第五話 アルケミナ・エリクシナの能力
そのシステムは、世界にとって革命的なものになるはずだった。
暗闇に覆われていた空が、再び青くなった。それに伴い、ヒュペリオンの姿は巨大神殿から消える。
それと同時に、十万人の対象者の体を包んでいた光が消えた。
アルケミナと同様に十万人の対象者として選ばれたクルスが瞳を開けると、ある違和感を覚えた。
あるべきものがない。なぜか胸が膨らんでいる。その大きさはアルケミナ程ではないが、巨乳である。体型は変化していない。しかし短かったスポーティーな髪が、長くなっている。腰より少し上くらいまで。若干ブカブカになった衣服。
まさかと思い、クルスは近くにいるはずのアルケミナを探す。だが、神殿の中心にあるのは、アルケミナが着ていた衣服の山。それは脱ぎ捨てられたようにも見える。だが、その山の中で何かが動く。
その衣服の山から、一人の少女が顔を出す。
五歳に見える容姿の少女。
腰の高さまで伸ばされた白銀の長髪に、切れ長の青い瞳。その特徴はアルケミナそのもの。身長は年相応な112センチ。
「先生」
クルスは思わず名前を呼び、自分の声のトーンが高くなっていることに気が付く。
そして、クルスの前で佇んでいる少女が、口を開いた。
「あなた。誰」
それは、アルケミナの声を幼くしたような声だった。その少女の答えを聞き、クルスは目を点にする。
「クルス・ホームです。もしかして、先生は記憶喪失になったのですか」
「いいえ。私が知っているクルスは男。長髪の女ではない。それに、クルスは私より身長が低かった。あなたは私より身長が高い。よってあなたはクルスではない」
とんでもない証明だと、クルスは思った。だが、クルスは同時に、それどころではないと感じ、アルケミナらしき少女に尋ねる。
「先生。まさか変化に気が付いていないのですか。たしか先生は、鏡を出現させる小槌を……」
その現象を近くで見て、クルスの思考回路が一瞬固まった。少女は錬金術を発動するために使う槌を使うことなく、厚さ三センチほどの鏡の壁を出現させたのだから。
床に手を置くだけで、鏡が瞬時に錬成される。この現象はあり得ないことだった。
「えっと。先生。何をしたのですか」
「EMETHシステムで付加された能力を使った。これは公になっていない情報だけど、絶対的能力には任意型と常時型の二種類がある」
少女が再び床に手を置くと、今度は薔薇の花束が出現した。
「やっぱり。床に手を置くことで、錬金術と同様の物を創造することができる能力。創造するのは私が思い浮かべた物。先ほどは薔薇の花束を思い浮かべたから、それが出現した」
「先生の能力のことは分かりましたから、鏡を見てください」
「その前に試したいことがある」
少女は三度床に手を置く。だが、何も起きない。
「私は任意型。能力を使いたくないという意思で床に手を置いたけれど、何の反応もない。研究者としてもう少し自分の能力について実験したいけれど、あまり使いたくない能力だということが分かったから止める」
「なぜですか」
クルスが尋ねると、アルケミナは意外な答えを口にする。
「この能力は錬金術を冒涜している。この世の理を全て無視する能力は使いたくない。だから、自分の能力に対する実験は行わない」
錬金術を冒涜するようなことを許せないアルケミナらしい理由だと、クルスは思った。だが、それよりも重要なことがある。クルスは思考を冷静に戻し、少女に促す。
「そんなことよりも、鏡を見てください」
少女はクルスに促され鏡を見る。そこに映し出されたのは、ブカブカな衣服を着た幼い容姿のアルケミナ・エリクシナだった。
鏡で自分の姿を認識したアルケミナは、目を見開いている。普段は無表情の彼女でも、さすがに驚いているとクルスは感じ取った。
一方のクルスも、改めて自分の姿を確認する。そこに映し出された姿は青年ではなく、腰ほどの長さまで伸ばされた艶のある黒色の後ろ髪に、巨乳というグラマーな体型の女性だった。
アルケミナ・エリクシナは幼児化。
クルス・ホームは女体化。
その現象はありえないことである。