西尾維新著「ヴェールドマン仮説」
僕以外、家族全員名探偵。
なんとも心惹かれる帯に手を取った本作、実は西尾維新先生の記念すべき100作目となるそうです。100作目って……
推理小説といえば、頭のキレる探偵役とそれを補佐する苦労人枠のコンビで謎を解いていく、ホームズスタイルが主流ですよね。最近は探偵役も、探偵というよりは一分野に突出した変人というキャラクターが使われることも多いように思います。よくよく考えればシャーロック・ホームズも他の追随を許さない変人なので、今に始まった流行ではないのかもしれませんが。
閑話休題。
ともあれ、登場人物として主人公以外が探偵だらけという作品はあまり見たことない気がします。相変わらずぶっ飛んだ設定を考える人です。本作は、探偵ではない(厳密には彼の家族も探偵という訳では無い)主人公が、とある殺人事件について首を突っ込んでゆく話となっています。
吹奏野家の次男、真雲は推理作家の祖父と、法医学者の祖母を持つ、検事の父に弁護士の母の間に生まれた、刑事の兄とニュースキャスターの姉、探偵役の俳優をしている弟やVR探偵を自称する妹を持つ、25歳で無職の青年である。
9人家族の家事全般を請け負うハウスキーパーとして生活している彼の一日は、朝のニュース番組モーニングジャーナルを見ながら朝食を作ることから始まる。ちなみにモーニングジャーナルを見るのは、原稿を読み上げる姉の活躍を見守るためである。原稿を読み終えた姉が最近起きた殺人事件に対して持論を述べているニュース番組を、バラバラに起きてくる家族がそれぞれ巻き戻して頭から見て(そのため真雲は何度も同じ内容を聞くことになるのだが)、それぞれの視点で言葉を残して仕事へ出掛けるのが吹奏野家の日常だ。
今朝のトップニュースは、シングルマザーが殺されたというもの。死体にはテーブルクロスがかけられており、金品が盗まれた形跡はないために怨恨による殺人の線が強いという。推理作家の祖父が「社会的弱者を狙う犯行は、ミステリーにはならない」と言えば、検事の父は「死刑を宣告すべき凄惨な犯行だ」と憤り、「一人殺しただけで死刑はない」と弁護士の母が述べる。
さて、そんな朝の日常風景が、真雲以外の出勤(もしくは登校)によりひと段落したところで、彼もまた買い出しへと出掛ける。紆余曲折あり、公園の一角で真雲が首吊り死体を見つけたことで物語は動き始めるのですが……
まず私は勘違いしていたのですが、この小説は主人公以外の容疑者が名探偵、といった内容ではありません。それぞれに得意分野を持つ家族の力を(主にLINEで)借りつつ、謎の連続殺人犯ヴェールドマンを追ってゆくといったストーリーになっています。私の所感では推理小説というより、殺人事件とその調査を題材とした娯楽小説といった感じではないでしょうか。火曜サスペンスなどの展開に似ています。様々な謎が絡まって、ひとつに繋がるというよりは、疑惑をひとつずつ確かめていくといった感じです。推理小説だと思って読まない方がいいです。
この物語は、主人公である探偵役の真雲(身内の中で唯一探偵らしくない彼が主人公なのは皮肉である)が、姉が唱えたヴェールドマン仮説を反証していくパートと、犯人と思われる人物の自供パートが交互に折り混ぜられています。つまり二つの視点から書かれている訳ですが、故にと言いましょうか……言葉遊びのバリエーションが豊富です。西尾維新先生の特色として、ウィットに富んだ文章や台詞回しがありますが、本作は特にそれが全面に押し出されているように感じます。そして文章の脱線も多いです。きっと物語の展開に必要な文章だけを残したら、厚みが三分の一くらいになりそうですが、そこが西尾維新先生の良いところです。不要な文章を魅せる力がずば抜けてます。
本作は、あくまで個人的にですが、内容そのものよりもそういった「余計な文章」の部分を楽しむ小説ではないかと思います。
物語に関しては、この厚みでこれだけの登場人物を出せば仕方ない部分もあるとは思うのですが、イマイチ家族が名探偵だという部分を生かしきれてないと感じました。主人公が思いのほか優秀なんですよね。時折助言は求めるけれど、自分の考えである程度推し進めてしまえるので、家族の登場頻度が少ないです。ほとんど触れられず影の薄い人もいます。そこを期待して読んでいただけに、すこしガッカリした部分はありました。
いろいろ書きましたが、推理小説だと考えずに読み返せば面白かったし、純粋に西尾維新先生の言い回しを楽しみにしてる方には絶好の作品だと感じました。
改めて、100作目おめでとうございます。
西尾維新著「ヴェールドマン仮説」でした。