伊坂幸太郎著「マリアビートル」
私が手に取る小説は、どうして何かしらの続編であることが多いんでしょうか。今回紹介するマリアビートルもそのひとつです。
本作は、名作メイカー伊坂幸太郎さんのなかでも、特に有名な作品である「グラスホッパー」の続編となってます。グラスホッパーといえば、確か殺し屋のうんたらかんたらみたいな話だったと思うんですが(未読なので情報が断片的なんです)、本作でもうじゃうじゃと出てきます。というか登場人物の九割型が裏稼業です。怖い!
この作品は、複数人の登場人物の視点によって、場面転換しながら物語が進行していきます。
愛する息子が意識不明の重症で、またその息子をデパートの屋上から突き落とした犯人を心底恨む、元殺し屋の木村。彼は復讐のためアルコール中毒から抜け出し、消音機を取り付けた拳銃を忍ばせ、東北新幹線「はやて」に乗り込みます。そこに憎むべき悪魔がいるからです。
容姿端麗で優等生然としている14歳の中学生、王子こと王子慧は、「はやて」の指定席に座り笑みを浮かべています。彼はとても頭が良く、同時に悪魔的な本性を幼い顔に隠す支配者です。彼は、人をどのように刺激し、恐怖を植え付け、安心させてやれば意のままに動かせるのかをよく知っています。また、自分が子供であることを最大限に利用できる狡猾さも備えており、全てが良い方向へと転がる運の良さも備えています。彼は、デパートの屋上から突き落とした幼稚園児の父親の足音が、少しずつ近づくのを聞いて笑っているのです。
檸檬と蜜柑は、業界でも有名な双子の殺し屋です。実際には双子どころか兄弟ですらないのですが、見た目が似ていることから双子と、もしくは兄弟だと勘違いされることが多く、蜜柑はそれを嫌っています。檸檬は、直感型でわりかし大雑把な性格。子供向け番組「機関車トーマス」をこよなく愛し、作中でもよくトーマスの話を引き合いに出します。人生の教訓をトーマスから学んだと豪語するほどです。対して蜜柑は、冷静沈着で理性的な殺し屋です。暴走がちな檸檬の綱引き役とも言えます。文学をこよなく愛しますが、檸檬曰く、小説の台詞を引用し始めたらマジギレする数秒前だそうです。彼らは、闇世界で大きな力を持つ峯岸からの依頼で、彼の息子を誘拐犯から奪い返し、身代金と共に峯岸が待つ盛岡へと向かいます。東北新幹線「はやて」に乗って。
天道虫は本当に運に見放された殺し屋です。見放されたどころか、不運の女神様と結婚状態です。何でもない仕事のはずが、彼にかかればダイハードも裸足で逃げ去るような悲劇へと変わってしまいます。「洗車をした日には必ず雨が降る。ただし、雨が降って欲しくて洗車をした場合を除く」をそのまま体現したのが天道虫です。犬も歩けば棒に当たると言いますが、彼の場合はその棒が偶然倒れて、それに車輪をとられた車がそのまま彼目掛けて突進してくる所までがセット。そんな彼に今回託された依頼は、トランクをひとつ持って、次の駅で降りること。つまり東北新幹線「はやて」に彼もまた乗っています。
さて、唯一新幹線に乗っていないのは、飛び出し自殺請負人……通称、押し屋と呼ばれる殺し屋のアサガオです。彼は馴染みの仲受け人に頼まれ、ある場所へと向かいます。それがどこなのか、他の話がどこで繋がるのかは、終盤までのお楽しみです。
とにかく各々の目的を持って、殺し屋達が(若干一名はただの悪魔ですが)東北新幹線という閉鎖的な空間に密集するわけです。殺し屋の宝石箱です。。。あんまり開けたくありませんね。
しかも、展開が進むにつれ登場する殺し屋は何故か増えていきます。新幹線という限りなく小さな空間で繰り広げられる群像劇。果物コンビが身代金が詰まったトランクを無くしたと思うと、天道虫は目的地で降りれなくて涙目。仕方なくトランクを隠してみたら、不運爆発でトランクは行方不明。さらにはせっかく助けた峯岸の息子もいつの間にか死んでるもんだから檸檬と蜜柑は大慌て。王子は檸檬にパーシーとあだ名を付けられ、その頃木村はトイレに篭って必死にトランクの開錠を試みる。
それぞれの視点で語られる、個性豊かな登場人物が織り成すサスペンス。木村と王子の関係は? 果物コンビと天道虫、最後に笑うのは? ウィットの効いた台詞が飛び交う、1行たりとも飽きさせない作品です。さすが伊坂幸太郎さんとしか言えませんね。
ちなみに今作、続編とは言っても登場人物に一部の繋がりがあるくらいで、前作と切り離してひとつの作品もして見ても全く遜色ない内容です。伊坂幸太郎さん読んだことないなぁ……という方は是非、手にとって見てください。グラスホッパーから読むのもいいかもしれませんね。私はまだなので強くは勧められませんが。
伊坂幸太郎著「マリアビートル」でした。