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君の肌が白いことを僕は知っている~スポーツ女子と文系男子~

作者: 六合呼

 同じクラスの岡本理沙おかもとりさはスポーツが得意で、部活も女子サッカー部に所属していた。

 正直なところ、うちの学校はスポーツに関してそれほどレベルが高いわけじゃなかったし、女子サッカー部も強豪と呼ばれるチームでもなかった。

 それでも躍動的にボールを追いかける岡本は溌溂として凛々しかったし、野生動物の番組で見た若い鹿みを彷彿させたくらいだ。

 

 岡本は黒髪のョートカットで、野外でサッカーをやっているせいか肌も日焼けしてこんがり小麦色で、可愛いというより格好いい感じの女子だった。性格もさっぱりしていて、女子はもちろん、男子とも仲良く喋っている。

 まあ、その男子も僕みたいな休み時間に本を読んでいるような文系男子じゃなく、似たようなスポーツ系男子が相手ではあるけれど。そこはほら、スクールカーストというやつですよ。


 岡本は僕から見ても格好いいと思った。

 岡本の格好良さを裏打ちするように、バレンタインデーには同級生や後輩から結構な量のチョコを貰ったりしている。ちなみに俺は同じ漫研の女子からアニメとコラボしたチョコを、友チョコではなく同士チョコとして貰った程度の男だ。……泣いてないよ? うん、泣いてないし?

 それから同士っていうけどさ、漫画を描く以外は趣味の方向性が違うんだけど。君たちの男同士の友情を超えた向こう側は、僕にはまだまだ理解不能ですから。

 まだ女同士の友情を超えた何かの方が、理解も想像も可能なわけで。


 でもまぁ、岡本に関しても疑似恋愛に近い感じで女子からチョコを貰っただけと思いたいけどね。

 現実の女の子同士の恋愛などそうそうないのである。


 男同士は疑似恋愛すらないけどな!



 岡本と僕は同じクラスというだけで、それ以上の接点があった訳じゃなかった。挨拶やちょっとした世間はすることがあったけど、あくまでもクラスメイトの範疇でしかない。スクールカーストとか言いながら、僕の通った学校もクラスも仲が良かったし。

 そもそも当時の岡本は、の中で“女の子”カテゴリーじゃなく、“男子系女子”だった。

 僕の中の“女の子”とは、髪がふわふわして長く、肌が白く大きな瞳に浮かぶ星、あとはロマンが押し込められた大きな胸など、それらが必須条件だった。

 ウェストなんて55㎝以下は、デ……いや、ぽっちゃりだと信じていたし。

 ……はい、童貞小僧の夢です、妄想です、黒歴史です!

 想像でしか女の子を知りませんでした!


 そんな夢想野郎だったから、僕にとって岡本は悪い奴じゃないけど興味もない女子だった。



 あの夏の日、グラウンドの片隅で泣いている岡本を見るまでは。


 岡本は泣いていた。

 気の強そうな顔をくしゃくしゃに歪めて、涙をぼろぼろと零して、鼻水を啜りながら声を上げずに一人で泣いていた。


 自分が描いたり、漫画で見たりした女の子の泣き顔はもっと可愛かった。綺麗な顔のまま小粒の涙を零していたし、鼻水だって啜ったりしない。岡本みたいに顰めっ面で泣くとかあり得なかった。

 あとから聞いたけど、岡本は高校生活最後の試合にレギュラーを外されたそうだ。運動神経のいい岡本がどうしてって思ったけど、その頃はスランプに陥っていたらしい。

 漫画ならライバルに怪我をさせられたとか、そんな劇的な理由があったんだろうけど、岡本がレギュラーを外れたのはドラマティックじゃない、ただのよくある理由だった。


 でも本人にしたら悔しかったんだろう。高校で最後の試合だ。ずっとレギュラーだったのに、最後の最後でベンチで試合を見るのは辛いって、スポーツとは無縁の僕にだってわかる。

 岡本は涙や鼻水をジャージの袖で拭いていた。可愛いハンカチなんて使ったりしない。せめてタオルで……とかちょっぴり思った僕は、そこで見た。

 見て、気づいてしまった。


 半袖を捲って涙を拭く岡本。

 僕は岡本の引き締まった二の腕を初めて見て知ったんだ。


 日焼けしていない岡本の肌は白いんだって。


 僕は知らなかった。ずっと岡本は素で色黒なんだと認識していた。

 岡本の肌は良く焼けた小麦色は、ユニフォームやジャージから覗く部分だけなのだと、今更ながらに気づいて狼狽えてしまったんだ。


 僕よりずっと運動神経が良くて、真っ黒に日焼けして化粧っ気もなくて、短い髪の岡本はやっぱり女の子だった。

 ぐしゃぐしゃな顔で泣くし、大口をあけて笑うし、女子からバレンタインチョコを貰うような奴だけど。

 

 でも、ちらりと見えた日焼けしていない肌の部分が、岡本は女の子だって教えてくれた気がする。

 僕はその二の腕の奥で見た白さに動けなくなってしまった。



すばるはさ、ヘンタイだよね。やーい、へんたーい!」

「……あのね、理沙りさ。僕は今、気が立っているんだよ? 邪魔すると怒っちゃうよ?」


 ペンタブを走らせる僕の背中越しに理沙がパソコン画面を覗く。ちょっと見ないでくれないかな。差し障りがあるんだけど。あと背中に当たっているし!

 ……なにが当たっているとか聞いちゃうのはナンセンスだ!


「えー? 愛人と遊んでいるからじゃない? 昴の自業自得だよ?」


 ……愛人とか人聞きの悪いことは言わないでくれないかな? いやまあ、確かに“俺の嫁”は一ノ宮理沙こと、旧姓・岡本理沙だけどさ。アニメやゲームのキャラで“俺の嫁”は言えなくなっちゃったけど、愛人はないだろう、愛人は。

 もっともゲームに没頭し過ぎて原稿が遅れたことは自業自得だけどね……。


 岡本――嫁の理沙は高校時代と違って少し髪も伸ばしたし、日焼けもほとんどしていないし、薄化粧までしている。20歳越えるとUVケアは聖戦ジハードなんだそうだ。意味が解らないよ。

 理沙は競技としてのサッカーは高校で辞めて、今は屋外なら日焼け止めを塗り、屋内ならそのままフットサルを楽しむ程度になっていた。

 僕と言えば趣味が高じて漫画家としてデビューしつつ、仕事以外でも漫画を描いてイベントに参加している。

 エッチな同人誌も書いていることは、理沙にはしっかりとバレちゃってヘンタイとか言われる始末。もっとも悪意のない軽口だって知っているから大丈夫なんだけど。僕も猿顔で泣いたくせにって言い返すしね。


 そう。

 理沙は僕の描く漫画を知っているし、僕は理沙のぐしゃぐしゃの泣き顔を知っている。

 

 あの日、理沙の日焼けしていない肌を見た時、それは秘められた場所を暴いてしまったようで強烈な罪悪感に見舞われてしまった。

 そのまま黙って立ち去ることができなくて、僕は泣いている理沙に間抜けにも「タオルを持ってこようか」なんて声をかけてしまったんだ。

 みっともないところを見られた理沙は怒って恥ずかしがったけど、でもタオルが欲しいと素直に言ったので、僕は慌てて購買部でハンドタオルを買って渡したら、涙と鼻水を拭かれてしまった色気皆無の切ない思い出。

 でもそれをきっかけに僕と理沙は仲良くなった。

 理沙が3年生になって部活を引退したことも影響があったんだろう。

 サッカーに傾けていた時間の一部を、僕にもくれるようになったんだから。


 それまで僕にとって岡本理沙は格好いい女子だった。

 でも本当はぐしゃぐしゃの顔で泣いてちっとも格好良くないし、女子なのにユニフォーム焼けした肌は白と黒のツートンカラーで間抜けにも見えた。


 でも可愛い。

 すごく可愛いんだ。


 女子力低いなって感じていただけの、ただのクラスメイト。

 捲った袖から覗く隠れていた白い肌に女の子を意識してしまったクラスメイト。


 話すうちに白い肌と同様に彼女の中には、隠れた可愛い女の子成分が詰まっているんだって知ってしまった。

 

 僕は、岡本理沙が好きになった。

 漫画の女の子と違って岡本理沙は綺麗に泣かないし、ウェストは55㎝以上ある。


 そんな女の子。

 僕が好きなった女の子だ。


 僕はぐしゃぐしゃの顔で泣く理沙が好きだし、理沙ならウェストが太ましくても構わない。

 デビューのきっかけになった佳作入選は、担当してくれた編集さんにヒロインの女の子が魅力的だと褒めて貰ったのは理沙に内緒だ。

 佳作入選の漫画に出てくる、ショートカットでよく笑う女の子に恋するシーンは、我ながら良く描けて当然なんじゃないかな。

 だって実体験だしね。


 ただし捲れた袖から覗く肌を見て女の子を意識したとは描かず、無難に笑顔にしたのは――まあ、お察しください。脇フェチは少年漫画に難易度高いしさ。

 理沙にヘンタイと言われるのは平気だけど、理沙以外に言われるのはさすがに嫌だし。


 でも、一番の理由は、たとえ漫画のモデルでも、理沙の白い肌の部分を誰かに知られちゃうのは僕が許せなかったんだよね。


 あれは僕だけが知っていればいいんだ。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 腋はかぁ。まだ難易度高いなぁ。でもおにゃの子の肌の魅力はわかるぞえ 〈足、手のひら、二の腕、太もも、背中、鎖骨に魅力を感じる人のお言葉〉
[一言] 脇は理解出来ないが二の腕は良い物です
[一言] 脇フェチの気持ち分かります。
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