ハーレムだと思ったらゴーレムでした。
「いよっしゃぁあああああ! きたきた、やってきました! これが異世界って奴でしょ。そうなんでしょ? いやぁー、いいっ! 実に香ばしいオイニー。世界全体から漂ってきますね、これ。そこはかとない期待感が。生きててよかったーって感じ? えっ、俺、死んでるの? まっさかねー。んなわけないわな。えっ? ある? まったまたー」
テンション最高潮の少年が、誰かがいる訳でもない空間に夢中で話しかける。異世界トリップした衝撃で、頭を強く打ちつけたのかと心配したくなる勢いだ。
中肉中背。これといった特徴はない。胸をときめかせながらスーパーで買ったジェルで、前髪をツンツンと尖らせているぐらいか。ちょっとヘタるたびに、その部分を手ぐしで直している。
少年は目の前に広がる空間を、喉を鳴らして食い入るように見つめている。
水がめを持つヴィーナス像が、滝のような水流をきらめかせ、街中には人間以外の種族が行き交っている。美少女エルフや、羽を持った天使。はたまた獣耳の褐色少女達。
「これこれっ、この世界。はるばるー、来たぜー。異世界ー! いやっほい!」
少年は喜びを隠しきれず、全身でその喜びを表現した。何人かの亜人が振り返ったが、足を止めるほどではないようだ。この世界は人種のるつぼであり、ちょっとぐらい興奮する者は別に珍しくない。
大体、何で今まで俺を召喚しなかったんだ? この世界の神様は! 俺には異世界のエリートになる自信があるっちゅうのに。もうね、ハーレム設定に対して一家言あるぐらいなんだから。どーんと受け止めてやろうじゃないか。
そう、俺はハーレムに対して明確な態度を定めた上で日々を過ごしていた、とても貴重な人材だったのだ! いくぞっ!
ひとうつ。「鈍感な素振りはやめて、全女性の好意を手早く受け止めるべし!」
――これには、ちょいと解説が必要かな、うん。現実世界の俺なんてな、電車の中で同年代のかわい子ちゃんが、近くの席に来ただけで「あれ? もしかして俺に気があるんじゃね? こっから何か発展しちゃったりして……」と、妄想全開を膨らませるほど純情なんだ。その俺に言わせりゃ、一人が気があるなら二人も三人も気があると思えだ! バカヤロウ。
ふたうつ。「全ての女性に対し、全力でぶつかるべし!」
――これ、ポイントね。あれだったらメモしておくといいよ、うん。これからこの世界に来る人達さん用にね。全員と全力で恋をするから美しいんだ。そうしないと浮気野郎だNTRだ何て言われて、炎上するだけだからな、これホント。
みぃっーーつ。ふう、ちょっと息が切れてきたな。演説をぶつ前に、この世界の飲み物を探さないと。
すると少年の目の前に、グラマラスボディを持ったお姉さんとその妹らしき発展途上のボディを持ったエルフの二人組が通った。
「キャワイイイー。キュピーン! きたねこれ。フラグ立ったでしょ、今」
目を血走らせるようにして、辺りを見回す。少女達が間違って自分にぶつかってきたり、暴漢どもに襲われたりしないかを確認するために。
――あれっ? 何も起きない。もしもし? どうなってるの? 違うの?
そして何事もなかったかのように、少女二人は通り過ぎていく。リアル世界と同じように、何もできない自分(そりゃ、何もなかったからね)。
脱力感に襲われるまま立ちすくんでいると、何やら後ろから俺の尻を蹴る奴がいる。
「おい、おっさん。何してんだよ。そんなでかい図体して、こんなとこに突っ立ってたら邪魔でしょうがないだろ。俺っちもここを通るんだからさ」
上からなのでよく見えないが……ガキの美少年なのか? んー、心の底からどうでもいいっ!
「おう、悪かったな小僧。せいぜい気をつけて通ってくれ」
あれ? 何で俺はこんな柄の悪い口調なんだ。幾ら何でも、こんなの俺のキャラじゃないぞ。それと、でかい図体……? そう言えば、この世界に来てから目線の位置がおかしいと思ってたんだよなぁ……随分と高いって(二メートルは超えてるだろ……自分。気づこうよ、おい)。
「ねえ、おっさん。その頭の花、とってくれない?」と少年が言う。
少年が指すのは、自分の頭の位置だった。
うおっ! ツンツン頭かと思ってたら何これっ! 頭から生えてるの……花かよっ! どんな花だよ……これっ。もうっ! ペ、ペンペン草か、もう……。上手いノリツッコミすら思いつかず、語尾がしぼんでいく。顔を真っ赤に赤らめているが、その表情が出ているのかすら怪しい。
ま、待て。俺の姿ってどうなってる?
ヴィーナスの噴水に歩み寄り、水面に姿を映す。そこには、見たこともない、四角い頭をした魔人が映っていた。
「えっ、えっと。ねえ、そこの僕……。俺の見た目って変、か?」恐る恐る聞いてみる。声はとっくに震えている。
「変も何も。それって、泥……いや、石かな。石でできてる魔人じゃないか、その姿。何て言うんだっけ。おっさんみたいな魔人」
現実を再度突きつけられて、言葉が泳ぐ。
「ゴ……ゴーレム……。い、いやーーーーーーー(なぜかお姉ことば)。う、麗しのハーレムじゃなくっ、ゴ、ゴーレムストーリーッ!?」
お、俺は心優しき石の魔人かっ。そうなのかっ! オー、ノー。となぜか外人口調になる。それぐらいあ然としてしまった。
そして……ゴーレムの姿の俺は遂に大声で泣き出してしまった。
「うわーん。やだよう。こんなはずじゃないー。俺は……い、異世界で。ハーレム……。ハーレムを満喫して、幸せに過ごすんだよぅ。ひどい、ほんと……何がゴーレムだ。こんなんじゃ、誰も相手にしてくれないじゃないか……もう、死にたいよー」
「おっ、おい……泣くなよ。恥ずかしいじゃないか俺っちが。分かったよ。俺っちが少しだったらそばにいてやるから、泣かないでくれ」少年が慌てて近寄る。
「わ、分かったよ……」息を吸い込みながら言う。
「どうだ? 俺っちの家でお茶でも飲まないか? この丘を越えたところにあるんだ」
「あ、ありがとう」その声はかすれて、ほとんど声にならなかったた。
「よし、決まりだ。その代わり、オレっちのことを襲うなよ。こう見えても女なんだからな」
――えっ? えええええっ? 今何ておっしゃいました?
「いや、だから……女なんだ」そういう少女をかがんでからよく見ると、大層な美少女だった。
「まさかのへし折られた、フラグ復活来たーーーーーー! ボクッ子。そうなんだな? ボクッ子なんだな」
「何だ? そのボクッ子って、変な奴。いいから、早くその肩に乗せてくれよ。一度でいいから乗ってみたかったんだ! それとな、お前みたいなゴーレムは、結構人気あるんだぜ。この世界ではな」
「ようしっ、お安い御用だっ! 任せとけっ」
元気を取り戻した俺は、ヒョイと右肩に少女を乗せた。
――まあ、さすがにこの子の年齢はないか。でも、きっと何かいいことありそうだ。そうに決まってる! この子にはお姉さんがいるんだな。むふふっ。
ゴーレムと化した俺は妄想を膨らませながら、ボクッ子少女を肩車して、ゆっくりと丘へ向かう坂を登っていった。