2話 男の戦い
10分以上声を上げ続けたことにより自分も少し落ち着いてきた。
これだけ声を出しても誰も反応しないということはこの場所には誰もいないのであろう。
もし、これが素人さんドッキリだとしたらかなり恥ずかしい絵面を晒してしまったかもしれない。だってかなりビビって半泣きだったもん。
でももう大丈夫。
大分落ち着いて周りが見えるようになってきた。
今いる場所は教室程度の大きさで天井は4mほど。
壁、天井は岩肌に覆われていてかなり薄暗い。
自分が立っていた真後ろには、頑丈そうな禍々しい鉄の扉が見える。開けて万が一にも化け物と遭遇したら目も当てられないので触ってもいない。
そして何より目立つのが部屋の中央に浮かんでいる薄紫色に輝く巨大な発光クリスタルだ。
1番太いところでは俺が抱えても手が届かないかもしれない。……ヤベェ。触りたくなってきた。
俺は小さい時からビビりだったけど好奇心は旺盛で両親にいつも「余計なことするんじゃない!」って怒られていたっけ。あれもいい思い出だ。
もう一度よくこの場所を見渡してみる。
このクリスタルと後ろの禍々しい鉄扉以外で何かないかを…。
何もねぇ。
これはあれだな。前門の虎、後門の狼だな。
意味はよくわかってないけどそんな感じだ。
とりあえず後ろの鉄扉を開けるのは最終手段にしたい。
あの扉からは嫌なオーラしか感じない。
「ふー。」
俺はここでしっかり深呼吸してゆっくりとクリスタルに左手を伸ばす。
ペタッ。
何にも起きねぇか。
少し拍子抜けしつつ左手をつけたまま右手を添えた瞬間。
ペ…ダンッギューー
「うぉぉおい!何で吸い付いてんだよ!」
俺は焦って手を離そうとするも某瞬間接着剤で貼り付けたように離れない。しかもなんか熱いし。
「あちっ。おい!アチぃぞこれ!」
手をつけたままクリスタルに足をかけて思いっきり離そうとするもビクともしない。
1分ほどそのままの姿勢でクリスタルと戦っていた。
「ふざけんな!いい加減離れろよぉ…おっ」
いきなりクリスタルから手のひらが離れて、水泳の背泳ぎスタートのように背面から手をあげた姿勢のままで地面に突っ込んだ。
「………。」
俺は全身擦り傷だらけになりながらも立ち上がり憎きクリスタルにミドルキックをお見舞いする。が相手が悪かった。
「ガッ……。」
声が出ない程痛い。多分これ脛ヒビいったわ。
そうして5分ほど転がりながら悶絶し、憎きクリスタルを睨み付けると発光がおさまり、辛うじて浮いているだけのような状態になっていた。
これは神が、反撃のチャンスをくれたのですね。
なんてバカな解釈をしつつどう攻めようか考えていると、今までただの岩肌だったクリスタル越しの正面の壁に真新しい扉が形を現した。
「ん?」
怪しさ満点です。
俺は足を引きずりながらファイティングポーズをとりクリスタルを見据え声をかける。
「どういうつもりだ。あの扉は何だ。」
「………」
「あの扉は何だ。答えろ。」
「………」
返事はない。
ただのクリスタルのようだ。
俺はここで真剣に考える。
何でこのクリスタルに手を添えたら扉が現れたのか。
もしかしてあのクリスタルはただの鍵で俺が開けてしまったのではないのか?それともただの罠なのか?
悩みつつ後ろの禍々しい鉄扉を見てみると幾分やばいオーラが減っているような気もする。
前、後ろ、どちらにするべきか…。
「…前だな。」
俺の友達に前田はいるが後田さんはいない。
おれは友達にかける。
……ごめんね。全国の後田さん。
そうして俺はクリスタルにやられた右足とスーツケースを引きずりながら新しい扉に手をかけるのだった。