第十三話 消えた男
「ありがとうございます」
助けられた一人の少女が頭を下げ、クルスに感謝の意を伝える。その対応を受けたクルスは紳士的に右手を差し出した。
「困っている人は助けなければなりませんから」
少女はクルスの手を握り、自己紹介する。
「私の名前はアニー・ダウです。村長の娘です」
「僕の名前はクルス・ホームです」
村一番の美人に対して自己紹介したクルスに、アニー・ダウは尋ねる。
「クルスさん。ところであなたの隣にいる小さな女の子は、あなたの妹さんですか。まさか娘ではないでしょう」
その質問にクルスは首を横に振った。
「親戚です」
「なるほど」
アニーは微笑み、言葉を続ける。
「この村の宿は決まっていますか。決まっていないのなら、私の家に泊まってください。先ほどの御礼もしたいですし」
幸運だとクルスは思った。これで宿泊費を節約することができる。クルスとアルケミナはアイコンタクトを図り、アニーの申し出を受け入れた。
その村長の家は丸太を組み合わせ構成されている。屋根は青色に塗られている。大きさは村民たちが暮らす住居と変わりない。
アニーが自宅の玄関のドアを開けると、白い口髭の男が靴を履き、出かける準備をしていた。
「アニー。その二人は誰だ」
その男がアニーに尋ねると、少女ははっきりと答えた。
「命の恩人です。キメラに襲われたところをこの二人が助けてくれたのですよ。ところでお父さんはどこに行くのですか」
「会議だ。議題はノワール君の失踪について」
この男、トーマス・ダウ村長の言葉を聞き、アニーは顔を曇らせる。
「そう」
アニーは言葉を飲み込み、父親を見送った。
玄関のドアが閉まると、アルケミナはアニーの顔を見つめる。そのアニーの顔は暗い。ノワールという名前を聞いたことが原因だろうと彼女は察した。
「アニー。ノワール君って誰」
アルケミナはアニーの自宅の廊下を歩きながら、彼女に尋ねる。
このアルケミナの質問は図々しいとクルスは思った。しかし、アニーは隠すことなく事実を打ち明ける。
「ノワール・ロウは私の婚約者。村で一番の錬金術師で多くの人々を救ってきたけど、二日前に姿を消した。村にとって彼は生命線です。彼がいないと、侵略者などの襲撃に対抗できない。というのが建前で、本音は彼が失踪して寂しい」
そのアニーの顔付きは哀しげである。だが、アルケミナは質問を続ける。
「ノワールはEMETHシステムの被験者」
「そうです。彼はそのシステムで絶対的な能力を手に入れたいと言っていました」
「最後にノワールの目撃証言があったのはいつ」
「二日前って言いましたよね」
アニーがぶっきらぼうに答えると、アルケミナはアニーの体に近づく。
「正確に。二日前のいつ」
「昼頃。そう。漆黒の幻想曲が発生した直後でした」
その証言を聞き、アルケミナは頬を緩ませた。一方クルスはアルケミナが根掘り葉掘りノワールという男について聞くのかが理解できなかった。
アニーに空き部屋へ案内されたクルスは、荷物を机の上に置き、ベッドへ横になる。
筋肉痛で思うように動けない。マッサージチェアの副作用が出ているのだろうとクルスは思った。
そんなクルスにアルケミナは突然声をかけた。
「クルス。私は村の中を散歩するから」
クルスはベッドにうつ伏せで寝ころびながら、アルケミナを心配する。
「危ないですよ。まだサーベルキメラがいるかもしれません。先生。言いましたよね。サーベルキメラは世界最速。一分もあればこの村に舞い戻ることができるはずです」
「そのサーベルキメラに用がある」
アルケミナが淡々と要件を伝えると、彼女は部屋から退室し、廊下を歩き始めた。




