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聖者の半分  作者: 落花生
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将来の夢、聖騎士

 フリージアが聖者として村を去った後。

 俺には、やることがあった。


 姉さんに「将来は、教会で聖者様の近くで働きたい」という夢を発表したのだ。この国ではサウベリット教が一番勢力がある宗教で、教会と言う言葉はサウベリット教の祈りの場を指すのだ。

 もっとも竜自体はもう百年も前に絶滅しており、元の世界でもこの世界でも死なないと神様になれないのは共通事項らしい。


 いや、元の世界で死ぬとなれるのは仏様か。宗教感覚が曖昧な元日本人の俺としては、神様は竜ですといわれても実感がない。

 それでもフリージアが聖者だから、俺は教会で偉くなる方法を目指さなければならなかった。それで、姉さんから教会で働く方法をいくつか教えてもらった。


 一つは、熱心な信者になって教会の職員になること。


 もう一つは、教会の司祭になること。


 最後は、聖騎士になること。



 教会に入り込むには、大体この三つの方法があるらしい。


 司祭になるのは、難しいかもしれない。司祭は、専門の学校に通わなければならない。その学校は六歳から寄宿舎に入る決まりになっており、いうなれば超エリートコースなのだ。俺は十歳を超えているし、エリートコースに乗れるだけの金とツテはない。


 もう一つは教会の職員になることだが、これだと聖者のフリージアと十年以内に接触できる可能性が低い。なにせ、会社で言うところの一般事務職だ。会計なんかをやりながら、聖者様と世界平和を目指すのは無理がある。


 最後は、聖騎士である。


 なんとなく強そうな響きだが、いうなれば教会がやとっている私兵だ。これならば、十年以内になんとかなるかもしれない。聖騎士になるための条件は、一つは信者であること、二つ目が十五歳以上であること、一年に一回開かれる試験に合格することの三つである。俺はあと五年で試験に合格するだけの、知力、体力、魔法を見に付けなければならない。

 今の俺にとっての一番のネックは魔法だが、俺の魔力は潤沢だ。現代魔法ではなく、魔法道具を使えば何とかなる可能性があった。


 だが、どの選択肢にも通じる問題が一つあった。


 姉さんである。


 俺が教会関係の仕事に就くためには、村の学校では足りない。俺が通っていた王都の学校に再び入学しなおすのが、一番である。幸運なことに、王都には姉さんが俺を迎えにくるまで俺を世話してくれた親戚一家がいる。頼れないこともないだろう。


 だが、姉さんは俺と離れたくないようだった。


 俺が教会で働きたいと切り出した瞬間に、泣きそうな顔をしていた。

 姉さんには、もう夫がいる。


 でも、血の繋がった家族は俺一人だ。


 そのエルの意識も――もうない。


 すごい、罪悪感に俺は襲われた。エルの記憶がそうさせているのではない。金田純一の記憶が、姉さんに対しての罪悪感を抱いていた。


 俺は、日本で家族を残して死んだ。


 その後のことはわからないが、きっと家族は俺の死を嘆き悲しんだだろう。


 姉さんを見ていると母親を思い出す。


 この人を悲しませれば、俺が日本で母さんにしてしまったことを思い出すのだ。そして、同時にこの人は俺が幸せにしなければならないのではないだろうかと思ってしまう。日本で、母さんにできなかったぐらいの恩返しをしなければならないのではないかと。


 そんな俺の背中を押してくれたのは、姉さんの夫。


 俺の義理の兄にあたるルーサーだった。


「姉さんのことは心配しなくていいよ」


 彼女が食器洗いのために、席を立ったときのことだった。

 真剣な顔で、義兄は言った。


「君は、一つ夢をもったんだろう。失敗するにしても、成功するにしても、挑戦して来い。君がいない間、姉さんはボクが守るから」


 その真摯な言葉に、俺は言葉を失った。

 ルーサーと金田純一の年齢は、さほど代わらない。どちらも、二十代の前半だ。同じ状況におかれても、俺はきっと自分のことで精一杯でこんなことは言えなかったであろう。


 このとき、エルの人格と記憶が強く出たのかもしれない。


 よくわからず、涙がボタボタと零れた。


 姉は、良い結婚をした。

 幸せになった、と思ったのだ。


 姉さんのことを説得してくれたのは、義兄だった。姉さんは俺を王都には行かせたくはないと泣いたが、義兄は辛抱強く姉を説得してくれた。


 俺は、二人の話をドア越しに聞いていた。


 泣く姉と優しく説得する義兄の声。


 俺は姉にも義兄にも、辛いことをさせている。それでも、義兄は俺の夢のために姉を説得してくれた。姉は三日ぐらい機嫌が悪くて、義兄は「仕方がないさ」と笑っていた。その笑顔を見て、俺はこの人のことを一生尊敬しようって決めた。


 いつか、義兄のように人の背中を押してあげられる人になりたかった。

 こうして、俺は王都に戻ることになった。最低限の荷物と両親の形見である剣だけを持って、俺は王都へと向った。


 俺のベットの下にしまわれていた形見の短剣なのだが、実は実用的な剣ではないことが判明した。抜いてみると、金属ではなく象牙のような白いつるつるとした刀身が出てきたのだ。どうりで、軽かったわけである。


 姉に尋ねてみたが、この剣は刀身の材質が分からなかったために他の武器とは違って店に売ったりして処分できなかったらしい。本物の剣より軽いそれは摸造刀に近い重さであり、姉は武器ではなく観賞用の民芸品だと思っていたらしかった。


「こういうのは、持っていると幸運が訪れると言われるものもあるから……」


 だから、大切にしてねと姉さんは俺に言った。


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