第十一話 村の日常
それからクルスは人が変わったかのように、螺旋階段を昇った。その背中にはアルケミナの体が背負われている。
そして一時間後、二人は天使の塔最上階にあるシャインビレッジにたどり着いた。
その村は塔の内部にあるのにも関わらず、森林で覆われていた。人口三百人の小さな村。天まで伸びているように感じるほど高い塔の最上階に存在している村。それがシャインビレッジ。
この村を訪れる人々は少ない。一億段もの螺旋階段を昇らなければ辿り着けない。おまけに観光地もない。その昔錬金術師が、魔獣を撃退するために光る大木を創造したという伝説しか残されていない。
コアな錬金術オタク。この村に生息する浄化作用がある草花を摘みに来た人。村で栽培している食物を下界に売る商人。シャインビレッジを訪れる人々の九割がこの三つのどれかに当てはまる。
アルケミナはクルスの背中から飛び降り、村の地面に足を踏み出した。
「田舎。錬金術伝説がなかったら訪れなかった」
初めて村を訪れたアルケミナの第一声は悪口。そのことに対してクルスは怒りを覚える。
「先生。この村の悪口を言いましたよね。その悪口が村民たちに聞こえたら、大変なことになります」
「アルケアで一番無名な村。これがこの村のキャッチコピー。この自虐的なキャッチコピーは公式。この村での自虐ネタは最高の褒め言葉。因みに先ほどの『田舎。錬金術伝説がなかったら訪れなかった』というのは、一昨年シャインビレッジ観光協会が考えたキャッチコピー」
そんなマニアックなこと知るかという言葉を飲み込み、クルスはアルケミナに言葉を返す。
「そうなんですか。それにしても見渡すところ木しかありませんね」
見渡す限りどこまでも続きそうな森林が続く。その数は、ここが古塔の頂上であることを忘れる程。アルケミナは前方と指さし、クルスの顔を見る。
「村民たちは、この森を抜けた先に住んでいる」
「まだ歩くのですか」
クルスは愚痴を呟きながら、森林を歩く。クルスの右隣りには、自分の足で歩くアルケミナの姿がある。
五分ほど歩くと、数棟の小屋が見えた。小屋だけではなく、商店や畑もある。森林で覆われている。この場所がシャインビレッジ。
村では数人の小さな子供たちが楽しそうに鬼ごっこをしている。その子供たちがアルケミナたちの前を通り過ぎていく。
村民たちが暮らす小屋の前で母親たちは洗濯物を干している。一方男たちは汗を流しながら農業をしている。
そんな村民たちは、毎日を楽しく暮らしている。平和な村であると二人は思った。
クルスが宿を探すために村の情景を見渡すと、一人の少女が二人を追い越した。腰の高さ届くほど伸びた後ろ髪。身長はクルスと同じ。かわいらしい童顔な容姿。おそらくこの村で一番の美人ではないかとクルスは思った。
「誰か助けて」
その少女は叫びながら村を走る。それと同時に風が吹き、少女の前に一匹のキメラが現れる。サーベルタイガーの体にカラスの羽が生えた生き物。
「このキメラ……」
アルケミナはキメラを観察し、違和感を覚えた。一方クルスはキメラから逃げる少女の前に立つ。彼女を暴漢から守るかのように。




