22話 攫われたミラ
ミルドと一緒に奴隷商を出た俺は馬車に乗り込みミルド邸への帰路につく。
その道中、馬車の中で疲れた顔のミルドに話を聞いた。
「お疲れだったのに付き合わせてしまい、すみませんでした。
バルア女史になにか言われたんですか?」
「疲れてませんが、バルアの突っ込みが激しすぎて参りました。
洞察力が鋭い奴だと思ってはいましたが、すぐにヤマダさんのことをある程度見抜いて"私にも協力させろ"と言ってきたので、その件は保留にしてあります。」
「ある程度はバレてますかね?」
「えぇ。ある程度以上色々勘付いてると思います。」
正直な感想としては"面倒くさい"だ。
あまり協力者を増やしたらその分俺の情報は漏れやすくなる。
俺個人は目的達成まで目立ちたくないし、余計な事はしたくない。
「ミルドさんから見てバルア女史は口が硬く、信用のおける人物ではないのですか?」
「そうですね。その評価で違いないです。
ですがバルアはまだ若い。
商人としては中堅です。
これからもどんどん仕事を増やして自身を大きく成長させるでしょう。
そんな人間がヤマダさんのことを知れば、途轍もない情報価値と判断してしまう。
商人としてその情報価値を利用するか、しないか…。危険な気がします。」
「つまり俺の情報を対価にして何かを得る、という事ですか。」
「はい。自慢ではないのですが、私は世界各地に支店を持つ大商会のオーナーで、半分引退しています。
商人としてこれ以上成長する必要は無いのです。
私であればヤマダさんの支援をすることが出来て、それに集中もできますからね。
ですがバルアは…。
厳しい言い方をするのですが、この件はヤマダさんが決める方が良いのです。
私は所詮協力者で、当事者はヤマダさんです。
損得の天秤でバルアに対する対応を判断してもらうしかないですね。」
「その通りですね。わかりました。
次に奴隷商に向かうまでに結論を出しておきます。」
そのような会話をしながら、馬車の小窓から城塞都市の街並みを見る。
もうすぐ日が暮れる時間だ。
大通りには帰宅を急ぐのか人通りも多い。
俺は気になっていたことをミルドに聞いた。
「どうして奴隷は街中で靴を履いていないのですか?」
「…悪しき習慣ですよ。
30年ほど前までは奴隷というのは1つの身分でした。 その頃は今のような明確な規則はなく、多くの奴隷を抱える金持ちは使い捨ての道具のように奴隷を酷使していましたし。
それを憂いた現国王が奴隷の身分制度を撤廃して、職業のような形で雇用させることを提案し、今の制度ができたのです。
当時は反発が凄かったですよ。
まぁ今でも少なからずありますがね。
靴を履いていない奴隷は現国王の制度に反発する主人たちの意思表示みたいなものですね。
やはり大金持ちの方が給金も良く、奴隷を多く使っているのです。
そのかわり街中で靴を履くことを禁止していて、約半数の奴隷が靴を履いていないと言われております。」
すげぇな。現国王。
奴隷身分撤廃とか歴史の教科書に名前残しちゃうじゃん。
でも自分の奴隷には靴を履かせていいんだな。
ちょっと気になっていたから安心した。
そんな話をしているうちに内壁門を通過してミルドの屋敷に到着した。
ミルドの屋敷に到着するとミラはまだ戻ってないとの事だったので皆揃ってからの食事を約束して俺は客室に戻った。
窓からの夕焼けがなくなり、完全に日が落ち切ってもミラが帰宅した旨を伝えられる事はなく、刻一刻と時間は過ぎていく。
俺はその間に今日の出来事をマリちゃんと相談して過ごしていた。
マリちゃんはバルアに協力を求めることには否定的だった。
やはり危険だと思っているらしい。
そういえば全然夕食に呼ばれない事に気がついて、部屋から顔を出す。
見える場所に人影がないので、屋敷の中をふらつく事にする。
客人なのに自分から夕食の催促をするのは気まずいので態度でアピールする作戦だ。
我ながら小物臭い。
玄関ホールに近づくとミルドとスチュワートが言い争っているような声が聞こえた。
「スチュワート離せ!ミラが襲われたんだぞ!
助けに行かなければならないだろう!
あの子はエリンの忘れ形見なのだ!
儂が行かんで誰が行くんだ!!」
「旦那様!落ち着いてください!
私兵、衛兵を集めて今すぐミラお嬢様の元に向かわせます!
詳しいことがわかりましたら一番にお伝えして旦那様にも向かっていただきますので!
どうか今は落ち着いてください!」
「落ち着けるか!
今行かんでいつ行くんだ!
詳しいことがわかった際ミラに何かあったら一生悔やんでも悔やみきれんわ!」
やべぇ。修羅場だ。
ミルドめちゃキレてる。怖い。
今の会話はミラが何者かに襲われて安否不明。ってことしか分からないな。
身代金目的なのか、相手は人間なのか、襲われた場所すらわからない。
まだ生きていれば俺なら助けられる。
けど情報が少な過ぎてミルドに聞かなきゃならない。 けどブチ切れ中は話したくないな。
普段が優しいナイスミドルだからこそ怒り狂っている顔が怖すぎる。
でもここで行かなきゃ男じゃないな。
俺はなるべく焦ったようにミルドに近づき声をかける。
「ミルドさん!ミラお嬢が襲われたって本当ですか!?
身代金目的ですか!?
相手は人間ですか!?
場所は何処なんですか!?
自分ならすぐに出れるので教えて下さい!」
突然現れた俺の剣幕に少し驚いたミルドは狼狽ぎみに事情を話してくれた。
「…有難うございます。ヤマダさん
騒がしくしてしまいすみません。
ミラはここから10キロほど離れた町の近くの街道で盗賊団に襲われたようです。
兵士の1人が傷つき徒歩で外壁門まで戻ってきたそうなのですが、襲わてからかなり時間が経っています。
守りの魔道具があるので傷ついてはいないと思うのですが、発現してからの効力が1日程度なのです。
今から探しに追いかけても、1日以内に見つけられるかどうか…。
もし間に合わなくて何かされたらと思うと…。
居ても立っても居られないのです。」
「わかりました。
自分も全力でミラお嬢を探します。その襲われた街道はどちらの方角の街道ですか?
あと盗賊団の規模と名前も教えてください。
戻ってきていないのはミラお嬢だけですか?
他の人は戻ってきたのでしょうか?」
「襲われた街道は西に向かう街道です。
そこには比較的大きな山林があり、そこが盗賊団の基地となっている可能性もあります。
戻ってきた衛兵の話だと15人以上の集団です。
盗賊団の名前は分からなかったそうで、魔法も使える奴もいたらしいです。
戻ってきたのは1人だけなのでミラ以外には3人兵士がいるはずです。
もし向かうなら気をつけ下さい。
私もすぐに向かいますので。」
そう言ってミルドはトランプのようなカードを手渡してきた。
「これは内壁門の通行証です。
見せれば通れます。
外壁門は商業ギルドのカードで通れます。
あと行くならば変装の魔道具も装着して下さい。
ヤマダさんはこの街で素顔を晒すのは危険なので。」
急いで部屋に戻り変装の魔道具を装着する。
これでイケメンになったはずだ。
部屋の鏡で確認すると金髪のイケメンが映っていた。
マリちゃんに必要なものを聞いたところ認識阻害のローブ以外は要らないとのことなので羽織ってすぐに出発した。
屋敷にいる人にも気付かれず、外に出ても誰からも気にされなくなった。
内壁門の前でローブを脱ぎ通過するとすぐに羽織って外壁門に急いだ。
外壁門は閉ざされており横の扉からのみの外出は許可された。
問題が起こった場合のみ夜間の外壁門は開けられるらしく今は固く閉じられている。
あとでミルドもここを通るのか…。
その前に終えて戻ってきたいな、などと考える。
外壁門の外に出るとまたローブを羽織り街道が抉れない程度に力を込めて西に走った。
20分ほど走っていると、マリちゃんから"そろそろ襲われた地点に着く"と聞いてペースを落とす。
よく地面を見ながら流していると争った後のような形跡を発見した。
その場所は街道の右側が山林になっており襲撃に適した場所に思える。
この山林に逃げ込んだのだろうか?と考えているとマリちゃんからそのまま街道を進むよう指示が入った。
少し進むと乗り捨てられた馬車があり、中はもぬけの殻だった。
(間違いなく山林に逃げ込みましたね。
ここから先にも左の平原にも新しい馬蹄跡はありません。
盗賊たちは馬も奪って森の中に逃げました。
この辺りの山林に馬が通れるほどの道があるはずです。そちらに向かいましょう。)
少し進んだ森の際に丁度馬一頭ほど通れる獣道を見つける。間違いなくここだろう。
マリちゃんに地面をよく見るよう言われ、獣道の地面を見つめる。
辺りは暗いはずなのだが俺には身体・大玉のおかげなのか昼間のようによく見える。
獣道の地面にはいくつもの馬蹄跡が残っており、相当数の馬がこの道を通ったことを教えてくれた。
俺は馬蹄跡を見逃さないようになるべく早く獣道を走る。
途中俺の姿は見えず走る音だけを聞いて動物たちが逃げていくのを感じた。そりゃこえぇよな。
こんな夜中に姿が見えなくて走る音だけ聞こえたら、
と動物たちに同情しながら森の深くに進んでいく。
この森には魔物はいないのかマリちゃんに聞いたところ強い魔物はいないとのこと。
街から近すぎるので殆ど討伐されてしまったようだ。
途中何度か盗賊たちが休憩したであろう場所を見つけ自分が追いついているのを実感する。
どのように戦闘すれば良いか考えていたらマリちゃんに殺さないようにすれば後はミルドが面倒を見るはず、と聞いて納得した。
全員ビンタしてやろう。
殴ったら殺してしまうし。
突然マリちゃんが止まるように言ってきた。
どうやらかなり近づいたようだ。
足音を消して道を進むと開けた場所からキラキラと淡く輝く魔物よけの魔道具が見える。すっげぇ目印。
魔物は来ないかもしれないけど隠密行動には向かないことを再確認した。
開けた場所を4人の盗賊が武器を片手にゆっくり歩哨している。
広場の中心には15人が各々適当に座っており、先の獣道の脇に3人の盗賊に見張られたミラと兵士の3人が見える。
ミラ以外は後ろ手に縛られており少なからず暴力を受けたのか顔が歪んでいる。
ミラは守りの魔道具のお陰か傷ひとつないが憂いた顔で丸太に座り膝を抱えていた。
大人しくしてると可愛いのにあいつ毒吐くからな、なんて考えながら少し近づいた時
「誰だ!近くにいることはわかっているぞ。
近づけばこの男たちを殺す!出てきて姿を表せ!」
と広場の中心にいた男が声を上げた。
途端に騒がしくなる広場。
なんでバレたんだ?まさか魔道具?
マリちゃん教えといてよ…。
(侵入感知の魔道具です…。
地面に魔道具で線を引きその中に魔道具を置いている間はその線を通過すると反応する仕組みです。
途切れていたり魔道具を外に出すと効力は無くなります。…説明もう遅いですよね。)
いや遅くないですよ!
そんな魔道具があるなんてビックリです!と返事をしてジャンプする。
まずは捕虜の見張りの無効化だ。
広場に向かい高さ5メートルほど飛び上がり極小高速ファイアーボールを3発撃つ。
突然空から現れた光線に見張りの3人は太ももを撃ち抜かれ転倒し悶絶している。
敵の1人が光線の出た場所に斧を投げつける。
だが俺はすでに着地しており、すぐに走り出し歩哨一人一人にビンタをかましていく。
何もないのに歩哨たちが吹っ飛んでいく様子を見て広場の中心にいた奴らが騒ぎ出した。
「落ち着け!敵は認識阻害のローブを着ている!
早く捕虜を人質にしろ!
あと地面だ!地面見ろ!
敵の居場所は地面を見れば判断できる!
まず捕虜を俺んとこに連れてこい!」
おぉ!的確な判断だ。
けれど力の差がありすぎて無駄だよ。
俺は捕虜に向かって走り出した5人の男の太ももを極小高速ファイアーボールで同時に撃ち抜く。
5人同時にすっ転び痛みに悶える様はコントのようだ。
すぐに広場の中心には近づき片っ端からビンタをして盗賊たちの意識と戦意を刈り取っていく。
たまに剣で当てずっぽうに反撃してくる奴もいるけど魔鎧のおかげで一度も俺には直接当たらない。
普段の夜だったら森に住む動物たちの息遣いしか聞こえないような場所に、パンッパンッパンッパンッと小気味のいい音が響いていく。
先ほど叫んでいた男はメインディシュだ。
俺の夕食を邪魔した罪は重たいぞ。
残る1人となり、絶望の表情を浮かべる男の元に近づき股が裂けない程度のアタキック(股間つま先垂直蹴り)を放つと30センチほど浮き上がり、そのまま泡を吹いて気絶した。多分死んでない。
衛兵たちは何が起こったのか理解できずにキョロキョロ辺りを見回り、ミラはジッと耳をすませていた。
ここで正体を明かしてこれから身動きが取れなくなることは避けたい。
なので姿を隠したまま縛られた兵士たちを素早く解放して距離を取りしばらく監視する。
兵士たちは突然の解放に驚くがすぐに行動を開始して、倒れた盗賊たちを縛り上げていった。
1人の兵士はミラから離れず安心させるように声をかけているのを確認してから急いで森を出た。
森を出て街道を進むと30人ほどの集団が前から迫ってくる。多分ミルドだな。
俺は速度を落としてその集団に近づく。
やはり直接ミルドが来ている。
脚の遅い馬車はなく騎馬のみの編成だ。
誰も俺の存在に気づいていない。
俺は馬で疾走するミルドの足を叩いて意識を向けさせ気づかせる。
馬を止め、下馬したミルドは皆に声をかけ、馬を引き連れ1人集団から離れる。スゲェなミルド。
声出してないのによく俺の意図することがわかるよな。と感心していた。
集団から30メートルほど離れた場所で俺はミルドに小声で話しかける。
「ミルドさん、山田です。
姿も見せずにすみません。
ミラお嬢、他の兵士も全員無事です。
この先に馬車が捨てられていて、そのすぐ先に森に入れる獣道があります。
3時間ほど道なりに進むと広場があり、皆さんそこにいます。
盗賊は無力化して縛り上げてあります。
バレたくなかったので一度も姿を見せてないです。
今日はこのまま帰ります。よろしくお願いします。」
俺の言葉にミルドは目を見開き震えながら小声でお礼を言って来た。
「……山田さん。……本当に有難うございます。
このご恩はかならず、必ずお返しします。
本当に……ミラを助けてくれてありがとうございました。」
1秒でもミラに会いたいであろうミルドをこんな所に引き止めることはないので軽く肩を叩いて街に向かい軽く走り出した。
後ろを見ればミルドもすぐに騎乗して集団に戻りつつあった。
これでミラお嬢は間違いなく助かるな。
そう考えているとすぐに外壁門に着く。
認識阻害のローブを脱ぎ、小さい扉を強めにノックして入場したい旨を告げると「何時だと思ってんだてめぇ!夜間は入場禁止だ!ボケェ!」と覗き窓から衛兵に怒鳴られた。
キレすぎじゃね?と思ったが仕方ないので外壁門に寄りかかりながら、空腹の腹をさすり朝が明けるのを待つことにした。




