
しかも特大の。
なんて考えていると内壁門に到着した。
ミルドから預かっている通行証を見せて通り、ミルド邸を目指す。
まず帰宅の挨拶をしてから風呂を借りよう。
それから奴隷商に出発だな。
ミルドの屋敷は出発前と何も変わらず俺を迎えてくれた。
もちろんメイドさんが並んでお辞儀することもない。あれは結局想像の世界なのかな?
スチュワートが出てきたので、帰宅の旨を伝えてすぐに風呂に入りたいと告げた。
荷物だけ客室に置き風呂に直行した。5日ぶりの風呂は俺の傷ついた心の傷すらも洗い流してくれる最高の気持ち良さだ。
家を買うときは風呂付きにしよう。でかい風呂だ!なんて考えていると風呂の扉が開いた。
またミルドが入ってきたよ。
ドラゴン自慢か?と思い振り返ると下着をつけずにタオルを巻いたミラお嬢がメイドも連れずに浴室内を壁伝いに歩いてきた。
「は、入ってますよ!ミラお嬢!」
「おかえりなさいヤマダさん。
背中を流しに参りました。
ですが私は目が見えないので手を引いていただけると嬉しいのですが…。」
「な、何言ってるんですか?
男性が入っている時は入ってはダメでしょう。
私はもう上がります。
脱衣室まで手を繋ぎますので了承してください。」
「あら?もう体は洗ってしまったのですか?
遅かったのですね。
では手を引いて連れて行って下さいませ。」
目の見えないミラだが一応マナーだと思い、前をタオルで隠してからミラの手を取った。
ミラの手はしっとりとして熱くなっている。
緊張しているのが手を繋いでいるとよくわかった。
「ミラお嬢、こんな事もうしないで下さいよ。
お嫁に行けなくなってしまいます。
婚前に他人の男と風呂に入るなんて。
ミルドさんが聞いたら何て言うか…。」
「お父様なら知っていますよ。
その上で快く送り出してくれました。
それに私は目が見えません。
この様な女性をお嫁にもらってくれる男性は少ないのです。
ヤマダさん私をもらってくれませんか?」
「何言ってるんですか?怒りますよ。
ミラお嬢は可愛いですし、頭もいい、家柄も素晴らしいではないですか。
衛兵達にも人気がありますよ。
…それに私は結婚していますし。
ほら脱衣所に着きました。段差があります。
気をつけてください。あっ」
段差を越えようとしたところで、ミラは躓き俺に寄りかかる様に倒れこむ。
咄嗟に支えるが支える場所が悪かった。
柔らかすぎるだろ!
腕にミラの柔らかい場所がタオル越しに当たり至福の感触に包まれる。
この野郎。俺は1ヶ月以上女断ちしてんだぞ。
これ以上は無理だろ。
俺は何事もなかった様にミラを抱えて起こして脱衣所に立たせた。
すぐに繋いでいた手を離し声を上げてメイドを呼ぶ。
現れたメイドがいそいそとミラの手を引き、俺から見えない死角に連れ込み着付けを始める。
それを見て安心した俺は早くミルド邸を出て自立しなければ、と決意を新たに着替え始めた。
この騒動の間マリちゃんの声にならない声がずっと頭に響いていたが無視をした。受け答えしたら呪われる。
脱衣室から出るとスチュワートが待機していたのでミルドに会いたい旨を伝える。
すぐに会える様になっていたらしく、こちらです。とそのままミルドの私室に案内された。
ミルドは大きな机に書類を広げて何やら格闘中だが俺が入室すると、ソファを勧めて自身もその前に腰を下ろした。
「おかえりなさいヤマダさん。
その顔を見るとうまく行ったのですね。
迷宮踏破が…。おめでとうございます。」
「だだいま戻りました。
ミルドさんありがとうございます。
30階層の迷宮を3つ踏破する事ができました。
これもミルドさんが協力してくれたおかげです。」
「え?3つですか?1つではなく?
……それはとんでもないですね。
ミラを助けていただいた実力から迷宮を1つ踏破してくると思っていたのですが……。脱帽です。」
「言ってませんでしたっけ?
あっ迷宮踏破するから5日間街を出るって言ったんですね。ええ。3つです。
元々決めていきました。
とても大変でしたが、かなり強くなって帰ってこれました。」
「…それはそうでしょう。
先日のミラの話覚えてますか?迷宮踏破には人数が必要だ。ってやつです。
あれには30階層は単身踏破できるかも知れない可能性がある。ていう話なんですよ。
魔除けの魔道具も効きますしね。
でもダンジョンマスターだけは絶対倒さなければならないので、よほどの運がなければ単身踏破はできないのですよ。
それを5日間で3つ。聞いたことがない。
私は強さにそれほど詳しくはないですがヤマダさんはこの世界では個人として最強なのかも知れませんね。」
「自分は他人との強さ比べは興味は無いんですよ。
別に1番じゃなくてもいいですし。
ただ帰還のためには強くならなければならない。
今回の5日間でも強く実感できましたし、まだまだ強くなれます。」
「ええ。それくらいの気持ちでなければ世界樹に行き迷宮踏破は叶わないでしょう。
で、こちらの部屋にいらしたのには何か理由があるのではないですか?」
「ええ。突然ですが近日中にこちらのお屋敷を出て家を買おうかと思っております。
このままずっとミルドさんにお世話になるのは忍びないですし。」
「……ミラの事もあるようですね。」
「いえ。ミラお嬢の事もありますが今回の5日間で決めた事です。そろそろ自立しなければと。
しかし先程は驚きました。
風呂に入っていたらミラお嬢が突然入ってきまして。背中を流したい、と。
聞けばミルドさんも知っているというし。
何が何だか……。」
「ミラはヤマダさんに助けていただいた事で自らの気持ちに気付いたんですよ。
元々この家にいる間に好意を抱いていたのですが初めての気持ちで自身も戸惑っていたのでしょう。
実際ヤマダさんが来る前は親子での会話を殆どしておりませんでした。
ですがヤマダさんがいらしてからは毎日をとても楽しそうに過ごしていたんですよ。
そしてあの拉致事件で自らの好意に気づき、その後、会えない時間がさらに思いを募らせる。
よくある少女の恋物語ですね。
なので私はミラを応援させていだだきました。
可愛い娘ですし、2人が一緒になってくれれば私も幸せですしね。」
「でも私は35歳のおっさんでミラお嬢は20歳にもなっていないでしょう。
それに私は帰還が目的です。
もし私とミラお嬢が恋仲になったとしても私は必ず元の世界に帰りますよ。
そうしたらミラお嬢が1人になってしまうではないですか?」
「ミラは生まれつき目が見えず、人の嘘がわかる子でした。
18歳になったばかりですが今まで1度の恋もした事はなかったそうです。
目が見えなくて優しくしてくれる、心配してくれる人は多いのですが心からの気持ちは中々ないのですよ。
今ミラに付き添っているメイドは4年目なのですがその前は毎日のように交代でミラの面倒を見ていました。ミラは蔑む心の声が聞こえると言っていましたよ。
そんなミラが初めて、もしかしたら人生で最期の恋をしているのですよ。
私は親として応援してやりたい。
それがたとえ悲恋であろうともです。」
「……わかりました。
しっかりと考えさせてもらいたいと思います。
ですが先程のような事は止めてください。
実はこの世界に来てから女断ちをしていまして、我慢ができなくて襲ってしまうかも知れません。
ミラお嬢は綺麗なので我慢できる自信もないですし……。」
「ははは。では良いお店を教えましょうか?
実は私も妻を亡くしてからはプロにお任せしているのですよ。……極上ですよ。」
「え、ええ。もしもの時はよろしくお願いします。」
「朝食はまだでしょう。一緒に食べてそれから奴隷商に向かいましょう。
私はあと20分くらいでこの書類が終わりますので。」
「ではそれまで自分の客室で待ちます。
ああ。そうだ。ミルドさんこの間借りたお金返します。あとで持って来ますね。
それと大量の魔道具と魔石を買い取ってもらえないですか?迷宮踏破報酬なのですが収納袋にパンパンに入っていて。」
「かしこまりました。先日のお金はミラを助けていただいたお礼の一部にしておいてください。
魔石と魔道具は奴隷商の帰りに店によって買取をしてもらいましょう。…つまりダンジョンコアも3つあるのですか?」
「ええ。ありますよ。
30階層のなので大きくはないですが、もし大きい魔石が必要なら言ってください。
[罠の迷宮]のダンジョンコアも持ってるので。
あれはデカイですよ。これくらいあります。」
と言って手の動作でダンジョンコアの大きさを示す。
それを見つめるミルドは驚愕の表情だ。
「そんなに大きいのですか?
そんな大きなダンジョンコアは聞いたことがない。
とてつもない魔力があるのでしょう。
それは一商店で扱って良い品物ではないですね。
もしかしたら低層迷宮のコアを買い取らせていただくことになるかも知れません。
その際はよろしくお願いします。」
「ええ。いつでも声をかけて下さい。
では後ほど朝食で。失礼しました。」
そう言ってミルドの部屋を後にして俺が使っている客室に向かう。
そういえば金貨受け取らないって言ってたな。
全く頑固なドラゴンだな、などと考えていると俺の部屋の中から気配がする。
僅かに開いた扉の隙間から室内を覗き込むと、いつもミラに付き添っているメイドがベッドを見下ろし立っていた。
その視線の先にはミラが布団に横たわりフガフガと匂いを嗅いでいる。
見なかった事にしよう。あいつはヤバイ。
俺が5日も寝ていないベッドの匂いを嗅いで悦に浸っている表情は俺の背筋を寒くさせた。
部屋に戻ることができなくなったのでダイニングで座って待つ事にする。
その間にも索敵魔法の練習だ。
この魔法最大で100メートルほど魔力を波紋状に飛ばして相手の場所を探るのだが連発できないほど魔力を使う。
おれでも20連発もすると苦しくなるのだから相当だろう。
しかし近場のみと限定して索敵すると魔力が少ない。これならいくらでもできる。
この範囲は20メートルほど。
つまり距離が伸びるほど倍々ゲームのように増えていくのだ。
200メートルとかやったら1発で昇天しそうだ。
俺は細かく魔力を調整しながら自分から半径20メートルの場所を魔力の出し方を変えながら色々探っていく。
しかしミラは俺の部屋から出てこねぇな。
まだメイドと2人の反応がある。
そうしているうちにミルドが部屋から出て来て、俺を直接呼びに行こうと俺の部屋に向かって歩みを進める。
これは面白い事になりそうだ。
ミルドが俺の部屋に近づく音が聞こえないのか、未だに部屋のベッドの位置から動かないミラ。
そんなこととは知らずに足早に俺の部屋に向かうミルド。
そしてミルドが俺の部屋の前で止まり10秒ほど固まる。多分扉を開けたのだろう。
メイドが一瞬動いた。
その後1分ほどそのまま動かない。
なにか話してるのかな?
するとミルドが動き始めてダイニングに向かってくる。俺は何食わぬ顔でミルドの到着を待った。
「お待たせしました。ヤマダさん。
こちらにいらっしゃったのですね。てっきり部屋で休んでいるものと思いましたよ。」
「ええ。何やら嫌な予感がしたものでこちらで待たせて頂きました。」
「…ははは。すみません。ヤマダさん。
ミラはどうも舞い上がっているようで自制が効かないのでしょう。
先ほどもヤマダさんのベットに寝転がり匂いを堪能してましたよ。困った奴です。」
「すごいですね。
5日前の私の匂いなんて残っているのですか?」
「ミラは目が見えない代わりに耳と鼻が良いのですよ。
小さい頃は声もかけず匂いで人を当てていましたから。
皆から気味悪がられて今はやっていませんが今も出来るのでしょう。
まぁ奴は放っておいて食事にしましょう。
これを食べたら出発です。
そうだ変装の魔道具が届きました。
あとで渡しますね。」
「わざわざありがとうございます。
ミルドさんのところの食事は美味しいので久しぶりに堪能できると思うと楽しみですよ。」
そんな会話をしながらミルドと2人で楽しく食事を続けるのだった。