第四話 この瞬間、十万人の対象者の体は光に包まれた。
アルケミナはクルスの隣を歩き、座標へと向かう。彼女は花柄の腕時計を見ながら、クルスに問う。
「五分後に漆黒の幻想曲が発生。儀式が始まるのは、発生から五分後。つまり、十分以内にあの座標が示す場所にいないと、ヒュペリオン召喚の儀式ができない」
「大丈夫です。五分もあれば、到着します。それと、記者会見を拝見させていただきました。期待通りの会見でした。世間では先生のことを、女王と呼んでいるそうです」
「褒めているの」
アルケミナが無表情でクルスに聞き返すと、彼は首を縦に振った。
「はい。五大錬金術師としての自覚は必要なかった。つまり僕の考えは間違っていたということです」
二人が会話を続けていると、空が突然暗くなった。空が暗闇に包まれてから、一分後、空を巨大な満月が出現する。
「始まりましたね。全世界が暗闇に覆われる現象。漆黒の幻想曲」
クルスが空を見上げる。一方アルケミナは周囲を見渡しながら、時計で時間を確認する。
「残り五分。座標はどこ」
「もうすぐです。あの階段を昇った先」
クルスは目の前にそびえ立つ神殿を指さす。
ノーム神殿は石で構成された神殿。五十段もある石の階段の先に、四本の石の柱で支えられた神殿。長さ二十メートル。巾約三十メートル、高さ約四十メートル。大きさは小さな神殿だが、ノームで一番古い建築物である。
神殿の階段の先にあるのは神の石像が飾られているだけの空間。
その空間にアルケミナとクルスが到着したのは、儀式が始まる三分前だった。
アルケミナは神殿の中央に立つ。巨大な満月の光で彼女の体が照らされる。その中で彼女は儀式の準備を始める。とは言っても、床に黄金の槌と五分割された黄金の槌の部品を置くだけだが。
「クルス。カウントダウンをお願い」
「はい」
クルスは腕時計を、ポケットから取り出しながら、返事する。
ヒュペリオン召喚の儀式が開始されるまで残り一分。
「先生。一分前です」
アルケミナがクルスの言葉を聞き小さく頷くと、彼女は目を瞑り、両手を合わせ、顔を巨大な満月に向ける。
それから四十秒間、巨大な満月に向かい祈り続けた。
「二十秒前」
クルスの声を聞き、アルケミナは床に置かれた、黄金の槌を持ち上げる。
「十秒前」
アルケミナは神殿の天井に向かいジャンプする。
「五秒前」
ジャンプした反動を活かし、神殿の床に対して槌を振り下ろす。
同日同時刻。残りの五大錬金術師たちも、アルケミナと同じようにして槌を振り下ろした。
その瞬間、アルケア国内の五カ所の座標に円で覆われた記号が刻まれる。アルケミナたちがいる神殿には、土を意味する逆三角形に横棒を加えた記号。
その記号が発している光は天まで届く。
記号の出現と共に、五大錬金術師たちは、一斉に呪文を口にする。
「ヒュペリオン。世界に新たなる力を与えよ」
その呪文に反応するように、アルケアの中央に位置する巨大神殿に、巨人が召喚された。
その巨人の名前はヒュペリオン。世界最大級な大きさを誇る巨人。高みを目指す者という異名のように、身長は天に届くほど。
ヒュペリオンの体型は、中肉中背の一般男性を一億倍大きくしたようなもの。その体は黒いローブで覆われている。
ヒュペリオンが召喚されると、五大錬金術師たちは、円で覆われた記号の中央に大槌のパーツを置く。
そして、彼らは一斉に同じ呪文を呟く。
「ヒュペリオン。大槌の力を使い世界に絶対的な力を与えたまえ」
魔方陣の中央に置かれた大槌のパーツは、ヒュペリオンがいる巨大神殿まで転送される。
大槌のパーツが組み合わされ、巨人がその大槌を手にする。そして、ヒュペリオンは大槌を地面に振り下ろした。
神殿の地面に亀裂が生まれ、巨大な魔方陣が出現した。
東に土を意味する逆三角形に横棒を加えたような記号。
北に火を意味する上向きの三角形。
西に水を意味する上向きの三角形に横棒を加えた記号。
南に空気を意味する逆三角形。
これらの記号は、この世界の全てを構成する四大元素を意味する。
魔法陣の中心は空白。記号は記されていない。それが意味するのは、神の世界を構成する元素、エーテル。
それら五つの記号が結ばれ、一つの魔法陣が構成された。その魔法陣の規模は、全ての世界を覆う程大きな物。
ヒュペリオンがその魔法陣を巨大な槌で叩いた瞬間、十万人の対象者の体は光に包まれた。