悪の秘密結社の下級戦闘員を拾ったのですが、中身は美少女でした。(オリジナル版)
平成28年11月26日、全面改稿を実施しました。
これは、前話までの『分割投稿』をまとめたものですので、ご注意下さい。
1.下級戦闘員は美少女!?
僕はいつものように、早朝の河川敷をランニングしている。名前は高木慎一といい、高校の2年生で、特に体育会系クラブには所属しておらず帰宅部なのだが、健康増進のために、小学校の頃からの日課であるランニングを惰性で続けていた。
河川敷はいつもと様子が異なり、地面が抉れていたり、河川敷に沿って植えられている桜並木の一部が折れたり、焦げたりしていた。
別に台風が来た、とかの自然災害ではない。僕たちの世界には、『悪の秘密結社』やそれに対抗する『正義の味方』が普通に存在するのだ。
ここは昨夜、彼らの戦闘が行われた場所であり、この惨状は、その名残なのだ。
先程まで、警察が現場検証のために、立ち入り制限をかけていたのだが、僕がランニングする頃には、立ち入り制限を解除し、引き上げるところだった。
物珍しげに周囲の景色を眺めながらランニングを続けていると、草むらの中に何かある。興味を惹かれて近づいてみると、悪の秘密結社の下級戦闘員と思われる『もの』が倒れていた。戦闘現場から少し離れた場所であったため、警察も見逃したのであろう。
このコスチュームは確か……、悪の秘密結社『ネクロ』の下級戦闘員服だったと思う。以前に、テレビの報道番組で、死霊超人の周囲にて「キィー」との奇声を発しながら戦闘支援しているこいつらを見た記憶がある。
通常、このような場合には、警察に通報すれば、直ちに身柄を引き取りに来てくれる。
ここで警察は、通常の一般人が相手では、取り調べたり拘留したりと、ごく普通の対応をするのだが、悪の秘密結社構成員には、人権が無く容赦がない。戦闘後、証拠隠滅のために、遺体も含めて未帰還戦闘員が自爆してしまうので、危険な害獣や野良犬などと同列の扱いとなるのだ。この下級戦闘員は、何らかのトラブルで自爆できなかったようだ。
滅多に無いことだが、生きたまま捕縛された場合には、問答無用で防爆仕様のガス室に送られ処分される。そして遺体は、そのまま焼却処理され、ガス室から出されるときには一握りの骨灰になっているという。集められた骨灰で、仏像を作って供養はしているようだが、扱いとしては野良犬や野良猫と同列なのである。
僕も市民の義務に従い、通報しようと思ったのだが、近付いてみると下級戦闘員は、戦闘による負傷から気を失っているだけのようだった。そして、全身に泥を被り薄汚れてはいるものの、身体の一部が欠損しているとか、多量の血液を流すなどといった、外見的な異常は無いようである。
危険が無いと勝手に判断して、間近で観察してみると、破損したマスクの隙間から、艶やかな黒髪と、可愛い顔の一部が覗いていた。
僕は興味本位にマスクに手をかけ、取り外してみたのだが、まだ幼さの残るとても美しい美少女の顔が現れた。
どうやら、一瞬の内に昏倒させられたのか、ただ眠っているかのような表情で、長い睫、小作りで筋の通った鼻梁、固く閉じられた可愛い口元と完璧なパーツが、理想的に配置された美しい顔だった。また、素肌も色白で肌理も細かく、染みひとつなかった。
この瞬間、僕の意識は、この下級戦闘員が草むらに落ちていた『もの』から『ひと』へと変化していった。呼吸も浅いながらしっかりしており、いつ気付いても良さそうな状態だったのだが、軽く揺すっても起きる気配はなかった。
多少の危険があっても、これはもう、お持ち帰りするしかないでしょう!!
と言った結論に直ぐに到達した僕は、早朝でしかも先ほどまで立ち入り制限されていたためか人通りのない道を、彼女を背負って歩き出した。それから、遺留品を残しておくと、後々面倒が起こる可能性もあるため、取り外したマスクなどもしっかり回収した。
しかしながら、家まで誰にも見られずに戻ることは困難なので、川沿いに建っていた廃屋に彼女を運び込んだのである。
廃屋の2階の寝室に、残されていた古びたベッドに彼女を寝かせ、僕は必要なものを取りに一旦、自宅に戻ることにした。
自宅に戻ると時間的には、いつものランニング帰りと大差無かった。僕は大急ぎで朝食を摂った後、母響子の部屋に忍び込み、勝手に衣装を漁った。それから自室に戻り、ネットの掲示板で金を出せばなんでもしてくれるという触れ込みの石田医院を探し出し、最後に今まで貯めた貯金を握り締め、いつも通りを装って家を出た。
学校には向かわず廃屋に戻ってみると、下級戦闘員の少女は、まだ意識を取り戻してはいなかった。このことに安堵しながら、彼女の着ている戦闘服を脱がせていった。意識が無く、弛緩した彼女の戦闘服を脱がせるのには大変苦労した。また、戦闘服なので、普通の服にはない構造の、織り込まれたプロテクターや意味不明の意匠の突起なども、脱がせる障害となったのである。
そして、その戦闘服の下は、胸にサラシを緊く巻き、下半身には安物の色気も無いパンツを穿いていた。
彼女の身体つきは、まだ少女特有のアンバランスさを残しているものの、とても綺麗なのだが、腹部と胸部に内出血のためか変色しているところがあり、痛々しかった。
サラシを緩めてみると、予想以上に豊かな胸が零れ出た。下着は持って来なかったので、サラシを改めて巻き直そうとしたのだが、どうしても上手く出来ず、諦めることにした。
サラシが取られて晒された彼女の乳房は、とても柔らかそうで、今までに女性の乳房を生で見たことなど無かった僕には、目の毒だった。僕は、彼女の乳房から視線を逸らせながら、自宅から持ってきた母の洋服を着せたのだが、脱がせるよりも更に大変で、汗だくで悪戦苦闘することとなったのである。
脱がせた戦闘服は、折りたたんでカバンに放り込み、着替えさせた彼女を背負って廃屋を後にした。今の彼女であれば、誰も悪の秘密結社の下級戦闘員だとは思わないだろう。
いつもなら、学校で授業中だなと思いつつ、河川敷を歩いていると、うまい具合に流しのタクシーが通り掛かったので乗り込み、ネットで探した医者の所に向かったのであった。
タクシーに乗り込む時、意識の無い少女を背負った僕のことを、運転手が訝しむかもしれないと心配したのだが、目的地が医院であったためか、特に問題は起こらなかった。
2.彼女の名前はFEF5619!?
石田医院の石田啓医師は、どこか影のある細身の神経質そうな中年男性だった。石田医師に彼女を預けると、無言で診察を始め、レントゲンなども撮って検査してくれた。
石田医師の看立てとしては、胸部や腹部の打撲は大したことが無く、内臓への深刻なダメージも、今のところは見られないという。意識が戻らないのは、昏倒したときに後頭部を地面に打ち付けたからではないかと推定したが、脳にも異常が見られないので、一両日中には意識を取り戻すだろうと説明してくれた。
「身体のあちこちに異物が埋め込まれているがどうするか?」
「摘出手術をお願いできますか?」
「良かろう……、だが、その前に手術代は前払いだ」
「はい、ネットで調べて知っております。これが僕の全財産です」
怪我が大した事なくホッとしたところ、体内に埋め込まれた異物について尋ねられた。彼女の身体には、自爆用の超小型高性能爆弾や、その受信器などが埋め込まれていることは、想像できる内容であったため、僕のほぼ全財産を渡して摘出手術を依頼した。
「手術するにはちょっと金額が足りないが、この美しい少女に免じて引き受けよう」
石田医師は、勿体ぶってはいたのだが、なんとか摘出手術をして貰えることになったのである。
「通常の摘出手術では、大きな傷跡が残ってしまう。この美しい少女の全身がフランケンシュタインのようになってしまい、摘出手術が成功しても可哀想なことになるが、俺の術式ならほとんど傷跡も残らず完治するよ」
「石田先生、よろしくお願いします」
「うむ、全力を尽くそう。摘出手術の術式は、――」
石田医師は、摘出手術の概要を説明してくれた。
摘出手術では、メスで皮膚を切り裂き、筋肉などの生体組織を鉗子などで広げて異物を摘出するのかと思っていたのだが、実際には皮膚に小さな傷口を作り、マイクロマニュピレーターを挿入して異物を摘出するのだという。そして摘出した後は、傷口に医療用のナノスキンを貼りつけて終了という、お手軽なものだった。
そして、摘出された危険な異物は、石田医師の伝手で処分して貰うこととなったのである。こうなっては、彼女の素性は、石田医師にはバレバレではあったが、気付かぬ振りをしてくれている様子だった。
「明日になれば意識も戻るだろう。摘出手術の身体への負担は、大した事がないので、そのまま退院できるだろうよ」
石田医師から術後の経過予測が説明されたため、僕は一度自宅に戻り、明日出直すことにした。
なお、術後の痛みで暴れるといけないので、ベッドに拘束しておくと説明されていたが、彼女が逃亡する可能性を懸念しての処置のような気がした。
翌日は、都合の良いことに日曜日で、母に事情を説明するまでもなく石田医院を訪れることが出来た。ちなみに父は、海外赴任中のため、ずっと家を留守にしている。
「おはようございます、石田先生。彼女の容態は如何ですか?」
「少女は既に覚醒しているよ」
医院に入ると、石田医師から少女の状況説明を受け、彼女が拘束されているベッドに向かった。
彼女のベッドは個室にあり、僕は他人を交えず、彼女と初めの相対をする事が出来た。
「わたくしは、ネクロ所属の下級戦闘員『FEF5619』であります」
FEF5619は、僕の姿を認めると、可哀想なぐらい緊張した面持ちと、震える声音で語り出した。その声は、可愛らしい少女のものであったが、形式張った軍隊言葉で報告をしているような感じである。
まあ、正直言って「キィー」とでも言われたら如何しようかと思い悩んでいたのだが、流石に杞憂に終わってホッとしたものであった。
「貴官は組織の命により、自爆装置が作動不良で生き恥を晒していたわたくしの自爆装置を回収されたのでありますか?」
どうやら、摘出手術の痕を確認したのだろう。
「そして尋問後に、わたくしを処分するために訪われたのでありましょうか?」
下級戦闘員のFEF5619は、観念したような、諦観の表情で問い掛けてきた。
「お手数をお掛けして申し訳ございません。無理なお願いであることは承知しておりますが……、処刑されるときには反抗は致しませんので、一息でお願いします……」
僕が無言でいると、肯定と勘違いしたのか、僕の事を組織の処刑人と思い込んでいるらしく、淡々と話してきた。
美少女の何もかも諦めたかのような表情は、見ていて辛いものである。
FEF5619の見た目はとても可愛いが、やはり悪の秘密結社の『下級戦闘員』なのだなと思われるのと同時に、FEF5619には名前が無く、認識番号で管理される最下級の駒であるという現実は、僕にとっては逆に都合の良いものであった。つまり、悪の秘密結社としては、この可憐な少女の生死に興味が無く、作戦後の機密漏えいのみに注力しているだけだと思われたからである。
「僕は高木慎一、普通の高校生だよ。昨日、偶然に倒れている君を見つけたので、この医院に連れて来たんだ。君の名前は『FEF5619』というの? 可笑しな名前だね」
僕が自己紹介と昨日の簡単な説明をしてあげた。
「一般人!? な、何ということ!!」
FEF5619は、そう言って絶句している。
「わたくしは未帰還戦闘員扱いであり、偶然の悪戯か自爆も出来ずに生き残っただけでも処分されるのに十分な理由なのに……。一般人に素顔を晒したばかりか、会話するなんて……」
FEF5619は、間も無く泣き出してしまった。
「これでは……、見せしめのために酷い拷問を受けた後に処刑されるわ……」
FEF5619、呟きながら嗚咽している。当初とは打って変わり、泣き出したFEF5619は、普通の女の子らしい護ってあげたくなるような可憐さだった。
「たぶん、悪の秘密結社は、君のことをロストしていると思うよ。それに、君の身体に仕込まれていた異物は全て摘出したから……、君は自由になったと思うんだけど……」
しばらく待って、落ち着いて来たので、状況説明をしてあげた。
「自由……!? どうして、そこまでして頂けるのですか? わたくしはただの消耗品です……」
FEF5619は、泣き腫らした瞳で訴え掛けてきた。
「君がとても可愛いから!! では理由にならないかな?」
「本当ですか?」
僕はFEF5619の可愛さと、その裏に隠された独占欲で答えたところ、疑わしそうに訊いてきた。
「僕も君を見つけた当初は、警察に通報する心算だったんだけど……。仮面が外れ掛けていて、偶然にも綺麗な黒髪と顔の一部が見えたから、気になって仮面を外したんだ。もし、僕があの時に通報していたら、今頃君は『殺処分』されて骨灰になっていると思うけど……」
僕の醜い独占欲を糊塗するために、FEF5619に畳み掛けた。
FEF5619自身も改めて状況確認してみたが、少年のいう通り結社は、自分のことをロストしている可能性が高そうだ。しかも、体内に仕込まれていた自爆装置なども取り外されている……。
「……わたくしは……、生きていても良いのでしょうか……」
FEF5619は、呆然としながらも、誰かに許しを請うように呟いた。
「少なくとも、僕は君に生きていて欲しいな」
一時は、絶望していたFEF5619であったが、だんだんと昨日からの経緯が理解されるのに伴い、今まで感じたことのなかった安心感が心の中に広がっていき、強張っていた身体が徐々に弛緩していった。
「拘束具を外したいんだけど、良いかな?」
僕は、FEF5619の瞳を見詰めながら尋ねた。
「はい……」
それに対して、FEF5619も素直に、答える事が出来たのである。
程無くして、ベッドに拘束されていたFEF5619は、解放された。
「起き上がる事は出来る?」
僕は、殊更に優しく声を掛けた。
だがそれは、FEF5619にとって初めて掛けられた優しい言葉で、今度は嬉涙が頬を ― ツウゥゥ ― と伝っていった。嬉しくても涙が出るという事は、FEF5619にとって初めての経験だった。
戦闘による打撲と、摘出手術によるダメージは確かに辛かったが、寝込んでしまう程では無かったらしい。
「命を救って下さり、ありがとうございました」
FEF5619は、ゆっくり起き上がると、僕に向かって頭を深く下げ、お礼を言う事が出来たのであった。
FEF5619は、下級戦闘員の中でも、華奢で体力が無かったことから、訓練ではいつも、罵倒されていた。また、昨夜の作戦でも正面戦力として期待できなかった事から、斥候として戦場から離れた場所で索敵していたのだが、皮肉なもので、昨夜の戦闘で生き残ったのは、実はFEF5619のみだったのだ。
一方、僕は、FEF5619が起き上がれた事にホッとした。実はもう、お金が殆ど無かったのだ。
「FEF5619は、これから何処か行くあてはある?」
「結社から外れてしまったわたくしには、何処にも行くところがありません」
僕がFEF5619の進退を訊いてみると、当然のことながら、そんなものは無いと寂しそうに答えてくれた。
「FEF5619が良ければ、僕の家に来ない?」
「わたくしのような下賤な『もの』がお邪魔してはご迷惑を掛けてしまいます」
FEF5619は、僕の申し出を断わった。
「是非来て欲しいんだ!!」
僕は、再び言い募った。
「本当に宜しいのでしょうか?」
「もちろん!!!」
僕の熱心な説得により折れたFEF5619は、僕の家に身を寄せる事となったのである。
「そう言えば、名前が無いと不便だね」
「そうでしょうか? 今までは認識番号だけで十分でしたが?」
「FEF5619では僕が呼び難い。好きな呼び名はある?」
「いえ、今までそんな事は考えたことも御座いません」
「じゃあ、僕が名付けても良い?」
「……はい」
「では……、キリカと言うのはどう?」
「綺麗な響きですね」
「じゃあ、キリカで決まりだ!」
こういった会話を経て、『FEF5619』は、『キリカ』と名乗る事になったのである。
その後も、キリカの人物設定として、暴漢に襲われて倒れていたところを僕が助けた。
気が付いたキリカは、一時的な記憶障害のためか、名前しか覚えていなかったというストーリーを僕は、でっちあげた。
ここまで決めたふたりは、石田医院を出て、古着屋でキリカの衣装を整えた。
また、僕は街を歩いていて暴漢に襲われたらしい路上で倒れていた少女を助けたのだけれども、少女はキリカという名前しか覚えていなかったこと、警察に連れて行ったのだけれども身元を引き受ける人がいなかったので、しばらくの間、家で預かる事になったことなどを自宅の母響子に連絡した。
母は僕からの突然の連絡に、完全には納得しなかったものの、少女を預かることは渋々了承してくれた。
ここまで準備した僕は、キリカを伴って帰宅の途に就いた。
キリカは稀有な美少女であったため、彼女を連れた僕は、母響子からの嫉妬まじりの視線に晒されるという、初めての体験をすることになる。
そして、やっとの事で自宅に辿り着き、玄関を開けると母が待っていた。そして、母は、キリカをひと目見て気に入ってしまったのだった。
こんな訳で、ごく普通の高校生である『慎一』と、悪の秘密結社の下級戦闘員だった『FEF5619』こと『キリカ』が同居する事になったのである。
3.キリカは秘密の同居人!?
無事、キリカを同居させることに成功した僕は、キリカを彼女の私室に宛がわれた2階の物置部屋に案内した。
「この物置部屋を整理してキリカの私室にするぞ! 頑張って掃除をしような、キリカ」
「はい、慎一様」
それから、ふたりで数時間を掛けて室内の不要物を移動させたり、寝具を持ち込んだりしていくと、なんとか彼女の居室としての体裁を整えることが出来たのであった。
「キリカ、何とか女の子の住める部屋になったね」
「慎一様、ありがとうございます。今までは大部屋での雑魚寝でしたので、夢のようですわ」
「キリカのような美少女を雑魚寝させるとか、信じられないよ!」
「わたくしは……、落ち零れでしたから……。それに、今までは冷たいコンクリートの床でしたが、畳の柔らかさといったら……、とっても素敵です」
「ここは、物置部屋だったので、畳も古くて少し黴臭いけれどな」
「わたくしに取っては、天国ですわ」
キリカは、下級戦闘員の中でも落ち零れと看做されていたので、酷い扱いだったらしい。
「だいたい片付いたので休憩しよう。家に着いた途端に重労働させてごめんね」
一階のキッチンから飲み物とお菓子を持ってきた僕は、キリカに飲み物を手渡して声を掛けた。
「慎一様、下級戦闘員のわたくしには、大した作業ではありませんわ」
可愛く、オレンジジュースの入ったコップを持ったキリカが、小首を傾げて返事をしてくれた。
「……キリカは、お嬢様っぽい話し方をするけど、他の下級戦闘員も同じだったの?」
僕は、キリカが喋った時から疑問に思っていたことを尋ねてみた。
「わたくしの言葉遣いは、死霊超人を開発している研究者のおひとりが、戯れに教えて下さったものです」
すると、キリカは極秘情報を教えるように答えてくれた。現在のキリカは、古着屋で購入した野暮ったい服を着ていたのだが、それでも何だかとっても眩しかった。
「ところで、キリカはどんな風に生きてきたの? 下級戦闘員の生活なんて想像出来ないからね」
「わたくしたち、悪の秘密結社『ネクロ』の構成員は、基本的に両親から生まれた普通の人間ではないのです。慎一様、わたくしの事が嫌いになったのではありませんか?」
「僕に取っては、キリカが物凄い美少女であるだけで十分に嬉しいのだけど……」
「あ、ありがとうございます、慎一様。わたくしたちは、――」
それからキリカは、自身の生い立ちなどを ― ポツリ、ポツリ ― と話してくれた。悪の秘密結社の秘匿事項に抵触する内容も包含していたため、話し辛いようだった。
悪の秘密結社ではどこでも、下級戦闘員は大量消耗品であるため、その充当に苦労しているという。ある組織ではネットで堂々と人材募集しているが、募集要項に『下級戦闘員組合あり』と記載したために、結社のご当主様は、下級戦闘員と定期的に『団体交渉』するはめに陥っているらしい。
キリカが所属していた『ネクロ』では、各地の病院に保管されていた精子や卵子を強奪し、人口子宮で受精から出産までを成長促進薬を用いることにより3ヶ月で済ませ、さらに得られた赤ちゃんを成長促進漕に容れることにより、約3年で見かけ14~16歳に成長させてから、下級戦闘員の実地訓練を半年程度施して実戦に投入していたという。また成長促進漕には、一般常識を脳に焼き付ける機能もあったので、僕と会話する事が出来たのだという。
キリカの場合、設定年齢は15歳であり、誕生からの実年齢はもう数ヶ月で4歳になるのだと説明してくれた。
それから驚愕の事実だが、下級戦闘員には美少女や美少年が多かったというのだ。理由として考えられるのは、組織が強奪した卵子や精子の提供者に美男美女が多かったのが原因らしい。
従って、下級戦闘員の中では、キリカの容姿は凡庸であり、階級は純粋な戦闘能力で決められたという。そして、キリカは、下級戦闘員の中でも体格が華奢で体力が無かったので、無能呼ばわりされていたのだ。
「わたくしは、能力不足で処分される寸前の不良品でしたわ」
「そ、そんな事はないよ! 会話をしていると知的だし、可愛いし……、アイドルでもこれだけの美少女は滅多に見ないレベルなんだよ!!」
「わたくしの事をそんなに褒めて下さるのは、この言葉遣いを教えて下さった研究者の方についで2人目ですわ」
「そ、それはちょっと妬けるけれど、他の奴等の目が節穴なんだよ」
「ありがとうございます、慎一様。わたくし、元気が出て来ました」
ちなみに、下級戦闘員が「キィー」という奇声を発するのは、マスクを被ると通常の会話が、その様に変換されてしまうからだそうだ。しかも興味深いことに、下級戦闘員同士では何となく意思疎通出来ているという。
「そ、それにしても……」
キリカと会話していると、僕の視線がキリカの胸元に吸い寄せられる。キリカの胸の膨らみは、高校2年生で青春真っ盛りの僕にとっては目の毒だった。
「慎一様、この胸が気になりますか? こんなに膨らんで見苦しいですわよね?」
「何を言っているんだ、キリカ? キリカの胸はとっても魅力的だ!」
キリカは、自身の乳房が嫌いなようだが、僕に取っては刺激が強すぎるだけである。
「慎一様、乳房など膨らんでも邪魔なだけですわ。ただの脂肪の塊です……」
「キリカ、それは違う! 女の子の乳房には男の夢が詰まっているんだ!!」
「男の夢ですか? 何にしても慎一様に気に入って頂けて、嬉しいですわ」
「キリカの胸はとても魅力的なんだから、自信を持って胸を張っていれば良い」
「こ、こうですか? 何だか慎一様に見詰められて恥かしいですわ」
「ご、御免、キリカ。それだけ、キリカの胸が魅力的なんだよ」
「あ、ありがとうございます、慎一様。秘密結社では――」
実は、キリカは、下級戦闘員のコスチュームが嫌いだった。設定年齢に比して豊かな胸の双丘が、胸部を圧迫していたからだ。
同期の友達にも、やはり胸の大きな少女がいたのだが、胸の大きさが戦闘技能の上達を阻害していると教官殿に判断され、強制的に乳房の切除手術を受けさせられたという。暫くして、退院した彼女に声を掛けると、平らになった胸部を見ながら「さっぱりした……」と、言っていたのだが、目許は泣き腫らした跡があって、痛々しかったという。そして、彼女は10日前の戦闘で、既に散華しているのだという。
「わたくしの乳房も邪魔と判断されて、切除手術を受ける寸前までいきました」
「こんなに素晴らしい、女の子の宝物を切り取るなんて、悪の秘密結社らしい所業だな」
「わたくしの場合は、研究者の方が取り成して下さいましたの」
「僕としては、キリカに言葉与え、乳房を救ってくれた恩人ということかな。その研究者の人は……」
また、落ち零れのキリカ自身も、乳房の切除手術を受けさせられそうになったことがあるらしい。その時には、懇意にしていた死霊超人の研究者が取り成してくれたのだという。そして、乳房を固定するサラシを渡してくれたので、訓練終了まで事なきを得たのだと言う。
「……、それで、その研究者には、接吻をされたり胸を触られたりはしなかった?」
「わたくしは、消耗品の下級戦闘員ですから、生殖行為の対象には為らなかったのですが……、何だか慎一様に言われると、胸が時めきますわ」
「僕の事が気になるの!? キリカ?」
「はい、慎一様は、わたくしの命の恩人ですし……」
僕は無意識にキリカの胸を凝視していたらしく、彼女の頬が羞恥のためか真っ赤に染まっていった。僕としては、こんなに良い乳房を取ってしまうなんて、なんて邪悪な組織なのだろうという感想だったのである。
そして、僕とキリカは、視線を逸らせて恥じらい合った。
「このお菓子、とっても美味しいですわ!!」
「そう、それは良かった」
場の雰囲気を変えるためか、キリカはお菓子をひとつ取って口に入れた途端、僕が若干引くくらいに喜んでくれた。
キリカに事情を尋ねると、下級戦闘員に与えられる食事は味気ない固形物と水のみだったのだという。各種栄養やビタミン類を理想的に配合されていたらしいのだが、僕にはとても耐えられないものであり、食料というより餌といった方がしっくりくる内容だった。
こんな状態であったから、キリカは私物をまったく所持していなかったし、少ない人生経験も、下級戦闘員としての訓練に塗り潰されていたのだ。
「キリカ、これからはふたりでゆっくりと思い出を作っていこう」
僕は自身の望みでもあるように、キリカに声を掛けた。
「慎一様、うれしいです」
瞳に涙を溜めたキリカは、感極まって涙を流しながら喜んでくれた。
部屋が片付くのを待っていたかのようなタイミングで、母がやって来た。
「慎一、キリカちゃんは身一つで我が家に来たのよね?」
母は、何かを探るような顔をして確認してきた。
「そうだよ。僕が助けた時には、何も持っていなかったんだ」
僕は、母に同意した。
「キリカちゃんには服や下着に日用品が必要よね。これから買いに行くので準備して」
「あ、あの……わたくしは、今着ている服だけで十分なのですが……」
「キリカちゃんみたいな、娘が昔から欲しかったのよ。こんなに可愛いんだから、可愛い服を着る義務があるの。わたしは、我が家での法律よ!」
「あの……慎一様。わたくしはどうずれば宜しいのでしょうか?」
「キリカ、済まないけれど、母の言うことを聞いてあげて」
「はい、慎一様。慎一様がそう仰られるのならば、喜んで付いて行きますわ」
「キリカちゃんは、慎一と仲が良いのね。ちょっと焼けちゃうわね」
と、言うや否や、母は僕からキリカを強奪して買い物に出掛けてしまった。母は、相当にキリカのことが気に入ったようだ。それでも、キリカが実は、悪の秘密結社の下級戦闘員だとバレると警察に通報されてしまうという確信がある。そうなってしまえば、キリカは『殺処分』されてしまう。
実は、母響子には幼い頃に、悪の秘密結社の人質にされたことがあり、その時に友達が射殺されたというトラウマにより、日頃から悪の秘密結社のことは蛇蝎の如く、毛嫌いしていたのだ。
母には、キリカの正体が露見しないようにしないといけない。
4.キリカを通報しますか!?
その日の夕方遅くに、ふたりは草臥れた状態で帰ってきた。どうやら、母は、気合を入れてキリカを連れ回したらしい。また、キリカの衣装も、外出する前の僕が与えたやや野暮ったい古着から、キリカの美しさに負けない可愛いワンピースに着替えていた。他にも色々と購入したようだが、持ちきれないので、後から業者が配達してくるのだという。
「おかえりなさい。それからご苦労様でした」
「どう、慎一、キリカちゃんが見違えたでしょ?」
「響子お姉さま、……恥かしいです……」
「キリカちゃんは、この恥らう表情が、また可愛いのよね」
「お母さんもキリカも玄関で駄弁っていないで、家に入ったらどう」
「御免ね、慎一。それだけ、今日のお買い物が充実していたのよ。それにしても、どうしてわたしは娘を産まなかったのか……、今日はとても後悔したけれど、その隙間をキリカちゃんが埋めてくれたわ。」
「響子お姉さま、こんなわたくしで良ければ、いつでも付き合いますわ」
「ありがとうね、キリカちゃん」
延々と続いた母とキリカの掛け合いを聞いて、僕は苦笑した。それから、僕は、母から解放されたキリカを引き取り、キリカの私室に連れて行った。
「キリカは、摘出手術を受けたばかりなのに、連れ回すなんて……。お疲れ様、キリカ。疲れなかったか?」
「正直に申しまして、少々というか、それなりに疲れていますが、戦闘訓練よりは楽ですわ。それに、響子お姉さまには、お世話になりました」
「母は、自分の事を『響子お姉さま』と呼べと言ったのか?」
「響子お姉さまは、おかあさまと呼ばれるのはお好きではないそうですわ」
「母も年甲斐もなく……」
僕は母がキリカに『響子お姉さま』と呼ばせていることに頭が痛くなったのであった。
夕食のおかずは、デパートの惣菜をメインとしたもので、母が素早く配膳したが、いつもよりも遅めの夕食となった。キリカは、我が家に来て初めての食事だったことから緊張しているのか、ややぎこちない所作で食事していた。
「キリカ、この料理は、この調味料を掛けると美味しいよ」
「……、ほ、本当ですわ、慎一様、ありがとうございます」
今まで彼女に与えられていた食事は、固形物と水のみだったので、食べ方の分からないものもあったのか、時折僕の食べ方を横目で見ているようだった。こんな調子であったため、世間話ができる状態ではなかったのだ。
「――警察発表によりますと、着弾した流れ弾は――」
僕は、その沈黙に耐えかねてテレビのニュース番組を選局したところ、僕の通っている高峰高等学校に悪の秘密結社と正義の味方の戦闘の流れ弾が着弾し、校舎の一部が損壊したことにより当面休校になるというニュースが流れてきた。
「……また、悪の秘密結社が悪事を働いたのね。あいつ等は、徹底的な駆除が必要だわ」
「…………」
母はテレビ画面を、仇を見るかのように睨んでいたし、キリカの方は、身の置き場所が無いといった風情で固まっていた。一方、僕にとっては当面キリカと一緒にいられることから、休校は、朗報であった。
夕食後、私室に戻ったキリカは、やはり慣れない行動による気疲れのためか、すぐに寝入ってしまったようだ。
翌朝、僕は夜明け前に起き出し、日課となっているランニングに行く準備をしていると、物音に気付いたのかキリカも起き出し、僕の部屋にやってきた。キリカは昨日母に買って貰った夜着を着ていたのだが、嬉しいことにノーブラであり、動くたびに乳房が ― たゆん、たゆん ― と揺れていたのだが、キリカ自身は気付いてもいないようだった。
「おはよう、キリカ」
「おはようございます、慎一様。どこかに行かれるのですか?」
朝の挨拶をした後、キリカは、僕がスポーツウェアを着ているのを見て質問してきた。
「日課のランニングだよ」
僕は、素っ気無く答えた。
「わたくしもお供させて下さい」
キリカは、何やら思い悩んでいるような顔をしており、瞼には隈が出来ていた。
「今日は休んでいて。ナノスキンが取れて体力が全快したら一緒に行こう」
「……はい、慎一様」
キリカは美しく、見掛けた人々にとっては印象に残りやすい。また一昨日、体内に仕込まれた異物の摘出手術を受けたばかりであったので、やんわりと断わった。その返事でキリカは一応納得したようだったが、実のところ、昨日の段階で、母に連れ回されていたという事実は失念しているようだった。
多分、母の心無い言葉が、キリカを傷付けたのではないかと思うが、こればかりは時間の流れで解決するしかないだろう。
「キリカちゃん、そちらのボールと卵を取ってくれるかしら」
「はい、響子お姉さま」
ランニングを終えて帰ってみると、キリカは、母の指導を受けながら、ふたりで仲良く朝食の準備を進めていた。まるで親子のようだと一瞬思ったのだが、母の娘としてキリカをみると、可愛過ぎてバランスが取れていなかったことが、逆に微笑ましかったのであった。
それから3日経ち、キリカは、すっかり我が家に馴染んでいた。ただ、キリカに刷り込まれた一般常識は、当然のことながら大きな偏りがあり、ときおり頓珍漢な対応をしていたのだが、一時的な記憶障害という設定のお蔭で、致命的な破綻に及ぶことはなかったのである。
「『ネクロ』は、キリカのことを完全にロストしているようだね?」
「はい。そうですね」
ところが、気の緩みがあったらしく、会話を母に聞かれてしまった。
僕が人の気配で後ろを振り向くと、母が無言で睨んでいた。
「慎一、今の会話は何? 『ネクロ』って言ったら、数日前に近所で暴れた悪の秘密結社の名前よね?」
母は、深刻そうな様子で尋ねてきた。
「慎一様……」
母の只ならぬ雰囲気に、キリカは既に涙目で、僕を呼んでいた。
僕は、母からキリカを庇うような位置に割り込むと、キリカが抱き付いてきた。キリカは顔色も悪く小刻みに震えていたが、こんな時でも、僕の背中に触れた胸は柔らかく、艶やかな黒髪からは、仄かに甘い香りがしていた。
「キリカちゃんは……、悪の秘密結社の構成員だったのね……」
僕とキリカの様子から、母は、キリカの事情を察したようだった。
この瞬間、僕とキリカの刻は凍りつき、キリカのことを警察に通報されて『殺処分』される情景が頭を過ぎった。
「慎一、キリカちゃんのことを話しなさい」
僕たちにとっては無限とも思える時間の後、母は厳かに事情説明を求めてきた。
「あの朝、いつものように早朝ランニングをしている途中で――」
「響子お姉さま、慎一様は何も悪くはないのです……。どうかわたくしの事は、警察に突き出して下さい」
「駄目だ! キリカ!! お前が殺処分されるのは、僕には耐えられない」
「慎一様、キリカは幸せでしたわ。こんなに温かい経験が出来たなんて……、これ以上は贅沢というものですわ」
「かあさん、お願いだ! キリカを連れて行かないでくれ!!」
こうして、僕とキリカは、母響子に今までの経緯を洗い浚い話すこととなった。僕には、既に泣き落とし位しか手段は残されていなかったのだ。
そして、ふたりは、神妙な態度で母からの死刑宣告を待っていたのだが……。
「慎一、良くやったわ。キリカちゃん、キリカちゃんの出自には、正直、驚いたけれど助かってよかったわね」
母は、僕たちが予想もしていなかった意外な言葉を掛けると、キリカを抱きしめた。
「かあさん、キリカのことを警察に通報しないのか?」
僕は、恐る恐ると訊いてみた。
「わたしは、キリカちゃんの事を、とても気に入っているのよ。初めは驚いたけれど……、良く考えてみるとキリカちゃんは、天涯孤独の身の上だから……、わたしの義娘にすることもできるわ。わたしは、ずっと女の子も産みたいって考えていたんだけど、結局授かることはなかったの……」
母は、キリカに対する心情を語ってくれた。
「響子お姉さま……」
「キリカ、わたしの事を『おかあさま』と呼んでくれないかしら?」
「き、響子おかあさま……」
「とても嬉しいわ、キリカ」
「うわぁあぁぁぁ――」
母は、役得とばかりにキリカを抱き締め、キリカも母の胸に抱かれて号泣していた。
「それで、かあさんの悪の秘密結社嫌いは改善したのかい?」
「それは、それ、そして、キリカの事とは関係ないわ。あいつ等の事は憎いけれど、キリカちゃんの事は可愛い義娘だわ」
結局、悪の秘密結社に対するトラウマは、健在だった訳であるが、数日間のキリカとの生活により、母はいつの間にかキリカのことを本当の娘のように想っていたのだ。
「慎一も頑張ったようだけど、まだまだ詰めが甘いところがあるわね」
「かあさん、どう詰めが甘いんだい」
「キリカちゃんが、人間として生きるためには、周囲に認めさせる必要があるのよ」
「響子おかあさま、わたくしは何をすれば良いのでしょうか?」
「まずは、戸籍とか、法的にわたしの義娘として認知させる必要があるし、身体の精密検査も必要ね。早速動くわよ、キリカ。付いていらっしゃいな」
「はい、おかあさま」
「キリカちゃんにおかあさまって言われると、とても嬉しいわ」
「かあさん、僕は何か手伝えない?」
「慎一は……、家で待っていらっしゃい。お留守番も大切なお仕事よ」
母は、キリカを連れて動き出した。母がパワフルであることは知っていたものの、驚くべき行動力だった。
まずは、職場の伝手から政治家に働きかけ、キリカの戸籍を作ってしまった。そして戸籍には『久遠キリカ・15歳』と記載されていた。久遠は、母方の祖母の姓、つまり結婚前の母の姓である。
「本当は『高木キリカ』にしたかったのだけれども、それじゃあ慎一が困るわよね」
「慎一様、久遠キリカです。改めて、幾久しくお願いします」
母は、口角を吊り上げると意味深なことをいってくれた。一方、きちんとした人間と認められたキリカは、以前とは異なり自信の程が窺えた。
これでキリカは、正式に生存権を得た事になるのだが、母がどんな裏技を用いたのかまでは分からなかった。
これで堂々と、キリカを外に連れて行ける。そして、母の配慮により、あと数年すればキリカを娶ることも可能だろう。
そこで、僕は、キリカにプロポーズの言の葉を贈っていなかったことに気が付いた。
また、大学病院で精密検査を受けたところ、成長促進剤の影響と思われるホルモン代謝の異常が見つかり、遺伝子治療などの治療を受けることになった。僕は、体内の異物を摘出するだけで十分であると思っていたのだが、無理に成長させたしわ寄せがあったのだ。
そして母は、治療の合間に勉強をさせ、来春には僕の通っている高峰高等学校の入学試験を受けさせると息巻いている。
今やキリカは、高木家の一員として完全に溶け込んでいた。世間では数多の悪の秘密結社と正義の味方が跳梁跋扈していたが、高木家では穏やかな時間が流れていた……。
「く、久遠キリカ……さん。ぼ、ぼくのお嫁さんになって下さい」
僕は緊張しながら、絶世の美女に成長したキリカにプロポーズをした。キリカの学校での評判は、すこぶる良好であり、何でも親衛隊まで結成されているという。
一緒に家に住んでいても、住んでいる世界が違うのかと思って焦っていたのだ。そして、周囲の野郎共からも、嫉妬の視線が堪らなかった。
「慎一様?」
「な、なんだいキリカ……。僕はキリカに振られても怨まないよ」
「慎一様……、わたくしが久遠キリカと名乗った時に、既にわたくしの身と心は慎一様のものですわ。もしかして、わたくしのプロポーズに気付いていらっしゃらなかったのでしょうか?」
キリカの表情が曇ったので、僕は慌てて抱き締めた。
「キリカ、愛しているよ」
「はい、わたくしも出逢ってから、ずっと愛しておりました」
そして、僕とキリカの顔が近付き、お互いの唇が重なり合った。




