働きたくない
街の北部にある防衛団本部に到着したのは、誰にも会わないよう隠れながら南部、西部と大回りした結果、それから三十分ほど経ってからであった。
大通りに面した家屋が突如崩壊したという事件が起こったのだ、本部は当然慌ただしい。道中、件の一件は白を切る事にする旨をキイチに言いくるめはしたが、咄嗟にボロを出されては適わない。キイチに誰も使っていない小部屋で待つように言い、現状把握の為に仕切りの奥で他の団員に指示をする女性に声を掛ける。
「只今戻りました、副団長。やはり慌ただしいですね。状況は?」
「あら、おかえりなさいニーノ、夜間警備ご苦労様。あなたも倒壊事件の噂、耳にしていたのね。信じられないでしょうけど、どうも事実みたいなの。」
副団長、ナッシュは眉間を抑えながら答える。信じるもなにも目の前で起こったのだ、信じざるを得まい。などとは口が裂けても言えず、そんなまさか、と驚いた風に返しておく。
「そうなるのも無理はないわ。わたしだってこんな不可解な事件、夢であって欲しいと今だって思うもの。死者が出ていないのが幸いなことだけど、負傷者数の確認に、原因の調査、がれきの処分、再建の手配、もうため息ばかりよ・・・はぁ~・・・。」
心労からか、その若さに不相応な程重いため息をつくナッシュに、心の中で手を合わせて何度も平謝りをする。
「もういや・・・、伯父さんは仕事してくれないし、仕事は山積みだし、団員は変なの多いし、人手は足りないし、伯父さん仕事しないし、事件の原因となる証拠は一切出てこないし、何で・・・何でわたしばっかりこんな目に・・・」
事件対応の心労と日々の何かのせいか、ナッシュは椅子に崩れるように座り込むと、どんどん暗くなっていく。
元から気性の浮き沈みが激しい女性である。いつもであれば沈んだ彼女を“黒化した”と呼んでからかってはいるのだが、今は彼女に心折られてしまうと、本部の業務が成り立たなくなってしまう。周りの団員もそれを理解しているのか、どうにかしろと言う無言の視線が突き刺さる。
そう思うなら、手を貸してくれたっていいだろうに・・・。
(仕方ない、こちらとしても隠蔽と身の潔白を捏造する為にも、副団長には動いていてもらわなければなりませんし。何時もの手で立ち直って頂きましょうか・・・。)
「いつもご苦労様です、副団長。“ミード”でも飲みますか?」
戸棚から黒い粉末の入った瓶を取りだし、軽く振りながらナッシュに聞く。
「・・・うん・・・頂くわ。」
「了解しました。」
ナッシュを瞬時に復活させるには二つの秘策がある。その一が、この“ミード”という飲み物。
その名の由来になっているミード豆を煎った後、粉末状にして水に溶くことで完成するのだが、その真っ黒な色と同じぐらい飲めたものじゃない程苦い。まるでそこいらに生えた野草を、そのままかぶりつくのと同じぐらい苦い、そして不味い。
自分には全く理解出来ないが、大人達はこの苦味が良いと好んで飲んでおり、最近ミードにはまっているナッシュも、出すだけで大体気をよくする。
そして、それに加えて秘策その二が、この糖蜜。団長の執務室からくすねてきたものだが、甘いものを口にすれば、誰しも落ち着くのが人間というもの。
ナッシュも同じく、どんなに拗らせていても、この二つが揃えば立ち所に復活するのである。
「―どうぞ。」
糖蜜を溶かした事で、甘い香りの漂うミードを注いだカップをナッシュに手渡す。今回は即効性に期待して、糖蜜三匙入り。通常の三倍である。
「・・ぐす、・・・ありがと。・・・うん、おいしい。」
狙い通り効果覿面だった様で、陰鬱とした空気は一口で晴れていく。しかし、糖蜜の残りは残り僅か・・・。次回のことを考えたら、近いうちにまたくすねてこなくてはなるまい。これはこれで仕事が増えてしまったなぁ。
「嘆いていても、どうしようもありません。お互い頑張りましょう、副団長。」
「ええ、その通りね。そうだ・・・通りと言えば、大通りが半分埋まってしまったから通りに交通整備員の手配もしなくちゃね。唯一の救いは、商隊が出た後ってことかしら・・・。商隊の来る前だったら、どうなってた事か考えたくもないわ。でもそう・・そうね、次の隊が来るのは、約一月後。それまでに片付ければ・・・なんとかなるわ!」
何かを吹っ切ったのか、何時もの調子に戻ったナッシュの姿に、自分を含めた団員一同胸をなで下ろす。・・・勘も良く仕事は出来るんですが、面倒臭い人です、ホント。
しかし、今一ヶ月後と言ったか?
「あれ、次回は半月後では?ルートが変更になっ・・た、・・・とかで。」
思わず滑らせてしまった口が、地雷を華麗に踏み抜いてしまったらしい。ナッシュの恨めしげな目に気圧され、言い切る前に尻すぼみしてしまう。
しまった、折角立ち直らせたのに墓穴を掘ったようだ。・・・糖蜜、足りるだろうか。
「なんでそんなこと思い出させるかな!確かに、確かにその通りで、さっぱり忘れてたけど、こんな切羽詰まってる時に言わなくたっていいでしょ!鬼!悪魔!」
最早八つ当たりにしか思えないが、憤慨したナッシュが詰め寄ってくる。
「大体、あなた今まで何処に行ってたのよ。事件があったのはあなたの家の近所なのだから、もっと早く来てても良いでしょ!?巡察中の西地区から事件を聞きつけて、すぐに走っていったのに居ないし!ヘサラさんから朝あなたが家の方に向かうのを見たって聞いて、家まで迎えに行ったのに居ないし!駆けつけてきたヨーキーも南門の方じゃ見てないっていうし!」
誰かにされると思って、幾つか辻褄の合う場所を見繕ってはいたが、最初の一人目から王手を突き付けられるとは・・・恐るべし。
西は使えない、南も使えない、北はこの本部があるから使えない、東には居たことにされたくない。であれば仕方がない、一番使いたくはなかったが、奥の手を出すしかあるまい。
「ええ、東門から外へ。焼餅屋さんから頂き物をしたので、そのお返しに薪の代わりになるものでも、と思いましてね。」
何故使いたくなかったかというと、門には我々防衛団の団員が交代で守衛を務めており、通行人の記録をしているからである。つまり、この嘘は記録と照らし合わせたら、直ぐにでまかせである事が発覚してしまう。そう、例えば守衛に立っていた人物が“通行を確認していたにもかかわらず、台帳に記録し損ねた”なんて事がおきた場合を除き。
しかし、使ってしまったからには、後ほどフレディとジョンソンには、キイチの侵入を逃していた一件を使って、よくよく話し合う事が必要になりましたね。待っていてください、フレディ、ジョンソン。
「東門の外?そんな通行記録は・・・。ああ、そういえばフレディとジョンソンが昨夜、傷んだ芋を夜食で食べたとかで昏倒していたのを、倒壊事件の後に発見したのだったわ。・・・記録なんてあるわけないわね。」
「おおっと。それはそれは―。」
―よかった。とまたもや滑りそうになった我が口を、今度は寸での所で抑える。
しかし、よかった。これで次のお願い事にこの一件は使えますね。儲けた。
「おかげで深夜から昼過ぎまでの通行記録は真っさらよ。これじゃ犯人は外部からやってきてそのまま逃げたっていう可能性だって否定出来ないじゃない。ホントにもう頭が痛いわ。それもこれも芋なんかに負けるあの二人の脆い根性のせいよ。医務室から戻ったらみっちり再教練してあげようかしら!」
「ははは、相手は病み上がりです。勘を取り戻させる為にも、容赦はしないように。」
防衛団名物、“地獄の八つ当たり教練”。ナッシュのミードを作るついでに注いだ、自分用の水を口にしながら、心の中で二人に向かって手を合わせる。骨は、拾ってあげます。
「ニーノは外で何か怪しい人物とか見なかった?あなた、東門の外に居たのでしょう?」
「いいえ、特には。―ああ、いえ・・・そうですね、一人、郊外で。」
遅かれ早かれキイチの事はいずれ明かさなければならないのだ、下手に隠し続けて首を絞めるより、ここでそれとなく登場させておいた方が後々楽になるだろう。勿論、幾つか辻褄合わせに創作を交える必要はあるが。
「え、まさか犯人捕まえちゃった!?捕まえちゃってたりした!?もしかして、さっき一緒にいた子!?」
「はい、あの少年のことではありますが、恐らく犯人ではないでしょう。歳は僕と同じ十四で、東門を抜けて北に一マイルほど先にあるミュリス山の山道入り口に倒れていたました。事情を聞いた所、どうも大陸で何かの事故に巻き込まれ、そこまで強制転移してしまったとの事。ご家族への連絡を望んでおりましたので、一先ず保護し、ここまでお連れしました。我々が東門に辿り着いた時には、既にこの騒動が起きていましたので、仮に彼が犯人であったなら、空でも飛べない限りは時間的に不可能かと思います。」
「・・・そうね、ここら一帯に慣れたわたし達でも、あの山道まで辿り着くには片道二十分はかかるわ。往復で考えたら、確かにあり得ないわね。となると、やっぱり事故なのかしら?」
「その可能性は高いのではないでしょうか。古い家が多いですからね。あの付近に住んでいる僕としても、正直、いつかはこんな事態になるのではないかと。まさかそれが今日だとは思いもよりませんでしたが・・・。人生何が起こるか解らないとは良く言ったものです。今後は古くなった家屋の改修も、長老に打診して行かなくてはならなさそうですね。」
「老朽化・・・うう~ん、何かが違う気がするのだけど・・・、。まあ、いいわ。老朽化も視野に入れて、改めて調査しましょう。ニーノ、あなたは書庫に行って、あの一体が建てられたのが何年前か調べて来て頂戴。」
「保護した少年の件はどうすれば良いでしょう?」
「ああ、そうだったわね。わたしは東地区の件で手が一杯だから、手の開いてる団長に相談して貰えるかしら?年数の調査はモンガにお願いするわ。・・・偶には伯父さんにも役に立ってもらいましょう。」
「了解しました、副団長。団長は・・・、この時間帯だと、ドリクさんの家で酒盛りでしょうか・・・?」
「現場に向かう最中、西部の方で逃げ回ってたのを捕まえて、報告書と一緒に執務室に放り込んでおいたから、まだ居ると思うわ。また寝てたら、私の代わりにこれで叩き起こして頂戴。」
「こ、これは・・・痛そうですね・・・」
どこからか取り出した鈍色の棘が付いた鈍器をナッシュから手渡され、その重みに思わず頬が引き攣る。嘘がばれたら、自分もこれの餌食になるのだろうか。絶対にばれないようにしなくてはならない。そう、固く決心した。
団長の執務室に行く前に、キイチの元へ寄り、今までのやりとりを説明し、辻褄を合わせることにした。
自分とキイチは街の中ではなく、街の外で出会ったこと。キイチは倒壊事件後に街に初めて立ち入った事、などなど。
当のキイチ本人は、寧ろこの状況を楽しんでいる悪戯っ子の様に笑いながら、こちらの話を了承した。まるでこの手の悪巧みを日頃から行って居て、手慣れているかのよう。まあ、ごねられるよりは楽で良いですが・・・。
キイチとの話を済ませると、ミードを入れたカップとナッツの入った箱を手に二階にある団長の執務室へと向かう。一階で広がる団員達の喧騒も執務室前まで来ると届かなくなり、辺りは静けさに包まれている。
団長とは、入団以来時折ちょっとした世間話はしても、殆ど接点が無い。正直良くわからない、という意味で苦手な相手であったが、ここをくぐり抜ければ真相を闇に葬るゴールまで一気に近くのも事実。頑張りましょう、我が自由なる人生、自由なる未来のために。気合いを入れ直し、扉を叩く。
しかし、部屋の主の不在を表すかの様に、扉を何度叩いても中からは反応も無く、扉には鍵が掛かっていた。普通であれば、不在だと判断するべきところだが、我らが団長に限ってはそうではない。中で居眠りをしている事や、起きていても居留守を使うことなど日常茶飯事、こちらも容赦などしていたら、埒があかない。
強めに戸を叩きながら、中に聞こえるように大きな声で叫ぶ。
「団長、居るのはわかってるんです!開けてください!」
・・・反応無し。ちょっと強く言い過ぎただろうか。次は抑え気味でやってみよう。
「団長、お疲れでしょう。ミードをお持ちしましたから、開けてくださいー。」
・・・中からガタッと音がした。居るには居るようだ。
「ナッツも持ってきましたので、ミードとご一緒にどうぞー。だから、開けてくださいー。」
・・・再び反応無し。どうやら好物のミードとナッツを捨ててでも、新たな仕事を引き受けたくないらしい。しかたない、最終兵器を使いましょうか。
「わかりました。こうなっては、一階に戻って副団長に相談するしかありませんね。鍵掛けて居留守決め込んだと伝えておきます。」
効果は的面だった。慌ただしく中から鍵が開けられ、無精髭を蓄えたひょろながの中年男性が、扉の間から泣きそうな顔を出してくる。
「困るじゃないか、ニーノ君。ナッシュちゃんなんか呼んじゃ、また扉の鍵を壊されてしまう。あの娘、オジサンには容赦がないからねぇ。長老から、今後扉の修理代は自腹切るように言われているのに、もう四回も壊されて、オジサンのお財布と心はもうカラカラだよ。」
「素直に直ぐに開ければ壊されなで済むんです。・・・ああ、もうわかりました、わかりました。呼びませんから、そんな涙目で訴えかけないでください。その代わり、僕の話、聞いて貰えますか?」
「・・・ミードとナッツ。・・・ホントに貰える?」
「差し上げます、差し上げます。ほら、どうぞこちらです。」
「・・・・・・わかった、わかりました。入りなさい。」
防衛団団長イゴーは諦めたように入室を促す。執務室の中に入ると、何時も通りの雑然さであった。書類や書物は机の上に、椅子の上に、床の上にと所構わず積み上げられ、崩れ、更にその上に積み上げられ、まるで地層の様に模様が形成されている。
以前、何度か掃除と整理をしたが、この中年に掛かると三日も持たなくて、ついには諦めた。
積み上げられた書類や書物に触って崩さないように慎重に進むこちらを尻目に、団長は奪ったミードとナッツを手に、慣れた足取りでするすると書斎机まで辿り着く。
「それで、オジサンになんの用事だい?ニーノ君。お仕事だったら、オジサンに聞くよりもナッシュちゃんに聞いた方が確実だよ?」
「ええ、ですから、その副団長に真っ先に確認した所、自分は手が開いてないから、手の開いている団長に、偶には役に立って貰えと指示されたのです。」
「・・・君ねえ、普通そういうのって本人には濁して言うものじゃない?」
「その程度を気にしている様でしたら、僕らの団長はとっくに仕事をしてくれるようになっているでしょう?」
「・・・はははっ、言うねぇ、ニーノ君。確かに、確かにその通りだ。しかし君、本当に十四歳?随分可愛げのない子になってしまったものだ。オジサンは悲しいよ。」
「でしたら、年相応の可愛げを披露して、今から副団長の下へ告げ口をしてきましょうか?」
「あっはっはっはっ。オーケー、オーケー。今回は君に勝ちを譲るよ。それで?話って何?約束だ、聞いて上げるよ。その腰に吊してるおっかないものなんか、その辺に置いて話してご覧。」
何時も餌食になっているせいか、ナッシュから渡された鈍器が気になってしかたがないイゴーはミードをチビチビしながら警戒心を丸出しに言ってくる。
(確かに、こんなものを身につけて脅迫じみた恰好で話をするのは失礼か・・・。)
書類に埋もれていなかった部屋の一角に立てかけ、話を始める。
「はい、実は大陸から来たと思わしき少年を保護しまして、大陸への護送の許可と道中の路銀の手配をお願いしたく。」
「少年って、さっき君と一緒に本部に入ってきたフード被ってた子?さっきここの窓からちょっと見えたけど。」
「はい、その人物です。それと、本人曰く火災に巻き込まれた後、いつの間にかこちらに来ていたとの事なので、身元確認の為、大陸の最近の事件の情報を集めるため、ライブラリの閲覧許可を頂きたい。詳細はこちらの報告書をご覧下さい。」
キイチと辻褄合わせをしている際、一緒に作成した報告書を手渡す。
護送の許可さえ下りれば、こちらの勝利だ。大陸まで急いでも片道二十五日はかかる。旅に不慣れな護衛対象を伴っていたと言えば、更に十日ほどは稼げよう。往復で二月を優に超せられる。確固たる証拠も残していないんだ、それだけ日数があれば、戻ってきた時には、既にほとぼりの冷めた頃合いだろう。多少の追究はあったとしても、白を切るか辻褄を合わせれば乗り切れるはず。
善は急げとは良く言ったものだが、直ぐに出立するとしよう。ライブラリの閲覧が認められなかったとしても、そちらは大陸に付いてからでもどうにでもなる。
「大陸、ね・・・。なるほど、なるほど、話はよーく解った。それは緊急だ、それは重要だ。早速、読ませて貰おうじゃない。」
報告書を受け取ったイゴーは、片手で髭を弄りながら、書面に視線を落とす。一分ほどで読み終わったのか、報告書を書斎机に伏せて、視線をこちらに戻してくる。
「なるほど、よーくわかった。よく働いてくれるニーノ君たってのお願い事だ、オジサンも、最大限力になろうじゃあないか。」
「それじゃ―」
「―でも、どっちも許可しない。」
「はいぃ!?」
思いも寄らぬイゴーの解答に、堪らず我ながら素っ頓狂な声を上げてしまう。
「ちょ、待ってください、何故です!?」
「理由は二つ。まず一つ目、ライブラリの閲覧は君も知っての通り、各街からの機密事項も保管されているからね、団長か副団長の同伴の元じゃないと一般団員は使えないのが決まりだ。ナッシュちゃん、東部の一件で忙しいんだろう?ということは、残念だねぇ、調べ物に付き合って上げられる人が、今はいないって事になる。オジサン?はは、そんな面倒臭い事に付き合って上げるぐらいなら、今すぐここで首をくくるよ。」
更には、悔しいかやーいやーい、と付け加えられる。
思わず部屋の一角に置いた“おっかないもの”で殴ってやろうかと思うも、何とか自分を落ち着かせる。
「・・・ライブラリの件は了解しました。が、護送の件が許可頂けない理由は?」
「そう、そっちが本題だ。だけど、焦らない、焦らない。その話をする前に、ちょっとオジサンの世間話を聞いて頂戴よ。」
「・・・なんです、一体?」
「怖いねぇ、そんな顔で睨まない。話ってのは、そうだね、丁度二時間ぐらい前のことだ。正午の鐘を聞いたオジサンは、お昼ご飯を一杯引っかけに、部屋を抜け出して西部のドリクじいさんの所に向かっていたわけだ。」
二時間前、となると、丁度我が家を出ようとしていた所か。というか、やっぱり真っ昼間から酒飲もうとしていたのか、この人は・・・。
「そしたら、なんとまあ、次の通りを曲がればって所に、ナッシュちゃんが居るじゃない。あれは驚いたよ。」
「そういえば副団長、事件前は西部で巡察していたと言ってましたね。それで?」
「そうそう。見つかったら、一杯どころか、怒鳴られる上に部屋に強制送還、だからねぇ。一目算にその場から逃走さ。」
「逃げなくても、普通に食事するために出てきた、と言えば良かったのでは?」
「ダメダメ。以前試してみたけど、何を言っても“信じられない!”“伯父さんの食事なんて芋で十分です!”の繰り返しさ。その辺の屋台で買った蒸かし芋を押し付けられて、引きずり戻されたよ。あの娘、オジサンには厳しいって言ったでしょ?」
「なんというか、まあご愁傷様です。・・・日頃の行い改めて、ちゃんと仕事してみては?」
「改めろ、だなんて簡単に言うけどね、ニーノ君。オジサンは、君たちが知っている通り、働きたくないんだよ。みんなオジサンのこと、仕事しないだとか役に立たないだとか言っちゃってくれるけどさあ、オジサンだって辞めて良いならすぐにやめたいの。それなのに、年功序列だとかで団長なんて大役押し付けられちゃって正直迷惑。やめられるなら今すぐやめて、元の昼寝の道に戻りたいわけ。そういうこっちの事、考えたことある?でも、代わりに団長を引き受けられる条件の人が居ないから、それも認められない。ナッシュちゃんが、もーちょっとオバサンだったら条件満たしてくれたんだけどねぇ、あの娘まだピッチピチの十八歳だからねぇ、オジサンが幾ら認めたって、あと二年経って成人と認められるまではーって今度は長老が認めてくれない。あの爺さん、適材適所って言葉を知らない規則規則のまるで鉄格子。おっと、ごめんごめん、脱線したね。つまり、働きたくないけど、完全に面倒を押し付けられちゃったオジサンが取る行動って何だかわかるかい?」
「・・・いいえ、わかりません。」
「だろうねえ、そうだろうねぇ、そうだろうとも。答えは簡単。“働かなくて済むようにする”んだ。オジサンが団長に就任して、真っ先にやった事って知ってるだろう?そう、姪のナッシュちゃんを隣の街から引き抜いてきたこと。もっとも、別にあの娘じゃなくてもオジサンの代わりに張り切ってお仕事してくれる人なら誰でも良かったんだけど、さ。それでも団長って名前が残っている以上は、団長じゃないと出来ない仕事ってあるだろう?例えば、誰かが任務中に死んじゃったりしたら?責任だって任務を承認した団長が追及されるし、埋葬の手続もしなきゃならない、遺族への対応だって団長の仕事。そんなのはまっぴら御免なのさ。だったら、そんなのはやらなければいい。万事を停めよう、全部やめよう、一切を廃止しようって寸法。―そうだね、オジサンの仕事ってのは、自分が仕事をしなくて済むように手回ししている事が仕事って言っても良いだろうねぇ。」
聞いているだけで、どんどん頭が痛くなってくる。
今後の防衛団の事と、ナッシュの事を考えると、団長の交代に関して真剣に長老に規則の改正を要求すべきだろうか。確か、弾劾といったか?
もっとも、内容は無茶苦茶な事ではあるが、ここまで来ると最早一本筋が通っているように聞こえてしまうのが不思議である。
「それで、それが護送の件とどう関係するのですか?まさか、許可書の発行が面倒だから、とか?」
「いやいやいやいやいや、幾ら働きたくないオジサンだって、そこまで物臭じゃあないよ。書類ぐらいは何時だって言われた通りに作って上げる。必要とあれば何枚だって、ね。」
「じゃあ、作ってくれるんですか?許可書。」
「いいや、ダメだ。君、話聞いてた?」
・・・流石に付き合い切れなくなってきた。思わず語気が荒くなる。
「・・・団長、いい加減ちゃんと説明してくれませんか。まさかそこの報告書の山を処理したくないからって、無駄話に付き合わせて時間稼ぎしようとしてる訳じゃないですよね?」
「あれぇ、わからない?じゃあ、仕方がないね。世間話の続きを聞かせよう。ところで君、東部の倒壊事件があった時間帯は、街の外に居たって本当?」
「はい、そうです。報告書に記載した通り、ミュリス山の方に。それが何か関係するのです?」
「するする、大いに関係するとも。さて、話の続きはこうだ。西部でナッシュちゃんから逃げたオジサンは、南部に向かったんだ。ドリクじいさんの所ほどじゃないけど、あそこの酒場も旦那をヨイショすれば何杯かはありつけるからね。何よりもサーラちゃんとジニーちゃんと言う美女二人とご飯が食べられる、ドリクの所とはまた別の楽園だ。・・・おおい、そんな睨むなって、ここからが君の知りたい部分だ。南部とは言っても、表通りを使って誰かに見られてでもしたら、探しに来たナッシュちゃんに直ぐ見つけられてしまうからね、何時も通り、路地裏を進んでいた。そうしたら、例の事件だよ。そりゃもう大きな地響きで、最初は何が起こったかは解らなかったけど、ただ事じゃないって事だけはわかった。そんなとき、面白いことがあったのさ。何だと思う?」
イゴーは不遜な笑みを浮かべながら尋ねてくる。南部、路地裏と言う単語の登場で、背筋に嫌な汗が流れ始める。ま、まさかな・・・。
「ふーん、解答無し、か。わからない?ま、いっか。答えは・・・そうだね、変な二人組・・・を見かけてね、その二人組、東部の路地から出てきて、南部の路地へと一目散に駆け込んでいったんだ。ふと東部の方を見ると、もうもうと土煙が立ち上がっているじゃないか。さっきの地響きと言い、ああ何か事故があったな、とは理解が出来た。まあ、まさか家が一軒丸ごと倒壊してたとは思わなかったけどねぇ。その後オジサンはどうしたと思う?」
「・・・そのまま、酒場に行った・・・とか・・・?」
我ながらあり得ない解答だとは理解しながらも、平静を装いつつ何とか言葉を送り出す。
ばれていた!?見られていた!?誰にも見られないよう、誰にも気付かれないよう、細心の注意を配って居たはずなのに!?
とにかくどうする、どうこの場をどう取り繕う。“おっかないもの”で団長に静かになって貰うか?そんなことをしたら余計大事に成るだけだ。ここは本部の二階、仮にその最終手段を執ったとして、確実に逃げられはしない。終わりだ、一環の終わりだ・・・。
先ほど一階で口にした水はどこかへ旅立ってしまったのか、口の中は干物の様にカラカラになっている。
そんなこちらの心情を把握しているのか、イゴーは笑みを更に深めながら続ける。
「酒場・・・。うーん、酒場ね。残念、今度は解答があったけどハズレ。まあ、いつもならそうしてもよかった、というか絶対にそうしただろうけど、オジサンどうも今日に限っては、気まぐれって言うのかなぁ、その二人を追跡したくなっちゃったの。片方は、随分何かに気を張ってるのか、頻りに周囲を気にしてたから、見つからないように追うの、苦労したよ。そしたら道中、壊した事は白を切るとか、僕が何とか言いくるめるからとか、走りながらもう一人に言い聞かせていてね。これは確実に何かあるなと確信したのさ。」
確かに逃げながらキイチに言い聞かせはした。だが、それは周りに誰も居ないことを密に確認した上であったというのに、まさかこの無能と名高い中年穀潰しなんかに尾行されていたとは!
どうする!どうすれば挽回出来る!?ああもう、なんて日だ!!
「二人組の装いは、片方は見慣れない黒服に白い外套を着て、手に長い棒状の何かを。もう片方、周囲を警戒していた方だね。は、なんとまあ、うちの団服にそっくりな服を着用していた。ところが、西部に出た辺りで、事件の報告を受けて東部に向かってたナッシュちゃんに見つかっちゃってね。二人組は見失うわ、こんな一大事に何を遊んでるんだって怒鳴られた挙げ句、聞く耳持ってくれないナッシュちゃんに指示されたモンガ君にここまで連行されるわ、さんざんな目にあってね。妙な気を興すんじゃなかったと後悔したぐらいさ。で、ご飯がまだだったのを思い出して窓から抜けだそうとしたら、また面白い事が起こってね。何だかわかるかい?」
「・・・見失ったはず二人組が・・・・向こうから・・・本部へやってきた。」
「すばらしい、その通りだ、正解、花丸を上げよう。そしてその片割れ、それも警戒していた方だね。が、今まさにオジサンの目の前にこうして立っている、という世間話さ。はい、おしまい。でも、おかしいよねぇ。だって君、オジサンが二人組を追いかけてた時は、保護した少年と一緒に、街の外に居たんでしょ?」
不思議だねぇ?とにやけるイゴーを前に、真っ黒いものが心にのし掛かり、ついに視線を落とす。
万事休す。このままキイチと仲良く牢獄暮らしを受け入れるしかないのだろうか・・・。否、まだだ・・・まだ、何か活路があるはず、何かあってくれ・・・。最早願望であるのは解っている。でも、だけれども、何か!何かがあれば!
しかし、何度考えを巡らせても、終わり無い迷宮を彷徨っているかの様に焦燥感が募るだけで、答えは出てこなかった。
そんなこちらの心情を知ってか、追い打ちをかけるように、イゴーは館内放送のスイッチを押し、マイクに向かって放送を流す。
「『あー、あー、テステス。ナッシュちゃーん。愛しい君の叔父さんですよー。ちょっと込み入った話が在るから、ニーノ君が保護した少年を団長室まで連れてきてくれない?頼んだよー。』・・・これでよし、と。」
なるほど、二人同時に最後の審判を下す、というわけか。もう腹をくくるしかない。それも楽になるなら良いのかも知れない。自業自得とは言え、泣きそうだ。
「そういうわけで、許可をしない二つ目の理由は、“必要がないから”さ。寧ろ、事件の関係していそうな者を見す見す逃がしたりなんてしたら、逆に事だろう?いくら働きたくないオジサンだって、そのぐらいの分別は付けられるさ。」
「・・なる・・・ほど。よく、・・・わかりました。」
二年間、そう二年間だ。防衛団に入って、団のみんなからも、街のみんなからも一目置かれるようになったのに、こんなあっさり終わってしまうのか。
明日から僕は街を歩けば、皆に後ろ指を指される身となるのだろう。いや、もしかしたら外を歩くことすら出来ないかもしれない。
これも全てはキイチの・・・・、いやこれは辞めておこう。人と人との交じりは縁による必然。自分とキイチは、そうなる運命だったという事だろう。偶然と偶然が織り成す運命こそ否定すれども、縁を否定するのはただの恥だ。傲慢に溺れる馬鹿者であったとしても、恥知らずにだけはなりたくない。
「そうそう、君、さっき時間稼ぎかと聞いたよね?あれ、半分ぐらいは正解。オジサンだってどうするか考えあぐねていてね。居留守決め込もうにも、無理矢理扉を開けさせてくるし、正直参っちゃったよ。で、無駄話をしながら考えていたわけ、働きたくないオジサンは、いったいどうすれば働かずに済むか、ってね。」
「・・・確かに、団内から逮捕者が出たら事ですからね。秘密裏に我々二人を追放にでもしますか?・・・それも、いいかもしれませんね。」
それに、牢獄に繋がれこの地に拘束されるよりは、キイチを大陸に送り届けられる可能性は大きいし・・・と、この期に及んでも、まだあの異邦人の事を考えてしまう自分の人の良さに、我ながら辟易する。
「おいおい、何を言ってるんだい、ニーノ君。オジサンが、そんな面倒なことするわけがないじゃないか。」
イゴーの口から飛び出た、まさかの発言に、思わず自分の耳を疑う。
「は?え?はぁ?・・・いや、今何と?」
「だーかーらー、逮捕して処分して、なんてそんな面倒な事はしないって言ったの。さっきから言ってるだろう?オジサンは働きたくないんだって。」
「で、ですが、街の治安を任されている防衛団としては、調査した内容を公にする義務があるでしょう!?だったら、犯人を―」
「―そういきり立つなよ、お若いの。そう、その通り、確かに防衛団は、調査結果を公にする義務がある。それも真実に基づいた調査結果を、だ。けどね、ニーノ君。一体、真実って何なんだい?」
「何って・・・。真実は真実、はっきりは言えませんが、正しいものとか、そういった意味合いでしょう。団長は明確に答えられるのですか?」
「いいや、ぜーんぜん?何せオジサンは哲学者ではないからねぇ。でも、しかしだ。そんなオジサンであっても、真実なんてものは、見る角度を変えれば、その角度の数だけ見え方が変わる、ということは知っている。悪行にも出来れば、善行に出来る事を知っている。そして、それを行えるのは調査し報告する権利を持つ者であることを知っている。つまりは、だ、ニーノ君。つまりは、君がもし、今まで以上にちょーっとオジサンと仲良くしてくれて、一つだけでいい、お願い事を聞いてくれるのであれば、事件の原因は家屋の老朽化による不幸な自然倒壊。オジサンが見た二人組は、君たちによーく似ていただけで、事件とは何ら関わりのない、ただの一般人。君たちは報告書の通り、街の外に居た、という物語に限りなく近い角度を、オジサンは真実として選べるのさ。なあに、先遣調査隊の報告書を確認したけど、粉々に崩れすぎてて原因の特定は不可、だそうじゃない。証拠がないのなら、街の外に居たであろう君たちに、疑いが向くことはまずあり得ない。何だったらオジサンが、君が街の外へ出て行くのを見たと証言してあげてもいい。どうだい?オジサンのお願い事・・・聞いてくれないかな?」
つまり、隠蔽し見逃してやるから仕事で返せ、というわけか。始めからこれが目的だったわけだ。どうも何も無い。お願い事というのが一体なんなのかは解らないが、受け入れる以外、こちらには選択肢が残っていないのだ。そして、それを知っていて、敢えてこの目の前の無精髭は聞いて来ているのだ。無能だ穀潰しだと誰かの評価を鵜呑みにしていた過去の自分を恨んでやる。この目の前で不遜な笑みを浮かべる相手は、腹の中に墨を抱えた、とんだ狸親父だったじゃないか!
「・・・わかりました。その依頼、引き受けさせて頂きます。」
「うん、嬉しいねえ。君ならそう言ってくれると信じていたよ。」
何が信じていた、だ白々しい。初めから誘導していたくせに、この狸め。
「ですが、団長、その前に三点ほどお尋ねしても宜しいですか?」
「・・・いいよ、聞いて上げる。」
「先ほど、ライブラリの使用は人手を理由にそれっぽい事を言ってましたが、あれ嘘でしょ?」
「おやまあ、気付いてた?そうだよ、嘘。真っ赤な嘘。あれは起動すると馬鹿にならない電力を喰うからねえ。何故か赤字状態のうちじゃ、到底使えるものじゃない。ははっ、笑っちゃうよね。」
「はははは。何故かじゃないです、赤字なのはどっかの穀潰しが散財するからです。」
「あっはっはっー。おーい、本音が漏れてるぞ少年。もしかして、虐めちゃった事に対する意趣返し?いいね、実に良いよ。子供はそうでなくっちゃ。それで、二つ目は何?」
「はい。これでも、日々の郊外活動で周囲の気配を察知する術には自信がありましたが、本日団長はそれをあっさり上回られてしまわれた。どうやってその様な高等技術を学ばれたのです?」
「なんだ、そんな事。当たり前だろう?オジサン、毎日しつこいナッシュちゃんの追跡を路地裏でかいくぐってるんだよ?街中で他者を追うのも他者から逃げるのも、お茶の子さいさい、さ。」
流石にこの解答には開いた口がふさがらなくなってしまった。そんな、間抜けな理由で磨かれた技に・・・僕は・・・負けたのか・・・。
「どうしたの?惚けちゃって。三つ目は何なんだい?」
「ああ、はい。何故わざわざキイチ、いえ保護した少年を副団長に命じてこちらに?」
「ニーノ君にお願い事を承諾して貰いやすくするのが一番の理由だったけど、この話はあの少年も交えて辻褄を併せておかないと、でしょ?ナッシュちゃんに頼んだのは、一種の保険かな。」
「保険?」
「そ、保険。ニーノ君を信じていたとは言え、断られたらナッシュちゃんに真相を話して君たちの捕縛を任せないとならなかったからね。その為の。」
「・・・団長、僕が言うのもなんですが、貴方絶対に良い死に方しませんよ。」
「それはお断りだねぇ。オジサン、死ぬときは昼寝しながらって決めてるんだ。」
「はぁ・・・。それで、僕にしたいお願い事って言うのは何なのですか?僕が出来る事ですよね?」
「そうそう、なあに、そんな難しいことじゃあない。実は近いうちに教―」
「―し、失礼します!ちょ、やめ!やめなさ!」
一枚の書類を手に取り、何かを説明しようとしたイゴーの言葉を遮り、扉を数回乱暴に叩く音とナッシュの慌てた声が聞こえる。
「おっと、噂をすればナッシュちゃんだ。どう―」
しかし、扉はイゴーが返事をし終わる前に、勢いよく押し開かれ、扉鍵を壊しながら、何故か所々傷だらけのキイチを押さえ込んだ、同じく傷だらけのナッシュが二人して倒れ込んでくる。どうやら何かの拍子で、扉に倒れ込んだ様だ。
「―ぞ?どうしたの、そんな勢いよく扉開けちゃって。鍵はあけてあったでしょ。やっぱり伯父さんの部屋の鍵に恨みでもあるのかな?」
壊れて外れかかった扉鍵を悲しそうに見つめながら、イゴーがため息交じりに言う。
「い、いえそうじゃなくて、ですね」
「おい、ニーノさん!」
二人とも何かに焦っているのか、同時にしゃべり出し、そして―
「「この人、一体何をしゃべっているの!!?」」
―そして、同時に同じ言葉を発した。